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第3話 上客からの依頼


 それから一週間後のことだった。


「げっほ、げほっ」


 私は咳き込みながら煙を吐き出していた。

 そして手に持っていた煙管――父の形見――を見ながら、呟く。


「ちょっと、私には大人の味過ぎたかな……」


 父の趣味は喫煙だった。

 私が知る限りでは――例の“オタク”趣味を除くと――唯一の趣味だったと思う。


 イブラヒム神聖同盟で、喫煙に利用される草花は様々だ。


 禁止されているものを含めていろんな種類があるのだが、人気なのはタバコ草、大麻草、そして甘煙(グルッキュ)草だ。


 甘煙は名前の通り甘く、とても良い香りのする煙で、煙草や大麻と比べて悪臭がしないということで一定の人気を誇っている。


 そして私にとっては父の匂いだ。


「とはいえ、煙だからね……よくもまあ、父さんはこんなものを吸っていたなぁ……」


 あまり美味しいとは感じなかった。

 それとも、何度か吸っていれば美味しく感じるのだろうか?


「ごめんください……ショシャナちゃん、いる?」


 ドアが開き、カランカランと鈴を立てた。


「あ、はい!」

  

 私は立ち上がる。

 やってきたのは父の代からのお得意さんだった。

 宝石商を営んでいるお家の奥様である。


「ご用件は……修理をご依頼された、魔導具で良いですね?」

「ええ、直っているかしら?」

「はい、大丈夫ですよ」


 そろそろ来る頃合いだろうと思い、既に出しておいた。

 私はよいしょと、箱を持ち上げて、カウンターに置く。


「どうぞ、お確かめください」

「では、失礼して」


 奥様は箱を開けて、中に入っていた魔導具を取り出す。

 それは調理熱操作具と呼ばれる、かまどに設置する魔導具だ。


 かまどでは薪やコークスなどを燃やして炎や熱を発生させるわけだが、この魔導具はその炎や熱をある程度、コントロールできる。


「うん、直っているわね……流石だわ」


 これはちょっとした自慢になるが、私の魔導技師としての腕前は父よりも上だ。

 父は一般的にも一流の魔導技師と言えるほどの腕を持っていたから……私の技量はこの街では一、二を争うほどだと自負している。


「いえいえ……これからも御贔屓にお願いします」


 私は軽く頭を下げた。

 私の実力は確かなのだが、十三歳という年齢のせいか、多くのお客さんはあまり信用してくれなかったらしく、父の死後に客足は遠のいた。

 世の中、薄情者ばかりだ。


 もっとも、すぐに戻ってくるだろうとは思っている。

 この奥様のように、うちの店を贔屓にしてくれるお得意様はそれなりにいるのだから。


「……ショシャナちゃん、大丈夫?」


 はて?


「大丈夫とは? ……何か、新しいご依頼、ですか?」

「そうじゃなくて……ほら、その……」


 奥様は幾分か悩んだ様子を見せてから、心配そうな声音で言った。


「顔色が悪いわよ。目に隈があるし……無理していない? ちゃんと休んでる?」


「最近は少し、夜更かしが続いているので……でも、無理はしていませんよ。少しだけ、仕事量が増えたので……まだ、慣れていないだけです」


 無理はしていない。

 たまに凄く眠くなったり、体が重くなることがあるが……


 ちゃんと最低限の睡眠は取っている。

 三時間くらい。


 とにかく、父の分まで私が頑張らないと、この店は守れない。

 私が頑張らないと、ダメなんだ。


「……そう? なら良いけど。何か、困ったことがあったらいつでも言ってね? ……私たちは同じ、正統な信仰を守り続ける者同士。助け合わないと」


「はい、頼りにさせていただきます」


 まあ、借金のことは言わないが。

 余計な心配を掛けてしまうしね。


「せっかくですし、お茶でも飲んでいきませんか? 大したものはありませんが」

「あら、悪いわね」


 接客は良いのかと思うかもしれないが、どうせ客など来ない。

 勿論、これは閑古鳥が鳴いているという意味ではない。

 そもそも魔導具店の収入の殆どは、魔導具の修理だ。


 ぶっちゃけ、修理の合間の時間を使って店を開いているようなものである。


「どうぞ、クッキーと珈琲です」

「ありがとう……やっぱり、暑い日は冷たい珈琲が良いわよね」


 ガラスのコップに注がれた冷たい珈琲――つまりアイスコーヒー――を飲み、目を細める奥様。

 暖かいものを出すのは簡単だが、冷やしたものを出すのはそれなりに手間が掛かる。


「魔術師は良いわね。魔導具要らずだもの」


 やや羨ましそうに言う奥様。

 魔術は高等技術なので、誰もが扱えるわけではない。

 まず文字の読み書きができなければ魔術は学べないわけだが……その識字率そのものも、イブラヒム神聖同盟では二割以下だ。


 そのうち魔術に触れるのはほんの一部で、さらに自由に様々な魔術を扱えるのはさらに一握りとなる。


 まあ、だからこそ魔導具の作成と修理を行う魔導技師などという職業が成り立つわけだが。


 と、雑談をしているとカランカランという音と共にドアが開いた。

 このタイミングで新しいお客様が来てしまったようだ。

 って、この人は!


 奥様は立ち上がり、私に微笑みかけた。


「じゃあ、私はこれで。……頑張ってね、ショシャナちゃん。同じ、ユタル派として応援しているから」


 奥様はそう言うと、軽く男性を睨んでからドアを開けて出て行った。

 それを見送ると、私は男性――以前、バイクを買ってくれた人――へと歩み寄った。


「お待たせして申し訳ございません……市議会議員、アブドゥル・サイード様」


 この街の有力者の一人であり、大地主であるアブドゥル・サイードに私は頭を下げた。




 

 アブドゥル・サイード。

 彼はこのエスケンデリア市周辺の農地を保有する大地主であり、そしてエスケンデリア市を運営する市議会の議員でもある。

 いわゆる貴族階級に属する人間だ。


 そんなお方をカウンター越しに対応するわけにもいかない。


 私は一先ず店を閉め、それからアブドゥル・サイードさんを店の奥の応接間にご案内する。


「宜しかったらどうぞ」


 私はアイスコーヒーとミルク、砂糖、そしてお茶請けのクッキーを出した。

 

「ふむ、頂こう」


 アブドゥル・サイードさんはクッキーに手を伸ばす。

 そして表情を和らげた。


 ……どうやら私の手作りクッキーはお貴族様のお口に合ったらしい。


「ところで……私は以前、君に名乗らなかったような気がするが、どこで私の名前を?」

「後で少し、調べました。……あの時は市議会議員様だとは露知らず、本当にご無礼を……」

「いやいや、気にすることはない」


 私が頭を下げると、アブドゥル・サイードさんはやや慌てた様子でそう言った。

 どうやら本当に気にしていないようだ。ふぅ……良かった。


「そう言えば、先ほどの接客、実に見事なものだったよ。年は……あー、いくつかな?」

「十三歳です」

「十三歳! その若さで店番とは実に立派だ。そう言えば、ご両親はどこに?」


 私は思わず頬を掻いてしまった。

 ちょっと困った質問だ。


「母は私が幼い頃に他界しました。父は先日、事故で……」

「むむ、そうだったか……これは申し訳ないことを聞いてしまった。すまない!」


 そう言ってアブドゥル・サイードさんは頭を下げた。 

 今度は私が慌てる番だ。


「あ、頭を上げてください! いえ、本当に、全然、大丈夫ですから!」


 私はそう言ってから、思わず心のうちを吐露する。


「……実はまだ、実感がなくて。待っていれば、ひょっこり帰ってくるのかなって、思っています。だから、このお店は私が守るんです」


「……素晴らしい心掛けだ」


 アブドゥル・サイードさんは感心したように、そしてやや憐憫の眼差しを私に向けた。

 少しだけ、空気が悪くなってしまったな。


「そ、そうだ……その煙管! 実に良い品だな。君は吸うのかな? 私も少し嗜んでいるのだが……」


「あ、いえ、これは父のものでして、ちょっと真似をして、咥えていただけです」


「そ、そうか……」


「「……」」


 さらに微妙な空気になる。

 私は誤魔化すように咳払いをし、本題に入る。


「そ、それで……ご用件はなんでしょうか? アブドゥル・サイード様」

「ああ、そうだ。《場違いな芸術品》のことについて、いくつか聞きたくてね」


 まあ、そうだろう。

 私とこの人の接点はそれくらいしかない。


「君は修理したと言ったが……どうやって、修理したんだ?」


「部品の交換と、一部を魔導具で置き換えたり、魔術を掛けて魔導具化したり……という感じです。これでも私、魔導技師なんですよ」


「しかし仕組みが分からなければ、修理もできないだろう?」


「ああ、それはですね。私、実は“祝福”を持つ、“神秘体質”……」


 と、言いかけて私は気付く。

 不味い、口が滑った。これは不味い……大変、不味いぞ。


 世の中には私以外にも、妙な能力を先天的・後天的に持っている人は、少ないながらも存在する。

 そういう能力は総じて“祝福”と定義され、そしてその“祝福”を持つ特異体質を“神秘体質”と呼ぶ。


 そしてこの“祝福”を持つ者は、イブラヒム普遍教会に届け出る必要がある。


 ……のだが、私は届け出ていないのだ。

 何故かと言えば、面倒ごとを避けたかったからだ。


 “神秘体質”を持っていると、良くも悪くも普遍教会に目を付けられる。

 

 普通のイブラヒム教十二使徒派の信者ならば――つまりイブラヒム教徒の中でも多数派を占め、普遍教会が正統としている宗派の信者ならば――目を付けられたところでどうということはないかもしれない。


 だが父や私はバスコ地区――“異端・異教街”――に住んでいるところから察せられる通り、異端者――イブラヒム教ユタル派の信者――だ。


 普遍教会から目を付けられると、ちょっと面倒なので隠していた。



 が、それは今、仇となっている。

 “祝福”の保持を隠すことは普遍教会に逆らうのと同義なのだから。


「あ、あの、ですね……ふ、普遍教会には未報告なので、こ、このことは、そ、その……」


「ふふ、分かった分かった。黙っていよう。……しかし、なるほど。つまり大抵のものは修理できるということで良いかな?」


「え? ま、まあ……そうですね」


 私は頷いた。

 勿論、共食い整備ができることが前提だが。


「黙っている代わりに、仕事を頼めないかな?」

「……分かりました」


 もとより拒否権などない。 

 私は頷いたのだった。





 後日、私はアブドゥル・サイードさんのお屋敷へと向かった。

 大きな屋敷にはやはり大きな庭があり、そして車輪のついた大きな白い箱のようなものが二つ、置かれていた。


「うわぁ……こんなに大きな《場違いな芸術品》があるんですね」

「ああ。車輪があるから、おそらく乗り物だと思う。……直してもらえないかな?」

「……少し、確認しますね」


 私はその白い箱に手を置き、魔力を流す。

 ……ふむふむ。


「これは“自動車”という乗り物で、その中でも“軽トラック”に分類されるみたいですね。運搬などに使用されるようです。外傷は激しいですが、中身は意外に傷ついていないですね」


 もう一つの方にも手を置いて魔力を流し、損傷具合を確認する。

 うん、共食い整備をすれば直せそうだ。


「二台を共に使用できるようにするのは難しいですが、一台だけならなんとかなりそうです」

「本当かね!」


 するとアブドゥル・サイードさんは私の肩を掴んできた。

 目がキラキラと輝いている。


「え、ええ……」


 まあ、直す分は良いのだが。

 

「そ、そのですね……御費用の方なのですが……」


 私は手揉みしながらそう言う。

 まさか、無給で働くわけにはいかない。


「ふむ、いくら必要だ?」

「必要経費含めず、金貨五枚――五ディナル――で如何でしょうか?」


 “必要経費含めず”だから人件費――私からすれば純利益――だけで五ディナルも要求するわけで。

 正直、かなり吹っ掛けたつもりだ。


 でもまあ、商売なんてのはそんなものだ。

 落としどころは三ディナルくらいかな? 富豪だし、それくらいは払えるでしょ。


「ふむ、分かった」

「……え?」


 しかしアブドゥル・サイードさんは値切り交渉すらせずに、あっさりと頷いた。

 ……何だろう、私が凄く卑しい人間みたいじゃないか。


「何か、問題が?」

「え、えっと……そう、この大きさだと私の店舗には入らないので、どうしようかと思いまして!」

「確かに、それもそうだな」


 上手く誤魔化せたようだ。

 私はホッと息をつく。


「では、直るまで泊っていくと良い」

「泊り!?」

「店を空けるのは不味いかね?」


 店を空ける分は……まあ問題ない。

 修理しなければならない魔導具は今のところないし、客も来るかは分からない。

 損失と利益を比べれば、利益の方が大きい。


「いえ、それは問題ありません。ですが……良いのですか? 私はユタル人ですが」

「私は気にしない」


 私は外聞的なことを聞いているのであって、アブドゥル・サイードさんの個人的な気持ちを聞いているのではないが……

 まあ、良いというなら良いか。


「では、一度着替えなどを取りに戻っても良いですか?」

「ああ、勿論。護衛もつけよう」


 至れり尽くせりとは、このことだなと私は思ったのだった。



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