第4話 初めてのドライブ(無免許)
「ふぅ……三分の二は終わったって、感じかな」
私はトラックの下から這い出る。
そしてタオルで顔を拭う。
タオルは黒く汚れている。……うん、顔を洗った方が良いかもしれない。
そう思って井戸に向かうと……
「旦那様は何をお考えになられているのかしら……」
「異端者を屋敷に泊まらせるなんて!」
「専用の食事を用意するのも面倒だし……」
「早く終わらせて帰って貰えないかしらね?」
「旦那様のご趣味も困ったものだわ」
召使たちが井戸端会議をしていた。
どうやら私の悪口で盛り上がっていたようだ。
「こんにちは、お勤めご苦労様です」
大きな声で声を掛けると、彼女たちは一斉にギョッとした表情を浮かべた。
「え、ええ……」
「修理、頑張ってね」
「私たちは仕事に戻るから」
そう言って蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
私は思わず肩を竦めた。
それから井戸の水を汲み、顔を洗う。
そしてふと思う。
「仕事は楽しいけれどたまに嫌なことがある、とは父さんは言ってたけど、こういうことだったのね」
父は出張する時に、私を頑なに連れて行ってくれなかったが、その理由がよく分った。
私は父を思いながら、煙管を取り出す。
そして火を着け、煙を口に含み……
「げっほ、けほ、けほ……ダメだ、こりゃあ」
ここで吸えたらカッコよかったんだけどな。
間抜けなことになってしまった。
「休憩中かな?」
唐突に声を掛けられ、私は思わず背筋を伸ばした。
振り向くとアブドゥル・サイードさんが立っていた。
「え? あ、はい! 三分の二ほど、終わりました。サボっていたわけではないですよ?」
「疑ってなどいないから、安心したまえ」
作業が進展していることを聞き、上機嫌なアブドゥル・サイードさん。
「君はよく働いている。……全く、うちの召使たちにも見習ってもらいたいものだな」
「あははは……」
召使たちからの、私への風当たりが強い理由が分かった。
多分、そういう感じの説教をしたのだろう。
「そう言えば、言われた通り石油を仕入れたよ。三日後には届くはずだ」
「三日後、ですか。それは丁度良いですね。今の進展具合だと、その辺りで完成するはずです」
石油というのは地面から湧き出てくる油だ。
燃料としては石炭ほど主流ではないが、それなりに市場で出回っている。
あのバイクや軽トラの燃料は、この石油を蒸留して精製した極めて揮発性の強い油だ。
錬金釜を使えば簡単に再現できると思う。
「それは楽しみだ! あの大きな金属の塊が動くなんて、想像するだけで楽しくなる! ……あまり理解はされないけどね」
やや寂しそうに言うアブドゥル・サイードさん。
彼もどうやら、ある意味では“異端”のようだ。
気持ちは分かる。少数派っていうのは、いつだって肩身が狭いのだ。
「私は分かりますよ。魔導具を弄るのは好きなんですが、あれはその延長線上にありますから」
「本当かい? そう言ってくれると嬉しいよ」
アブドゥル・サイードさんは心底、嬉しそうに笑った。
「くっさいなぁ……」
私はマスク越しに、思わずそう呟いてしまった。
目の前には大きな錬金釜。
その中には大量の石油が入っている。
私はその石油を、木製の杖で大きく、ゆっくりと左に回転させながら、反応させている。
錬金術は私の専門分野ではない……が、できないことはない。
高度な魔法薬の錬成となると手に負えないが、不純物を取り除く程度の簡単な作業なら私でもできる。
しかしそれにしても、すごい臭いだ。
頭が少しクラクラする。もしかしたら毒性があるかもしれない。
ちょっと、気を付けた方が良いかもな。
「……そろそろ良いかな?」
私は精製した油に魔力を流す。
……うん、これくらいなら十分に燃料になるだろう。
私は完成した油を樽に移した。
さて、それから私とアブドゥル・サイードさん、そして護衛の方々はエスケンデリア市の外、砂漠へと向かった。
軽トラも牛を使って牽引する。
砂漠に着いたら、樽に詰め込んできた燃料を注ぎ込む。
そして私はアブドゥル・サイードさんに向き直った。
「燃料も入れましたし、あとは動かすだけです」
「おお!!」
アブドゥル・サイードさんは目を輝かせた。
「では、早速乗ろうじゃないか! 運転を頼むよ」
「はい、分かりました」
私は運転席に、アブドゥル・サイードさんは助手席に座る。
問題はバイクよりも少し操作が小難しいことだが、まあ身体能力はその分不要だし、何とかなるだろう。
私はまず、エンジンを掛ける。
すると大きな衝撃と共に、鈍い音がした。
「心臓はちゃんと動きました。後は足が動くか、ですね」
私はゆっくりとペダルを踏む。
すると……
「「ぉぉぉおおお!!」」
動いた!
これにはちょっと、感動してしまう。
「じゃあ、速度を上げていきますね!」
「よし! 行け行け!!」
まるで子供のようにはしゃぐアブドゥル・サイードさん。
……というか、彼は何歳なのだろうか?
結構、若いように見えるけど。
などと余計なことを考えつつも、私はギアチェンジを繰り返しながら速力を上げていく。
速度メーターを見ると、どんどんスピードが上がっていることが分かる。
「これは凄い! 馬やラクダよりも早いぞ!」
窓を開け、手を伸ばしながら笑うアブドゥル・サイードさん。
運転中の私は手を伸ばす余裕はないが、しかし吹き込む風と、そして何より私の手でこの金属の塊が風を切るように走っていることが、私の気持ちを昂らせる。
「あははははは!!」
「わっははははは!!」
私たちはひたすら笑い続けた。
「いやぁ、楽しい時間を過ごさせて貰えた。ありがとう!」
そう言ってアブドゥル・サイードさんは金貨の詰まった袋を差し出してきた。
私はそれを受け取り、満面の笑みを浮かべる。
「いえ、こちらこそ。私も楽しかったですし……あと、お一つ、約束して頂きたいのですが」
「ふむ、何かな?」
「あの軽トラという《場違いな芸術品》は、その……危険なので、運転する時は注意をお願いします。あの速度で人を跳ねたら死んでしまいますし、アブドゥルさんのお体も心配ですから」
そして軽トラを直した私のせいにされたら、堪ったものではない。
一度、忠告はしておかなければ。
私の忠告を親身に受け止めてくれたのか、彼は神妙に頷いた。
「それもそうだな。場所には気を付けよう。……そうだ、それと一つ、私からも頼みがあるのだが」
「ええ、何でしょうか?」
「私の仲間に君を紹介しても構わないかな?」
仲間?
ということは、オタク仲間ということか。
「君の神秘体質については決して話さない。異端者だからと言って傷つけるようなこともしないと、約束する。……どうかな?」
「それなら……ええ、お願いします」
アブドゥル・サイードさんの友達ということは、みんなお金持ちだろうし、知識人の集まりだ。
良いコネクションになるし、不利益も少ないだろう。
普遍教会に目を付けられたときは、庇ってくれるかもしれない。
こういうコネの有無が、いざという時に命運を分けたりするのだ。
「……ところで、アブドゥルさんはおいくつですか?」
「私か? 二十歳だ」
私と七歳しか違わないのか。
道理で若いわけだ。
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