第一話
七歳の誕生日にお父様から頂いたのは、水晶の双晶石だった。
「この石のように、二人仲良く過ごしなさい」というお父様の願いが込められていたもので、私たち双子が成人したら石を割って首飾りを作ってくださると約束してくれた。
「だから、これは一つで二人へのプレゼントだ。大切にしなさい」
「分かりました、お父様」
水晶はとても綺麗で単純に嬉しかったけど、何よりお父様のその気持ちが嬉しかった。
病気を患ってからベッドに臥せっている時間が長くなって、それでもこうして私たちを大切に想ってくれている。
私たちと同じ赤銅色の瞳が、柔らかく細められるのが好きだった。
グラス王国、バストン伯爵家。私はバストン家の長女として、この世に生を受けた。
私の名前はエカラット・ラル・バストン。お父様、グロブルー・グローク・ロザナ・バストンの自慢の娘。
だけどお父様の自慢の娘は私だけじゃない。もう一人、私の大切な家族が居た。
「……」
「おや、コライユは不満かね?」
私の横に立つ、私と瓜二つの少女が、唇を尖らして双晶石を見ている。
コライユ・ラル・バストン。私の双子の妹。私とコライユは一卵性双生児で、お父様とお母様以外は私たちの見分けがつかないくらいだ。しかし今は、お父様に笑顔を向けている私の隣で、妹はぷくりと可愛らしく頬を膨らませていた。分かりやすい不満の表れである。
「ふふ。コライユ、頬が破裂してしまうわよ?」
「……コライユは、コライユだけの誕生日プレゼントが欲しかったのです。お姉様と一緒だなんて、あんまりだわ」
「そうか……それは、すまないことをした。しかし、分かってくれコライユ。今の私に出来ることは、とても限られているのだよ」
コライユは未だ不満げに頬を膨らませているが、お父様のその言葉に私は思わず俯いてしまう。
お父様が倒れてから、この屋敷は随分広くなった。部屋の中の装飾品は殆ど全て売り払われ、執事と女中の数も減った。それが何を意味するのか、まだ幼い私でも何となく理解できる。
それでも笑顔で過ごせているのは、お父様が笑って私たちを見守ってくれるから。そして無邪気なコライユの笑顔があるからだ。彼女がこうして悲しんでいるのは見過ごせない。私は、お父様から受け取った双晶を妹に差し出した。
「じゃあコライユ。これはあなたが持っていて」
「いいの? お姉様」
不満げな顔が一転、パッと明るくなる。
自分と全く同じ顔立ちだが、この子が笑うと花が咲いたように周りが明るくなるのだ。この笑顔が、私たち家族の元気の源。私もつられて笑顔になる。
「ええ。私たちが成人するまで、コライユの宝石箱に大切にしまっておいてね。それで、時々私にも見せてちょうだい」
「ありがとう、エカラットお姉様!」
言うなり、双晶を腕に抱えてパタパタと部屋から出て行ってしまった。
二人のもの、とお父様は言ってくれたが、コライユの中ではもう自分のものなのだろう。いつものことだ。私は苦笑いを浮かべる。
「エカラット」
「お父様、私はお父様のお気持ちが嬉しいのです。水晶の輝きにも負けないくらい、私たちのお父様は素晴らしいわ」
「……私は、コライユに甘すぎたかな」
「コライユもいずれ分かってくれます。それに、成人したらどっちみち、あの水晶の片割れは私のものになりますし!」
ふふん、と胸を張る。お父様はベッドに置いていた片腕をゆっくりと上げて、私の頭を軽く撫でた。
「エカラットは良い子だな。コライユを支えてやってくれ」
「そのつもりです。コライユは私の大切な、たった一人の妹なのですから」
お父様が笑い、私も笑顔を浮かべる。こんな時間が永遠に続けばいいのに、と思っていた。けれど、穏やかな会話を交わしたのは、これが最後となってしまう。
間も無く病状は悪化。冬を迎える前にお父様は還らぬ人となってしまい、冷たい土の下で永遠の眠りに就いた。
葬儀が終わりひと段落したとある日、私はあの双晶の事を思い出した。
コライユが持ち去った日から、私はあの水晶を見ていない。見る暇もなかったのだが、ふとお父様の空のベッドを見て、居ても立っても居られなくなり、コライユの部屋を訪れた。
「コライユ、エカラットよ。今いいかしら?」
「お姉様? どうぞお入りになって」
扉越しに聞こえる声は随分と消沈したもので、葬儀で枯れたと思ったら涙が再び溢れそうになる。
グッと飲み込んで、無理矢理笑顔を作って扉を開けた。
「コライユ」
「お姉様……」
コライユの目は真っ赤だった。部屋の隅で泣いていたらしい。私の姿を見ると、一目散に駆け寄ってきた。
「お姉様、お姉様っ……!」
「コライユ……そんなに泣いたら、あなたの綺麗な赤い瞳が溶けてしまうわよ」
「お姉様も……同じ色じゃない」
「そうね、じゃあコライユの瞳が溶けたら、私の目をあげましょうか」
「……いらないわ」
ぐす、と抱き合った耳元から涙を飲む音がする。
瓜二つの私たち。残された私たち。何故神様はこんなにも不平等なのだろう。あの優しいお父様を貴方の国へ連れて行ってしまうなんて、残酷にもほどがある。
「……お姉様、私たちこれからどうなってしまうの?」
コライユの不安げな声に、私は何も答えることができなかった。
残されたのは私たち姉妹だけではない。私たちのお母様、カルドア・シュブデベン・ロザナ・バストン。私たちと同じ美しい黒髪に泣き腫らしたブルーの瞳を隠し、立派に喪主を務めていた。
しかし、今は自室に籠りっきり。夕食の席にも顔を出さなかった。
「……暫くはお母様の実家に身を寄せるでしょう。その後のことは分からないわ」
「お母様は、もう一度結婚なさるのかしら」
お母様の実家は伯爵家だ。実家に頼れば暫く生活に困ることはないだろうが、あまり長居はできないだろう。一度家を出た貴族が、再び実家に戻ることはない。法で決められているわけではないが、暗黙の了解でそう定められている。
それに、お母様はまだ若く、そして美しい。お父様のことを思うと胸が痛むが、お母様の幸せを考えるなら、再婚という道が一番だろう。
「……そうね、そうかもしれないわ」
「なら私は、もっと大きな家に行きたいわ。新しいお父様は健康的で、お金もたくさん持っていて、私たちを愛してくれて、生きるのに困らせない暮らしをさせてくれるの」
「コライユ?」
抱き着く妹を離し、真正面から見詰める。
彼女の瞳には涙の膜が張っていて、その奥にある赤銅色の瞳は、悲しみの色に染まっていた。
けれど、何かがおかしい。
「……ねえコライユ。お父様から頂いた双晶、見せてくれないかしら?」
違和感に蓋をして笑顔でそう言うと、コライユは惚けた顔を見せ、次いで申し訳なさそうに目を伏せた。
「……申し訳ありません、お姉様。ここ数日のドタバタで、水晶を無くしてしまったの」
「無くした……」
この時、正直私はコライユに任せてしまったのを後悔した。
あの水晶は、お父様から頂いた最後のプレゼントだったのに。喉元まで出かかった言葉を、ぐっと飲みこむ。お父様を亡くし悲しみに暮れているコライユを、これ以上傷付けたくない。
「ごめんなさいお姉様! 本当に、どう償えばいいのか……」
「……いえ、いいのよ。仕方ないわ」
「……怒っていらっしゃる?」
「まさか。本当に、仕方のないことなのよ。コライユのせいじゃないわ」
「ありがとう、お姉様……!」
まだ目尻に涙の跡が残っているけれど、今度は笑顔で私に抱き付いてきた。私はいつものように、両手でそれを受け止める。
可愛い妹。私だけの妹。私より少しワガママで泣き虫だけど、この世界で唯一の私の分身。
私は彼女を、黙って抱き締める事しか出来なかった。
過去に戻れたら、幼く愚かな私を諭してあげたい。この時の私は、コライユの机の棚をくまなく探すべきだったのだ。
それに気付いたのは、私が新しい家族から追い出された時だった。




