第二話
「アルジャンドレ・エクチュアフ・サーサドゥ・トゥフォンだ。今日から君たちの新しい父親になる。よろしく頼むよ」
やたら長い名前で自己紹介をしてきたのは、今日から私達の新しい父親になる人だ。
豊かな茶髪に同じ色の瞳。柔和だが上品な、貴族らしい笑みを浮かべて私達三人を出迎えた。その背後には大きな邸宅……トゥフォン侯爵家がそびえ立っている。
お母様が新しい義父様と結婚なさったのは、お父様が亡くなってから二年後の事だ。
お父様とは違う男性とお付き合いしている。それを告げられたのは半年前だったか。私たちはお母様の新しい恋を、笑顔で祝福した。
そして私たちは、今日からトゥフォン侯爵の家に入る。
「エカラット、コライユ、ご挨拶なさい」
お母様に促され、私たちは同じ姿でスカートの裾を摘んだ。
「エカラットです。初めまして、アルジャンドレ様」
「コライユです。義父様、よろしくお願いします」
けれど、発した言葉は全く違うものだった。
私は思わず驚き、隣の妹を見遣る。コライユはニコニコと、お父様が亡くなってから初めて見せる満面の笑顔を浮かべていた。
「双子の姉妹だからそっくりかと思ったら。はは、どうやら違うらしいな。しっかり者がエカラット、可愛らしい方がコライユか」
新しい義父様、アルジャンドレ様は私を一瞥し、次いでコライユに笑顔を向ける。
この時は『失敗したな』と、軽い気持ちでいた。どうやら新しい義父様は真面目ないい子より、可愛らしい女の子がタイプのようだ。
けれど、お父様が死んでまだ二年しか経ってないのに、知らない男性を屈託無く「義父様」と呼ぶなんて、まだ九歳の私にそんな器用なことはできない。
それにコライユもだ。お母様からお付き合いしている男性の話を聞いたとき、コライユは笑顔で祝福したけれど、夜になって少し不満げに私の部屋を訪れた。幸せそうな笑顔を浮かべるお母様の前で駄々をこねるほど、コライユは子どもじゃない。
その日は黙って私のベッドに入り込み、久々に二人で朝を迎えたのだが。
あの日のコライユと目の前のコライユが重ならず、私は違和感を覚えた。
「あっ、ごめんなさい。私、嬉しくて……ついはしゃいで義父様、と」
「いや、いいんだよ。エカラットも私のことは父と呼んでくれないか。新しい家族になるんだ、いつまでも他人行儀では私も寂しいからね」
「……はい、義父様」
「では屋敷を案内しよう。我が家は広いからね、迷子にならないように」
「はい、義父様!」
コライユは義父様とお母様の間に駆け寄り、笑顔を浮かべている。
私は後には続かず、お母様の横に立った。
義父様の言う通り、トゥフォン邸は広大な屋敷だった。
トゥフォン侯爵は王家の血を引く貴族だ。私達は伯爵の家に産まれたから、お母様の再婚は世間的に見れば「勝ち組」なのだろう。
しかし、未亡人で子持ちのお母様を再婚相手に選んだのは、二人が惹かれ合ったから、だけではない。
「私の前の妻はあまり良い女性ではなかったのだよ。家にあまり帰らず、トゥフォン家の財を浪費し続けた。もっと早くカルドアのような淑女に出会っていれば、私の人生もより良いものになっただろうに」
「あなた、子供たちの前ですわよ」
「そうだったな。いかんいかん」
カルドア、とお母様の名前を愛おしげに呼ぶ声に嘘はない。義父様は三年前に前妻に離縁を突き付けこの家から追い出し、お母様と私たちを新しい家族として迎え入れた。
義父様の話だけを聞くと、たしかにあまり良い女性ではないように思える。けれど、爵位持ちをひけらかす様な、無駄に豪華な調度品と立派過ぎるお屋敷を案内されると、義父様の話が全てではないように感じた。
幸せそうに笑い合う三人の後ろで、私は窓の外を見つめる。金の装飾がされた窓は、私にはまるで檻のように見えた。
こんな気持ちを抱いているのは、私だけなのだろうか。
「そりゃ前のお屋敷に比べたら、ここは立派です。まさに、ザ・貴族って感じですよ」
「エベン、それは貶しているのかしら、それとも褒めているのかしら?」
トゥフォン邸に移り住んでから半年。
私はその立派なお屋敷の隅にある庭園で、私の従者であるエベンと庭弄りに精を出していた。
この庭園は客人の目につかない、屋敷の裏手にある。長い事放置されていたのであちこちで草木が伸びっぱなしだったけれど、エベンと私でなんとか見える程度には手入れをした。庭園内にはキッチン付きのサンルームがあり、井戸も通っている。
こんな場所を余らせているトゥフォン家がどれだけ大きいか。エベンが言う通り、この家は立派な貴族だ。
「俺たちは使用人宅に住んでますがね。使用人宅ですよ、エカラット様」
「どうせ、前の屋敷には使用人宅なんてありませんでしたよ。貧乏伯爵家でごめんなさいね」
「いやぁ、俺としてはグロブルー様のやり方が好きでしたけどね。使用人も家族、って感じのあの暖かさ。全く良い意味で貴族らしくない。一方この家は、本物の貴族です。使用人たちは他人同士、交わす会話は業務連絡くらい。ま、それが当たり前なんですが」
グロブルー様、と呼ぶエベンの顔には、二年前の悲しみの片鱗がまだ残っている。
私付きの従者のエベンは、お父様に拾われバストン家の使用人となった。貧乏農家の三男で食い逸れていたエベンとお父様の出会いは、お忍びで街に遊びに行ったときだった。
エベンは当時五歳で、物乞いに近いことをやっていたらしい。帰る家はあったけれど、食事はまともに出ず、やせ細った身体を引きずり毎日街の隅に座り込み、空のお椀に誰かからの『お恵み』が入るのを待つばかりの日々。私のお父様は、五歳の男の子に恵みを与えるのではなく、居場所を与えた。
エベンは私にとって、気付いたら隣に居た人だ。名目上は従者で、エベンも私に対して敬語で話す。けれどそれは形式だけのもので、私にとって彼は家族も同然だ。
「エカラット様、お茶持ってきてません? 喉乾きました」
「それは本来、あなたの仕事じゃなくて?」
エベンが少し伸びた金髪を掻き上げながら言う。あれ、そうでしたっけ? と惚ける青い瞳はもう慣れたもので、反論する気も起きない。
二年前、お父様を亡くし悲しみに暮れていたバストン家で、一番に立ち直り前を向き始めたのはエベンだ。当時、まだ涙が枯れない私を元気づけてくれたのは彼だった。
『泣いてばかりでごめんなさい。弱い主人でごめんなさい』
そう言って泣きじゃくる私の手を取り、エベンは。
『涙が出るのはエカラット様がお父様を愛していたからです。それを謝るのは筋違いってもんですよ。泣いて癒される傷もある。今は無理にその涙を止める必要はない。けれど、あなたにはお父様から受け継いだ、バストン家の誇りがある。涙で悲しみを薄れさせても、それだけは忘れないでください』
お父様は多くの財産を遺せなかった。けれど、バストン家の誇りと、エベンという大切な人を私に遺してくださった。
それだけで十分なのだが、私が生まれ育ったバストン家はもう私の家じゃない。
お父様が家督を継いでいたバストン家は、弟、つまり私たちの叔父が継いだ。
ブロンシュ・フィヨルド・ロザナ・バストン。 一度はバストンの家督を放棄した人だ。お父様やバストン家と不仲だったわけではなく、彼は自分の意思で家を出て、世界を旅することを選んだ。なので、顔を突き合わせたのは数えるくらいしかない。
お父様が倒れてからは社交界で落ち目の貴族なんて噂が立ち始めていたが、世界中を放浪していた叔父様は気にせず家督を譲り受けた。あの奔放な性格では、バストン家は貴族として正常に機能しないだろう。未だに没落の話を聞かないのが不思議なくらいだ。
もう出て行ってしまった家の事だが、思わず溜息が漏れてしまう。
「……エカラット様、まだ九歳ですよね」
「今年で十歳よ。そういうあなたは来月で十三歳になるわね。おめでとう。この調子じゃ、あなたの誕生日をお祝いしてくれるのは私だけになりそうね」
「いや使用人の誕生日を毎回祝ってたバストン家がおかし……面白かっただけで」
「どーせ! うちは落ち目で面白おかしい伯爵家ですよ!」
「エカラット様、もう伯爵じゃなく侯爵なんですが……そうじゃなくて、九歳の子供が吐く溜息じゃないですよ、さっきの」
「あら、あなたも私のことを生意気とでも言うのかしら?」
「生意気? 俺以外の誰が言ったんですかそんな失礼なこと」
「……義父様よ」
ここに来て半年。それだけ経てば、新しい家での新しい立ち位置というのは自ずと見えてくる。
いち早くこの家に馴染んだコライユは、今では義父様にべったりだ。義父様もコライユを実の娘のように可愛がり、何かあれば新しいドレスやら靴やらを買い与えている。
お母様も義父様と上手くやっているようで、私たちに弟か妹が出来るのも時間の問題だと、女中がヒソヒソ話していた。
一方、私はと言えば。
「なーんで、前のお屋敷と同じように、エカラット様は土弄りが日課になってるんでしょうね。おかげで俺のシャベル捌きも板についてきましたよ」
「造園と言いなさい。あと一年もすれば、立派な畑と薬草園が完成するわ」
「そして俺は、何で同じように付き合わされてるんでしょ」
「それはあなたが私付きの使用人だからよ、エベン。私がまだ言葉を喋る前からの付き合いでしょ」
「エカラット様が初めて喋った言葉が俺の名前だったときは、グロブルー様に殺されるかと思いましたよ。あの温厚な方に殺意を向けられたのは俺が最初で最後でしょうね」
「……あなたは、お父様を忘れてくれないでいるのね」
「そりゃそうですよ。あの方は、貧乏農家の三男で行き場のない俺を拾ってくれた。……そのご恩をお返しできないのが、悔やまれます。まあそれは置いといて。何でアルジャンドレ様に『生意気』なんて言われたんですか」
訝し気な顔を見せるエベンに、私はもう一度大きな溜息を吐きながら事のあらましを説明した。
義父様から、新しい家族のお祝いに何が欲しいと聞かれたのは、最初のディナーの席だった。
お母様は趣味の裁縫道具。前の家では古い道具を使い回していたから、まあ納得はできる。しかし「旦那様にハンカチを贈りたいのです」という台詞は聞かなかったことにした。
コライユは王都で人気のティーセット。カップのデザインが繊細で、上流階級の女性に人気なのだそうだ。「義父様に美味しい紅茶を淹れて差し上げたい」という台詞は耳を閉じた。
「エカラットは何が欲しい?」
「庭が欲しいです」
「に、庭?」
義父様には予想外の返答だったのだろう。この歳の女児なら、コライユのようにティーセットやら装飾品やらを欲しがるのが普通だ。
けれど、私は面白おかしいバストン伯爵家の娘で、小さい頃からその代表格と言われていたのだ。主にエベンから。
庭弄りは、物心ついた時から私の趣味だった。未知の植物を育てるのは物語よりワクワクするし、既存の植物の新しい発見なんかした日には寝食を忘れる程のめり込んでしまう。バストン家に居た頃に庭師の仕事を取ってしまった事があり、お父様が苦笑いで敷地の一部に私専用の庭を作ってくれた。
「土の良い場所が良いですわ。表の庭は立派な庭園になっているので、裏庭の使用していない所で。あ、陽射しがしっかり入る場所でお願いいたします」
「……その庭で、何をするのだ?」
畑と薬草園を作るのです、という言葉が喉まで出かかったが。
「……義父様に、綺麗なお花を贈りたいのです。植物の育て方には自信がありますの。私が愛情を込めて作ったお花で、義父様に喜んで頂きたいのですわ」
本音と建前が乖離しすぎて国境を超えていた。作り笑顔は多分上手くいったと思う。
義父様はあまり腑に落ちない感じだったが、翌日にはきちんと用意してくれた。それが、この場所だ。
「この庭をくださった時は、まだ私に対して愛情の一欠片くらいはあったわね」
「僅か半年の間に一体何が……」
「簡単よ。私と義父様は根本的に合わないの。それの積み重ね。義父様は殿方の言うことには逆らわない淑女がお好み。私は庭弄りが唯一の趣味の、生意気なお転婆娘。性格の不一致だわ。離婚の原因によくある話よね」
「でも、生意気とは……ぶっちゃけ、嫌われてるんですか?」
「嫌悪、とはまた違うわね。あの方は、女が自分の思うままにならないと気が済まないのよ」
その点、お母様もコライユは上手くやっていると思う。上手く懐に入ったとでも言うべきか。
そんな二人と比べて、私は未だ義父様に対して、他人行儀な態度が抜けきらない。
「勿論、オブラートに包んで言われたわよ。『エカラットは向上心の塊だな。貴族の淑女とは一風変わった、独立心が強く勉学に励む努力家と言える。しかし、令嬢に求められる資質とは少しズレているな。将来嫁に出す時が少々不安だ』……そんな感じの台詞だったかしら」
「それを簡潔にまとめると、生意気ってことになりますね」
「トゥフォン家は良くも悪くも、芯まで貴族根性が染み付いているみたいね……」
トゥフォン家は由緒正しい王族の血族で、長い歴史を持っている。義父様がそれを何より大切にしているのは、半年の間でよく分かった。
良い意味では貴族らしい貴族だ。私から見れば、前時代的で頭の固い考えだが。
「私のやる事なす事、全て気に食わないみたい。最近は態度もあからさまよ」
「でもエカラット様は迎合する気は無い、と」
「当たり前でしょ。私は私。変える必要がどこにあるの? まあ、暮らすに困らない待遇をしてくれているのは有難いけれど」
「でも少しは馴染む努力をしたらどうです? 手始めに、その土まみれのお顔を綺麗にするとか」
「嫌よ。私は、面白おかしい貴族の産まれだけどね、譲れないものがあるの。お父様がよく言ってたわ。『貴族とは、民衆に貴び尊ばれる存在で、国を支えて民衆を慈しみ、守り抜く者。爵位や財力をただひけらかすのは馬鹿のやること。私たちがこうして暮らせるのは民のおかげ』……庭弄りが趣味になったのは、畑を耕し生きる民の気持ちを、少しでも理解したかったから。私はバストン家の長女として、それを忘れてはならないの」
「……エカラット様、本当に九歳ですか? 背中にチャック付いてて中に誰か入ってません?」
「そうね、チャックを開けたらお父様が出てくるかもしれないわ」
「そりゃ是非とも開けてみたい。……しかし、この家でその志を貫き通すのは難しそうだ」
「だから九歳の小娘でも、出来る範囲のことをする。畑で作物を育てれば民の苦労が少しは理解できるし、薬草園で新しい発見が出来たらいずれ民に還元できるわ」
私が庭を欲した理由は、つまりそれだ。民のため、私が貴族であり続けるため、理解する努力を怠らない。その一環が、土に汚れることだ。
「話を聞いて納得しました。最近、エカラット様付きの俺にも冷たい視線が向けられているのは気のせいじゃなかったんですね」
「あら、あなたそういうの気にするタイプだったかしら?」
「アルジャンドレ様にヘコヘコするくらいならこの畑に頭から突っ込んだ方がマシです」
「……ふふっ、あなたのそういうところが好きよ。でも突っ込むのはやめてね。まだ小石が残ってるから怪我するわ」
そう言うと、土を掘り返していたエベンの手がピタリ止まった。
不自然なその動きにどうしたのかしらと視線を向けると、彼は明後日の方向を向いて土に汚れた手で頭を抱えていた。
「エベン、どうしたの。手が止まってるわ」
「……エカラット様、そういう台詞は軽々しく口にするべきではないかと」
「そういう台詞?」
「無自覚天然って怖いなぁ……」
エベンの言葉に首を傾げる。ゴホン、と咳払いをして作業を再開した彼の顔は、少しだけ赤く染まっていた。
陽に当たりすぎたのかしら。明日はよく冷えたお茶を用意してこよう。
「迎合、と言えばコライユ様は上手くやってるみたいですね。俺この半年まともに顔合わせてないですよ。昔はよくエカラット様と一緒に遊んで差し上げたのに」
「そうなのよ。もう慣れたけどね、義父様にべったりなの。私と同じ顔だから、側から見てると複雑だわ」
この家に来てからのコライユは、私の知っている妹とはかなり違う風になってしまった。
以前のコライユは、少しワガママだけど私の後を付いて回る可愛らしい妹だった。今は義父様の後を付いて回っている。天使のような笑顔を浮かべて、この家にすっかり溶け込んでいる。
「……お父様が亡くなった後、コライユが言ったの。もっと大きな家に行きたい、健康的でお金もたくさん持っている父親が欲しい。私たちを愛してくれて、生きるのに困らせない暮らしをさせて欲しいって。……私の可愛い妹の望みは叶ったようだわ。私たち、の中には姉が入ってなかったみたいだけど」
「喧嘩中ですか?」
「違うわ。顔を合わせれば話もするし、私の造園にも興味を示している。けど、何て言うか……そうね、双晶が二つに割れてしまった感じ。片方は前と同じ鈍い輝きを放っているけど、もう片方はトゥフォン家で綺麗に磨かれてる最中よ」
「侯爵家の水晶になりつつある、と」
「そうね。……コライユが幸せなら、それで良いんだけど」
けれど、引っかかるところもある。
コライユが私に向ける瞳。私と同じ赤銅色の目は、以前のような無垢な輝きが見られない。瞳の奥に何か隠しているみたいな感じだ。私との間に薄いヴェールがあって、日々を追うごとにそれが厚くなっている感じがする。
私は、造園以外の時間は勉学に明け暮れている。私の将来がどうなるか分からないが、身に付ける武器は多い方が良いと思っているからだ。
それを横目に、コライユは貴族の淑女としての教育を積極的に受けている。義父の勧めだ。私も最小限は受けているが、コライユは貪欲とも言えるくらいに熱心に学んでいる。
「義父様の抱く、理想の淑女を目指しているみたい。私たちは同じ道を歩んでいたはずなのに、今は少しずつ離れている」
「エカラット様はそれが寂しいので?」
「いえ、私の真似事ばかりをしていたコライユが、彼女だけの道を見つけたのは喜ばしいことだわ。ただ……」
「ただ?」
「義父様に迎合し過ぎなの。過剰なくらいにね。いつかあの人の操り人形になってしまわないか、それが心配」
義父様は、自分に従順な者を好む。使用人を見ればそれは一目瞭然だ。彼が白といえば黒も白く染まるし、右と言えば左になる。
コライユも徐々にそうなりつつある。この家で幸せに生きるならその選択は最善だろう。けど、最愛の妹がまるで全く知らない別人に変化してしまいそうな不安感があった。
「……コライユは、私の理解者だと思ってたから。ちょっと裏切られた気分」
「俺だけじゃ不十分ですか?」
「血を分けたただ一人の妹よ。あなたと比べ物になると思って?」
「はいはい、ただの使用人が分不相応でした」
「それに、あなたはどんなことがあっても、どんなに周りが変わっても、私の隣に居てくれるでしょ?」
再び、エベンの動きが止まる。
「……違うの?」
「違いません。違いませんよ。俺は死ぬまであなた専属の使用人で、あなたの隣に居ます。あなたと出会った日に、グロブルー様に誓いましたから」
「ええ、それなら頼もしいわ。あなたが居れば、この孤独な家でもこれから生きていけそう」
「ただ何と言うか、そういう台詞は俺の心の準備が出来てから言ってくださると助かるんですが」
「どういう意味よ?」
「……俺、この先心臓持つかなぁ」
エベンは顔を真っ赤にして、よく分からないことを呟いた。
明日の作業にはよく冷えたお茶と一緒に麦わら帽子も用意しよう。私だけの従者が熱中症で倒れてしまったら、私はこの広い家で息も出来なくなってしまう。
エベンに話した内容は全てではないし、具体的なものでもない。彼は私の従者。農家出身の庶民で、貴族じゃない。
そして私にとってなくてはならない大切な人だから、貴族の面倒ごとに巻き込むわけにはいかない。
「エカラット、何だその姿は」
義父様が眉を顰める顔にも大分慣れてきた。いつものように、裏口からこっそり忍び込んだけれど今日はそれが裏目に出た。王宮でのお勤めが終わった義父様と鉢合わせてしまったのだ。
それだけならまだ良かった。最悪なのは、義父様の横にコライユが居たこと。
「申し訳ございません、義父様。すぐに洗い流してきます」
「……最近のお前の行動は目に余るぞ。コライユのように、もっと淑やかに日々を過ごせないのか」
最初はオブラートに包まれていた言葉も、最近は直球的で少し痛い。けど、お叱りを受けるのは当たり前。貴族の淑女はドレスを泥で汚さない。
今度は表に義父様の馬車があるか確認してから家に戻ろう。そう考え、一瞬だけコライユに視線を遣る。
私と同じ赤銅色の瞳と目が合った。すぐに苦笑いに変わったが、一瞬だけ見せた瞳の奥の感情は、義父様の言葉より私を傷付けた。
今日新しく仕立てて貰ったのだろう、美しいドレスに身を包んだコライユ。血を分けた私の家族。私と同じ姿をした、愛すべき双子の妹。
彼女は、私に侮蔑の視線を向けていた。
「エカラット、聞いているのか」
「……は、はい。本当に申し訳ございませんでした。二度と、このような事がないよう気を付けます」
いつもより殊勝な態度の私に、幾分か溜飲が下がったのだろう。義父様はそれ以上私を叱りつけることを止め、大きな溜息を吐きながら私に背を向けた。
コライユも、その後に着いて行く。まるで当たり前のようなその姿に、私は本当の意味で、この家での自分の立ち位置を理解した。




