八話:長老との対談その参。
吾輩は、冬将軍である。
永き眠りから目覚めた吾輩の前に、二人の村人が現れた。彼者らから、長老に会って欲しいと懇願され、快諾する。
そうしてようやく、村に到着したはずだったが、目の前にそそり立つのは巨大な雪の壁。
どことなく隠れ里の様相であり、村人も“里”と呼んでいた。
さらには、里の姐御的存在であるキツネ女が現れて、夜這い宣告までされた。しかも人妻で子沢山な様子。
そんな中、キツネ女の子供と思しき二人、赤葉と青葉が現れる。彼者らは、今朝の地震で被害に遭った場所を応急処置する為に、里中を回ってるらしい。
長老と、その息子である里長に対面した吾輩は、話の流れから迂闊にも名乗ってしまった。吾輩を祀ってきた里のまとめ役であれば、その氏素性など分かっていて当然だと思ったのだが、そうではなかったらしい。
吾輩の正体は極秘にすべきものではあるが、正直に明かす事にした。すると、長老は里に伝わる長い長い昔話を語るのだった。それによって、吾輩を祀ってきた里のまとめ役が詳細を知らない理由と、吾輩の正体を守る為に勇猛果敢に戦い切ったという、長老のジジ様の存在が明らかにされる。
歴史に埋もれてしまった忠勇義烈の士であるジジ様の名前を問うた吾輩は、敬意を表してその名を魂に刻む――と、宣言したのだった。
さてはて――、本題はこれから――だな。
「して………………、吾輩に用があるとの事だったが?」
そう――、
吾輩の元にやって来た里人の二人から、長老に会って下さいと言われて、ここまで足を運んだのだ。その時の彼者らの反応から、もしかしたら悪しきもののけにでも苦しめられ、それを退治してくれる者を切望しているのではあるまいか――と、思っていたのだが、里の様子を見る限りでは、そうでもない様子。
「そうでしたじゃ……。実はですな……」
「うむ……」
ゴクリ――と、長老の喉が鳴る。
「……今朝未明、大地震が起こったのは、御存じでありましょう?」
「うむ……」
おそらく、それで吾輩は目覚めてしまったのであろうな――。
「それで、お社が崩れてしまってはいけないと思いまして、中に御安置されている守り神様を、この安全な里に移そうとの話になりましてな……」
「うむ……」
お社とは、冬天宮の事か。
確かに――、あそこは洞窟の中にあり、崩れてしまえば生き埋めになるだろう。
されど、地震如きではビクともしない造りにしてるのだが――。
――まぁ、あれか。
代々の長老に伝えられるべき冬将軍の真実は、途絶えたのであった――な。
それなら、無理はないか。
「本来ならば、長老である私めか、里長である虎次郎めが、お迎えに参上すべき所なのではござりましたが、もしもまた地震が起こって万が一の事があってはならぬと、里人の皆に止められましてな。それで、選りすぐりの屈強な二人を御遣いした次第でございまする」
もし、守り神が動けぬ身であれば、屈強な二人が何とかして里まで運ばねばならない。なれど、吾輩が身体を浮かせて自力で移動できた為、安堵のあまり歓声を上げた。
それを吾輩が、悪しきもののけに困っており、退治してくれる者を切望している――と、勘違いしてしまった訳か。
「ほほぅ……、では、そなたが吾輩を呼びつけたのは、ただ単に安全な場所に避難してもらおうと……、こういう訳であるのだな?」
「左様でござりまする」
「そうか……」
まぁ、あれだ――。
備えあれば、憂いなし。
いささか、拍子抜けではあるが――、何事も起こらず、平穏無事に過ごせれば、それが一番という事だ。
(……ふわああああああう)
――おや。
鈴を転がしたかのような可愛くも聞き覚えのある声――いや、あくびであるな。
それが、吾輩の脳に直接届いた。
(……ふみゅ?)
やっと、寝坊助さんのお目覚めのようだ――。
その正体は、吾輩の心之臓と同化している雪女というもののけにして、女房である。
(……おはようごじゃいまひゅ)
――実に、百二十年ぶりとなる女房の第一声は、呂律が回ってなかった。
当然ながら、吾輩にしか聞こえていない。
(……お兄ひゃまは、どうして起きてるんでひゅか?)
それを語ると長くなるから、後ほどにしようぞ。
そうそう――。
女房である雪音は、吾輩の事を“お兄さま”と呼ぶ。
その理由は、女房と結ばれて人間を辞めた時の年齢にちなんでいる。
吾輩が女房と結ばれ、不老の身になったのは十七歳の折。一方、女房が吾輩と結ばれたのは十五歳の時である。すなわち、女房の雪音は、永遠の十五歳かつ年下の“妹”なのだ。
(お兄ひゃまは、お兄ひゃまと呼ば……、むにゅむにゅ)
わ――っ、吾輩が呼ばせているのではないぞ。こやつが勝手に、そう呼んでいるのだ。勘違いしては困るぞ。
(……ふみゅう、おやすみなのでひゅ)
結局、また寝るのか――。
いったい、何の為に起きてきたんだろうか。
そういえば――、
「雪だるまをお供えするべしと言っておったが、お社にあった雪だるまは、そなたらが作ったのか?」
正確には洞窟の出入口ではあるが、本来の神社なら狛犬が置かれているはずの台座に、雪だるまが二体、乗っかっていたのを思い出したのだ。
「はい……。毎年、一番良い雪を使って、丹精込めて作っておりまする」
「ほほぅ……、そうか」
守り神である吾輩の御使いとして、この里に伝わっておるらしい“雪だるま”ではあるが、本当の使いどころは別にあったりする。
「ふむ……、その雪だるまを一つ、戴いてもよいか?」
「それはもう、一つと言わず、二つともお好きなようにして下され。元々は、貴方様に捧げられたお供え物でござりますので……」
「では、遠慮なく戴こうか」
「どうぞどうぞ」
よし、これで手間が省けた。
雪だるまは、女房である雪音の身体を作るのに、必要不可欠な物であるのだ。
「さて、吾輩は冬天宮……、そなたらの言うお社へ戻って、儀式を執り行なうとしよう」
「……っ、お待ち下され、お社が崩れでもしたら、大変でござりまするっ」
「案ずるな。冬将軍である吾輩を安置していたお社が、地震如きで崩れたりするものかっ」
まさにその通りであるのだ。
堅固過ぎるほどの設計で造られた冬天宮が崩れる事は、絶対に有り得ない。
これは、自信を持って断言できる。
「確かに、そうだとは思いまするが…………っ」
「では、問題なかろう。そうだな……っ、今より三日間、吾輩は冬天宮……っ、つまりはお社に籠もるので、そこへの一切の出入りを禁ずる。なにぶん……っ、秘密の儀式でな。里人に見られると、いささか問題が生じるのだ」
吾輩は、間を空けながらも、長老が口を挟めないよう、言葉を強引につなげた。
こういうのは勢いが大切――、なのであるから――な。
「分かりました。里人には周知しておきまする」
「また三日以降、ここに参るので、よろしく頼むぞ」
「ははーっ、お待ちしておりまする」
「……ござる」
こうして――、
長老との会談を終えた吾輩は、冬天宮へ戻る事としたのであった。
【 】内は現代語訳と省略用語、“ ”内は強調単語、重要固有名詞であるもののけの表記は、ひらがなと混じっても読めるようにする為、( )内は口に出さないセリフ、つまり心の声です。