三十六話:南へ向かって。
吾輩は、冬将軍こと評 利光である、が……。
現在は故あって、駆け出し業者【冒険者】の氷戸 俊通と名乗っておる。
暦上での本日は、凰平二年の一月三十日、水曜日。
今居る場所は、鎮西【地方】の寒路国【県】にある、北汰分宿という宿場町だ。
――以上。
ここ、北汰分宿の口入屋は、正午から雪ん子専用の食堂となり、夜は一般客向けの居酒屋となるらしい。
よって、正午近くになった今、この街のあちこちで雪下ろしをしていた雪ん子が、一人、また一人と暖簾をくぐって入ってきている。
初めに入ってきた、やかましい感じの雪ん子である南雪とやらは、奥の炊事場で慌ただしく調理の作業をしている様子。他にも、雪ん子が何人か炊事場へ入っていったので、料理担当は一人ではなさそうだ。
吾輩、雪音、斉隆の三人は、貼り紙の近くにある食卓の席に着き、斉隆に勧められた雪ん子専用の料理を注文する。果たして、どのような料理が来るのか、楽しみである。
「お待たせしましたぁーっ、渋柿定食が三つになりまぁーすっ、ご注文は以上でよろしいでしょうかぁーっ?」
ほどなくして、南雪とやらが料理を運んできた。渋柿定食は、思わずげんなりするような名前であるが、我ら氷人や雪女にとっては結構な御馳走だったりする。気の力を吸うという摂取方法しか出来ない我らの味覚は、人間とは大きく異なるのだ。
「ふえええぇぇぇ、キレイなのですぅ」
一皿目は、柿丸ごと三つを盛り合わせた物。赤い葉っぱを一番下に敷き、秋を彷彿とさせる盛り付けとなっている。
「ほほぅ……」
二皿目は、鮭の切り身を中心に、小さな松の枝や氷を添える事で、冬を感じさせる盛り付けであった。
あと、茶碗に盛られた雪御飯である。名前の通り、米の代わりに雪が入っている。
「ささっ、どうぞ、お召し上がり下さい」
やがて、三人分の膳が揃った。
斉隆に言われ、箸を手にする吾輩ら。
「いただこう」
「いただくのです」
吾輩は鮭。雪音は柿から、箸を付ける。
「甘くておいしいのですっ」
雪音に気を吸われた柿が、みるみる内に干し柿に変わってゆく。無論、吾輩の箸に掴まれた鮭の切り身も、干物に変わっている。
続いて、茶碗を手にし、中の雪を口の中へ放り込んだ吾輩。シャクシャクと数回ほど咀嚼し、飲み込む。雪は水に変わって吸収されるので、消化機能が働かない氷漬けの身体である吾輩でも食べれるのだ。
これこそが、我らの食事方法なのである。
「我々の食べた干物は、別の地方で高く売れるので置いといて下さい」
「ほぅ?」
斉隆が話した内容は、なかなか興味深い物であった。
雪ん子から気を吸われた後の干物は、“雪乙女の口付け”という商品名で出荷され、他の地方で飛ぶように売れるらしい。
そのおかげで、この鎮西【地方】は格段に豊かになり、他の地方に比べて年貢が幾分も安いという。
「ごちそうさまなのです」
うむ、とても美味であった。おそらく、雪ん子専用の食堂は、この鎮西【地方】ならではの施設であり、他の地方ではまずお目にかかれないであろうな。
そう言えば結局、斉隆の妻である雪華ちさんは、番頭台に座したまま、こちらの食卓には来なかったな。たまに舌っ足らずな声が聞こえたので、客の注文を炊事場へ伝えていたのであろう。
「ところで、依頼はどれにするか、決まりましたかね?」
斉隆の言葉にハッとする吾輩だったが、どうにも決めかねている。これは是非とも受けたいという依頼が、まったく無いのだ。貼り紙をざっと見て、仕方なく決めようとしたイノシシ退治にしても、かなり微妙なのである。
「あいにくと決めかねておってな……」
「なのです……」
「それでしたら、下手に縛られてしまう請負型の依頼は受けずに、先着型の依頼書にある賞金首を気長に探すのが、良いかも知れませんね」
ふぅむ………………。
ここに居る限り、あの“北の葉っぱ党”とやらに無理矢理にでも、合流させられそうな気がするな。
然らば、我らの採るべき道は一つしかあるまい。
「さて、御馳走になった。しばし、見物に参ろうと思う。お代はいくらだ?」
「いえいえ、あれだけ寄付して戴いた御方から、お金は取れませんよ」
斉隆は両手を振って、にこやかに拒絶する。
「そうか。では、参ろうか」
「はい、なのです」
吾輩と雪音が席を立った時、奥から聞き覚えのある声が聞こえた。
「あれぇーっ、もう行ってしまわれるんですかぁーっ?」
この声は確か、一番初めに入ってきた雪ん子で、南雪と呼ばれていたな。
やかましい感じの印象を受けたので、あまり関わり合いになりたくはない。なので、一切の返答はせずに暖簾をくぐり抜けるのであった。
「お兄さま、まず何を見物なさるのですか?」
「そうだな………………」
我らは、北汰分宿の中央通りを、南に向かって歩いていた。
まだまだ日は高い。正午を過ぎたばかりであるからな。
「とりあえず、今日一日で行ける限りの南へ、行こうか?」
「分かりました。行きましょう」
真正面に立った雪音が、その両手を吾輩の首に回してきた。それ対して吾輩は、雪音の膝に左手を差し入れ、持ち上げる。俗に言う、お姫様抱っこである。
我ら二人の考えは筒抜けなのである。雪音も薄々察していたようだ。
「では、南へ一気に飛ぶぞ」
「はい、なのです」
そうして、寒波を下に放つ事で爆発的な推進力を得た吾輩は、あっという間に跳び上がった。
南の、もっと大きな街へ行けば、いろんな依頼があふれているに違いない。
我らの旅は、今、始まったばかりである。
――冬将軍南進す!~猛吹雪もののふ無双~・完了
【 】内は現代語訳と省略用語、“ ”内は強調単語、重要固有名詞であるもののけともののふの表記は、ひらがなと混じっても読めるようにする為、『 』内は紙などの媒体に記されている文字を表し、( )内は口に出さないセリフ、つまり心の声です。




