三十五話:依頼いろいろ。
前話・三十四話を少し加筆しています。よろしくお願いします。
吾輩は、冬将軍こと評 利光である、が……。
現在は故あって、駆け出し業者【冒険者】の氷戸 俊通と名乗っておる。
暦上での本日は、凰平二年の一月三十日、水曜日。
今居る場所は、鎮西【地方】の寒路国【県】にある、北汰分宿という宿場町だ。
――以上。
まさか、あの雪音が年甲斐もなく、わんわん泣きわめくとは、まったくの想定外であった。
我らは外見こそ十七歳と十五歳ではあるが、実年齢は三百歳を優に超えているはず。もう少し、オトナになっても良いのではなかろうか。
(わたしとの口喧嘩に勝てないからって、いきなり寄付なんか申し出るお兄さまも、本当にオトナゲないのですよ……)
だからと言って、駄々っ子のように泣きわめくのはどうかと思うのだがな。さすがに皆、ドン引きしていたぞ。
(でもでも、とりあえず二万文は確保できたので、効果はあったのです)
うぅむ………………。
しかし、このような雪音を見ていると、はるか昔に聞き知ったもののけ研究者の一説を、思い出してしまうな。
それによれば、氷人と雪女は、肉体だけでなく精神もが、結ばれた瞬間に凍り付く。すなわち、吾輩は十七歳、雪音は十五歳の精神年齢のまま、永遠に在り続けるというモノだ。
まぁ、あの時は一笑に付したが………………。
「さて、そろそろ依頼について説明しましょうかね?」
口入屋の主でもある斉隆が指差した先。そこは壁になっており、ざっと十枚ほどの紙が貼ってあった。
「あれらが、業者専用の依頼書【求人票】になります」
沓を履いた斉隆が、番頭台付近の畳の上から泥混じりの土間に降り立った。我らもそれに倣い、沓や雪駄を履いて同行する。
「業者の依頼には、単独【ソロ】用と徒党【パーティー】用の二つがあり、圧倒的に後者の方が多いのは、先ほど話した通りです」
この口入屋の食堂設備である切り株の座席を横切りながら、説明に入る斉隆。その妻である雪華ちさんは、番頭台にちょこんと座ったままである。
「次に、請負型と先着型の二種類がありましてね」
事前に、依頼人との契約を交わして遂行するのが、請負型。業会【業者協会】からの斡旋を経た正式な業者との単一契約が原則である。そこに他の業者を入れるような重複契約、もしくは無関係の業者が勝手に横槍を入れた場合も違反となり、厳罰【ペナルティー】が課せられるらしい。
それに対し、いわゆる賞金首制度である先着型は、目標をいち早く討伐してそれを証明できれば報酬をもらえる方式のようだ。業会の口入屋だけでなく、検非違使屯所【警察署】や街の広場にその情報は掲示される事もあるが、事前の手続きは一切不要という。
「あとは難易度によって、大きく四つの級に分けられますね」
下から順番に、下級、中級、上級、そして特級である。
だいたい、従五位までの実力で達成できるだろうと判断された依頼が、下級。
そして、こんな辺境のド田舎である北汰分宿の口入屋に貼り出される依頼書は、そのほとんどが下級らしい。
「下級依頼を十件ぐらいこなせば、正六位に昇進できるでしょう。千里の道も一歩からですので、ここ北汰分宿でこつこつと依頼をこなして行くのを、お勧めしますよ?」
「ほぅ………………」
ここ北汰分宿で、という斉隆の言葉が、いろいろ含んでいる気もしなくもないのだが、とりあえずは、何だか目立つ位置に貼ってある依頼書に目を向けてみよう。
『先着型依頼書。中級にて徒党用。種別は賞金首。題名・血煙の狒々』
ふむ……、寒路国【県】全域に出没している狂暴な猿のもののけらしい。すでに、二つの徒党が壊滅しているので、くれぐれも御用心との事。なお、討ち果たした際には、狒々の両耳を切り落とし、付近の検非違使屯所まで届けねばならないようだ。
成功報酬は十万文【1000000円】。依頼主の名義は、寒路守護職・寒河 定元と、書いてある。
「あぁ……、その賞金首は、青葉ちゃん達が息巻いて探してましたね。もう、かれこれ一ヶ月は経ってますが、神出鬼没なもののけらしく、なかなか鉢合わせしないようですよ。しかし、正五位になったばかりの青葉ちゃん達には、少々荷が重いとは思うのですがね。何せ一つの集落を全滅させた事もあるそうですし、心配ではあります」
狒々と言えば、女子を攫って手籠めにする事で有名なもののけだったはず。雪ん子にとっては天敵のような存在だが、人間を殺戮して回るという件は初耳である。
ただ、気になったのは依頼主。
寒河の姓は御三家の一つにして、幕府の職制である寒路守護職は、寒路国【県】の首長を指す。
つまり、この賞金首は、すでに国【県】の一大事として認識されているのは確かで、それなりの組織が水面下で動いている可能性もあり、下手に関わると吾輩の正体がバレかねない。
よって、放置こそが、最も賢明な選択であろうな。
「正五位の二人組だけでは、はっきり言って厳しいと思いますが、せめてあと二人、正式な業者が協力すれば、何とかなるでしょうね。報酬も十万文【1000000円】と太っ腹ですし、山分けしても充分な額かと………………」
「うむ、正五位でも荷が重いのなら、従六位の我らなぞが加わっても、大して変わらんであろうな」
「……………………………………………………ぐむぅっ」
繰り返すが、やかましい子供の守りなぞ、まっぴら御免である。
さてはて、隣の貼り紙でも見てみるか。
『請負型依頼書。下級にて徒党用。種別は討伐。題名・畑を荒らすイノシシを退治して下さい』
ふむふむ……、白深村の名産である馬鈴薯【ジャガイモ】に、甚大な被害をもたらした元凶のイノシシが、何故かこんな真冬に群れで出没しているらしい。
業務開始から一週間、村に現れたイノシシをすべて駆除できれば、目標の達成となるようだ。
達成報酬は一万文【100000円】で、手付金として五千文【50000円】を別途支給。依頼主名義は、白深村の茂平と書いてあった。
「これは、契約を交わしてからの業務遂行となりますね。こういう請負型は、だいたいは必要経費として手付金が用意されています。あと、業者専用の依頼は、ほとんどが討伐関連ですね」
業者とは元々、得物【武器】に宿業を貯める目的でもののけを退治して回り、ついでにもののけに苦しめられていた人々から報酬を得るという商売であるからして、そうなるのは当然の流れであろうな。
「業者以外の依頼もありますので、見ますかね?」
「ほぅ?」
斉隆が指差した先は、向かい側の壁。そこにも同様に貼り紙がしてあり、しかも明らかに業者専用の依頼より多かったりする。
『情報提供依頼書。種別は人探し。題名・釣りに出かけたまま帰ってきません』
凰平二年、一月二十五日の金曜日に、北沙良村の育造が釣りに行くと言って出かけ、それっきり行方不明らしい。ツルハシを持っていたので、山奥の湖へワカサギ釣りに行ったと思われる。子供達も心配しているから、見かけた方は一報下さいとの事。
依頼主の名義は、村長と育造の嫁。解決につながる有力情報をもたらした者には、千文【10000円】を支払うと、書いてある。
「業者依頼ではないので、級や徒党などの表示はありません。情報を教えて、それが解決につながれば報酬がもらえる仕組みです」
あとは、他の貼り紙にもざっと目を通したものの、こちらは雑用の仕事が目立つ。例えば、大量の果物を目的地まで運ぶとか、雪下ろしを一日中するとか、薪を割るとか……。
どれも今一つ、気乗りしない依頼ばかりである。
(しょうがないので、イノシシ退治でもしてみます?)
ふぅむ………………、雪音の言う通り、それしか無さそうだ。
初めての仕事として慣れるには、丁度良いかも知れん。
「おっはよぅーっ、ごっざいまぁーすっ」
そんな時であった。
暖簾をくぐって現れたのは、一人の雪ん子。
雪音と同じような巫女服を纏い、若葉色の女袴【プリーツスカート】は、これまた裾が短かったりする。
短く切り揃えられた水色の髪に、活発そうな顔立ちをした、十三歳ぐらいの見た目の少女である。ちなみに、お胸は平べったい。
「あぁーっ、氷人ぉーっ、お代官さま以外の氷人なんてっ、初めて見ましたぁーっ。奥さんは誰なんですかぁーっ、どうやって誘惑されたんですかぁーっ、結ばれる時ってぇーっ、すっごく気持ちいいんですかぁーっ」
雪ん子から発した矢継ぎ早の質問に、立ち眩みを覚える吾輩。この、やかましい感じの女子は、やはり苦手である。
「南雪ちゃん。ちゃっちゃと、お昼ご飯の準備をしなちゃいっ」
雪ん子の言葉を遮ったのは、番頭台にちょこんと座っていた雪華ちさんである。
「はぁーい、分かりましたぁーっ」
雪ん子はきびきびした動作で番頭台を横切り、炊事場へ消えていくのだった。
そうか、もうすぐ昼になるのか………………。
【 】内は現代語訳と省略用語、年甲斐などや“ ”内は強調単語、重要固有名詞であるもののけともののふの表記は、ひらがなと混じっても読めるようにする為、『 』内は紙などの媒体に記されている文字を表し、( )内は口に出さないセリフ、つまり心の声です。




