二十五話:猛吹雪もののふ無双。
吾輩は、冬将軍である。
果てしない旅に出た吾輩達。
ついに、針葉樹林の奥に潜む凶悪な人殺しと対峙する。
筋肉質な細身の男に、華狐と呼ばれたキツネのもののけの二人。
それから、男と華狐は同化してもののふと成り、正三位無官大夫・黒瀬 寒十郎と名乗りを上げた。
激闘が繰り広げられる中、吾輩は、評門派太刀術の秘奥義である抜刀術を誰の目に映らない神速の域にまで昇華させた、無霧を放つ。なれど、今一歩の所で刃は届かず。
だが、それを見て吾輩の方が格上だと悟ったのか、奴らはついに正真正銘の本気を出す。
人間である寒十郎ともののけである華狐の、魂までもが同化するもののふの深化。外見も様変わりし、奴から感じる“怪の力”は、これまでの四倍以上はあるか。
いよいよ、戦いは最終段階【クライマックス】を迎えようとしている。
『俺の、絶対無敵の空前絶後、最大最強の秘奥義、業火獄炎・三日月烈風脚で、骨も残らず燃え尽きろおおおおおおぉぉぉっっっ。むっはああああああああああああぁぁぁっっっ』
そう叫んだ奴は、いつものように両手を折り曲げて力こぶを作り、溢れんばかりの筋肉を主張【アピール】すると同時に、大上段かつ右手に持っていた太刀を水平に倒し、上段からの平突きの構え。腰を落とし、気合いの大音声を発すると、足元からすさまじい炎が天高く立ち昇ってゆく。
今までの四倍以上はありそうな“怪の力”が熱気となって顕現し、周囲へ吹き散る。
「ふぅむ……、おそらくは、そういう事なのだろうな……」
深化をすれば、二人の魂が融合されて一つとなる。すなわち、評門派の太刀術を得意とする寒十郎と、我流の体術を使いこなす華狐の、戦い方までもが混合【ミックス】されるのだ。
つまり、奴がこれから放とうとしている、言葉の意味がよく分からん空前絶後の秘奥義とやらの正体とは、凍越流太刀術の奥義が一つである三日月と、烈風脚という蹴り技を加え、最大級に高めた炎を、相手にぶつける技なのであろう。
確かに、あの勢いの火力をまともに受ければ、普通の人間では骨も残らないかも知れんな。
「やれやれ……」
まったく、面倒な事になってしまった。ここは悩みどころである。
吾輩達も深化をして、従一位相当の実力を見せ付けて圧倒するか。それとも、このままの状態でひたすら耐え、奴の限り有る“気の力”が枯渇するのを待つか。
どちらを選んでも危険【リスク】はある。
もし、深化した場合は、吾輩の身体にある“気の力”が、零に近い状態まで減ってしまうだろう。奴を倒した後、速やかな補充が必須である。なお、補給物資については心当たりはあるが、それについては雪音の許可が必要である。
もう一方の、このままの状態で消耗戦に持ち込む場合。奴の深化した最大級の、それこそ骨も残さないらしい攻撃を防がねばならない。別段、不可能な事柄でもないが、無傷で済ませられる自信は、正直言って無い。
(もう……、しょうがないお兄さまなのです。今回だけですからね? ちゃーんと後で、わたしを満足させて下さいね? 約束ですよ?)
何というか、思ったよりあっけなく、雪音の許可が下りた。
これで、心置きなく、吾輩達も深化が出来るというものだ。
後がいろいろと怖いのだが、まぁ良い。今は、目前の敵をさっくり片付けようではないか。
「ゆくぞっ」
吾輩の声が合図となり、頭の中が真っ白になる。
雪音の魂との、融合が始まったのだ。
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉっっっ』
吾輩から発した気合いの音声、その声の質が高くなってゆく。魂と共に、雪音の声も混ざり始めたのだ。
魂の奥底から限り無く湧き出てくる“怪の力”が、ほんの少しの“気の力”によって冷気に変換され、吾輩の身体中から寒波となって吐き出される。
それに伴い、吹雪はさらに荒れ狂い、猛吹雪となって周囲を蔽い尽くす。
『我が真髄を見よっ』
深化を完了した吾輩は、大寒波を開放する。
辺りに充満していた熱気は一瞬で冷やされ、地面も白く凍り付いた。
視界は猛吹雪によって遮られており、かろうじて、相手の放つ真っ赤な火柱が、分かる程度である。
だが、それでもなお、吾輩はしっかり相手の位置を知覚している。
深化状態にある真の冬将軍こと吾輩は、半径一里【約4キロメートル】の範囲であるならば、雪や氷に触れているあらゆる物体を、意識さえ向ければ把握できるのだ。
『また足止めかああああああああああああぁぁぁっっっ』
猛吹雪の向こうで、真っ赤な光がさらに大きくなった。
おそらく、こちらが深化した事に、奴らは気付いていまい。
その過程にて、地面の氷が奴らの足下に迫っていたのだが、今一歩の所で届かなかったようだ。
それにしても、またもや足止めだと奴らは勘違いしたようだが、本当の狙いは別の所にあるのだ。あと、その答えの断片【ヒント】は、先ほど頻繁に見せていたりする。
『ふうううぅぅぅ……』
猛吹雪の中、たぎる心を落ち着けて静かに冷気を溜める吾輩。足下から様々な大きさの氷柱が立ってゆく。
御冬流・居合は、あくまでも後の先を取る迎撃【カウンター】の構えであり、その太刀の結界に入った如何なる物をも両断する。故に、相手が先に攻撃して来なければ、いつまで経っても効果が無い、のではあるが――。
『ハッ』
吾輩が放った気合いの音声と共に、周囲に溜まっていた冷気が、鋭い寒波となって広がった。
急激に冷やされた空気が一度、キンッと鳴く。
辺りの木々が真っ白に染まり、猛吹雪が一瞬だけ止まる。
本来ならば、奴の発する激しい炎ごと凍り付かせてしまう威力があるのだが、残りの“気の力”も惜しいので、そこは調整している。最低限、向こうの足下を凍らせる程度にしておいた。
『絶対無敵の空前絶後、最大最強の秘奥義、業火獄炎・三日月烈風脚が、こんなもんで、止められるかああああああああああああぁぁぁっっっ』
猛吹雪の先で、燦然と輝きを増してゆく赤い光。
しかし、足下の氷を溶かし切るには、少々遅かったようだ。
『終わりだ……』
吾輩は、居合の構えのままで“雪歩”を使った。
刹那の歩きとも云われるその能力は、雪上や氷上に限る半径一里かつ目に映る場所であれば、刹那【0.013秒】での移動が可能となる。
『さらば……』
猛吹雪なので視界はすこぶる悪いが、赤い光ぐらいは視認できる。
奴、四喪尾津死士なるもののふの目前に、雪歩で瞬間移動した吾輩。同時に、後の先を取る迎撃【カウンター】の構えである居合の中に、相手を入れた事になる。
それによって、抜刀と納刀の一連の動作を刹那【0.013秒】の間に完了する、評門派太刀術の秘奥義・無霧が、満を持して放たれた。
つまり、刹那の間にて移動と抜刀斬撃を終える、雪歩と無霧の合わせ技。
これこそが、冬将軍こと吾輩のみが繰り出せる宸世最強の技、雪無霧なのである。
【 】内は現代語訳と省略用語、雪上や氷上に限るなどや“ ”内は強調単語、重要固有名詞であるもののけともののふの表記は、ひらがなと混じっても読めるようにする為、( )内は口に出さないセリフ、つまり心の声です。




