二話:洞窟を抜けると、そこは雪景色だった。
吾輩は、冬将軍である。
原因は不明だが、永き眠りから目覚めた吾輩。
いろいろと考え込む内に、人間に見つかってしまったようだ。
さてはて、どうなる事やら――。
「お願いします。我が村の長老に会っては頂けぬでしょうか?」
あれから後――、
二人の体格の良い若者が現れ、開口一番にそう言った。
――どうやら、あの逃げ出した人間は、近くに住む村人だったようだ。
「良かろう、案内いたせ」
もちろん、断る理由もない。少しでも情報が欲しい吾輩にとっては、むしろ望む所であった。
「では、我々に付いて来て下さい」
「うむ」
立ち上がった吾輩は、さも当然のように自らの身体を浮かせる。
吾輩の女房である雪女は、常に身体を浮かせて行動すると一般的にも知られている。それと同化した吾輩も、然りであるのだ。
「おぉーっ」
二人の歓声が響いた。その声色に恐れは感じない。
何というか。
――吾輩は、村人の反応で状況を知ろうとしたのだ。
そして、少なくとも二つの事が分かった。
まず――、
この宸世では、当たり前のように化け物が闊歩していたのだが、それが今も続いているという事だ。
化け物はもののけと呼ばれ、宸世の人間社会においても認知されている。奴らは、良きにしろ悪きにしろ、最も身近な隣人として人々の生活に多大な影響を及ぼしてきた。
そんな奴らが使う不可思議な能力を、いつも見慣れているのであろう。こうして吾輩が浮いていても、一つも不気味がらないのが証拠である。
ただし、吾輩は人間を辞めた身ではあるが、もののけとは呼ばれない存在である。
次に――、
二人が思わず上げた歓声についてだが、
その声色から、頼りになりそうな、期待のようなものを、感じ取った。
もしかしたら、彼者らの村は悪しきもののけにでも苦しめられ、それを退治してくれる者を切望しているのでは、あるまいか――。
あと――、
二人はかんじきを履いており、雪深い中をここまで登ってきたに違いない。かんじきとは、雪の上を歩く時に深く踏み込んだり滑ったりしないように、靴などの下につける道具だ。
この氷で出来た冬天宮は、人間が住む事のできる土地での、北の最果てに位置する。典型的な北国で、おそらく今は冬であろう。
以上の事から、歩行するのは困難だと判断し、身体を浮かせたという理由もあったりする。
「では、参ろうか……?」
いくら思考をめぐらせていても、状況は変わるまい。
吾輩は、二人に出発を促す。
「はっ、ははーっ、失礼をば、致しましたっ」
慌てて居住まいを正した二人が、きびすを返した。
「ささっ、こちらへ」
体格の良い二人の若者の歩幅に合わせ、吾輩は浮いた身体を移動させる。
――いわゆる神社である、冬天宮。
吾輩の身体が安置されていた本殿を抜けると、拝殿に差し掛かる。
要するに、賽銭箱が置いてあって、鈴がぶら下がっておる所だ。一応、神社の体裁を整える為に設置された物である。
そうして――、
拝殿から地面に降りると、そこが洞窟の中であった事を知るであろう。
氷の向こう側がうっすらと明るかったのは、洞窟の天井に張り付いた光り苔のおかげである。光り苔とは読んで字の如く、光る苔だ。
つまる所、冬天宮は人知れず、ひっそりと建てられた神社なのである。
「どうぞ、足元にお気をつけ下さい」
まぁ、足元と言われても、吾輩の身体は浮いている故、関係無いのだがな。
そういえば――、
彼者ら村人達の言葉使いだが、訛っていないのに気付いただろうか。
別に、宸世には方言が存在しないとか、そういう事は決して無い。
では――、何故か。
こればっかりは、吾輩も分からない。
ここら一帯は、こういう話言葉を使う――としか、言いようがないのだ。
何らかのれっきとした理由があるのかも知れんが、生憎と吾輩は宸世最強の一角と謳われた武人であり、学者ではない。
ちなみに、宸世には標準語というものがあり、彼者らが使う話言葉はそれに非常に近いと、付け加えておこう。
「そろそろ、外へ出られますぞ」
「ほぅ……?」
二人に先導された吾輩は――ついに、洞窟を出た。
もう、あれから――、何十年が経っているだろうか。
本当に、久しぶりの外界である。
そんな吾輩の眼が映したのは、まさに白一色。
雪に覆い尽くされたといっても過言ではない。
予想していて――、それでいて――、
かつて見慣れていた風景――、であった。
重要固有名詞であるもののけの表記は、ひらがなと混じっても読めるようにする為です。