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冬将軍、南進す! ~猛吹雪もののふ無双~  作者: 嵯峨 卯近
<第一部・一章> 冬将軍、南進す。諸国漫遊のはじまりはじまり。
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十七話:お家芸の太刀術。

 吾輩わがはいは、冬将軍である。


 いよいよ、果てしない旅に出た吾輩(わがはい)達。

 針葉樹林の入り口で幽霊と出会う。その凄惨な姿を見た途端、我が女房の雪音(ゆきね)は気を失った。

 とりあえずは、事情を聞き出す為に会話を試みる吾輩(わがはい)

 どうやらこの幽霊、方向音痴な旅の商人であり、キツネのお面をしていた人間に刺し殺されたようだ。

 そうして、無残な最期の瞬間を思い出してしまった幽霊が、吾輩わがはいの身体を乗っ取ろうと襲い掛かってきた。

 だが、それを見越していた吾輩わがはいは、気合いの寒波を爆散させ、幽霊の力を削いだのだった。




「そなたを切りたくはない、鎮まるがよい……」


 うずくまって震えている幽霊――。

 吾輩わがはいは、浮かせていた身体を下ろし、白い雪に覆われている地面に足を付けた。



「うくくく……っ」


 この幽霊が持っていた“の力”の大半は、吾輩わがはいが放った寒波によって削られている。

 もはや、立ち上がる力も無いはずだ。



「あ……っ、あんたが……っっ、ダメなら……っっっ」


 彼者(かのもの)はまだ――、諦めていないようだ。しかし、力の差は明らかであるぞ。



「ぐおおおおおおおおおおおおっっ」


 地獄の底から吠え猛るような、重く暗い声が辺りに響いた。

 同時に、風前の灯火であったはずの、幽霊の“の力”が格段に膨れ上がる。



「そうであったな……」


 もののけ(●●●●)の原動力である“怪”は、強い思念によって際限無く(﹅﹅﹅﹅)湧き出てくるのだった。

 こうなってしまっては、完全に手遅れかも知れない。彼者(かのもの)が悪霊となって、道行く者を苦しめるようになるのであれば、ここで引導を渡すのが情けでもある――か。



「その娘の身体をよこせええええええっっ」

「しま……っ」


 幽霊は、傍らで気を失っている我が女房の雪音(ゆきね)に、狙いを定めていたようだ。

 吾輩わがはいの左下めがけて、一直線に突進する。



 だが――、

 不意をかれはしたが、百戦錬磨である吾輩わがはいの身体は適宜に反応していた。

 雪に覆われた地面を力強く蹴る事で、土の混じった雪煙が舞い上がり――そして、






 彼者かのものの、断末魔の叫びが響き渡った。



「むううぅ……」


 不本意ながら吾輩わがはいは――、

 太刀を抜きざまに、幽霊の核となる“魂”を切ったのだった。



「……我が女房を襲おうとした、そなたが悪いのだぞ」


 霧散してゆく彼者かのものの姿を見た吾輩わがはいは、玲瓏れいろうたる氷の刃を――さやに、ゆっくりと音も立てずに納める。

 今使ったのは、いにしえよりこおり一門のみに受け継がれてきた太刀術の技、夕霧ゆうぎり早霧さぎりを合わせたものだ。



 まず――夕霧ゆうぎりは、こおり一門の御三家が一つにして、雪音ゆきねの実家でもある結氷ゆうひ家門の者が得意とする技。代々の当主が結氷ゆうひ神宮大宮司を務める家柄であるが故に、幽霊などの退散をもっぱらとする太刀術が編み出されたのだ。


 ゆうの字は――黄昏、逢魔が時、幽霊などを指す。

 それに、切るの動詞を転じてぎりの字を当てて、合わせる。

 すなわち、実体の無い幽霊や魔物などを絶ち切る為の技こそ、夕霧ゆうぎりなのである。



 次に――早霧さぎりとは、こおり門派太刀術の秘奥義。

 皇統の流れを汲むこおりは、宸世しんぜのありとあらゆる太刀術を、お家芸として後世に伝えてゆく責務を負う、たっとき家門である。代々の当主は、奥義の伝授をってその座に就く事を許される。


 早の字と、ぎりを合わせて――早霧さぎり。その名の通り、如何に早く切り付けられるかを追及した結果、抜きざまに切るという、抜刀術に至った。

 初見の相手には一撃必殺となるこの技を、代々の当主はひた隠しにしてきた為、こおり宸世しんぜ随一の武門と成ったのだ。故に、誰にも見られてはならないのだが――、


 迂闊うかつにも、早霧さぎりを繰り出してしまった吾輩わがはい。辺りの気配けはい怪配けはいを念入りに探ったが、消え去った彼者かのもの以外に我が奥義を見た者は、どうやらいないようだ。ひとまず、ホッと胸を撫で下ろした。






「さて……」

 先ほどの入念な捜索の結果、彼者かのものを刺したと思われる下手人げしゅにん【犯人】らしき、怪配けはい混じりの気配けはいを探り当てていたのだが――、まだ針葉樹林の奥に居るらしい。


 まぁ、あれだ。

 あれこれ、ここで考えても仕方がない。

 直接――相手に聞くのが、一番手っ取り早いであろうな。



「むむっ……」

 よく見れば、せっかくもらった深緑ふかみどり直垂ひたたれ【平民の普段着】のすそが、泥だらけである。


 寒波を爆散させて彼者かのものの“の力”を削いだ時、地面を覆っていた足下の雪も一緒に吹き飛ばしていたのだろう。さらに、うっすらとまだ残っていた雪の上に、吾輩わがはいが足を付ける。そして、力強く大地を蹴って早霧さぎりを繰り出した事により、あらわになった泥土が巻き上げられ、すそを汚してしまった――という訳か。



 だがしかし――、

 何ら憂える事でもない。


 吾輩わがはいと女房の身体や着衣には、汚れどころかほこりすら染み付かないのだ。

 ほら、こうしてパンパンとすそはたけば、澄んだ氷のような音と共に、泥汚れが瞬く間に落ちていったであろう。


 そうなのだ。

 我ら夫婦の皮膚や衣服の表面は、常に極薄の氷膜ひまくが張られており、あらゆる汚れやほこりはそれに付着する。汚れてしまえば、その氷膜ひまくごとはたいて落とし、また新しい氷膜ひまくを張れば済む。おかげで、洗濯なぞ一度もした事が無かったりする。






 ――とりあえずは、何かと寝坊助ねぼすけさんな雪音ゆきねを起こして、日が暮れる前に片付けるとしようか。

【 】内は現代語訳と省略用語、際限無く(﹅﹅﹅﹅)などや“ ”内は強調単語、重要固有名詞であるもののけ(●●●●)もののふ(〇〇〇〇)の表記は、ひらがなと混じっても読めるようにする為、( )内は口に出さないセリフ、つまり心の声です。

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