↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冬将軍、南進す! ~猛吹雪もののふ無双~  作者: 嵯峨 卯近
<第一部・一章> 冬将軍、南進す。諸国漫遊のはじまりはじまり。
16/36

十六話:お化け。

 吾輩《わがはい》は、冬将軍である。


 いよいよ、果てしない旅に出た吾輩《わがはい》達。

 腹ごしらえに松の生気を啜《すす》ったが、やはり不味かった。

 とりあえずは満腹になったので、再び南へ向けて進もうとした、その時――、

 吾輩《わがはい》は、もののけ(●●●●)の存在を感じ取り、誰何《すいか》の声をかける。

 だが、一向に姿を見せなかった。

 もしかすると、まだまだ幽霊の類《たぐい》で、姿を現す力が無いのかも知れない。

 そう思い至った吾輩《わがはい》は、奴が具現できるように、自らの力を分け与える事にした。

 そうして――、

 ついに、誰の目にも見えなかった幽霊が、明らかになってゆく。




「ふええええええっ、出っ、出たのですっ、出たのですよっっ」


 吾輩《わがはい》の左手にしがみついてガクガク震えている我が女房の目前に――、すなわち我が右手の近くに、今まで見えなかったモノが、うっすらと現れたのだ。



「おっ、おっ、おっ……、お化けですううううううっ、お化けなのですううううううっっ」


 金切り声を発して狂乱する女房の雪音《ゆきね》。いつものあざとい演技ではなく、本気で怖がっているようだ。



「ちっ、血まみれっ、なのですっ、ふみゅうううううう………………っっ」


 まさに、ばたんきゅう。

 幽霊の凄惨な姿を目の当たりにした雪音《ゆきね》が、堪《たま》らず失神する。

 まぁ、あれだ。

 静かになって話をしやすくなったので、むしろ好都合――と、言うべきか。


 ただ――、

 この幽霊はあまり、良いモノではない――かもな。



「何故……、僕を刺したんですか?」


 うつむきながら呟いている、男子《おのこ》の幽霊。

 ズタボロになった着物を赤黒く染め、ぼとぼと滴り落ちている血――だが、これは幻影であり、足下の雪は真っ白のままであった。


 どうやら、胸から腹にかけて滅多刺しにされて、亡くなったようだ。



「何故……、僕を刺したんですか?」


 うつむきながら、再び同じ言葉を繰り返す、男子《おのこ》の幽霊。

 年の頃は――まだ容貌はあどけない。二十歳《はたち》は過ぎて無さそうだ。

 木箱のような物【行商箪笥(たんす)】を背負っているので、おそらくは旅の商人《あきんど》であろうか。

 菅笠《すげがさ》に合羽《かっぱ》、蓑《みの》に藁靴《わらぐつ》、冬の防寒装束で着ぶくれしているが、やや小柄な体格のようだ。



「何故……、僕を刺したんですか?」


 うつむきながら――、これは延々と――、繰り返すであろうな。

 こうした幽霊が“気《き》の力”を得れば、己の思うままの姿を現世に映せるのだが、見ての通り、彼《か》の姿は非業の死を遂げた瞬間である。つまりは、殺された事に執着し過ぎて、悪霊と成りかけているのだ。



「そなたの事、聞かせてもらえんだろうか?」


 吾輩《わがはい》の声に反応し、顔を上げた男子《おのこ》の幽霊。恨みがましい目で睨みつけられる。

 とにかく、話が通じる事を願うしかない。



「あんたが……、僕を刺したんですか?」

「いや、吾輩《わがはい》は、ただの、通りすがりだ」


 ゆっくりと咀嚼《そしゃく》するかのように、言葉を紡ぎ出す吾輩(わがはい)。



「そなたに“気《き》の力”を、分けた者だ。こうして、話せるのも、吾輩《わがはい》の、おかげで、あるぞ」

「そうですか……。確かに、あんたはキツネのお面を被っていないですね……」


 ふむ――。

 下手人《げしゅにん》【犯人】は、キツネのお面で顔を隠していたのか。

 だとすれば、捕方《とりかた》【刑事】の内情を熟知している、かなり厄介な相手かも知れない。


 そう――。

 吾輩《わがはい》が今から行おうとしているのが、証拠不足などで捜査が完全に行き詰まった時の捕方《とりかた》【刑事】が採る、最終手段であるからだ。

 しかも、殺害された幽霊と話せるのは、ごくわずかな実力者だけである。いや――そもそも“気《き》の力”と“怪《け》の力”の仕組みすら、世間一般には知られていない。


 これらの事柄《ことがら》から察するに、少なくとも、端《はな》から彼者《かのもの》を殺すつもりであったのは明らかだろう。



「そなたは……、商人《あきんど》とお見受けするが……?」


 とりあえずは、あまり刺激しないように、基本的な質問から話に入る吾輩《わがはい》。



「その通りです……。鶴城《つるぎ》から来た、ただの商人《あきんど》ですよ。僕は……」


 彼者《かのもの》の言葉と発音に、変な訛《なま》りは無い。この鎮西《ちんぜい》【地方】の出身であるのは確かなようだ。



「何故、こんな辺鄙《へんぴ》な場所に……?」

「北汰分《きたわけ》で商《あきな》いをする為に、はるばる来たんですが……、僕はこう見えて……、方向音痴でしてね……、いろいろと寄り道をしてしまって……、こんな針葉樹林の中に入ってしまったんですよ……」

 次第に、彼者《かのもの》の息が荒くなっている。良くない兆候だ。



「そうすると……、キツネのお面を付けた……、あんたみたいな……、太刀をぶら下げている男が……、いきなり……、刺し……」

「落ち着けっ、そなたの無念は吾輩《わがはい》が晴ら……」


 最後まで言う暇《いとま》もあらばこそ――だった。



「うああああああっ、何故なんだああああああっ、何故っ、僕は刺されなきゃいけなかったんだああああああっ、何度もっ、何度もおおおおおおっ、串刺しにいいいいいいっ、僕にっ、何の恨みがあるってゆうんだああああああっ」


 無念の死を遂げた怨念の咆哮《ほうこう》が、雪煙を巻き上げて響き渡った。彼者《かのもの》は今、中途半端に“気《き》の力”を得ているので、現世に少し干渉できるのだ。

 もはや――こうなっては、一切の話は通じないであろうな。



「あっ、あんたのっ、その身体をっ、僕によこせええええええっ」


 鬼気迫る形相で両手を頭上に掲げながら、吾輩《わがはい》に襲い掛かる幽霊。

 憑依するつもりであろうが、生憎《あいにく》と――。




 気合い一喝。




 吾輩《わがはい》を中心に、重い衝撃を伴った寒波が爆散する。雪柱が立ち昇り、辺りに群生する蝦夷松《えぞまつ》の枝に積もっていた雪が、瞬時に吹き飛んだ。






「ううう……っ、うく……っ」


 非実体の幽霊であるはずの彼者《かのもの》が、うめき声を上げた。

 先ほど放った吾輩《わがはい》の寒波が“怪《け》の力”を削いだのだ。幽霊にとってそれは、いわゆる傷を負った状態に当たる。



「そなたを切りたくはない、鎮まるがよい……」


 腕を組んだ吾輩《わがはい》は、うずくまって震えている幽霊を見下ろした。

 もう、襲い掛かる力はあるまい。

【 】内は現代語訳と省略用語、“ ”内は強調単語、重要固有名詞であるもののけ(●●●●)ともののふ(〇〇〇〇)の表記は、ひらがなと混じっても読めるようにする為、( )内は口に出さないセリフ、つまり心の声です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。