22.待てど暮らせど
次の日も、そのまた次の日も、ネーヴェは帰ってきませんでした。
もう留守にして六日目ですよ?
今日もすでにお昼を過ぎましたが、ネーヴェ本人からは何の連絡もありません。
そういえばバムスがね、あの生まれ変わったローズガーデンにガゼボを設置してくれたのですよ?
無口なバムスですが、彼なりに私のことを思ってくれていることはわかります。
ほら。こうして色とりどりに咲き誇るバラを眺めながら頂くお茶は、なんて素敵なのでしょう……。
「ねえ、ビビも座らない?」
「いえ、とんでもないです」
そばに控えていたビビが、身体の前で両手を振って、全身で遠慮しています。
……聞いてみただけですよ。
「ネーヴェ、何かあったのかしら……」
「あのっ、南方の精霊から、ネーヴェ様がお立ち寄りになったと知らせがありました。大陸の南のほうまで回られたそうですから、きっと戻るまでに時間がかかっているのですよ」
「……そう」
最初は北方の森へ行ったと聞きましたが、南のほうにも……。
ネーヴェは王子様ですものね。
将来、白銀の王となるのですから、きっとやるべきことが多いのでしょう。
ここで私とのんびり過ごしているあいだは、働いている様子などありませんでしたし……。
もしかして、帰りたくなくなったのでしょうか……。
「そんなはずありません!」
私の心の声を読んで、ビビが即座に否定してくれます。
でも、なぜだか、このモヤモヤした気持ちを知られたくなくて、私は願いました。
今日は心を読まれたくないわ……。
「ありがとう、ビビ。しばらくここにいるから、少し一人にしてもらっていい?」
私の心の声が聞こえなくなったことに気づいたのでしょう。
ビビは悲しそうな表情で「はい」と小さく返事をすると、ローズガーデンから離れていきました。
◇
私の心模様を映すかのように、今日の空には薄く雲がかかっています。
辺りは、いつもどおり静かです。
時折、風に揺られてバラの葉が擦れる音と、鳥のさえずりが遠くに聞こえるくらいです。
かちゃり。
持っていたティーカップをソーサーに置く音さえ響きます。
私は目を閉じ、この胸のモヤモヤに重なる一曲を歌うことにしました。
立ち上がり、いつものように大きく深呼吸をひとつ。
けれど、深く息を吐いても、胸に溜まったモヤモヤは少しも消えてくれません。
私はそれを歌に乗せて押し出すように、静かに声を響かせました。
『待てど暮らせど来ぬ人を
宵待草のやるせなさ
今宵は月も出ぬさうな……』
これは恋の歌なのね……。
この胸のモヤモヤが恋なのかは、まだわかりません。
けれど、待っても待っても帰ってこない人を思うやるせなさなら、私にもわかります……。
――カサッ。
そのとき、背後で草を踏む音がしました。
「ネーヴェ!?」
勢いよく振り返って名前を呼ぶと、そこには――
なぜか切なそうなお顔の侯爵様が立っていました。
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『宵待草』
竹久夢二作詞 多忠亮作曲
恋多き男だった竹久夢二が、自身の実らなかったひと夏の恋をモチーフにして生まれた歌らしいわ。
哀愁漂う独特のメロディー。
素敵よねぇ……。
大正ロマンを代表する流行歌となったそうよ。
――美歌の記憶より
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