第22章 常連客
いつもの来々軒。
大将が珍しく、テレビなんか点けている。
普段はラジオをかけてるのに。
いや、今日は特別、だよな。
だってほら、あの娘、どうみても、れんげちゃんだし。
いや、可愛くて美人だなぁとは思っていた。
しかしだな、高級そうなチャイナドレス姿の彼女は、まるで別人のような美しさだった。
すごく似合っている。
とても似合っている。
「どう見ても、れんげちゃん、だよなぁ……」
「だよなぁ……」
俺たちの、れんげちゃん。
数か月前まで、ここの店でウエイトレスをしていたんだよ、な。
俺なんか、何度も世間話をしちゃった仲なんだぞ?
俺のしょうもない話を、ニコニコしながら聞いてくれてたんだぞ?
なのに、何でテレビの向こう側で、アメリカ大統領夫妻と握手なんかしているんだ?
どう見ても、どう考えても、どうやったって、場違いとしか思えないぞ?
ニュースキャスターが、なんか言ってる。
論説委員とかいう男が、なんか言ってる。
俺たちのれんげちゃん、なにかとてつもなくスゴイ事を成し遂げた、らしいな。
あぁ、生放送のニュースが終わったみたいだな。
俺たちのれんげちゃん、もっと映しておいてくれよ……
「さ、お前ら、営業を再開するぞ。外待ちの連中は、一旦並び直してくれ。座ってるのは、今、注文を受け直すからな」
大将が手を叩いて合図して、ついでにテレビのスイッチも消してしまう。
ああ、れんげちゃん……
ウエイターのナベさんに、醤油ラーメンを頼んだ。
彼は、他の客の注文も、全部まとめて聞いて。
「大将おっ、醤油六丁味噌四丁塩四丁っ!」
「オッケー、醤油六丁味噌四丁塩四丁っ!」
威勢のいい掛け声と共に、大将が忙しそうにフル回転し始めた。
本当に、早い。
そして、なんかニヤついているように、見える。
あんなに忙しそうなのに。
どうせ、れんげちゃんの事でも考えているに、決まっている。
この、スケベ野郎め。
コイツも、元々は来々軒の常連だったらしい。
そのまま常連でいればいいものを、なぜかれんげちゃんと一緒に働き始めやがった。
この、スケベ野郎め。羨ましすぎるぞ。
俺だってなぁ、仕事が無ければなぁ。
いや、だからって普通、転職まではしないだろう?
大人しく、ラーメン屋の常連で収まっていればいいものを。
この、スケベ野郎め。
ああ、なんか、ムカつくなぁ。
そのニヤケ顔、ホント、ムカつくんだよ。
「ほい、醤油ラーメン、お待ちっ!」
カウンターに座る俺に、直接、ドンブリを手渡してくる大将。
くそぉ、なんか楽しそうだな。
そして、このラーメン。
前にれんげちゃんがいた頃のスープじゃない、ないんだぞ。
もっとシンプルに、もっとあっさりとして、もっと飲みやすくなっている。
以前の、あの、複雑で繊細な味わいじゃない。あれは旨かった。本当に旨かった。
でも、このラーメンも……
なんか懐かしい、そして、なんかこう、想いが詰まっているような。
でも、その想いは、麺と共に、儚く消えていくんだよなぁ。
そしてこの麺が旨い、旨いんだよなぁ。
スープの旨味を適度に吸い込んで、喉ごしツルツルと、ややコシの入った弾力。
気が付くと、食べ終わってしまっている。
すごく旨い、唸らせるようなラーメンじゃないのに。
どこにでもあるような、普通の安くて旨いラーメンなのに。
まさに、儚系。儚い夢を見ているような味わい。
れんげちゃんがいた頃の来々軒は、この店は。
そういう、儚い夢だったのかもしれないと思わせてしまうように。
後ろの小上がりで、しきりにれんげちゃん談議の声が聞こえてくる。
なに、あのチャイナドレス姿?
すっごく、キレイだったよなぁ。
あの娘、確かにここの従業員だったよな?
だよなぁ。
あんなスゴク綺麗な娘が、なぁ。
ってことはよ、親父さんが亡くなったんで、元の店に戻ったってことか?
ああ、そうかもしれねえな。
じゃないと、オカシイよな。
だよなぁ……
あ、お会計ですか?
うん。美味かった、美味かったよ……
「ありがとさんでーす」
「アリガトッシタァ!」
威勢のいい声で、大将が客を送り出し。
ウエイターのナベさんが手早く席を片付けて、もう次の客を迎え入れている。
早い。本当に、早い。
なんて、眺めている余裕もないな。
俺も早く、カウンターを空けないとな。
客が並んで、待ってるんだもんな。
ホント、れんげちゃんが出演しているテレビなんか、観せてる場合じゃないとは思うんだが。
でも、それでも、この早さなら、余裕なんだろうな。
「ご会計500円です。ありがとさんでーす」
「アリガトッシタァ!」
ナベさんにカネを払って。
見送られる俺を見た大将が、かすかに笑っていた気がした。
ああ、そうか。
ただ、ニヤついていたわけじゃない。
常連に向ける顔だ。それだ。
……でも、スケベ野郎には、変わりないんだけどな。
(終わり)




