姫様、プリンセス・サーバンツの基礎を作ります。
牢屋から救い出された彼女は、まるで飢えた獣のようにキノコにかぶりついていた。
長い髪は淡い緑がかった色で、後ろでゆるく束ねられているが、ところどころ乱れている。整っているはずのその髪も、今は空腹と疲労で少しだけ艶を失っていた。
白いノースリーブのブラウスに、紺色のスカートという簡素な装い。どこか清楚な印象を与える服装だが、本人の表情はそれとは裏腹に必死そのものだ。
大きな瞳はうっすらと涙を浮かべ、頬は空腹のせいかほんのり赤く染まっている。だがその奥には、ただの被害者では終わらない図太さと図々しさが見え隠れしていた。
細い身体を折るようにしてテーブルにしがみつき、両手でキノコを掴んでは口に放り込む姿は、どこか哀れで——同時に妙に逞しい。
「意味がわからない死亡判決を受けて、異世界ライフだと思ったら誰もいない牢屋の中からスタート。転生早々、餓死するかと思いました」
そう言いながらも、彼女の手は一切止まらない。
その様子を見て、私は思った。
——ああ、この子、絶対ろくでもないタイプだ。
「一応聞くけど、あなたの死亡理由って何?」
私が聞いてみると、
「ゲームで死んだんです」
「は?」
「スマホでゲームをしていて、敵にやられたら実際に死んだと天使に取り違えられました」
「そんなのありえるの?」
「たまに間違えるそうです」
あの天使、大丈夫なんだろうか?
いや、大丈夫じゃないからこうなっているのか。
私は頭を抱えてしまう。
「それで、3つの願いを叶えると言われまして、広いお屋敷に住む、勤務地が近い、お腹いっぱい食べたいと答えました。死ぬ前は通勤片道1時間で下っ端だったもんで」
そう言われて気づいた。
この洋館は無駄に広い。ただし牢屋。
勤務地はこの村。徒歩圏内。というか通勤手段が徒歩しかない。
今、焼いただけのキノコをお腹いっぱい食べている。
確かに願いは叶っている。本人の希望とは違うのだろうが。
つい深く考え込んでしまうと、ヴィオラが挨拶をした。
「私はエルフの族長ヴィオラと申します。こちらはミナエ姫様です。あなたは?」
一瞬だけ、彼女の手が止まった。
口いっぱいにキノコを頬張ったまま、こちらを見る。
「……天草七海です。一応法学部の大学生で、弁護士事務所で雑用みたいなアルバイトをしておりました」
なんか地頭が良さそうなのはわかった。
「実はこの村。今日立ち上げたんだけど法とかやっぱり必要よね?」
私が聞いてみると、一旦食べ終えて真面目な顔をして答えた。
「無法地帯にしたくなければ。ですが、歴史を見る限り——」
一拍置いて、
「締めすぎた国は、だいたい内側から壊れます。それを踏まえてこれは守ってほしいことがありますか?」
そう言われて私は少し考えた上で、
「働かざる者、食うべからず。かなあ?」
「ではまず、それを周知徹底しましょう」
そこまで言うと七海は水を飲んで一息ついた。
「あとは、労働者に対して賃金とかも考えないとね」
私の言葉に対してオカリナが言ってきた。
「姫様のためならば労働の対価は必要ないかと思いますが」
「それだとただの奴隷じゃない」
そう言って考えたのち、
「そういえばこの世界に冒険者ギルドってあるの? 誰が出したのかわからない依頼に対して報酬のために冒険者が受けるやつ」
異世界あるあるを聞いてみた。
「ありますよ。ただし、討伐関連としては対魔族や魔物がほとんどです。ですので、魔族は絶滅危惧種に認定されるほど狩り尽くされてしまった現実がございます」
「なら、姫様のしもべを冒険者ギルドの代わりに作って、私の依頼をしもべに登録したものが引き受けて成功報酬を渡すのはどう?」
「素晴らしいお考えです。人間どもを根絶やしにするんですね?」
「違うわよ」
「え?」
「なんで毎回そっちに行くのよ」
「魔族なので」
「納得したくない理由やめて。この村での仕事、建築、農業、商業などを依頼をして日雇い制にするのよ。で、報酬の一割を村が徴収するのよ。で、税金の使い道は村の発展に繋げるし、依頼の報酬として経済を回すって明言する」
「つまり——」
私は指を折りながらまとめる。
「仕事は依頼制。報酬あり。その一割を税として回収」
「はい」
「で、それを使って村を発展させる」
「完璧です。……それ、ほぼ理想的な初期経済モデルですね」
七海が少し驚いたように言った。
「なによその言い方」
「労働の対価、税の徴収、再分配。全部入ってます」
「そうなの?」
「はい。正直、最初からこれを思いつくのは……」
一瞬だけ間を置いて、
「ミナエ姫様はゲーマーでした?」
「むしろ、あまりやったことないわよ。で、それだと真面目に働く者や、適当にやる者、適材適所が合わないこともあるだろうから、歩合制もつけようかな。一定期間成果を出したら日雇じゃなくて終身雇用制にして責任者にしてもいいわ」
七海は一瞬だけ目を見開いたあと、ゆっくりと息を吐いた。
「……それ、かなり完成度高いですよ」
「そうなの?」
「はい。普通はここまで整えるのに時間がかかります。なのに——」
少しだけ口元を緩める。
「普通、ここまで整えるのに時間かかりますよ」
「褒めてるのよね?」
「半分は」
失礼なやつである。
だが、七海はすぐに真顔に戻った。
「ただ、一つだけ追加してもいいですか?」
「なに?」
「ルールの“例外”を用意してください」
「例外?」
「はい。働けない人も必ず出ます。怪我人、病人、子供……そういう人たちを切り捨てると、不満が溜まって崩壊が早まります」
なるほど、と私は腕を組む。
「じゃあ、最低限の配給は保証する?」
「それがいいと思います。その代わり——」
七海は少しだけ意地の悪い笑みを浮かべた。
「働けるのに働かない人間は、ちゃんと区別してください」
「ああ、それはやるわ」
「でないと“真面目な人間が損をする国”になります」
「それは嫌ね」
「はい。そういう国は長く持ちません」
静かに言い切る七海。
さっきまでキノコにがっついていた女とは思えない。
私は少しだけ笑った。
「いいわね。あなた」
「ありがとうございます。で——」
七海は当たり前のように続けた。
「その制度設計、私がやっていいですか?」
「え?」
「どうせやるなら、ちゃんと形にします。契約書、規則、罰則も含めて」
そこまで言ってから、
「あと給料もください」
「やっぱりそこ来るのね」
「当然です」
即答だった。
私はため息をつきながらも、口元が少し緩む。
「いいわ。任せる」
「ありがとうございます」
「ただし——」
私は指を一本立てた。
「持ち逃げしたら、どうなるかわかるわよね?」
一瞬だけ沈黙。
そして七海は、にこりと笑った。
「契約書に“逃げたら死刑”って書いておきます? 法的に問題ない形で」
「物騒すぎるでしょ」
「冗談です」
絶対冗談じゃない顔だった。
——ああ、これは。
「とんでもない人材拾ったかもしれないわね」
小さく呟くと、
「遅いですよ、気づくの」
七海はそう言って、空になった皿を見下ろした。
「……で、キノコおかわりあります?」
「まだ食べるの!?」
こうして後に世界を揺るがす制度が、この時、何気なく生まれたのだった。
これで私は働かなくてもみんなが働いてくれる。私はやりたいことを丸投げするだけ。
今まで散々苦労したが、これからはいいスローライフを送れそうだ。
「——これ、天才では?」
私は自画自賛すると、七海が言ってきた。
「ではミナエ姫様。早速依頼を姫様のしもべに出して下さい。報酬は適正価格でお願いしますね。でないと、経済格差が起きたり、最悪経済が回らなくなりますので」
まだまだスローライフへの道は遠そうだ。




