↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北欧おやつ時間〜夢のケーキと午後三時のフィーカ〜  作者: 地野千塩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/54

ムンキと午後三時のフィーカ(3)

 カフェ・午後三時のフィーカの店長から貰ったお土産は、大きめな紙袋に入っていた。中身はシナモンロールとドーナツ。二つとも濃い甘い香りがし、日本のコンビニやパン屋では見た事もないパンだった。特に渦巻き状のシナモンロールは、顔ぐらいの大きさで珍しい。


 そうは言っても夕飯前にこんな甘いものは食べられない。


 明日香はひとまず、ドーナツは自宅のキッチンのベーカリーボックスに入れておく事にした。


 ごくごく普通の二階建ての自宅だったが、母は定年後も働き続け、キッチンはそこそこ乱雑だ。父も旅行や趣味に忙しく、今も韓国に長期旅行に出掛けていた。元々二人とも学校の先生だったせいか、定年後の今は肩の力も抜けているのだろう。


 明日香の上には姉が一人いた。今はもう結婚し、子供も三人いる。明日香と違い薬剤師資格を持ち、長く薬局で働いている。人生迷子中の明日香とは対照的に堅実で安定感のある姉だ。


 そんな姉と比較され、子供の頃から息苦しかったのは事実。ここでの実家生活も親の目が気になり、全く楽しくなかったが。


「まあ、そんな事考えてもしょうがないか……」


 明日香は腕まくりをし、台所の流しに溜まっている皿やコップを洗い始めた。あのカフェでも洗い物が案外楽しかったので、勝手に手が動いてしまっていた。カフェで見たカップや皿と違い、パン屋のキャンペーンの皿や百均のコップが多かったが、汚れが綺麗に落ちると気持ちいい。それにカフェで店長に洗い物が丁寧だと褒められた事を思い出すと、少し楽しくなってきた。


「あ、スキマバイトアプリでレビュー書くの忘れた!」


 洗い物を終えた時、その事を思い出し、急いで手を拭くと、食卓に座ってレビューを打ち込んだ。


 スキマバイトアプリはすぐ給料が支払われる事が特徴だが、レビューを打たないと振込み申請ができない。


 レビューは簡単な一文でもいい。そうしているユーザーも多かったし、明日香も毎回どこへ行っても「お疲れさまでした」と一言で終わらせていたが、なぜか今はちゃんと書きたい気持ちがわきあがる。


 店内の様子、店長の人柄、パンやケーキが美味しそうだった事、看板猫が可愛かった事、帰り際にお土産まで貰ってしまった事をて丁寧に書き、送信した。こうして金額申請が完了し、本日の給料も振り込まれるだろう。


「それにしても……」


 今、思い出すと、あのカフェがやっぱり気になる。


 北欧とは? 店長のルーツであるフィンランドってどこ? 気候は? 国民性は?


 それらを調べてみる。現代はAIもあり、インターネットで数分で調べてられてしまう。


「フィンランドは北ヨーロッパ、スカンジナビア半島ってとこの東にあるのか。森と湖の国。白夜とオーロラも特徴。デザイン大国、サンタクロース、ムーミン、サウナが有名。福祉大国、ワークライフバランス、男女平等の国かぁ」


 インターネットでざっと調べた結果を読みながら、フィンランドがどんな所か輪郭が掴めてきた。


「やっぱり宗教はキリスト教か。へえ、気候はマイナス二十五度まで下がる事があるんだ!」


 他にも自然を大事にする国民性、ワークライフバランスや育休も重要視されている事、静かで控えめだが実直な人が多い事なども知る。日本人との共通点は自然を大事にする事や控えめで謙虚な所だろうか。違う点は日本人はお世辞を言うが、フィンランド人は率直なコミュニケーションを好む事、日本より福祉重視、日本の長時間労働感覚は薄く、定時退社。夜が長いので仕事も早く終わらせている背景があるらしい。


 また、フィンランドの湖や空の画像も見てみた。特に空は青い絵の具を何層にも重ねたような深みがあり、思わず深呼吸したくなるような色。


「ムーミンの国か。やっぱり楽しそう……」


 そう呟くが、実際住んでみたら、イメージと違う事も多いだろう。外からは見えない面もあると思った時、母が帰ってきた。


「あら、明日香。今日はスキマバイト行ったの?」


 母は少々不自然なほど髪を黒く染めていた。背筋もスッと伸び、全く背が曲がっていない。年齢は六十二歳だったが、まだまだ現役という雰囲気。それに元教員だった為か、明日香を見る視線も特に優しくない。むしろ厳しめ。


「今日は行ったから。カフェでのバイト」

「全く。三十過ぎてスキマバイトなんて恥ずかしい。お姉ちゃんはもう三人目産んだ年齢よ。そもそもバイトすら面接が通らないって何? 怠けているんじゃないの? ちゃんと書類書いた? 写真貼った?」


 今日、母は職場で嫌な事が多かったらしく、明日香に八つ当たりを始めた。


「明日香みたいなのを子供部屋おばさんって言うんだって。子供部屋おばあちゃんになったらどうするのよ。ちゃんと正社員にならないとダメじゃない。本当、お姉ちゃんと違ってあなたは……」


 母の八つ当たりは全く止まらない。確かに仕事から帰ってきて、家でぼーっとしている娘をみたら、楽しくないのかもしれないが、母の発言は一つも間違っている部分が無く、明日香は口籠る。何一つ反論できなかった。


「全く。今日は作り置きの冷凍のでいいわよね」

「う、うん……」

「さっさとして。手伝って」


 母には全く逆らえない。昔からそうだった。思えば大学までは母の意向に沿う事ばかり考えていた。結局、高校も大学の母が選んだ所に行った。


 それは現在もそうかもしれない。正直、口うるさい母だが、心の底では全部決めて欲しい願望もある。それぐらい明日香は人生に迷子中だった。人の目も気になり、誰かに嫌われる事も過剰に考えてしまう。


「お、お母さん、わ、わかった……」


 ただ、そうはいかない。もう明日香はいい大人だ。誰にも言い訳できないし、人のせいにもできない。迷子中とはいえ、人生は自分の決断の連続である事だけは分かっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。