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北欧おやつ時間〜夢のケーキと午後三時のフィーカ〜  作者: 地野千塩


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ムンキと午後三時のフィーカ(2)

「店長の雨川麦です。よろしくお願いします」


 明日香はカフェ店長と自己紹介を交わしながら、再び心臓の音を実感していた。


 従業員入り口から、エプロンをつけて着替え、手を洗うと、カフェの厨房に案内された。厨房は一般的のステンレスが目立つ場所だったが、コーヒーやパン、甘くスパイシーな匂いが漂う。特に業務用オーブンのあたりからいい匂い。食器棚には、北欧風の花、雫、雪の結晶などのオシャレなカップも目立つが、それよりも店長だ。


 店長はパッと目を引くようなルックスだった。白シャツ、エプロン、ジーンズというシンプルなカフェ店員スタイルだったが、肌が綺麗、堀も深め。鼻も高く、まつ毛も長い。栗色の短髪だったが、もしかしたら、金色の長髪もとても似合いそうな雰囲気。俗っぽい言葉で言えば「イケメン」という存在だろう。全体的に日本人離れしている。声も低めで落ち着いている。背も高い。


 故にとっつき辛い。神経質そうにも見える。明日香も女だ。別にイケメンが嫌いというわけではないが、スキマバイト中には目は毒というか、緊張する。


「いやいや、そんな緊張しなくていいから」

「え?」

「実はもうこのカフェ。常連さん多いし、私が副業で不定期にやってる所で。本業では裏手の教会でキリスト教の宣教師やってるんだ」


 笑顔で話す店長は、意外と気さく。それに笑うと目尻に皺ができ、これが隙を生み、人懐っこい。うっかり明日香も笑ってしまい、緊張がほぐれた。


「宣教師ってどんなお仕事ですか?」


 ついつい質問までしてしまう。向こうは明日香の事を根掘り葉掘り聞いてこないのをいい事に。明日香と身長落差があり、見上げるのが少し面倒ではあったが。


「いや、別に無理に布教とかはしないよ。牧師の手伝いや教会に来てくれた人の話を聞いたり」

「へえ」

「このカフェも古くなった礼拝堂をイノベーションして作ったんだ。元々俺はフィンランド人の母と日本人の父とのハーフでさ。父も宣教師だったんだが、世界中を転々としながら……」


 意外な事に店長はよく話した。イケメンでとっつき難いのは明日香の思い込みだったらしく、緊張感が全部きえてしまった。


 その上、なかなか仕事に入らない。今はちょうど客もいないという事で、カフェの案内もしてもらう。


 カフェは想像通りの温かみがあり、オシャレな場所だった。元々教会だったらしく、カウンターのほうには十字架のオブジェも残っていた。それに天井も高く、窓も大きい。オレンジの柔らかな照明と自然光が優しく溶け合う。


 小さなカフェだったが、そのおかげで開放感や清潔感もある。木々の温かみのあるテーブルや椅子、それに壁に飾ってある絵画もオーロラ、森、サウナが表現されていた。木でできたリスたクマの小物も綺麗に飾ってあった。それらはぎっしり詰めてない。空間や空気感を大切にしている飾り方で、ゆったりとしている。ギチギチ感とは正反対の雰囲気だ。


 ゆったりしているのは飾りだけではない。窓辺のソファで猫がゴロンとしていた。


 あの白猫だった。やはりカフェの猫だったらしい。


「この猫はうちの子。看板猫だ。元々野良なんで、たまにお散歩に行くけど、基本的にここが定位置」

「へぇ。可愛い」

「名前はムンキっていうんだ。ムンちゃんって呼んでる。よろしく」

「ニャー」


 白猫とも自己紹介を交わす。こうして見ると、普通の白猫だ。確かに毛並みはモフモフとしているが、明日香に道案内など出来るわけがない。偶然だろう。


 最後に店長からカウンター方面を案内された。チルドケースには、イチゴのケーキ、桃のタルト、キノコパイなどが詰められていた。その隣のベーカリー棚には、シンプルな形の丸パンだけでなく、シナモンロールやドーナツもあり、甘くて濃厚な匂いがする。


「お、美味しそう……」


 思わず呟いてしまう。このチルドケースやベーカリー棚だけは、空間を意識してなく、ぎっしり感があり、明日香は思わず呟いてしまう。


 これには店長はクスクス笑っていた。


「ま、ぼちぼちお仕事始めましょ。次はまず洗い物から」

「はい」

「そんな緊張しない。割っても大丈夫だから。緊張しないで気楽に行こう」


 そんな店長の言葉のせいか。厨房の洗い場でひたすら洗い物をしていたが、肩の力が抜ける。洗っている皿やカップは、明らかにオシャレな北欧風なものだったが、店長の指示は丁寧かつ適切で、仕事に集中できた。


 その次はオーダーやバッシングもした。こうして飲食店で働くのは大学生以来だったが、常連客は皆優しく、誰も焦らせるような発言も行動もなかった。大学生で働いていた時の居酒屋やファストフードでは悪い思い出も多かったので、目から鱗だ。店長も常連客と笑い合い、カフェの中は寛ぎに溢れている。


 仕事の面接も通らず、転職を繰り返してきた明日香は、すっかり仕事に悪いイメージがついていた。義務感、お金の為、本当はしたくないもの、我慢、苦痛。仕事とそんなネガティブな言葉と相性が良かったので、まるで正反対だ。


 あっという間に三時間の時が過ぎていく。明日香の頭の中は「あれ? スキマバイトとはいえ、仕事って楽しいものだった?」という言葉が流れ続けていた。


 最後の帰り際、店長からお土産も貰ってしまう。嬉しいというより、この好待遇に明日香は目をぱちぱちさせ、困惑してしまう。ブラック企業ではサービス残業も当たり前だった。休日もなかった。


「いや、岡辺さん。真面目に働いてくれたから、おまけ」


 しかも店長はちゃんと明日香の名前を呼ぶ…普通、スキマバイトでは名前を呼ばれる事はない。酷い場合、「あの人」とか「アレ」と呼ばれる事も。手が空いてしまい、透明人間のように扱われる事も珍しくない。それを思い出すと、名前を呼ばれただけで目頭がじんと熱くなってしまった。


「いいんです……か?」

「ええ。今日一日ありがとう。フィーカを楽しんで」

「フィーカ?」

「北欧のコーヒーブレイクタイムの事だよ。おやつの時間というか、午前に一回、午後に二回ぐらいフィーカがある」

「そんな休んで仕事になります?」

「かえって集中力が続くんだ。思えば日本人、働き過ぎ。真面目過ぎ。インプットし過ぎ。繊細すぎ。何でも詰め込んで働くのが正解じゃないからね?」


 店長は白い歯を見せて笑っていた。


「だったら正解はなんですか? 働くとはどういう意味なんですか?」


 この明日香の質問には答えなかった。仕事中は丁寧な対応だったのに、ニコニコと微笑んでいるだけだった。

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