希望の光とクリスタルコーヒーブレッド(4)
その次の日。
カフェは休みだった。スキマバイトアプリも入れていたが、企業側の事情でキャンセルになり、明日香の時間が空いてしまった。
スキマバイトアプリはワーカー側がキャンセルした場合、ペナルティポイントがつくが、企業側のキャンセルは何もないという。理不尽であるが、仕方がない。
シェアハウスでは和美はずっと投資をしており、話けられる雰囲気はない。真緒も大学に行ってしまった。
シェアハウスに一人でボーっとしていても暇だ。結局、明日香は駅前まで散歩しに行く事に。
平日の午前中は比較的人は少ない。子供連れや裕福そうな雰囲気のマダムが目立つ。明日香は少し居心地の悪さを持ちつつも、商業ビルの中の書店へ。
書店の店頭の北欧フェアは最終日だそう。棚の空白は目立っていたが、明日香はそこで一冊のノートを手にする。ムーミンのイラストつきのノートで値段は七百円以上。普段だったらノート一冊にこんな金額はだせない。百円均一に行くところだが、ノートにいるスナフキンやリトルミイとも目が合い、どうしても惹かれてしまった。
値札は見ないようにしながらレジへ向かい、購入。
昨日、店長が言っていた事が頭の中から離れない。
ノートに夢を描いたら叶うのか。そんな夢物語みたいなものは信じていないが、今は満足だ。明日香はその足でカフェへ。
チェーン店の庶民向けのカフェだ。客層はサラリーマン風のおじさんや主婦らしき人も多い。あまり静かではなく、むしろ、うるさい方だったが、薄めのアメリカンコーヒーを注文後、窓際の一人席に座り、ノートを開く。
ノートの中にもムーミンやニョロニョロもいた。思わずホッコリとしまうデザインだが、ボールペンで夢を書いてみる事に。
しかし意外と思い浮かばないものだ。とりあえず、仕事を見つけたい、経済的に自立したいなどを書いてみたが、夢というよりは目標になってしまう。
「うーん、意外と難しい」
薄めのアメリカンコーヒーを飲み、もう一度ボールペンを握る。
・カフェのお客様が笑う事。
そう書くが、これも半分以上は店長のおかげで実現している。全く夢が広がらない。子供の頃に書いたノートにはいくらでも描けたのに、今は一枚ページを埋めるだけで精一杯。
・お金持ちになる。
そんな事も書いてみたが、違和感。明日香の眉間に皺が寄る。これは夢というよりは、欲望ではないか。FIREを目指した黒歴史も思い出し、慌てて二重線で取り消す。
・楽しく過ごす。
抽象的。
・月三十万円の収入(正社員)。
これも目標と欲望が混ざった感じ。絶妙に妥協した感もある。
・結婚?
付き合っている人もいないのに。なぜか店長の顔も浮かんでしまい、急いで二重線を引く。
「あ、そうか……。店長といえば……」
・フィンランド旅行
これは夢らしい。前に店長がフィンランド旅行に連れて行ってあげると言った時、変な誤解してしまった事も思い出し、明日香の頬は熱ってきたが。
少し希望が出てきた。目標でも欲望でも無い夢が描けたような。心なしかノートの中のムーミンも「いいね!」と言ってくれているような。
・フィンランドに住む?
さすがにこれは夢見過ぎる?
そうは言ってもフィンランドの住む自分を想像していたら、肩から力が抜ける。居場所は日本だけではないと思うと、この状況にも深刻にならない。むしろ笑ってしまう。
ここまで書いた時、ちょうどコーヒーを飲み終えた。
カフェを出ると、また書店へ向かう。北欧コーヒーにあるフィンラン旅行の書籍もいくつか買おう。
来た時より、明日香の足取りは軽く、書籍の値段も気にせず購入した。
「あれ? 君枝さん?」
帰りがけ、書店の文芸コーナーに君枝がいる事に気づいた。
昨日、ゴスペル教室で会ったばかりの君枝だが、今日はメガネをかけ、目を皿のようにしながらう文芸コーナーをチェックしていた。その腕の中には文芸誌もある。今は文芸誌は売れない時代だとネットのニュース記事で見た事がある。
「君枝さん、こんにちは。偶然ですね」
重わず声をかけてしまったが、君枝は顔を真っ赤にしていた。
「え、なんで明日香さんが……」
そう呟いた君枝は、すぐに逃げてしまった。
「え?」
残された明日香は、首を傾げる事しかできない。なぜか君枝は逃げた。不快な気分にさせてしまったかもそしれない。本を選んでいる時に突然話しかけられるのは、良い気分もしないはず。
「あー、やってしまったかな……」
せっかく友達になれたかもしれないと思ったが、そうそう簡単にはいかないかもしれない。




