希望の光とクリスタルコーヒーブレッド(3)
ゴスペル教室は後半戦へ。後半戦もメンバーで大声で歌い、汗だくになりつつあっという間に終わった。
「お疲れさまー!」
最後に店長がアイスコーヒーを配る。声を出し、汗を流した後にはぴったりだ。普段、カフェではあまりカフェでは出されないアイスコーヒーが、今はメンバー全員、ごくごくと喉を鳴らす。
「しかし不思議ね。ゴスペルを歌っていると、すごい気分が明るい。本当に宗教音楽かしら? 信じられない」
君枝はアイスコーヒーを飲みつつ、首を傾げていた。それも明日香や名村も同意だったが、牧師である田中、それに店長も苦笑している。
「ゴスペル、讃美歌には明確な目的がある。普通の音楽は人を励ましたいとか、癒したいとか目的が人によってまちまちな感じでしょう?」
田中はよく通る声で言う。
「でもゴスペルは、神様を讃美するという明確な目的があるから。目的っていうか、夢、ビジョンとでも言えるのかな? 聖書には夢やビジョンがない民は滅びるという意味の言葉もある」
田中の言葉を引き継いで店長も説明した。さすが本業というべきか、この時の店長は目が生き生きとし、いつもより口調が熱っぽい。
「そう、人生にも夢やビジョンが大切。神様はただ毎日を生きてお金を稼ぐだけの人生は望まれていないから」
熱っぽい口調の店長に騒がしかったメンバーも黙り、耳を傾けている。
「みんなも是非、夢やビジョンを描いてみて。どんな希望でもいい。まずは自由に心行くままに」
店長のこんな言葉とともに今日のゴスペル教室は終了した。
他のメンバーはすぐに帰ってしまったが、店長はグラスの片付けや掃除をするという。明日香も手伝う事にした。
グラスを洗い、カフェの床もワイパーで拭く。いつものカフェの掃除。明日香も慣れたものだ。
気づくカフェの窓から入る日差しは、オレンジ色に染まってきた。
「店長、もう夕方ですね」
「そうだなー」
そんな事を話しつつ、最後にカフェのテーブルや椅子を復元して片付けは終了だ。
明日香はもう帰って良いはずだが、なぜかこのまま帰るのは、惜しい気がして、一つ店長に質問してみた。
「店長、さっきの話ですが」
「うん? なんだろう?」
「夢やビジョンってどう描けばいいんですかね?」
店長は自由に描いて良いと言っていたが、明日香はまだまだ人生迷子中だった。そうは言ってもどうすれば良いのか分からない。
「まずはノートを一冊買ってみよう」
店長は手を叩く。パンという気持ち良い音が、明日香の迷いを全部打ち切るようだ。
「ノート?」
「そこに自由に描いてみよう。子供のように」
ここで店長は本当に子供みたいに無邪気に笑う。実年齢は三十歳ぐらいだ。目尻にも皺があるのに、なぜか目だけはキラキラと希望が宿っている。子供みたい。
「て、店長の夢はなんですか?」
そんな笑顔が直接できず、思わず視線をずらしつつ聞く。
「僕の夢? たくさんある」
「一番は?」
「それはもちろん、日本人にも神様を知って貰う事」
店長は再び目を輝かせながら、神様や聖書の話を語る。
明日香はこんな店長は一度も見た事がない。カフェではどちらかといえな落ち着いて冷静だったが、今は子供のように無邪気だ。
「で、でも日本人は無神論というか無宗教派が多い感じですよ」
ネガティブな事を言ってしまったが、むしろ店長は大笑い。歯を見せて笑ってる。
「だからこそ、だよ。燃えるよね」
「そういうもの?」
「うん。平坦な道のりだったら、面白くないよ。たまには険しい道でもいいし、時には迷子になっても大丈夫」
その声は優しく、明日香も思わず頷いてしまう力があった。
「道標も地図も近道もあるから。逃れの道も。もちろん帰る所もある。だから大丈夫!」
まるで遠回しに明日香を励ましているみたいだった。
「そ、そうかも、ですね……」
とりあえず、新しいノートを買ってみようと明日香は決めた。
人生迷子中で上手くいかない事の方が多いが、夢を描こうと思う。そう思うと、希望の光が心に灯る。
「うん、大丈夫だよ。岡辺さんなら大丈夫」
店長の声を聞いていたら、すっかり安心していた。
そう、大丈夫。人生迷子中でも大丈夫。明日香は自分にも言い聞かせていた。




