人生の実とベリーケーキ(2)
明日香のゴールデンウィークも暇ばかりでもなかった。
実家に呼び出され、掃除させられていた。なんでも家の一部を修繕・改築をするらしく、使っていない家具などを捨てたり、ゴミをまとめたり明日香も働かされていた。
ちなみに父は旅行中だ。母に小言を言われながら掃除をするのは想像以上ストレスが溜まったが、無視するわけにも行かない。明日香の姉も多忙だ。結局は実家の用事も明日香がする事になっている。
「ほら、明日香。また仕事辞めたんでしょ。どうせ暇なんだから、こっちの要らない服も袋につめて!」
「わかったよ」
退職した事についてもチクチクと嫌味を言う母にため息しか出ないが、とにかく手を動かし続けた。
庭にある物置にも家のものを一部運び入れ、不用品はどんどんゴミ袋に詰めていき、お昼前にはだいぶ片付いてきた。
「うん? このノートは何?」
物置の段ボールの中に明日香の学用品やランドセル、習字や絵の具セットがあった。さすがにもう不用品だと大部分をゴミ袋に入れたが、ノートが気になる。意外にも保存状態の良い自由帳が何冊かあったが。
「いや、でも中二病の黒歴史ノートかも。あんまり見たくないな。捨てようかな」
ちょうどノートも全部ゴミ袋に入れようかと思ったが、母から声がした。一旦休憩し、昼ごはんを食べようと言う。
「わかったよー!」
とりあえずノートは後回しだ。明日香は物置のある庭から、家のリビングへ。
もう食卓の上には昼ごはんができていた。といってもうどんにツユ、揚げ玉、ネギ、海苔だけのもの。明らかに冷凍うどんでもあったが、今は掃除で腹も空いていた。
正直、母と食事するのもあまり良い気分でも無いが、一緒に食卓につき、食べ始めた。
実際、お腹が空いていた。こんな手抜き料理でもスルッと完食してしまう。少し物足りないぐらいだが、冷蔵庫を見てもろくなものがない。母によると、ネットスーパーで注文していたものが届くには夕方らしい。
「夕方までいる? っていうか泊まる?」
「いえ、いい」
珍しく母は優しく声を出し、泊まる事を提案してきたが、明日香はゆっくりと首を振った。
「そうよね」
「うん、もう子供じゃないし」
なぜか母はここで目元がうるっとさせていたが、すぐ戻った。短期離職やいつまでも転職活動中の明日香に小言を繰り返す。
「もう、だからあの工事は辞めた方が良いって言ったでしょ」
「そうね……」
「私だって長く生きてるからね。人間関係がいいとかわざわざ当たり前な事をアピールしている会社は、本当良く無かったわね。アットホームの会社とかも怪しいよね」
これについてはぐうの音も出ない。明日香はこくこく頷く。
「それでどうするわけ? またどこか会社受ける予定ある?」
「…… 」
答えられない。人生迷子中の原因がわかり、しばらく求人を見ない事にしたとはとても言えない。もっとも母はこれ以上何も聞いてこなかったが。
「しばらくカフェ店員するから」
「そう」
「よくあの店長さんまた雇ってくれたわね。あの店長さん、かなり優しい」
母はカフェで食べたいちごのケーキの味も絶賛していた。浅煎りの北欧風のコーヒーも、猫のムンキの可愛さも。
「カフェはゴールデンウィークやってないの?」
「やってない。店長も本業が忙しいみたいで」
「そうなの。また苺のケーキ食べたかったけど、残念だわぁ。店長さんにも会えないのは寂しいわ」
「そ、そうだね……」
頭に店長の顔が浮かんでは消えてしまった。数日会っていないだけで、何年も離れてしまった気分だ。あの会社を退職後、まだ一回も働いてはいないので余計に複雑な気分になっていた。
こんな他人に対して寂しいと思うのも久しぶりだった。なぜこんな感情を持ってしまったのか。明日香はわからない。もしかしたら、単に店長の作る菓子やパンに胃袋を掴まされてしまっただけなのかもしれない。
そう思うと、北欧風の菓子やパンも無性に食べたくなってしまった。
実家の掃除が終わると、その足で賑やかな駅前の方に向かい、若い女性客で賑わうカフェに入った。店頭のメニューには北欧風のベリーケーキもあり、食べてみたくなった。
店の奥のトイレ近くの席に案内された。混み当ているので仕方ない。コーヒーと北欧風ベリーケーキを注文し、食べたらすぐ帰る事にした。
周囲は客達の声でうるさく、あまり落ち着けないが、十分ぐらいですぐにコーヒーもケーキも持って来てくれた。
三角形にカットされたベリーのケーキ。確かに表面にゴロゴロとブルーベリーが飾られ、見た目も派手だ。ベリーの紫が鮮やかだ。底がパイ生地なのもいい。
「いただきます」
一応手を合わせ、フォークで切り分けつつ、口に入れる。ベリーの酸味やパイ生地のサクサク感、それに生地のバターやクリームの甘さが悪くない。とても美味しいが、何か違う気がする。コーヒーも濃いめで美味しいが、どうもあの店長のカフェでの味と違う気がした。違和感を持ってしまった。
カフェにも似たようなベリーのケーキが売られていた。見た目はそっくりだが、店長はよくフィンランドの森で取れるベリーの話をしてくれた。ベリーがビタミン類が豊富で健康にも良い。保存も効くので一年中、ベリーの味を楽しめるとも言っていた。
「ベリーはフィンランドの気候に適してるそうだよ。夏は日が長く、夜は涼しいおかげで、よりベリーの栄養価が上がるとか。不思議なものだね。僕らは何もしていないのに。神様が実を結ばせてくれたのかね?」
なぜかそんな蘊蓄も語る店長の笑顔も思い起こしてしまう。
「なんで? あれ? 私、店長に会いたがってる……」
それに気づき心臓がドクドクしてきた。明日香は慌ててコーヒーを口に含むが、頬の辺りが熱い。この動揺には心当たりがある。恋の始まり。急に相手を意識し出して動揺する事は初めてではない。
ただ、相手は店長だ。意外と彼について何も知らない。どこに住んでいるか知らない。フィンランドでどんな生活をしていたかも知らない。両親も知らない。お菓子やパンの技術をどこで習得したかも知らない。本業も何をやっているのかよく知らない。
「ま、まさか……」
そんな何も知らない相手に恋愛感情を抱くのは有り得ない。きっと何かの間違いだ。単純に菓子やパンが美味しいだけ。
カップの中のコーヒーを飲み干すと冷静になってきた。そもそも店長には特定のパートナーがいても不思議では無い。あのルックスだ。婚約者がいても何の不思議はないだろう。
そう、何かの間違いだ。違和感を持ったこの北欧風ベリーケーキも、ちゃんと噛み締めると美味しい。きっとこれも勘違いだろう。




