人生の実とベリーケーキ(3)
ゴールデンウイークも後半へ。実家の掃除の手伝いばかりしていたが、スキマバイトアプリでスーパーの品出しがあり、三時間ほど働いていた。
相変わらず名前で呼ばれないが、あの会社のようにいじめは無い。いじめできるほど深い関係にもならない。いや、なれない。相互にレビューがあるスキマバイトのシステムのせいだ。それを思うと気も楽になり、チーズや牛乳、ピザやヨーグルトなどをバリバリと品出ししていった。
今日は客も多く、売り場を訪ねられる事も多かった。暇そうな老人からおすすめのピザも聞かれたりしたが、カフェでのバイトでもコミュニケーションが慣れてきたところ。明日香は笑顔で対応していた。
気づくとあっという間の三時間。終わった時には爽やかない汗が流れているぐらいだ。
「はぁ、つかれたー」
スーパーのイートインコーナーで呟く。昼下がりの中途半端な時間なので他に誰もいない。ついつい独り言を呟きつつ、自動販売機の紙コップコーヒーを飲んでいた。
「岡辺さん!」
なのでイートインコーナーに店長が現れた時は、飲んでいたコーヒーをむせるほど驚いた。
今日はいつもと違いラフな格好だった。シャツの短パン。頭にはキャップ、片手に財布とスマートフォンという姿。完全なるオフ姿。プライベートの店長の姿になぜかドギマギしつつ、一緒にコーヒーを飲む事に。
「この辺りに住んでいるんだよ。本当は今日、宣教イベントがあったんだけど、急に中止になって」
偶然とはいえ、店長のプライベート的な話を聞いてしまい、明日香はかえって緊張し、ただただ聞き役に徹していた。
「子供達のキャンプは楽しかったですか?」
「うん。もうヤンチャだね。今の子も。ただ難しい子も昔より多い。親に甘やかされて、もう自分がなくなってしまっている子とか」
「自分がなくなる?」
遠くの方でスーパーの安っぽいBGMが流れているが、その店長の声ははっきりと聞こえた。
「いや、お腹すかない?」
「そうですね」
「何か買ってくるよ」
その答えは店長が買い物してきた後になりそう。数分待つと、店長はスーパーの袋を片手に戻ってきた。
中にはチルドスイーツがあった。どら焼き、みたらし団子、プリン、シュークリーム、北欧風のベリータルトというのもあった。
正直、カフェにあるもの、先日明日香が食べたものともだいぶ見劣りするベリータルトだったが、店長は写真を撮り、味見し、研究していた。
「店長、職業病みたいですね」
研究熱心な店長に苦笑しつつも、明日香もこのベリータルトを味見。確かにカフェのものとは違うが、これはこれで日本人の味覚に調整されているようだ。値段も安く、店長もコスパの良さに目をキラキラとさせているぐらいだが、ようやく元の話に戻る。
「そうそう。子供の話だった。そう、今の子は、親に甘やかされたり、過干渉受けたり、自分で決めるとか目的意識を持つのが苦手なんだよな」
「そう……」
これは明日香もさほど笑えない。
「だから周りを気にするというか。誰かの許可がないと動けないというか」
「そう……」
「でも、そういう子でも本当は何したいのって聞くとちゃんと動ける。答えは自分の中にあるんだろう。子供は周りに大人達があれこれ言わなくても、自然に実を結ぶんだ。本当は子供って強い」
店長はベリータルトのブルーベリーを口に入れ、咀嚼しながら頷く。
「岡辺さんもそうじゃない?」
「えー、どうだろう……?」
「周囲があれこれ手取り足取りする必要はないね。うん、自由にやってみよう。自由に好きなことを、自分の思うままに」
店長は目を細めて笑っていた。目尻に皺が出来、優しげな笑顔だった。
「人生にもフィーカが必要。自由に好きな事をして気を抜く瞬間も、時には必要」
店長の言いたいことはだんだんと理解してきた。仕事が全くうまくいかない明日香を励ましているのだろう。
その優しさに少し泣きたくもなってきたが。
「でも」
どうにか明日香は口の中を噛み、泣くのを堪えるが。
「でも、そんな自由に好きな事していいんですか?」
「うん? 誰かの許可は必要かな?」
わざと店長はおどけて言う。
「岡辺さんはもう子供じゃないよ。親や周囲に縛られる必要は、ないよ?」
そうして店長は、他のプリンやシュークリームもパクパクと食べ始め、あっという間に空になってしまう。
「大丈夫。自然に、勝手に実を結ぶ。ちゃんとした土地に種まきができているのなら」
店長は再び微笑み、満足そうにゴミを片付けていた。
「岡辺さん、僕のキャンプの話とか聞いてくれてありがとう。岡辺さんも案外、聞き上手かもしれない」
そう言い残し、店長は自宅へ帰って行った。
「種まき、土、勝手に実を結ぶ……」
なぜか店長が残した言葉が明日香の頭の中をぐるぐると回っていた。
今も人生迷子中。その目的すら何もわかっていない状態。それでも、実を結ぶ為には、まずは土台作り?
「あれ? 私、もう自由に好きな事していい?」
当然、その独り言に答えはない。店長は帰ってしまった。スーパーの安っぽいBGMが響くだけだ。
「そっか……」
誰かの許可は必要無いらしい。自分で決めた事なら大丈夫。もう大人だ。もう子供じゃない。
明日香はスマートフォンを取り出し、母に連絡を送る。しばらく掃除の手伝いができない事をだけ伝えておいた。




