第9話 プール 20250301
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20250308 改稿 微修正
青空にギラギラのお日様が浮かんでいる。気温は32度で、直射日光が、僕の剥き出しの肩に刺ささってチクチクした。プールサイドを裸足で歩くと、タイルが日に焼けていて、火傷しそうでスキップするように歩いた。プールの水面を渡ってきた風は少し湿っていて、水泳帽子からはみ出た髪の毛を揺らして、塩素の匂いがした。
僕のクラスは、34人。男子半分女子半分で、プールの前で準備体操をしていた。嬉しそうに張り切っている子がクラスの半分、仕方ないなと諦めた顔の子が残りの半分で、僕は最後まで諦め悪く逃げる道を探していた。
僕は、水泳帽子を被って、名前を縫い付けた黒い水泳パンツを穿いていて、目立たないように体操していた。こんだけ暑いのに、なんで水のシャワーだけ氷水みたいに冷たいんだろう。消毒槽でお尻の菌を殺すって言うけど、皆で浸かってたら、お尻の菌が消毒液に勝っちゃうと思います。
妙にムキムキの短パンを履いた先生が良い笑顔で言った。
「よ~し、それじゃぁ、泳げる人と泳げない人で別れて練習するぞ」
僕は、空を見上げて、詩人になる。
「次に生まれたら雲が良いな。プールに入らなくて良いから」
僕は、積み重ねてあるビート板を手に取ると、泳げない人チームに並んだ。チラッと「菊っちゃんが居たら、泳ぎ教えてくれるのかな?」と思った。
さすがに古時計をプールに持ち込む訳にはいかなくて、教室に着替えと一緒に置いてきた。そういえば、あの時計からどれ位の距離なら、菊っちゃんの声が聞こえるんだろ?
「菊っちゃん?」
「ん?なんだ?」
…普通に答えたよ。
「僕の声聞こえるんだ?」
「聞こえるし、見えるな」
「何処に居るの」
「四角い水面の上辺り。漂ってる」
うん。ホラーだね。
「カエデたん探しに行こうと思ったら、時計から500メートルくらい離れたところで消えそうになった」
カエデたん…、まだ引っ張るんだこの人。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
午前中の強い光がプールの水の中にも差し込んで、水面の影がプールの底でゆらゆらと揺れて見えた。プールの底のところどころに塩素の錠剤が沈んでいるのも見えた。僕は、目をカッと見開いて、口からガボッと空気の泡を吐き出した。もう…駄目だ限界だ。
プハッっと、水面から顔を上げて息をつく。
僕はビート板を両手に、水面に顔を漬けていた。
目標の顔漬け50秒達成。水中で目を開くことに成功している。
僕は静かにガッツポーズ。
僕はカナヅチじゃない。
[けのび]は出来るから。ほら、仰向けに水面に浮くやつ。
前向きな気持ちは大事。
僕は物事が始まるまでグダグダと動かないタイプだ。
そして本番になると頑張るタイプ。
本番だけ頑張っても、準備がグダグダだから結果は良くない。
テスト勉強はしないくせに、テスト本番は一生懸命やるタイプ。結果はいつも普通か普通以下。
「ちゃんとやれば出来るんだけど」と、自分にいい訳するタイプだ。
そんな僕は、授業が始まって、着々と自分のミッションをクリアして機嫌が良かった。何事も1歩1歩だ。
25mプールを縦に2つに分けて、半分が泳げる人用エリア、残り半分が泳げないようエリアになっている。
僕は、中央寄りの泳げないエリアの際に立っているので、僕の隣をスイミングスクールに通う同級生が綺麗なクロールで通り過ぎていった。
僕は、それを横目でチラリ見ると、ビート板を両手に顔を水につけて、次なるミッションに挑む。60秒水面顔漬けだ。
今、僕はビート板と一体になる・・・。
「おい、石井」
現実逃避に忙しい僕に声を掛ける人が居る。
貴方、多分それは人違いです。
「おい、石井一郎」
はい、僕です。
顔を上げると、強い表情で、大塚君が僕を見下ろしていた。
…やめて、このままそっとしておいて…。
僕の願いもむなしく、大塚君は言葉を続ける。
「石井、俺と勝負しろ」
次回:土曜日21時に投稿予定