9 密猟者逮捕の後
「ねえ、聞いた?」
「ええ、今回のベンガルトの騒動よね」
「そうそう、あれ密猟者がベンガルトの子どもを攫ったからなんでしょう?」
「ほんと、迷惑よね」
集落では、例の大型のモンスター出現が密猟者のせいだったと広まった。
この話が広まったのは、“ダルク”が二日前に帰ってきてからのことだった。
「まさか、子どもを攫うとは……」
頭を抱えているポールに、掛ける言葉を見つけられずに沈黙する。
そこで呑気にお茶をすすっている長老。
何とか言ったらどうだ。
「ふぉふぉふぉ」
視線で訴えかけたが、長老は穏やかに笑うだけだった。
まったく、自分が今回の事態を処理しなくていいからって呑気だな。
「連合にどう説明したら……」
「連合?」
「知らぬのか」
頭を抱えているポールはそっとしておくとして、答えてくれそうな長老に顔を向ける。
「ここら辺の集落は同盟を組んでおっての。何かあった時はそやつらに報告しないといけないんじゃよ」
「国とはまた違うんですか?」
「お前さんは一般知識はないようなのに、そういうことは知っておるんじゃのう」
「い、田舎者なんで」
また変なことを聞いてしまったようだ。
幸い長老は特に気にしていないようで、一安心する。
「国という制度ははるか昔に廃止されたのよ」
「どうして」
「境界線は、人の性に合わなかったのじゃろう」
「………」
つまり、国という形は境界線がはっきりしすぎてなんやかんやあって、今の連合という緩い境界線になったという感じなのかな。
まあ確かに「こっからここまで自分のとこ!君たちは入ってこないで!」みたいに言われたら微妙な気分になるか。
「じゃあ、この集落の境界線ははっきりしていないということですか?」
「そうなるの」
揉め事が起きそうなものだが、大丈夫なんだろうか。
元の世界では、陸域・空域・海域で細かく境界線を定めていたけど。
「じゃから、問題が起こった時は必ず報告しなければならないのじゃよ」
「責任の所在をはっきりさせるため?」
「それもあるが、一番は皆で解決するためじゃ」
どうやら、想像よりも連合はアットホームなのかもしれない。
「まあ、実情はお前さんが言うように責任の押し付け合いになることが多いがな」
「やっぱアットホームじゃなかった」
「あっとほ、なんて?」
今も頭を抱えているポールを見て納得する。
きっと連合の話し合いでは、重箱の隅をつつかれまくるのだろう。
「頑張ってください、ポールさん」
「………手伝ってくれてもいいんですよ」
じっとりとした目でこちらを見てくるポール。
私はそんな彼に爽やかな笑顔を向けた。
「無理です」
「………」
「………」
麗らかな日差しの中。
私は家の玄関の前で、沈黙していた。
目の前の狩人が口を開かないためだ。
朝、玄関を開けると人がいたという衝撃に、寿命が数年縮まった。
この人は私の寿命をどれくらい縮める気なのだろうか。
「その、ご用件は……」
「………」
残念、まったく喋らない。
頼むから早く用件を言ってくれ。
狩人といると全身から冷や汗が出る気がするのだ。
「ベンガルトの狩りで」
(あ、喋った)
「お前は森にいたか」
「いません」
光の速さで返答する。
どうしてこうも、この狩人は勘が鋭いのだろうか。
今後はできるかぎり関わらないようにしよう。
「………そうだろうな」
こちらの答えを分かっていたようだ。
だったら確認しにこないでよかったのに。
そしたら、私が冷や汗をかくこともなかったのに。
「密猟者たちは女がいたと言っている」
(うん、追い回されたね)
「だが、あの森は女がたった一人で歩けるような場所じゃない」
(モンスターがたくさんいるからねー)
「密猟者たちのいう女が、お前に似ていたから確認に来た」
「そうですか」
確認が終わったのだから、これで帰ってくれるだろう。
そう思ったのに、目の前の狩人は一向にその場を離れない。
彼はフード越しに、じっとこちらを見ている。
(大丈夫なはず……!レオンの痕跡は消してるし!)
数日前、レオンが突然庭にやってきたが、その時の足跡はきちんと消してある。
きっと大丈夫。
「……あの、まだ気になることが?」
「ドラゴンを見たことはあるか」
「!」
突然口を開いたと思ったら、鋭利過ぎる質問が飛んできた。
危うく心臓が口から出るところだった。
「……いえ、ないと思います」
「そうか」
平坦な声からは、彼が何を考えているのか全くわからない。
言い知れない不安に眉毛が下がる。
狩人はこちらの顔をじっと見た後、すっと去っていった。
集落のある酒場にて。
「なあ、お前はいい人いないのか」
「………」
絡み酒をしてくる“ダルク”のリーダーを、ユランは無視する。
しかし、それでめげる性格ではないため、そのままユランに絡み続ける。
ユランの周囲にはリーダー以外いない。
皆、ユランに様々な感情をもって近づかないのだ。
「俺はいたんだがなぁ、フラれちまったよ!」
「………」
「お前も何かないのか。ほら、性癖でもいいぞ!」
「………はあ」
これは答えるまで絡んでくると、長年の経験で感じ取る。
適当に答えようと、ユランが口を開こうとした時。
ふと、脳裏に今日の出来事が甦った。
狩られる前の獲物みたいに怯えていた女。
出会った当初からそうだったが、今日はもっとも怯えた顔をしていた。
あの顔を見た時、狩りの時の高揚感を覚えた。
「怯えた顔」
「……ん?それがお前の性癖か?」
その日から怯えた顔をした女たちが酒場にやってくるようになったのは、ユランにとって煩わしいことだった。




