最終話
「俺の父親なんだよ。大五郎」
絶句する。
前を走る車がなくてよかった。裕二の頭の中にはもう車を運転しているという意識はない。前方に車があったら確実にぶつけていた。
「ま、待て。ということは、涼子ちゃんは……」
「ああ、うん。妹。母親違いの」
健介の口調はごく軽いものだった。
「嘘だっ!!」
「嘘じゃねえよ。顔とか結構似てるだろ」
「似てねえよ!」
「前に写真見せてもらったとき思ったんだよ。お互い大五郎に似たんだなって。目元とか俺たちそっくりじゃね?」
「全然似てねえよ! ぶっ殺すぞっ!!」
裕二は頭を抱えそうになり、かろうじて今が運転中だということを思い出した。
信じたくなかった。
しかし、大五郎の顔を見た時に覚えた既視感の正体。なぜ知らないはずのおっさんの顔に見覚えがあったのか、今ならはっきりとわかる。
こいつだ。
大五郎と健介の面影を無意識に重ね合わせていたのだ。
裕二はハンドルを握り直し、健介を問い詰める。
「いつからだ? いつから涼子ちゃんが妹だって知ってた?」
「涼子が妹だって知ったのはーー」
「てめえ! 何涼子ちゃん呼び捨てにしてんだ!!」
「……話が進まねえよ。いいだろ、妹なんだし」
気を取り直し、健介は語り出す。
「俺に妹がいるって知ったのは、お袋が死んですぐだな」
健介はポツポツと告げる。
「俺がまだ赤ん坊の頃にお袋と大五郎は離婚して、それ以来一度も会ったことがなかった。だから、俺は父親なんていないと思ってたよ。震災で亡くなったって聞いたのも、随分と後だ」
葬儀にも出席しなかったという。
「当然大五郎が再婚してて娘ができてるなんて全く知らなかった。ただお袋には連絡がいってたみたいでな、お袋の遺品を整理しているときに見つけた日記に書いてあったんだ」
健介の母親が亡くなったのは、健介が高校の卒業を控えた年のことだったそうだ。
「俺、親戚もいなくて、お袋が唯一の家族だったんだよ。だからお袋が死んだら急に寂しくなって。もう俺1人きりだと思うと、なんか……な」
健介は曖昧に笑った。
「そんな時に見つけたのが、俺に妹がいるって書かれた日記と、父親……大五郎の写真だった。妹に会いたいって思うのも無理ねえだろ」
「……すぐ会いに行ったのか?」
「いや。まずどこに住んでいるのかがわからなかった。震災で住んでたところを失って、どこかに引っ越してたってなると個人で見つけるのは無理だ。だから最初に探偵を雇ったんだよ」
「探偵!?」
すごい執念だ。いや、この世でたった1人の肉親を探そうとすれば、そこまでするのだろう。
「一応、大学卒業できる程度の金はお袋が残してくれたんだけど、流石にそれじゃ足りなくてな。進学は一旦やめたんだ」
「まさか、お前が3浪した理由って?」
「ああ。探偵雇うのに金貯めてた」
そんなに重い理由があったとは。ただ単純に、こいつがバカだからだとばかり。
「で、そこそこの金と時間がかかったが、涼子を見つけた。だけど一つ問題があった」
「問題?」
「涼子が大五郎のこと覚えてなかったんだ」
「あっ」
そうだ。涼子がこれまで育ててくれた父と血の繋がりがなく、大五郎という実の父の存在を知ったのは今日のことだ。
「そうなっちまうと、どう考えても俺の存在は邪魔だ。今の家族でうまくやってるのに、俺がノコノコ出ていくわけにはいかないだろ? だから、涼子と会うのは諦めた」
諦めた。
簡単に言うが、そう決意するまでにどれだけの葛藤があったのだろうか。
「で、もともと行く予定だった大学を受け直して進学した。するとまあびっくり。その大学にお前がいたんだ」
健介は楽しそうに口角をあげた。
「いや、まじでびっくりしたよ。もともと涼子に恋人がいるってことは探偵に報告されてたし、その恋人の顔写真ももらってたんだが。まさかそい
つが俺と同じ大学に進学してたなんて」
すげえ偶然だよな。なんて言って健介は笑った。
「そうなるとどうしても欲が出てくる。涼子の恋人と接触して、なんとか涼子の近況を聞き出せないか、ってな」
「お前が大学で声かけてきたのは、そのためか」
「ああ。ある程度親しくなったところで、さてどうやって聞き出すかって悩んだんだが、これはすぐ解決した。だってお前、酒入ると聞いてないことまでベラベラ喋り出すし、喋った内容全部忘れちまうんだもん。こうなったらもう飲ませるしかないだろ」
そういえば大学生の時、こいつは何かにつけて裕二の部屋に酒を持って遊びにきていた。裕二が酒を飲むようになったのも、ことあるごとに健介が勧めてきたからだ。
「……まさか、僕の酒癖が悪くなったのは、お前のせいか?」
「いやあ、それはお前の生まれ持った資質だろう。開花させたのは俺かもしれんが」
衝撃の事実だった。
「そんなわけで、お前とつるむようになって、定期的に涼子の話を聞いたりして数年。お前らが結婚式挙げるって聞いて、いよいよかと思ったね。結婚式に招待されて、友人代表のスピーチまで任されて、とうとう涼子とご対面だ。あっちは俺のこと知らないだろうから、一体どんな顔して会えばいいのかわからなくて悩んでたところで……大五郎と会ったんだ」
朗らかだった健介の口調が、わかりやすいほど沈んだ。
「1年くらい前だったかな、この再会もただの偶然だった。コンビニ行って帰る途中の道で、工事の警備員やってるのが大五郎だった。もう驚いたなんてもんじゃない。だって俺の父親は何年も前に死んでるはずなんだから。でも、そいつは大五郎だった。俺が何度も何度も写真で見た、大五郎だったんだ」
見間違えるはずがない。消え入りそうな声で呟いた。
「それで大五郎を問い詰めた。最初はしらばっくれてたが、俺が息子だって気づくと、ようやく認めたよ」
「…………そもそもの話なんだが、なんで大五郎は震災で死んだことになってたんだ? 生きてたんなら涼子ちゃんの元に帰ればよかっただろ」
大五郎は震災の時、津波で流されてそのまま死亡扱いになっていた。その後家族の届けで正式に死亡扱いとなったが、なぜ生きていることを知らせなかったのか。
「大五郎な、あんまりいい父親じゃなかったんだよ」
健介はため息をつきながら答えた。
「大酒は飲む、タバコは吸う、博打も打つ。三拍子揃ったクズだったらしい。俺のお袋ともそれが原因で縁を切られて。その後に結婚した涼子の母親にも随分苦労かけたらしい」
「春子さんがやけにお金に厳しくて、酒タバコ博打を嫌悪してたのって…………」
「まあ、前の旦那がクズで、苦労させられたからだろうな」
そう言われると罪悪感がある。実際に裕二も酒のせいで身を滅ぼしかける寸前だった。
「挙げ句の果てに結構な借金までこさえたんだと。だから死んだふりをしたんだ……自分が死ねば、死亡保険で借金が返せるからな」
「そんな……っ」
裕二は思わず息を呑んだ。
「大五郎は世間的には死んでいて、戸籍がない人間だ。まともな職にはつけない。俺と再会した時には、日雇いの仕事をしながらほとんどホームレスみたいな生活してたよ」
「だからお前の部屋に?」
「ああ。流石に放っとけなかった」
健介は過去を懐かしむように目を細めた。
「大五郎との生活は……なんていうか、変な感じだった。俺からすれば大五郎は写真でしか見たことがない父親で、あっちからしても俺は赤ん坊の時に別れてそれっきりの息子。いまさら親子として接するなんて無理がある」
健介はため息をつきながらそう語るが、裕二はその口ぶりにわずかながら楽しそうな響きが込められているのに気づいた。
「それでも、俺たちはそれなりにうまくやれてた。大五郎、お前と涼子が結婚するって聞いて嬉しそうにしてたよ。結婚式には出れないから、代わりに写真を撮ってきてくれって頼まれたな」
しかし、その望みは叶わなかった。
「5日前。部屋に帰ったら大五郎が死んでた」
健介は、不自然なほど淡々とした口ぶりで告げる。
「多分、柳生の者が言ってた金ヅルってのは大五郎の息子である俺のことだ。弱みでも握ろうと俺のこと調べてたら、大五郎が生きてることを知ったんだと思う。で、後はお前が推理した通りの出来事が起きたんだろうな。だけどその時の俺にそんなことわかるはずもなく、ただ呆然としてた。それから真っ先に考えたのは、大五郎の死体をどうやって処理するかだった」
「…………それがわからない。そこからなんで死体遺棄につながるんだ?」
この騒動の原因となる、健介の行動。
「まさか、大五郎が今ままで生きていたことが明るみになって、涼子ちゃんに実の父親の存在が露見しないようにするためか? そんな状況だったら、いくらなんでも仕方がないだろうに」
「いや、それだけが理由じゃない。さっき言っただろ、大五郎の借金の返済に、死亡保険を使ったって。つまり保険金詐欺を働いたんだよ。今回大五郎が生きていたことがバレればその返済をする必要がある」
裕二はようやく理解した。実行犯の大五郎が死んだ以上、返済の義務が生じるのは、その保険金で借金を返した涼子の家族だ。
「お前まさか、涼子ちゃんのために死体遺棄なんて……!」
「……たった1人の、妹のためならな」
健介は軽くため息をつきながら、説明を続ける。
「最悪だったのが、俺の部屋で大五郎が殺されてたことだ。警察を呼べば、この死体は一体誰だ? って話になる」
「大五郎は戸籍のない人間。お前は身元不明のおっさんと同居してたことになるな」
「そうだ。俺と大五郎の関係をどう誤魔化せばいいか。下手すりゃDNA鑑定で親子だってバレる」
「だから小井手町に捨てることにしたんだな?」
健介はコクリと頷く。
「小井手町の崖に捨てれば、大五郎は身元不明死体の一つになる。そうすりゃ、俺との繋がりはバレないだろうと思ってな」
だから、裕二を利用してこんな大掛かりな計画を立てて実行したのだろう。
「今回の計画で一番の懸念はお前だった。まず最初に、お前を酔い潰してその隙に大五郎を車に乗せなきゃいけないからな。果たしてお前が俺の誘いに乗ってくるかどうか。乗ってきたとしても、結婚式控えた新郎が酔い潰れるまで飲むかどうか」
すると、ここで健介は呆れたような表情を見せた。
「そしたらお前。俺が何もしなくてもグビグビ飲むんだもんな。結婚式控えた新郎のくせして、こいつバカなんじゃねえかと」
「オ“イ“」
「お前すげえよ。大五郎トランクに入れたり、ガソリン抜いたり色々ごちゃごちゃやってたのに全然起きねえんだもん。白状するけど、お前の財布ポケットから取ろうとした時に、お前を一度座席の下に落っことしたんだよ。それでも目が覚めないから本当はこいつ、イビキかいてるけど死んでるんじゃないかってーー」
「はっ倒すぞ」
自身の酒癖の悪さをこれでもかと指摘されて、思わず頭を抱えしまう。
「お前なあ! そもそも、僕が死体を見つけて、結婚式に構わず警察に行こうって言い出したらどうするつもりだったんだよ!」
この計画は、裕二が死体を載せた車で式場に向かうと決めることを前提としている。警察に行くと言い出したら、計画そのものが破綻する。
しかし、健介はなんてことのないように答えた。
「それはほぼないだろうって踏んでたよ。お前って実は俺より倫理観やべえもん」
「…………」
まさかこいつにクズ呼ばわりされる日が来るとは。
「まあ、あとはお前の推理通りだ。ETCカード抜いてお前を小井手町に行くよう仕向けて、そこで大五郎を捨てようとした。でも、柳生の者が大五郎を殺したって知って……そうだよ。あいつのこと、殺してやろうって」
結局失敗したけどな。なんて力なく笑った。
健介はふと、思い出したかのように問いかける。
「そういやお前、結婚式は?」
「お前のせいでリハーサル抜け出す羽目になったよ。一応、事前に何度も打ち合わせしたから流れは頭に入ってるが」
現在16時30分。このままいけば結婚式の時間には間に合う。
「そうか。なら悪いけど、式場着いたらまた車貸してくれ」
健介が何をするためにそんな頼み事をしてきたのか、裕二はすぐ理解した。
「お前、いい加減にしろよ」
「仕方ねえだろ。元々、柳生の者を殺した後に大五郎を海に捨てるつもりだったんだ。復讐はもうやめるが、大五郎だけはなんとかしなきゃならない」
「ふざけんな。お前にそんなことーー」
「なあ頼むよ。大五郎、本当に涼子のこと気に掛けてたんだ。今後二度と会えなくても、たまに近況を聞けるだけで幸せだって。涼子にこれ以上苦労させたくないって、あいつだってそう望んでるはずなんだ」
必死に懇願してくる。その姿を見るのが、裕二は辛かった。
「俺、再会してからずっとあいつのこと大五郎って呼んでた。今更小っ恥ずかしくて、い、一度も親父って呼べなかった……」
健介の声に、嗚咽が混じる。
「頼む。これが最初で最後の親孝行なんだ」
「…………」
裕二は自分がどうすべきか考えた。
親友が罪を犯すのを黙って見ていられない。
でも、健介の気持ちは痛いほどわかる。涼子の幸せを願う思いは裕二だって持ち合わせている。
自分は一体どうすべきか。考えに考えて、裕二は結論を出した。
「ダメだ。お前に大五郎を捨てさせなんてしない」
「裕二っ!」
「自首しろ、健介。今なら死体遺棄は未遂だ。それで涼子ちゃん達に全部話せ。大五郎のことも、お前が兄貴だってことも。大五郎をちゃんとした形で弔ってやるべきだ」
「でも、そうなると保険金の返済がーー」
「保険金の返済? 舐めんな。僕は涼子ちゃんの旦那になる男だぞ。そんなの、僕がなんとかしてやるよ!」
裕二は宣言する。
自分が涼子を支え続けることを、幸せにすることを。
神様よりも先に、涼子の兄である親友に誓う。
「このまま式場に向かうぞ。お前、ちゃんとスピーチの練習したんだろうな?」
警察に自首するのはその後でもいいだろう。
「しっかりしろよ。お前は新郎の友人兼、新婦の兄として出席するんだから」
「…………ああ」
健介は目に涙を浮かべながら頷いた。
「あ。後それと……」
裕二は思い出したかのように告げる。
「僕はお前のこと、絶対にお義兄さんなんて呼ばないからな」
それを聞いて、健介は一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、すぐにバカ笑いを上げた。
笑いに笑って、涙を流しながら言い返した。
「やめろよ。お前にそんな呼び方されたら、寒イボ立つわ」
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