23話 先輩の想い
「今日はここまでだ。また明日も遅刻するなよ」
午後の授業が終わり、担任の鬼島が教室を出て行く。
「はあ~やっと終わったでやんす」
「そういえば尻口くんと幸坂くんは王座戦のチームどうだった?」
「おいらのチーム、全員無能力者で、ゴリゴリの男ばっかりだったでやんす」
尻口くんは肩を落とす。
ガラガラ!!!
「尻口ィ!! 今から特訓すんぞォ!!!」
突然、ゴリゴリの男達が入って来た。
「ひいいいい!!!!! 嫌でやんすぅぅ!!」
「俺達無能力者は努力と根性でなんとかするしかねえだろがァァ!! はよこい!!」
「せめて女の子と練習したいでやんす!! 帰って寝たいでやんす!!」
えっほっ、えっほっ、バタン!!
抵抗もむなしく、尻口くんは先輩方のゴチゴチの肩に抱えられて連れ去られていった。
「恐ろしいねぇ。ボクのチームはおとなしそうな人達だから良かったぁ」
ガラガラ
「…………」
今度はおとなしそうな人達が教室に入って来た。
「あれ? ボクのチームメイトさん達だぁ」
「…………幸坂……練習…………」
「えっ、えっ!?!? 離してぇ!! 嫌だぁぁぁ!! 糸くん助けてぇぇぇ!!!」
ズルズルズル……バタン
幸坂くんも連れて行かれてしまった。
見かけによらず、やる気に満ち溢れた人達だったようだ。
「二人とも連れて行かれちゃったし、俺も練習に行こうかな」
俺は体操服に着替え、約束の第四運動場へ向かった。
◇◇◇
夕方17時。
北区域、第四運動場。
この運動場は確かに人が少なく、すぐにチームを見つけることができた。
「お、九重。来てくれたか」
「はい! お疲れ様です」
来ていたのは、体操服姿の一ノ瀬先輩、小雲先輩、菊音さんの3人。
「よし、時間になったし始めるとしよう。まずは準備体操から」
一ノ瀬先輩は、前で屈伸や震脚、アキレス腱などの体制を取り、掛け声をかけてくれる。
1、2、3、4という掛け声に対して、俺達は5、6、7、8と返す。
続いて小雲先輩と菊音さん、一ノ瀬先輩と俺がペアになり、入念に柔軟を行う。
「よーし、準備体操終わり。これから練習に入る前に必ず今の一連の流れをするように。今日の練習は、基礎体力作りだ。まずは軽くグラウンドを5周してもらおう!」
「さ、5周!?」
そこそこ広いグラウンドを見渡す。
「ああ。大丈夫、今日は自分のペースでゆっくり走り切ればそれでいい。それじゃ、スタート!」
爽やか運動部の一ノ瀬先輩が先陣を切って走っていく。
本来、一ノ瀬先輩は監督であり選手ではないのだから走る必要はないのだが、運動部ではない俺達のお手本になるために走ってくれる。
最初はみんな一ノ瀬先輩について行っていたが、次第に隊列は長くなっていき、気が付くと1周、2週と差が広がっていった。
一ノ瀬先輩が圧倒的な速さでまずゴール。
「はあ……はあ……」
次に同じペースで走っていた小雲先輩と俺が一緒にゴールして、ペタンと地面に膝突く。
そして最後に菊音さんがゴール。
しばらく息の上がっている俺達の間に会話はなかった。
「みんなナイスランだ。ほら」
一ノ瀬先輩はゴールした後に児童販売機でスポーツドリンクを買ってくれていて、全員に配ってくれた。
「あ……ありがとうございます……」
「想像以上にしんどいもんやな……」
「はは、毎日走っていれば自然と息も上がらなくなるさ」
ま、毎日こんなに走るの!? って思ったのはきっと俺だけじゃない。
「よし、休憩したし、次はスピードを上げるためにダッシュだ!」
「また走るんですか!?」
「ああ。一瞬の隙をついて相手のバッジを破壊するワンディングという競技には、足の速さが重要だ。20 mのダッシュを往復10本! いくぞ!」
俺と菊音さんは白目を剥き、沈黙した。
「菊音ちゃん、糸くん。頑張るばい!」
汗だくの小雲先輩が励ましてくれる。
「「は、はい!」」
地獄のダッシュが始まった。
「はい!」
パン!!
一ノ瀬先輩の手を叩く合図と共に、一人ずつ20 mをダッシュする。
「はいっ!!」
パン!!
「はいっ!!」
パン!!
「ラストォ!! 九重!!」
パン!!
「うおおおおおおおおお!!!!」
タッタッタッタッ!!!
なんとか小雲先輩と俺は走りぬいた。
菊音さんは8本目でリタイアした。
「ゼーー、ゼーーーー」
「ヒューー、ヒューーーー」
一ノ瀬先輩以外は地面に倒れ込む。
「よく走りぬいたな!! 二宮もナイスファイトだ!!」
俺達よりも速いスピードでダッシュしていた一ノ瀬先輩はケロっとしている。
運動部ってマジですごいな……。
「よし、今日のトレーニングはここまでだ。みんなこっちに座ってくれ」
運動場の端っこで、三角座りで円を囲む。
「ここからは方針についてのミーティングだ。トレーニングも大切だが、王座争奪戦はチームの戦だから作戦も大事だ。まずはトーナメント表を見てくれ」
俺達はしおりのトーナメント表を確認する。
「俺達は27だから、17~32までのチームからなるBブロック。なんと、このブロックには超能力者がいない。つまり、一番ランキングの高い能力者はうちの七道だ」
時谷未来と雪夜がAブロック。
心乃さんと朝日さんがCブロック。
フィアスがDブロック。
空原幻は不出場だ。
確かに、超能力者はBブロックにいない。
「だが、油断はできない。Bブロックに6位以内の能力者はいないが、7位の七道の他に8位、11位、13位といったハイレベルの能力者が集まっている。しかも、チーム19には8位と11位と40位の3人の能力者がいる。決勝に行くためには、このチームに勝たなくてはならない」
「メンバー編成と作戦が鍵を握りそうですね」
「ああ。俺は相手の能力者たちについて分析を行い、練習でお前たちの適正を判断し、作戦と編成を考える。お前たちは今は体力と敏速性を身につけてくれ。では、今日は以上だ! お疲れ様!」
「「お疲れ様でした!」」
◇◇◇
練習を行っていた第四運動場は、北区域の一番北の奥にある。
地図としては、北から 第四運動場→セトル・ブラッディレッド(高学年のCクラス寮)→食事街→セトル・イエローレモンシフォン(高学年のBクラス寮)→セトル・ブルーオーシャン(高学年のAクラス寮)→チューベローズ校舎→青月館(低学年のAクラス寮)→黄泉荘(低学年のBクラス寮)→食事街→赤砂寮(低学年のCクラス寮) となっている。
小雲先輩と菊音さんと俺は体がヘトヘトで、ノロノロと寮に向かって帰っていた。すると、セトル・イエローレモンシフォンを過ぎたあたりで小雲先輩が声をかけてくれた。
「菊音ちゃん、糸くん、大丈夫? 二人ともここから結構距離あるんやろ」
「はい。俺はなんとか……」
菊音さんはゆらゆらと揺れている。
「き、菊音さん、魂が! 魂が出てます!」
「えっ! あ、ごめんなさい。なんでしょうか」
「ふふ。ちょっと二人とも休憩していきよ。温泉、行こ?」
「お、温泉!?」
「うん。セトル・ブルーオーシャンの温泉、えげつなく広いんよ。ここに住んでる住人と一緒やったらタダやし、どう?」
「良いんですか! 是非入りたいです!」
セトル・ブルーオーシャンに到着した。
なんと、あの青月館以上に豪華だ。
小雲さんが入り口のドアを開けると、ピカピカのロビーが。案内地図には高級レストラン、地下にバーと喫茶店の写真が乗せられている。娯楽施設も充実していて、なんといっても地図に果てしなく広がる、温泉。
こんな潤滑な資金があるなら赤砂寮にも少し回しておくれ……。
「あ、ごめん。タオルとか取りに行くために私の部屋寄っていいと?」
「はい、もちろんです」
小雲先輩の部屋である107号室に到着。
ガチャ
小雲先輩はカードキーで部屋を開ける。
「……お邪魔します」
なんかいい匂いがする。
それに中はとても広くて、綺麗に片付いている。
俺の部屋なんて軽く10個は入りそうだ。
「はい、二人のタオル。ほな温泉いこか」
「あ、そうだ。下着買ってこなくちゃ」
「いや、瞬間洗濯機あるから大丈夫よ」
瞬間洗濯機とは、【時間の次元】を取り入れたすぐに洗濯・乾燥してくれる洗濯機らしい。
ちゃぽーん
男湯。周りには誰もいない。
まずはシャワーで体を流し、屋内温泉の湯に浸かる。
屋内には、ぼこぼこ泡が出るやつ、背中にジェットが噴射するやつ、水風呂、電気風呂、炭酸風呂など、たくさんの種類の湯があった。もちろん、サウナもついていた。
屋内温泉を満喫したあとは、屋外へ続くドアをガラガラと開け、露天風呂にいく。
石の道、周りに松の木が生えていて、周りには色んな湯があった。
ヒノキの香りがする温泉、お肌がすべすべになる効能がある温泉、ツボ型の温泉。まるで森の中を探検するかのように、色んな湯に浸かっては進み、浸かっては進む。
さらに進むと、一番奥地には、まるで湖のようにめちゃくちゃ大きな温泉と、崖のように高いところから眺められる大自然の景色があった。
「うわあ……すご……。一面の星空の下で、崖から見える迫力ある大自然……。もう赤砂寮に帰りたくないんだけど……」
「いいえ、お子様は早く帰りたまえ」
「だ、誰だ!?」
声のする方にはなんと……! 知らない裸の男がいた。
「マジで誰だ!」
「やれやれ。能力者ランキング11位、4年Aクラスの羽バッジをもつこの【蒸川 虫彦】を知らないとは、学の低さが思い知れる」
七三分けで、なぜか温泉でサングラスをかけている男はドヤ顔で話し始めた。ちなみに、そのサングラスは湯気で曇っている。
「小僧、先ほど能力者ランキング7位の七道先輩と一緒にいるところを見かけたが、チーム27の一味かね?」
「ええ、そうですが何か」
「はっはっは、七道先輩も可哀そうだ、このような何の戦力にもならない小僧と同じチームだなんてな。我々はチーム19、貴様らとはBブロックの準決勝で当たるはずだが……思ったほど大したこともなさそうだ」
「何ぃ!」
「残念ながらBブロックから決勝へ進むのは我々チーム19だ。ま、せいぜい楽しい勝負をしてくれることを祈っていますよ、はっはっは!!」
蒸川はフルチンで屋内へと戻っていった。
「なんだあいつー! 超むかつく!」
俺は俄然やる気が出てきた。
◇◇◇
俺はお風呂をあがり、瞬間洗濯機に入れていた下着を履き、制服を着る。外に出ると自動販売機前で小雲先輩と菊音さんがフルーツ牛乳を飲んで待っていた。
「糸くん、結構長風呂派なんやね」
「すみません、温泉の種類が多くて堪能しすぎちゃいました」
「ふふ、楽しんでもらえたんやったら良かったわ。じゃ、奢ったるから、レストランいこか」
「レストランまで!? いいんですか!?」
「うん。青月館のレストランは住人以外みんな普通の値段やけど、セトル・ブルーオーシャンはお連れ様は半額なんよ」
神すぎる。
小雲先輩と同じチームで良かった……。
展望レストラン。
北側の窓に映る星空は宝石のように輝いている。
「何にする? このステーキコースとかおすすめやけど」
「お……おまかせします……」
注文すると、ステーキコースが始まった。
まずはオードブル。おしゃれに盛り付けられたサラダが出てくる。
「すごすぎて、近くにコンビニすらない赤砂寮とは天と地ほどちがいますよ……」
「ふふふ、いつでも来てええとよ。私も赤砂寮経験してるからよくわかるし」
「え!? 小雲先輩も赤砂寮出身なんですか!?」
「そうやで。クラスが変わるたびに引っ越しやったから大変やったばい。意外と黄泉荘とか普通の感じで居心地よかったりしたかな。でもほんまに全然ちゃうよね。私なんか全然やけど、それだけセトル・ブルーオーシャンに住む超能力者に価値があるってことやろな」
「黄金世代の超能力者が高次元世界を発展させたって言うくらいですものね」
「表向きには空原の手柄がほとんどやろな。バスとかに埋め込まれてる【逆空間の次元】を実世界に活用する技術は空原が作ったとよ。他にもレシスぺとかも全部空原ばい」
「他の方々はあまりそういうのはされていないんですか?」
「うーん、千陽は産業界の裏社会で活躍してるって噂は聞いたことあるな。心乃ちゃんに関しては最近超能力者になったわけやし。時谷は全く聞かんな。研究者が時谷を一生懸命研究して、瞬間洗濯機とかジゲンザクラとか生み出したらしいけど、本人はそういうのに興味ないらしいわ。まあ、空原が発明の才能がありすぎるんよ」
空間以上の席に座れる乗り物とか、小さいのになんでも入れられる箱とか、体に害はないのにただ気持ちよくなれるお酒とか。確かにその発明を考えればこれくらい贅沢できるくらいの利益は余裕でありそうだ。
セトル・ブルーオーシャンへの支出は、そういった人材を輩出するための投資と考えると納得できる。
「それにしても、明日はみんな来てくれるかな」
小雲先輩が少し寂しげにつぶやく。
ジョニー先輩、五条先輩、三橋さんは今日の練習に顔を出さなかった。
「じ、実は明日は俺達も……」
菊音さんと目を合わせる。
明日は木曜日、異探サークルの日。
「あ、そうなんや。いや、気にせんでええんよ。というか、気遣わしちゃってごめんな」
小雲先輩は無理やり笑顔を作る。
「小雲先輩、何か、王座戦を勝ち抜きたい特別な理由があるんですか? 今朝のミーティングの時から、どこか並々ならない王座への執着を感じます」
俺もどこか感じていたことを、菊音さんがズバっと聞いてくれた。
「王座戦を勝ち抜きたい理由か……。私な、一年生の時に凄い先輩とチーム組んだんよ。私達が入学する前は能力者ランキング1位やったこともあるような凄い先輩。でも、なにかと運が悪くて、王座を取ったことはなかったらしい。だから選手として最後の年、先輩は人一倍王座を欲していたし、努力してた。そして、決勝まで進んだ。先鋒、中堅と順当に進み、1位で迎えた大将戦。先輩と私のどっちかが2位以上になれば優勝やった。先輩は無能力者の私を守りながら戦ってくれて、2人とも残り4人まで残った。でも、そこに立ちふさがったんが時谷や。時谷はその桁違いの能力で私と先輩を瞬殺。結局、私達は3位と4位で準優勝。その時の先輩の悔し泣きがずっと忘れられやんくて……『俺の代わりに絶対に王座を取ってくれ』っていう言葉が頭から離れやんのや」
小雲先輩は1年生の時に何もできなかった自分が悔しくて、【時間の次元】について猛勉強し、努力したらしい。そうしているうちに、いつの間にか【時間の次元】の能力者になっていたそうだ。
それに、小雲先輩は選手として今年が最後のチャンス。
だから人一倍勝ちたいという気持ちが強いという。
小雲先輩がお支払いをしてくれ、俺と菊音さんは寮のある南区域へ向かった。
道の途中、何かを決心したかのように、菊音さんが俺に呟いた。
「……私、明日も練習に出るわ」
「えっ、菊音さん!? 異探サークルは……」
「愛に相談して、しばらくはお休みにしてもらいましょう。私達にとっても、王座に勝つことは大事だもの」
「あの話を聞いてしまうと、力になりたいって思いますよね。……俺もがんばります! 必ず小雲先輩と一緒に王座を取りましょう!」
「ええ!」
小雲先輩に引っ張られ、俺達の意識は変わった。
しかし、残りの三人の意識はどうだろうか。




