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異世界の観察者  作者: 天霧 翔
第十三章 接触
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 アキは例の貴族の屋敷近く、人通りの少ない路地に到着した。ここが爺さんと話して決めた王族襲撃の首謀者との接触地点だ。貴族の屋敷への侵入・逃走ルートを検討したところ、ここが良いだろうという意見で一致した。一応先日下見もしておいた。人目にも付きにくいし、間違いなく絶好のポイントだ。


 早速アキは馬車から降り、イリアナには一旦引き上げてもらう。さすがに馬車が停車していたら目立つので仕方ない。


 影に身を潜め、アキは目的の人物の登場を待つ。


「さてどうなる事か……。」


 そもそもアキの予想がはなから間違っているなら、相手を殺すしかない。それか自分が殺されるか……だろう。九分九厘その可能性はないと思うが0ではない。一応心の準備はしておく。


「これが片付いたらミルナ達と買い物に行こう。」


 いい加減ミルナ達と遊びたい。彼女達が「構え!」と拗ね始めるのもあるが、アキがうちの子達と遊びたくて仕方ないのだ。それにあの子達と何も考えずに旅や冒険を早くしたい。


 そんな事を考えていたら通りの方に気配を感じた。


 アキは息を殺し、目的の人物かどうかを確認する。すると外套を被った小柄な人物がくだんの屋敷から出てくるのが見えた。


 幸いにも周囲には誰もいない。まあ当然だろう。元々この裏通りは人気ひとけがない。それにおそらくアイリスが手を回して人通りを減らしてくれているはずだ。


 今のところ全て予定調和だ。アキは愛刀の月時雨を握り、通りへと踏み出す。


「やあ、良い夜だね。」

「だ、誰!?」


 アキが声を掛けると、外套の人物は驚いたのか、飛び退いて剣を抜刀する。


 外見は外套を羽織っているのでわからないが、身長は150cmくらいだ。確かに小柄。年齢は10代だろうか。声は中性的で、男性とも女性ともとれる。ただ少し作っているような声色なので、本当の声とは違うのかもしれない。


「君と話がしたくて待っていたんだ。」

「Sランクのアキ……!お前と話すこと!ない!」

「俺を知っているのか?光栄だ。でもきっと聞いたほうがいいよ?」


 適当な雑談を交わし、この人物の性格を探って行く。


「なんだと。いや……どうでもいい。見られた。ここで殺す。」


 王族襲撃の黒幕であろう人物は剣を構えて殺気を纏う。


「殺すならその前に話を聞いてよ。魔獣、立ち入り禁止エリア、オリハルコン。」


 興味を示しそうな単語を並べるアキ。


「……!?……ど、どういうこと!」


 予想通りかとほくそ笑む。


「魔獣制度を潰したいんだろ?俺もだ。だから俺を殺すのは話を聞いてからでもいいんじゃないか?」

「嘘!王女と行動している!そんなわけない!」


 これも予想通りだ。あとは最後の関門だが……こればっかりはやってみるしかないだろう。


「お前は俺の話を聞く。気に入らなかったら俺を殺す。駄目か?」

「騙されない!話している途中!不気味な魔法で攻撃してくる!」


 外套の人物は警戒を解かない。アキの魔法を闘技大会でみているからだろう。まあ当然だ。だがこの会話も想定しているので問題ない。


「そのつもりならもう攻撃してるよ。そうだな……じゃあこうしよう。」


 さてどうなるか。


 月時雨を抜刀する。外套の人物は刀を構えるが、アキはそれを手で制し、攻撃をする気はないという合図を送る。




 アキはふーっと息を吐きだし……そのまま月時雨を自分の腹部に突き刺す。




 激しい激痛が襲うが必死に意識を保つ。ここで意識を飛ばしたら全てが台無しだと自分に言い聞かせる。さすがに立っている事が出来ずに片膝をついてしまう。


「な、なにしてるの!?」


 外套の人物が驚いて駆け寄ってくる。


 よかった。全てアキの予想通りだ。自分で自分を傷つけたアキを心配してくれている。黒幕であるこいつが真面目で優しい人物だという推測は間違っていない。


 アキは自分の推察を3つに分けて確認していた。1つ目は黒幕の目的。2つ目はベルやアイリスの事をちゃんと知っているのかどうか。そして3つ目がこの人物が良識ある人間かどうか。全て問題なかった。やはりアキの予想通りだ。これならば上手くいくだろう。


 唯一問題は、自分の意識が持つ間に話を終える必要がある、ということだ。


「早く治癒魔法!使える!だろ!」

「いや、使わない。これで俺はお前に攻撃が出来ないだろう。だから話を聞け。」

「聞く!聞くから!早く治癒魔法!かけろ!」


 片膝でなんとか立っていたが、あまりの激痛にアキは完全に倒れ込みそうになる。その瞬間、外套の人物がそっと体を支えてくれた。


「やっぱりお前は優しい奴なんだな……?」

「何を言ってる!んだ……!」

「このまま聞いてくれ。何故お前に接触したかを話す。俺の意識が持つ間に。それと……お前だとなんか嫌だから偽名でもいいので呼び名を教えてくれないか。」

「キーリだ。」

「わかった。キーリに接触した理由だが……。」


 まずアキは、王族襲撃がエスペラルドとミレーの両国にわたっていることから、暗殺の目的が魔獣制度に関連しているのではないかと推測した事を説明する。そして稚拙な襲撃計画は、キーリが人を殺すのを迷っているからだと考えた。そんなキーリと話がしたいと思い、接触したのだと伝える。


「次にキーリに言いたい事だ。王女や女王なんだが……俺やお前と同じなんだ。今の世界をよく思ってない。」

「嘘だ!」

「いいから聞け。」


 アキは自分が迷い人であることを明かす。


 魔法の使い方が特殊なのはそのせいだとキーリに伝える。そしてそんなアキを見たベルが接触して来て紆余曲折あり、現在はミレーの女王も味方にする事に成功した。彼女達に提案した魔獣制度の代替案や新政体の草案などもかいつまんでキーリに説明しておく。キーリが理解出来るかはわからないが、全て話しておくことが、信頼を得る為には大事な事だとアキは思う。


「理解出来るか?そして信じてくれるか……?」

「信じられない。でも……その事を伝える為、ここまでした。少し信じられる。他の話は難しい……。でもなんとなくわかる。」

「そうか。じゃあキーリは魔獣制度の事をどこまで知ってる?」


 アキが尋ねると、キーリは素直に自分の知っている事を話してくれた。


「そうか。ありがとうキーリ。」


 やはりキーリの知識はアキと同程度の物だった。だがそれも大方予想通り。もし詳しく知っているなら、王族抹殺で魔獣制度が止まらないのはわかるはずだ。でもそれしか思いつかなかったという事は仕組みについて深く知らないという事になる。


「俺もそのくらいしか知らないんだ。そこで提案。俺と手を組まない?」

「話して。話は聞くと言った。」

「キーリが裏で動く、俺が表で動く。」


 そもそもキーリの知識が王族を使ってまでして得たアキの知識と同程度な時点で、どの国家もほとんど魔獣制度の仕組みについては把握してないと言える。だから王族を殺しても魔獣制度の解決にはならないのだとキーリに説明する。


「そうなのか……?だったらどうすれば。」


 キーリが戸惑っているようなので、アキはここぞとばかりに説得を続ける。


「俺の推測をキーリに話す。信頼の証だと思ってくれ。」


 アキは現段階での考えを全てキーリに話す。オリハルコンが大気中の魔素利用を可能にしているかもしれない事から、何故この制度が誕生したかの可能性。この大陸が大きな実験場であるかもしれないという予想も含めて全てをキーリに伝える。


「まさか、ありえない。」

「言い切れるか?」


 アキは問うが、返事は帰ってこない。つまりそういうことだ。


「これはキーリにだけ話す。ミルナ達にも王女にも女王にも誰にも言っていない事だ。正真正銘キーリが初めてだ。」


 アキはミルナの名前を敢えて出してみたが、一切の動揺は見られない。やはりイリアではないのだろうか。


「オリハルコンがいくつかこの世界から消えた事を知っているか。」

「知っている。オレがやった。」


 やはりイリアなのか。だがオリハルコンを地球に転送したのがイリアというアキの予想がそもそも間違っている可能性だって大いにある。


 どちらにしろそれは今考える事ではないと意識を必死に保ち、話を続ける。


「そのオリハルコンは俺の世界に来たんだ。見てくれ。」


 アキはタブレットでオリハルコンの写真を見せる。この為に今日は音楽プレーヤーではなくタブレットの方をアキに譲ってくれと適当な理由をつけてミルナ達に頼んだのだ。


 「これなに?すごい。」


 タブレットをアキが見せた事でキーリは完全にアキの言葉を信じてくれたようだ。さすがに見た事ない技術を見せつけられ、本人がやったオリハルコン転送の事実を指摘されたら、キーリも信じるしかないのだろう。


「ここに写っているのはキーリが送ったオリハルコンだろ?」

「確かにこれ。だと思う。それで?これが……どうした?」

「さっき迷い人だと言ったな。間違ってはいない、だが合ってもいないんだ。」


 この世界の人に初めて真実を話す。アキがオリハルコンから異世界の存在を調べあげ、自分の意思でこの世界に渡航してきたことを。


 その理由もちょっとだけ話しておく。


「そ、そうなのか……。」


 キーリからは少し同情のような色が感じられる。


「まあ理由はそう言う事だ。それより俺が言いたいのは……つまりこの世界でも俺の知識があれば物質転送が出来るかもしれないという事だ。」


 この世界の技術レベルではアキが作った渡航装置の再現は不可能だ。だがオリハルコンや立ち入り禁止エリアの事がわかれば、アキの知識でこの世界でも転移を可能に出来るかもしれない。そうすればエリア内の転送印・召喚印を破壊も出来るし、オリハルコンを別の世界へと転送してこの世界から抹消することも容易だろう。つまり完璧に魔獣制度を廃止に追い込める可能性がある。


「そうなればさっきの代替案をうちの王女が実行に移せる。」

「……なるほど。」


 歯切れが悪くなるキーリ。アキの言葉を必死に理解しようとしているのだろう。


「キーリはどうやってオリハルコンを俺の世界へ送ったんだ。」

「わからない。サルマリアの十六夜の洞窟で召喚を邪魔した。なんかオリハルコンが消えた。それ以上の事は……わからない。」


 どうやらオリハルコンの転送は完全な偶然だったようだ。


「どうやってこの制度の事を知った?」

「サルマリアの十六夜の洞窟。依頼で行った時、偶然知った。」


 もしもイリアの依頼がサルマリアの立ち入り禁止エリアである十六夜の洞窟だったのなら、キーリがイリアの可能性はある。ただミルナ達の事に全く反応しなかったので、別人の可能性の方が高そうだ。


 とりあえずその考察より話が先だ。


「どうする、俺と手を組むか?」

「……組んだとしてわた……オレは何をすればいい?」

「先ほども言ったようにキーリが裏。俺が表で動く。」


 アイリスにミレーの立ち入り禁止エリアに侵入しても揉み消して貰えるように手配したことをキーリに伝える。そしてキーリにはそこでアキが指定した情報を集めて来て貰い、魔獣制度の仕組みの解明に繋げたい事を説明した。


 一方アキ達はエスペラルドに戻った後、サルマリアに向かう。今のキーリの話を聞いて次の目的地をサルマリアに決めた。サルマリアで何をするかは未だ決めていないが、おそらくまずは十六夜の洞窟の調査になるだろう。そこからオリハルコンが消えたのだから、何か新たな手掛かりがあるかもしれない。それにキーリに十六夜の洞窟の依頼をした冒険者協会も調べた方がよさそうだ。やはり協会が何かしらの鍵を握っているのだろうか。勿論キーリにもアキが協会を疑っている事は伝えておいた。


「最後。ひとつ教えて。なんでここまで?した?」

「1つはキーリに信用してもらう為、あとはベル、ミルナ達の夢の為。」


 そしてさらに重要な理由がある。アキやキーリのやろうとしている事は間違いなく敵対勢力の目に止まるだろう。今はアイリスと協力して内密にミレーの月夜の森を調べるが、時が来たら「キーリが王族を暗殺しようとしており、立ち入り禁止エリアの事も調べている」という情報を敢えて流す。そうすれば敵対勢力の注目は、魔獣制度を積極的に調べているキーリに必ず向く。敢えてキーリにはその注目を受けて貰う。そして影で自由に動けるアキ達が、邪魔をされずに魔獣制度に終止符を打てるようにしたい。


 つまりキーリには危険な橋を渡らせる羽目になるかもしれない。そんな事を頼むのだから、アキは自分自身を犠牲にしてでも、キーリに協力を仰ぎたかった。


「だから……これは罪滅ぼしかな……?キーリにはこれから沢山迷惑をかける事になるから。」

「まだ協力するって言ってない……のに。ばか?」

「そうかもな。」


 ちょっと意識が遠のいて来た。


「……でも嫌いじゃない。わかった。アキと手を組む。アキだけは信用する。他はしない。」

「ああ、それでいい。キーリは隠密に長けているし、俺だけに上手く接触してくれ。」


 出来れば1~2週間に1回、難しいなら最低でも1ヵ月に1回会っておきたい。


「わかった。ちゃんと会いに行く。」

「もっと話したいが意識が持ちそうにない。すまん。続きはまた今度。出来たらすぐに会いに来てくれ、もっと詳細を詰めたい。」

「うん、わかった。すぐ行く。じゃあ……アキを運ぶ。」


 王族襲撃者らしからぬキーリの優しい言葉に苦笑するアキ。


「大丈夫、早く姿を消せ。俺は大丈夫だから。」

「でも……。」

「もうすぐ助けが来るようにちゃんと手配しておいた。だからキーリは自分の事だけ考えておけ、後は俺が上手くやっておく。心配するな。」


 そろそろエリザが駆けつけてくれるはずだ。彼女であれば治癒魔法もお手の物。だから組合長であり学園長であるエリザに協力をお願いしたのだから。


「わかった。でも死んだら許さない。協力するって言った。最後まで付き合って。」

「ああ、もちろんだ。早く行け。」


 アキがそう言うと、キーリは素早く姿を消す。


 完全にキーリの気配が消え、アキは上手くいったと安堵する。治癒魔法を自分にかけないといけないが、集中できない。どうやら血を流し過ぎたようだ。


 馬車の音が遠くで聞こえる。段々と近づいてくるみたいだ。


 おそらくエリザだろう。


 なら治癒魔法はもういいか……。発見されやすい場所までなんとかアキは体を引きずり、そこで意識が途絶える。

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