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「ここなら音は漏れません。」
女王がそう告げる。
アキ達は闘技場の関係者通路の奥にある一室に案内された。簡素な椅子が置かれているだけの殺風景な部屋だ。ここなら多少汚れても大丈夫だろう。捕らえた襲撃者はエアルとミリーがしっかりと押さえつけている。戦意喪失しているからちょっと脅せばすぐに吐いてくれそうだ。
「そうそう、アキ殿にアイリーンベル王女殿下。2人がいつも話す口調でいいですよ?ここには私達しかいません。」
普通にバレていたようだ。まあ、あれだけベルと視線で会話していたのだから、ある程度の観察眼を持っているなら見抜かれていても当然だ。
この女王ならアキ達の関係を明かしても問題ないだろうが、どうしたものかと逡巡する。結局のところ、うちの王女の判断を待つのが一番だと言う結論に達した。
「アキさん、女王陛下がそうおっしゃるなら……私はいいですよ。」
ベルがそう決めたのであればアキに異論はない。
「結構肩凝るよね。ベルはさすがに慣れているだろうけど。」
「そんなことないですよ?」
2人がいつも通りの会話を始めると、女王は満足したように笑う。さすがにミリーとエアルは驚いた表情を浮かべている。
「やはり、親しいご関係ですね。まあ、アキさんの人柄を見てればわかりますわ。あ、アキさんでいいですか?殿と呼ぶのも疲れるので。私の事もアイリスと呼んでいいですよ。」
そんな無茶振りやめて欲しい。他国の女王を渾名で呼ぶとか無理難題にも程がある。
「ミリーさんにエアルさんも女王陛下に言ってあげてください。」
アキはSランクの2人に助けを求めることにする。
「私の事はさっきみたいにミリーでお願い。口調も崩していいよ。」
「私の事もエアルでお願いします。口調はそのままでいいです。」
このSランク共も女王側らしい。頭痛の種が増えただけだった。この2人は別に同じ冒険者だから何でもいいんだが。
最後の望みでベルを見つめるが、自分で何とかしてくださいと少し拗ねている。
「ベル、なんとかして。」
「イヤ。自分でしてください。」
一応聞いてみたけどやっぱりそっぽを向かれた。
「アイリス女王、せめてアイリス女王で妥協させてください。あと敬語もご勘弁を。アイリス女王は年長者ですから。」
「しょうがないですね、その辺りが落としどころでしょう。」
とりあえずそんな雑談より先にやるべき事がある。
「ミリー、エアル。下がってて。」
アキがそう言うと、2人は頷いて、刺客から離れる。
「さて、今から君には俺の質問に答えてもらう。」
とだけ前置きして、いつもの拷問方法で素直にさせる。5回くらいで従順になってくれたので助かる。自分でやっていて、決して気持ちのいいものでもない。
「俺が望む答え以外は殺す。わかった?」
刺客が必死に頷く。
「女王を狙った理由は?」
「頼まれた。」
「誰に?」
「わからない、外套を被った小柄な人物。剣を持っていた。」
なるほど。おそらく公爵をけしかけた奴と同一人物だろう。剣を持っていたという新しい情報が手に入ったのは上々だ。
「報酬は?こんな公衆の面前で女王を狙って逃げられるわけない。どんな報酬を提示されたらこんなアホみたいな依頼を受けるんだ?」
刺客を仕向けるのであれば確かにあのタイミングしかない。その点はアキも同意だ。だがあんな公の場で女王を殺せたとして逃げられるわけがない。普通の神経の持ち主なら依頼を受けはしないだろう。どんな条件を提示されたら受けるのか。せいぜいアキが思いつくのは人質を取って脅すくらいだ。金銭や交渉で動かせる気はしない。
「計画では女王殺害後、そのまま闘技場を脱出して他国へ逃げる手筈。報酬は1万金。」
「本気か?その程度の金でこんなリスクを背負うのか?」
アキは呆れた表情で刺客を見る。
「アキさん……その程度って……」
エアルが「何を言ってるの?」と言う目で見つめてくる。
「そこのアキさん1ヶ月で白金貨35枚、つまり3万5000金稼いだ人ですよ?つまりアキさんにとってはその程度の金額なんです。呆れますよね。」
ベルが嫌味を言ってくる。1年のお小遣いが3万金の人に言われたくない。
「ばらすな、この腹黒王女。」
「ベーっだ。」
ベルが可愛らしく舌をだす。悔しいがちょっと癒されてしまった。
とりあえず尋問の続きだ。
「答えろ。」
「前金で5000金渡された。国外へ上手く逃がせると言われた。」
まあ、結局その金に目がくらんだという事なのだろう。大金を見せ、甘い言葉を掛け、判断力を鈍らせる。交渉時の常套手段だ。
「そうか。嘘は吐いていないのはわかった。他に聞きたい事ある人は?」
一応確認するが、誰も質問は無いようだ。これ以上の情報は出てこないと皆分かっているのだろう。結局こいつは金で雇われただけだ。首謀者の意図なんて知っているわけがない。
「そうか。じゃあもうお前はいらない。」
月時雨を胸に突き刺し絶命させる。アイリスに殺していいかは確認してないが、大丈夫だろう。女王を狙った時点で極刑なのは確実だ。ついでに炎で死体の処理もしておく。エアルやミリーに後始末させるのも申し訳ない。
「ベル、帰ろう。疲れた。」
「はい、お疲れ様です。アキさん。」
ベルが優しく微笑んでアキを労ってくれる。
「アキさん、本日はありがとうございます。改めてお礼をさせて頂きたいので後日使いを出させて頂きます。」
「いえ、こちらこそご迷惑をおかけしました。楽しみにしております。」
女王の申し出を断るのもどうかと思い、了承する。
「そうそう、エアルにミリー。アキさんは魔法組合の依頼で魔法学校の講師を一週間程されるそうですよ。いい機会なのでしっかり教えてもらいなさい。」
さすがアイリス、アキの講師依頼の事を知っている。その辺りの情報はしっかりとキャッチしているようだ。
「そうなの!アキさん、楽しみにしてるから!」
「はい、私も楽しみです!早く来てくださいね!」
ミリーとエアルが嬉しそうに声をあげる。さっき結構残酷な拷問をしたのに、まったく気にした様子がない。さすがSランクという事だろう。
「アキさん!早く帰りますよ!」
急にベルが腕を絡ませ、引っ張ってくる。
「なんで怒ってるの?」
「しりません!この女たらし!もう十分にいるでしょう!」
アイリス達はベルに引きずられていくアキの姿をみて苦笑している。王女にも年頃の乙女のような一面があるのだなと言った表情だ。