11
うちの子達の文句も一通り終わり、エリス、アリア、セシルも機嫌を直してくれた。そろそろさっきの事について話してもいいだろう。
「ベル。」
「はい、わかっています。」
アキが説明するまでもなく、頷くベル。ミルナ達も神妙な面持ちだ。そう、今回の事件はいわゆる異常事態ともいえる。ちょっと前に犯罪システムの説明をした。そして「街の外での犯罪者は魔獣に駆逐される」と言ったばかりだ。それなのに襲われた。何かがおかしい。
「どこから始めるか。まず……あいつらは冒険者か?」
「どうでしょうか……?」
「冒険者です。」
首を傾げるベルに代わり、セシルがはっきりと答える。彼女が言うのなら間違いない。セシルの冒険者を見分ける目は確実だ。
「なるほど。それならおそらく犯罪歴のない冒険者だと考えられるな。魔獣に襲われずに潜伏、待ち伏せしていたのだから間違いなく協会の依頼を受けているだろう。」
次の疑問は依頼主についてだ。
「ベル、ブレスレルド公爵はどの国の公爵だ?」
「はい。エスペラルド王国、私の国の公爵です。」
「だろうな。ミレーで襲ってくる時点でミレー王国ではないとは思った。」
ミレーが仕向けた刺客であれば、エスペラルドで襲ってくるはずだ。自国で他国の王族が襲われたとなると国際問題に発展しかねない。おそらくその公爵が冒険者に金を積んだのだろう。適当な指名依頼を発注し、彼らをミレーに入国させる。そしてベルを襲う、というのがブレスレルド公爵の描いた絵だろう。
「しかし何故冒険者がこんなにリスクの高い仕事を引き受けたんでしょう。」
セシルが不思議そうに尋ねる。
「まあ、金だろうな。あとベル。一生遊んで暮らせるような莫大な金が手に入り、可愛いベルまで好きに出来るとなれば受ける人間はいるだろう。」
可愛いと言われ、喜んでいるベル。さっきまで襲われそうになっていたのに強い王女様だと苦笑する。何はともあれ、ベルの精神面は問題なさそうなので、アキは話を続ける。
「ミレーで襲った理由はエスペラルドだと足がつくからだ。国際問題への発展も狙っているのかもしれない。ただ公爵が王女であるベルを狙う理由がわからない。まさかオリハルコンや立ち入り禁止エリアの事を知っているのか?ベルがそれにいい感情を抱いてない事も併せて知っているならベルを狙う理由にはなるが……。」
ただ知っていてもいなくてもやっかいな事に変わりはない。
知っているなら国内で妨害してくる敵が増えたという事になるし、ベルの魔獣政策廃止という思惑にも気づかれているという事になる。当然一緒に行動しているアキ達にも注目は集まるだろう。
知らないのであれば、この忙しい時に、イリアと全く関係のない面倒な案件に巻き込まれたという事になる。果たしてどちらなのか。
「あ……えっと……私を狙った理由ですね……。」
ベルは何かを知っているようだ。ただ言い辛そうにしているのでフォローしてやる。
「大丈夫、俺がなんとかするから。言いなさい。」
「う、うん。あの公爵は野心家です。もっと領地を広げたい、もっと支配したいと思っている人です。だから私の婚約者になろうと何度も結婚を申し込んできました。ただ私はあの人が好きではありません。」
てっきり王女であれば婚約者がいて政略結婚でもするのかと思ったが、そうでもないらしい。何でも王と王妃はベルに「好きな相手を探して、自分が認めた相手と添い遂げなさい」と教育したのだとか。きっと自分の娘であればエスペラルドの為に正しい人を選ぶと信じているのだろう。
「いいお父さんとお母さんだね。」
アキが褒めると嬉しそうに頷くベル。
「彼は、私と結婚して王となり、国をさらに拡大、繁栄させ、支配していきたいようでした。ただ私はそんな国は望んでおりません。ですので公爵の話ははっきりとお断りしました。それに私はあの人が好きではないです。」
2回も同じことを言うとはベルらしくない。それほどまでに公爵の事が嫌いなのだろう。そしてベルが言うには、王と王妃も彼の事を快く思っていないらしい。そう考えると、立ち入り禁止エリアの事については知らないと考えるのが妥当だ。勿論知ろうと思えばいくらでも手段はあるから断定は出来ないが、ベルが秘密保持は完璧ですと言っている限り、それを信じるしかない。つまり公爵の件はイリアとは全く無関係の可能性が高い。この糞忙しい時に余計な事持ち込みやがってとアキは溜息を吐く。
「すいません。私のせいで余計なお仕事を……。」
アキの表情から察したのか、ベルが申し訳なさそうに謝る。
「ベルのせいじゃない。それに俺にはベルが必要だ。だから気にするな。」
「は、はい……!そ、それで続きですが、自分の物にならないのなら消してしまおう、ついでに国際問題にも発展させてやろう、という事だと思います。消せないにしても……その傷物にして使い物にならなくしようという事かと……。」
アキは「もういいから」とベルを優しく撫でてやる。
「ベルを狙った時点で殺す。例外はない。まあ、ついでに情報収集に役立ってもらおう。どうせまたミレーで狙ってくるだろうからな。何か考えるか。」
「はい、頼りにしています。えへへ、アキさん。」
ベルが嬉しそうに腕を絡めてくる。
「ミルナ、ソフィー、エレン、リオナ。公爵を上手く使ってミレーでイリアの情報収集をする。色々お願いするから覚悟しておくようにね。」
「なんでもお手伝いしますわ!」
「ですですー!」
「勿論よ、なんでも言いなさい!」
「僕にもいっぱい頼んでね!」
うちの子達はやる気満々だ。頼もしい限りだ。
「セシルとアリアはいつも通り頼む。」
「はい、お任せください。」
「わかりました。」
この2人については心配していない。
「エリス、おそらくまた襲われる。」
「ああ、もちろんなのだ。任せろ。」
我が騎士も相変わらず頼りになる。
一応ある程度注意しておけと全員に伝える。おそらく街中での襲撃なら暗殺者を使ってくる可能性が高い。ここに居る人物以外には予定、目的などを決して漏らしてはならない。一般市民、客人、使用人などありとあらゆる人物に扮して襲ってくる可能性がある。他国にいる以上、誰も信用できない。
「さらに俺は講師依頼で魔法学校に行かなければならない。特にその間は注意しろ。毎晩何をしたか、誰と何を話したか、確認する。情報統制の一環だ。後、襲われても対処できるように単独行動は控えるように。」
アキの指示に全員が素直に頷く。
「ベル、闘技大会が終わってからの国務はどうなってる?言える範囲でいい。」
「大体はレスミア王城での会議になります。王城の中での警備は万全ですし、私が選んだ信頼できる従者しか連れて行きません。ですので国務中は問題ないと言っていいと思います。」
「逆を返せばそれ以外はいつでも危険があるという事だな。ベルの滞在場所は?そして俺たちの屋敷の場所は?」
「ミレー王国にはエスペラルド王家所有の屋敷がありますのでそこに。アキさん達はその隣です。屋敷は別ですが敷地は一緒ですので何かと便利だと思います。」
エスペラルド王家所有の屋敷がミレーにあるという事は大使館のようなものだろうか。まあ、どちらにしてもベルと同じ敷地に滞在出来るのは幸いだ。警護がしやすい。それでいて別の屋敷なのもありがたい。一緒の屋敷だと、ベルの側近達もいるから話すことも話せない。ベルの事だからきっとそこまで配慮してくれての事だろう。
とりあえず闘技大会はアキもベルの側で観戦するので、問題ないだろう。おそらく襲われるとしたらその後。つまり屋敷内や移動中は特に警戒が必要になる。一番簡単なのは公爵を始末してしまう事だが、それをしようにもエスペラルドに戻るまでは不可能だ。
……あれ?不可能だよな?……確認してないが。
本当にそうか?……いやでもまさか。
だがあの敵襲の仕方は……。それにベルの言う人柄や性格を考えると……。
さすがに……そんなバカではないとは思うが。
まさかの可能性が頭に浮かぶ。一応、念の為にベルに確認してみる。
「えっと、まさかとは思うが、その公爵って今ミレーに居たりする?」
「え?あ、はい。いますよ?闘技大会を観戦するとかで。」
ベルがあっさりと答える。
嘘だろ……アキは頭を抱える。今の時間を返せと。確かに勢いだけで色々と指示してしまったのは自分だが……。人を殺してまだ少し昂っているのかもしれない。普段のアキなら全て情報を聞いてから指示している。自分の情けなさと公爵の馬鹿加減に久々に本気で頭を抱える。
「あ、あのアキさん?」
ベルが心配そうに見つめてくる。他の子達も似たような表情だ。
「いや、ごめん。今の指示全部忘れていいよ。」
「どういうことですか?」
セシルが首を傾げる。
「公爵がただの馬鹿だった。後、俺もまだ感情が昂っているのか冷静に判断出来てなかった。公爵をレスミアについたら速攻で始末する。それで終わりだ。」
ベルを含めた全員が本気でわかってないようなので説明してやる。この子達は本当に真面目なんだなと苦笑する。もし王族を殺すのであればもっと巧妙にやらなければ意味がない。
「そもそも王女を始末したいなら足がつかないようにするのは絶対条件だ。俺ならこんな方法は取らない。もし俺が王女を始末するとしよう……。」
そもそも公爵がベルに嫌われていて、王家にもいい印象を持たれていない時点で問題外だ。警戒しろと言っているようなものだ。だからもしアキが野心家で、ベルを娶り、王になって国の拡大を目指すというのであれば、その野心はひたすら隠す。公爵という立場があるなら王女に会う機会なんていくらでも作れるだろう。そこでベルの理想の男性を演じ、王や王妃とも友好な関係を築く。そして無事王になる事が出来たら、そこで初めてベル暗殺に動く。王なら色々と暗躍できる裏の力を持てるだろうから簡単だ。
「つまりベルに色々と気付かれている時点で論外。公爵はかしこい人物ではないと言える。そして現在ミレーにいるという事実が公爵が馬鹿である事を証明してくれる。」
ベルを道中で暗殺するから、エスペラルド王家の代役としてミレーで国務をこなし、王家に恩を売ろうと考えているのだろう。だから公爵はミレーにいる。ベルを確実に殺せるのであればそれもいい案だが、そんな保障はどこにもない。保障がないならエスペラルドで待機しておくべきだ。もし暗殺が失敗して、依頼主の情報がバレたとしても、ベルはミレーから2週間は動けない。訪問を中止して引き返してもエスペラルドに戻れるのは4~5日後だ。次の策までの時間を稼げる。
「それにあの程度の刺客で本気でベルを殺せると考えていたのであれば、情報収集能力にも劣ると言える。ベルが護衛としてメルシアを雇った事、さらにエリスが同行する事を掴んでいれば、あの程度の刺客でベル暗殺が出来ないのは明白だ。」
本気で王女を殺したいのであれば魔獣をあと数体嗾けてから襲うべきだ。それにエリスやアキが動ける状態で襲ってくる時点でこちらの戦力を一切わかってないと言える。
「つまり、現時点でまだミレーにいるのなら、こちらの戦力についてわかってなくて、ベルは無事排除できたと考えている。王家の代理として闘技大会や国務に出席して恩を売り、エスペラルド王や王妃に取り入るというのが公爵の計画だろう。」
公爵が逃亡していれば話は別だが、未だミレーにいる可能性は高い。何故ならアキが野盗を全て始末したからだ。相当勘がよくない限り、暗殺成功の報告を馬鹿正直に待っているだろう。
「暗殺に失敗したとは思っていないはずだ。そして失敗した際の行動もまだ考えてないだろう。だからミレーについてたら公爵を呼び出す。のこのこと現れたら、始末して終わりだ。その時に何か知っているのかは聞き出すけどね。」
警戒して呼び出しに応じなかったからまた対策を考えればいい。まあ、この計画の稚拙さからして、その心配はないだろう。今もミレーで呑気に酒でも飲んでいそうだ。
「質問や異論はある?」
アキが尋ねるが、特にないようだ。むしろアキの考察と推測に心から感心して尊敬の眼差しを向けてくる。なんか照れ臭い。普通に考えればわかる事だと思うんだが、彼女達にとっては青天の霹靂らしい。
「大体、ベルを殺したいならもっと上手いやり方があるだろうに。無駄な話をしてごめんね?」
「あ、あの……私の事殺さないでくださいね……?アキさんならあっさり出来そうだし、王家もすぐに乗っ取られそうです……。」
ベルが「やめてください、嫌ですからね?」と訴えてくる。
「俺がベルを気に入った時点でそれはない。安心していいよ。」
「ふふ、わかってますよ?」
アキの言葉にくすくすと微笑むベル。どうやら今の表情は演技だったらしい。ベルに一本取られたようだ。どうせ本当にアキがそんなことしないのは重々承知だったのだろう。
ちなみに「無駄な話」については謝らないでとミルナ達に怒られた。何でも「アキが冷静じゃないのに気づかなくてごめん」だそうだ。相変わらずアキには甘いうちの子達だ。
「アキさんが味方でよかったですわ……。敵ならとっくに終わってる気がします。」
「ほんとだよ、僕なんかすぐに騙されそう。」
ミルナとレオが安堵の表情を浮かべる。
「そんな事ないだろ。俺は対人特化はしてるけど、暗殺特化はしていない。まぁ……方法はあるけど。みんなの弱点を国中にばら撒いたりね?」
そうすればミルナ達は丸裸になる。魅力的な彼女達だ。冒険者に金を積めば、いくらでも襲ってくれる男は集まるだろう。だからもしアキが暗殺依頼を受けるのであればこの手を使う。
「ぜ、絶対やるんじゃないわよ!ほんとにやるんじゃないわよ!」
「それはつまり逆にやれってことでは……。」
「ありません!しないでくださいー!」
エレンとソフィーが慌ててアキを止めてくる。心配しなくてもミルナ達にするわけがない。何より大事な子達なのだから。
「アキ!参考までに教えて欲しいのだ!私を殺す依頼を受けたとしたらどうやる?」
エリスが真剣な表情で聞いてくる。多分今後狙われた時の参考にしたいのだろう。相変わらず戦闘に関しては敏感なエリスだ。
「絡め手と真っ当な方法、どっちが知りたい?」
「両方だ!両方教えて欲しいのだ!」
アキは手を顎に当てて考える。エリスは基礎戦闘能力も高いし、対人戦も手練れだ。ただ脳筋なとこがあるので、そこから崩すべきだろう。
「まず真っ当な暗殺方法だが、俺なら色々と仕掛ける。街中で暗殺する振りをしたり、屋敷へ怪しい客を送り込んだりして、全てにおいて疑心暗鬼にさせる。『もしかしたら私を狙っている?』って思わせる。」
エリスは性格的に思い込むまでは時間が掛かるが、思い込んだら多分それしか考えられなくなる。そうなったら集中力も乱れるし、四六時中暗殺を気にしなければならないので、疲れも溜まる。精神的に参っているところを複数人で攻撃すればなんとかなるだろう。
「確かにそういうとこはあるかもなのだ……。」
エリスは真面目でいい子だが、逆に一直線すぎる。そこを突かれると弱い。
「絡め手なら……エリスを前の体質に戻して、焦ってる間に始末する……かな?」
多分一番効果的な方法だ。エリスを本当に殺さなければならないならこの方法を使う。間違いなく的確に遂行できる。エリスは優秀なので、真っ向から挑んだら確実に自分にも被害が出る。安全に殺すにはこの絡め手が最適だ。
「やめて?アキ、お願いだからそれはやめてね……?」
エリスが必死に懇願してくる。やはり体質の事になると弱いらしい。素のエリスに戻ってしまっている。
「自分で聞いたんだろうが……。大体エリスは俺のものだからそんなことするわけないだろ。」
やれやれと苦笑する。まあ、これもエリスの可愛いとこだ。
「そんなありえない話より、レスミアに到着してからの事だ。先ず公爵を始末する。下手人は俺。ミレーで殺したとなると国際問題に発展する可能性があるから秘密裏に行う。ベル、公爵を屋敷に呼び出すことは可能か?」
「ええ、大丈夫です。」
「よし、レスミアについたらすぐに呼び出せ。おそらく連れてくるのは従者だけだろう。内密の話があるとでも言って従者に席をはずさせろ。そこで公爵を始末する。エリスは念の為、俺の側で待機。ミルナ達は外で警戒。公爵の従者を近寄らせないようにする役目だ。始末が終わったらベルが正式にミレー王国及びエスペラルド王国に公爵の死を通達。」
ベルに立ち会わせるのは危険だ。だが公爵から情報を聞き出す際、情報の真意を判断する為にはベルがいないと駄目だ。国の内情を知らないエリスやアキでは判断が出来ない。
「ベル、悪いけどそれでいいか?」
「はい、アキさんに全てお任せします。それに信じてますから大丈夫です。ちゃんと守ってくださいね?」
ベルが優しく微笑みながら美しい銀色の瞳で見つめてくる。