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異世界の観察者  作者: 天霧翔
第九章 ミレー王国・王都レスミア
142/1143

10

 移動を再開したが、馬車の中は無言だ。


 アキは馬車に乗る前に、血の匂いを落とす為水浴びをした。ベルもそのくらいの時間は問題ないと許可を出してくれた。だから嫌な匂いはしないはずだが、ミルナ達は相変わらず気分が悪いのか、浮かない顔をしている。


「あの……アキさん……・。」


 ミルナが声を掛けてくる。アリアとセシルは口を挟む気は一切無いようで、いつものようにアキの側で待機している。エリスはぼーっと窓の外を眺めている。そしてベルはアキの隣でさっきまでのようにもたれかかってくる。マイペースな王女様だ。


「なに?」

「こ、殺す必要はなかったのでは?」

「必要はないかもね。でも邪魔。捕虜にしたら移動速度が落ちる。逃がす選択肢はない。じゃあ殺すしかないよね。」


 捕虜を取っている余裕などない。それにミレーに来賓として訪問するのに捕虜を連れて行っても迷惑がかかるだけだ。


「アキ……・。でも最後のは……?」


 今度はレオが尋ねてくる。アキが行った情報収集の方法に納得がいかないのだろう。


「情報を効率よく聞き出すために2人残した。隣で拷問されているのを見れば大抵の人間は大人しく口を開く。それだけだ。」

「う、うん。でも最後の1人はちゃんと話したんだし、1人くらいは捕虜にしてもよかったんじゃないのかな……?」

「まあ、そうかもな。でもベルを狙った時点それはでない。全員殺す。」


 たどたどしい口調で聞いてくるレオにアキは端的に答える。それを聞いたミルナ達は押し黙る。アキの口調がいつもより怖いからだろう。


「そんな事より、さっきの野盗についてだ。」


 アキの言葉を遮るように隣にいたベルがそっと抱きしめてくる。


「ベル……?」


 ベルの甘い香りがアキを包む。とても落ち着く。そしてベルが胸を押し付けてくる。ミルナ程ではない、多分ソフィーくらいの大きさだ。柔らくて気持ちがいい。あまりの心地よさに少し意識が飛びかける。


 ベルはさらに胸を押し付けるようにして抱きしめてくる。


「うふふ、私の胸の中気持ちいいですか?」

「ああ。」


 そしてベルはアキの頭を自分の膝にそっと倒して、膝枕をしてくれる。


「王女の膝枕なんて本当に特別なんですからね?」

「いや、それは嬉しいけど話を……。」

「ダメです。それは後でも出来ます、今は少し寝てくださいね。」


 ベルが微笑む。綺麗な銀色の瞳がアキを見つめてくる。アキは言われたとおりに目を閉じる。するとベルが優しく撫でてくれた。疲れていたのか、すぐに意識が遠のく。







「寝ましたね。まったくもう……アキさんは……。」


 ベルが少し拗ねたような、それでいてどこか穏やかな目をアキに向ける。


「アイリーンベル王女殿下の膝枕ならご主人様もゆっくり休める事でしょう。申し訳ありませんがよろしくお願いします。」


 アリアが丁寧に礼をする。セシルもベルに頭を下げる。ミルナ達は意味が分からないといった表情を浮かべている。そしてちょっとだけ不機嫌そうだ。


「うふふ、膝枕が羨ましいんですね?」


 それに気づいたベルがくすくすと笑う。


「わ、私がやりますので代わって頂けないでしょうか?」


 ミルナが王女であるベルに頑張って意見を言うが、彼女はどこ吹く風だ。


「イヤです。何故こうしているのかわからない貴女方には任せられません。」


 ベルの声色は穏やかだが、ミルナ達をみる視線は鋭い。


「エ、エリスさんはわかってるんですか?」


 今度はソフィーがエリスに訪ねる。エリスは「そんなことか」と当然のように答える。


「うん?ああ。私がしてやりたいが、ここは王女様が適任だろう。」

「ア、アリアやセシルもわかってるっていうの?」

「当然です。今回はアイリーンベル王女殿下が適任です。」

「そうですね。」


 エレンが尋ねるが、こちらも「当然です」という表情で答えるアリアとセシル。だがやはりミルナ達にはわけがわからない。ベル、アリア、セシルは教える気が一切ないようで、涼しい顔をしている。


 そんな中、エリスがやれやれと口を開く。


「まあ、Sランクの先輩として特別に今回は助言してやる。魔獣討伐も任せっぱなしだったしな。その礼とでも思っておけ。まずアキは最初から全員殺すつもりだったのだ。王女様を狙った時点でアキはムカついただろうからな。彼が仲間に手出しした相手に慈悲を掛けないことくらい知っているだろう。」


 さらにエリスは続ける。


「そして人を殺した後というのはどうしても感情が昂る。だから口調もきつくなる。アキはマシなほうだがな。だから王女様がアキを抱きしめて心を静める役割をしているというわけだ。命を狙われ、暴言を吐かれた王女様がするのが一番の適任というわけだ。」


 エリスはそれだけ言うと、ミルナ達に興味を無くしたのか、再度窓の外を眺める。エリス自身も2人程殺しているので、少し気持ちが昂っているのだろう。普段の彼女ならわざわざミルナ達に説明などしない。


「ええ、エリスさんの言う通りです。殺しの後は女性を抱くという人もいると聞きます。アキさんはそこまでではないのでよかったです……。」


 ベルがエリスに代わり言葉を続ける。さらに最後に「でもアキさんが望むなら別にいいけどね。」と小さく呟いたのだが、誰の耳にも届かなかった。


「最初の野盗の暴言以外は一切アキさんが口に出させませんでした。まあ暴言という程でもなかったですが……。私を気遣っての事でしょう。だからこれはそのお礼なのです。」


 アキの頭を優しく撫でるベル。そしてミルナ達にはっきりと告げる。


「わかったら貴女方は黙って見ていなさい。」


 ベルが最後の一言を言うまでもなく、ミルナ達は黙って俯いている。


 ミルナ達はわかっていたはずだった。闘技大会でアキが人を殺した時、ベルと同じように膝枕をした。ただベルのように意識してやったわけじゃない、なんとなくだ。でも言われてみれば確かにアキの感情は昂っているようだった。レオの尻尾を触ろうとしたのもあれが初めてだ。明らかに普段と違ったのはよく考えればわかる。


 何故気づかなかったのか。そんな自分達が憎らしい、悔しい、情けない。誰よりもアキの傍にいて、誰よりもお話して、誰よりも想っているのに。アキの事を大事にする、何かをしてあげたいって言っているだけで、結局何もできていない。我儘言って、困らして、なんて自分勝手なんだろう。ミルナも、ソフィーも、エレンも、レオも皆同じ事を考えていた。


「いつまで凹んでいるんですか、さっさと復活してください。」


 ミルナ達の状況を見かねたアリアが声を掛ける。まさかアリアが手を差し伸べてくるとは思わなかったのでミルナ達は驚きを隠せない。


「別に貴女達の為ではありません。アキさんが起きたとき、貴女達の元気ないと悲しむのはアキさんです。悔しい事ですが貴女達は彼にとってそういう存在なんです。」


 アリアに続きセシルも口を開く。


「大体昨日の話聞いてなかったんですか?皆さんはそのままでいいんだと、それがいいんだと、アキさんは言ってたじゃないですか。なのに何で凹んでいるんですか。」


 それだけ言うとアリアとセシルはアキに視線を戻す。大事な大事な主人へと戻す。


「その通りですね。羨ましい。私も貴女達くらい泣き虫で弱くなったらアキさんに大事にして貰えるんでしょうか。」


 ベルがボソッと呟く。


「え、もう大事に想っているけど?」


 まさか本人から返事が返ってくると思わなかったベル。慌ててアキを見ると、彼は目を開いてベルを見上げている。


「だから独り言を聞かないでくださいと言ってるでしょうが!」


 ベルが顔を真っ赤にして叫ぶ。






「あ、あのどこまで聞いてましたか……?」


 アリアがたどたどしくアキに尋ねる。彼女にしては珍しく取り乱しているようだ。


「うーん、エリスのかっこいい説明あたりから。」

「なんで聞いてるのだ!忘れるのだ!」


 エリスが涙目で懇願してくる。うちの騎士は戦闘以外では本当にからっきしアホの子だなと苦笑する。戦闘に関連する事は的確に見抜けるのに、それ以外ではダメダメだ。ちなみにアリアとセシルはこっちを見てくれない。知りませんとすっかり拗ねてしまった。


 大体、この子達が騒がしいから目が覚めたんだし、自業自得だろう。


「あの……アキさん、起きたならどいてくださいませんか?」

「やだ。ベルの太もも気持ちいい。」


 退く気がないアキを見て、しょうがないという表情のベル。


「ち、ちなみに私の言葉は聞いてたんですか?」


 ベルが念の為に確認してくる。


「アキさんが望むなら別にいいんだって思いました。」


 はっきりとベルに言ってあげる。


「ばかー!アキさんのばか!どきなさい、早くどきなさい!」


 ベルは必死に王女の威厳を使おうとするが、威圧感が全くない。ただの照れている可愛らしい年相応の女の子だ。


「やだ。」


 アキはベルの太ももにさらに顔を埋める。


「やっ……アキさん!だめ!本当に怒りますよっ!」


 残念だ。アキは仕方なくベルの太ももから頭を退かす。でも彼女のおかげで大分落ち着いた。ベルの心地いい膝枕でわずかばかりの仮眠はとれた。


「ありがとう、ベル。気持ちよかった。」

「もう……。はい、喜んで。」


 結局アキに何も言えなくなったのか、困ったように笑うベル。しかしこんなやり取りをしているのにうちの子達が静かだ。不気味に思い、ミルナ達の方を見ると、何故だかにこにこしている。


「お話ですわ。」

「お話ですー!」

「お話よ!」

「お話だね。」


 ミルナ、ソフィー、エレン、レオが口を揃えて宣言する。これは長い長い説教になるパターンだと悟る。それならせめて楽な体制で聞きたい。


「お話はいいけど、ベルの膝枕で聞いていい?」

「ふふ、お話追加ですわ。」


 ミルナが笑顔で「お話」延長を告げてくる。どうやら逆効果だったようだ。しょうがないと諦めてうちの子達の「お話」を聞いてやる。彼女達は色々と文句を言ってきたが、その表情はどこか楽しそうで、嬉しそうだった。

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