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カラオケ大会を終えた翌日、4日目の朝に無事国境を越えミレーに入国した。エスペラルドとミレーの国境には関所みたいなものがあり、両国の兵士が詰めている。そこで通行証の確認や荷物検査をされる。今回はベルがいるのでほとんどノーチェックで通過する事が出来たが、本来ならもっと細かく検査をされるのだろう。
「国境を跨いだだけではミレーって感じはしないね。」
「そうですね。ですがもう少し進めば雰囲気は結構変わります。」
ベルが教えてくれる。
確かに数時間程進むとベルの言った通り風景がガラリと変わった。エスペラルドでは見た事がない植物が目に飛び込んでくる。おそらく気候による違いなのだろう。エスペラルドは森も多く落葉樹が散見出来たが、ミレーは逆に森自体があまりない。平原や草原が多く、低木の植生が中心だ。ベルの護衛としては周囲警戒が楽なのでありがたいことではある。
「あれ魔獣じゃないか?」
平原の先に何かがいるのが確認できる。アキがそう呟くと、ミルナ達が外を確認して戦闘準備にはいる。
「これだけ見通しがいいとすぐに発見できるのがいいね。」
「ええ、そういう利点はありますね。」
ベルが馬車を止めるよう指示を出す。魔獣と追走するのは馬が驚いて暴走する可能性があるので、早めに停車させ、ある程度離れた場所で魔獣を討伐するのが基本的な方法だ。
「みんな、頼んだ。役に立てなくてごめんね。」
「いえ、いいんですわ。アキさんはゆっくりしててくださいね?」
「ですです!たまには私達が役に立ちたいのですー!」
ミルナとソフィーが気にするなと言ってくれる。
「そういうことよ!私たちの格好いいとこ見てなさい!」
「アキ、僕頑張るからね!」
エレンとレオも気合十分のようで、馬車から降りうちの子達が魔獣の方へと駆けていく。
「うちの子達は頼りになるな。」
「アキ、私もだぞ!」
拗ねるように頬を膨らますエリス。
「ああ、エリスも頼りにしてるよ。」
ベルの護衛はメルシアが受けた依頼なので、エリスには一歩下がってもらっている。いざという時はお願いしているが、基本的にエリスはアキと共に傍観者だ。肝心のベルはアキとエリスの後ろだ。そしてアリアとセシルがさらにその後方で待機。さらにはベルの護衛がアキ達を囲んでいる。全員でベルを取り囲むような陣形でミルナ達の戦闘を見守る。
当初はベルを馬車の中で待機させ、アキ達で馬車を守るという方法だったのだが、アキがベルも外に出てくれと頼んだ。もしベルが単身馬車の中にいて、万が一魔獣がこちらに向かって来て馬が暴走した場合、馬車が走り去る可能性がある。さらにもし馬車に何かしらの攻撃が当たった場合、ベルを救出できないかもしれない。アキがベルと護衛達に理由を説明すると、全員が納得し、心よく了承してくれた。
「順調だね。」
「まあ、あの程度の魔獣なら問題ないだろう。」
魔獣は2体だが、危なげなく戦闘をしているので討伐も時間の問題だろう。エリスとそんな会話をしていたら、突如背後にいた護衛達が叫ぶ。
「敵襲!」
アキは即座に振り返る。100M程先に10人くらいの男達の姿が視認出来た。武器を既に構えている事から襲ってくる事は確定だろう。アキはベル、そしてエリスとセシルに確認する。
「アイリーンベル王女殿下、護衛の腕は?対人戦ではどれくらいのレベルまで対応可能ですか?」
「Cランク程度であれば大丈夫だと思います。」
「エリス、セシル、あの者の腕前はどのくらいだ?」
「BとAの間くらいだな。」
「Bくらいかと思います。襲って来るくらいなので対人特化はしているでしょうが。」
エリスとセシルの観察眼は確かだ。特にセシルは正確に実力を見抜ける。だがそうなるとベルの護衛達では少々荷が重い。護衛の人数は全部で15人。倒せない事はないだろうが、犠牲はでるだろう。ベルとしても出来るだけ犠牲は出したくないだろうし、ここはアキとエリスの出番だと判断する。
「アイリーンベル王女殿下、ここは私とエリスに任せて頂けないでしょうか。」
「はい。ではアキ、お願いします。」
ベルが「アキ」と呼ぶのは王女モードの時だけだ。普段は普通の女の子で「アキさん、アキさん」と可愛く慕ってくれるが、王女の仮面をつけるとやはり威厳が増す。
「セシル、アリアはアイリーンベル王女殿下の側に。護衛の皆さんは3人を囲う様にお願いします。後は私達でやりますので。」
アキはエリスと共に護衛の輪から出る。同時に風魔法を使い音に指向性を持たせ野盗達とは反対側にいるミルナ達に指示を届ける。
「ミルナ達はそのまま魔獣の相手。急がなくていい。終わったらベルの護衛。俺の事は心配するな。対人特化してる俺とエリスだ。何の問題もない。」
ミルナ達に指示は届いたようで、はっきりと頷くのが見える。
「エリス悪いな。」
「私はアキの騎士だ。好きに使っていいのだ。」
「ああ、頼りにしてる。」
こういう事もあるかと思ってエリスとの連携は少し練習しておいた。アキはエリスの肩をポンっと叩く。それと同時に魔法を発動させる。この魔法でエリスはアキの氷刃を視認出来るようになる。理論としてはカラコンのようなものを装着させ刃の視認性をあげるという単純なものだ。
準備は整った。野盗達は50M程にまで迫っている。
「エリス、20Mまでひきつける。俺が魔法を放つからとりあえずは待機。」
「わかったのだ。」
アキは月時雨を抜刀して構える。
30M。そして20M程になった瞬間、何故か彼らは立ち止まる。
「あれが王女か?いい女じゃねーか。」
「殺す前に好きにしていいんだよな!」
「殺さなくても心を折ればいいんだろ?暫く楽しんでもいいな!」
アキは溜息を吐く。どうやら立ち止まったのはベルを品定めする為らしい。くだらない話をしている暇があれば襲えばいいのにと呆れる。だが予定の20Mで止まってくれたのは好都合だ。アキは氷刃を人数分、足元目がけて放つ。エリスレベルであれば無意味な攻撃だが、Bランク程度であれば十分だろう。予想通り、視認性の低い氷刃を野盗達は避ける事が出来ず、地面に転がる。
「おお!これが刃だったのか!くくっ、いやらしい軌道だな!」
エリスが嬉しそうに声をあげる。
「それを全部避けていただろうが。」
この戦闘狂がと呆れる。
「実際に見れるとなると感動があるのだ!」
「そーですか。」
エリスと適当な雑談をしつつ、アキはさらに氷矢を放ち、太ももやふくらはぎへ突き刺して確実に野盗達の動きを奪っていく。
「くくく、可哀そうに、あいつら未だ碌に口上すら述べられてないぞ。」
「俺はそんな暇を与えるほどお人好しじゃないぞ。それにベルが貶されるのは不快だからな。」
野盗達が動けなくなった事を確認すると、アキは彼らに近付き、声をかける。
「降参すれば?」
「するかボケ!ぶっ殺してや……」
アキの言葉に反論しようとした瞬間、野盗の首が飛ぶ。エリスだ。さっきエリスに「勝手にしゃべった奴から殺せ」と指示しておいた。
「さすがエリス、指示通りだな。」
「当然なのだ!」
人を殺した事を褒められて嬉しそうにしているエリスに苦笑する。彼女らしい。だがさすがSランクのエリス、躊躇が無かった。
「勝手に喋ったら殺す、動いても殺す。わかったな?」
「うるさ……」
再度首が飛ぶ。
「どうやら話をする準備が彼らには出来てないみたいだね。エリス、少し下がれ。」
素直に頷くと、エリスは数歩下がる。アキは巨大な水球を生成して彼らの頭上に向かって放つ。
「はっ……なんだそれは!」
強がりを言う野盗達だが、地面に転がったまま言っていてはただのお笑いだ。
「深々と溶けるがいい。」
アキが指を鳴らす。すると野盗達の頭上にあった水球が弾け、降り注ぐ。
「がっぁあぁあああああ!」
野盗達から醜い悲鳴が上がる。最初はただの水だと思っていたようだが、肌に触れた瞬間激痛が走ったようだ。
アキが放ったのは水球ではなく強酸だ。フッ化水素酸と呼ばれるガラスすら腐食する酸。浸透性が高く、細胞内に達すると体内の成分と結合して毒が全身に行き渡る。即死はしないだろうが、非常に毒性が高いので、処置をしなければすぐに死に至る。勿論彼らを生かしておく気などさらさらない。野盗達から悲鳴は上がるが、頭上からはまだまだ強酸が容赦なく降り注ぐ。
ちなみにこの強酸は検証した物質の中でそれ程魔素を消費せずに生成できる物質の1つだ。超強酸は魔素がさすがに足りず、他の強酸も物質によっては生成不可能だった。何故フッ化水素酸が生成出来たのかはよくわからない。魔素の消費理論は未だ謎に包まれたままだ。だがこれのおかげでこの場面を乗り切る事が出来る。今はそれでいい。
「汚い悲鳴だ。エリスの歌声を見習ってほしいものだ。」
「アキ?嬉しいけど……さすがにアレとの例えに出さないで欲しいのだ……。」
「確かにな、すまん。」
言われてみれば当然かと苦笑する。エリスの美声と比べるなんて彼女に失礼だ。
暫くすると野盗達から悲鳴が聞こえなくなった。どうやら後方にいた2人以外は息絶えたらしい。最初にエリスが2人殺しているので、アキが強酸で6人殺して、丁度2人残った計算になる。元々その予定だったので計画通りだ。
「アキ、大丈夫ですか?」
声がする方を見るとベルが立っていた。セシルとアリアも隣にいる。
「アイリーンベル王女殿下、お気遣いありがとうございます。怪我一つございません。しかしあまりご覧になられないほうがよろしいかと。それにまだ終わっておりません。お下がりください。」
「大丈夫です。それにもう彼らは戦意喪失しています。これからどうされるのですか?」
「情報を聞き出そうかと。アイリーンベル王女殿下は馬車にお戻りください。お見せするようなものではありません。」
「いえ、エスペラルド王国第一王女として見届けます。これは命令です。私にも見せなさい。」
「しかし……。」
アキが言い淀む。さすがにベルに見せるような物ではない。するとベルはアキに近付き、小声で囁く。
「アキさん、私、大丈夫ですから。お願いします。私も一緒に……。」
ベルはそれだけ言うとアキから離れて「命令です」と繰り返す。
「わかりました。もし気分が悪くなったら馬車にお戻りくださいますようお願い申し上げます。」
丁度その時、エレンとソフィーの叫ぶ声が聞こえる。
「アキ、大丈夫なの!」
「アキさん、怪我は!怪我はありませんかー!」
どうやらミルナ達も魔獣の処理が終わったのか、こちらへ全力疾走して来た。とりあえずエレンとソフィーの頭を一発ずつ殴る。過保護すぎるのと、心配する相手が違うと叱る。護衛しているのはベルなのだからまずはベルの心配が先だ。
「うぅ……だってー。」
「そうよ……だって、アキのほうが大事なんだもん。」
ソフィーとエレンが拗ねる。まあ、気持ちは嬉しい。
「まだやる事がある。ミルナ達は馬車に戻ってろ。セシルとアリアもだ。」
だがアキの言葉を聞いても誰も動こうとしない。ここからは本当に見せたくないんだがと溜息を吐く。ベルも動かないし、うちの子達も動かない。どうして自分の周りの女性はこうも頑固なんだろうか。
「私達も見届けます。ふふ、何を言っても無駄ですわよ?」
ミルナが不敵に微笑む。それを見て無理だと諦める。この子達全員を説得するには時間かかる。ならその時間が勿体ないので諦めた方が早い。
「全く……後悔してもしらないからな?」
アキはまだ息がある野盗に近付く。彼らはアキを見るなり怯えた表情を浮かべ、必死に体を引きずって後退ろうとする。だがアキが氷矢や強酸で与えた傷は深く、動く事は出来ない。
「さて、誰の依頼だ?」
「そ、それは言えねえ!」
アキは問答無用で発言した野盗の足に脇差を突き刺す。
「ぐっあ……。」
醜い声を上げようとするので、アキは首を抑えつけ、魔法で生成した火球を口に放り込んでやる。人間の喉が焼ける独特の匂いが辺りに充満する。既に強酸で死んだ野盗達の匂いがさらに悪臭に拍車をかける。
「うるさいんだよ、しゃべるな屑が。必要ない事以外話したら殺すと言っただろう。俺が望む答え以外でも殺す。」
アキは喉を焼いた男に治癒魔法をかけて喉だけを治してやる。
「さてもう1度。誰の依頼だ?」
「絶対に言え……。」
「はずれ。」
アキが望む答えではないので再度喉を焼く。そして治癒魔法。それを10回くらい繰り返した。喉だけでなく、ついでに脇差で太ももを刺したりもしているので、酷い激痛に違いない。野盗の目がすでに虚ろになっている。
「た、たすけ……。」
「あと1人いるし、もうお前いらないや。」
アキは月時雨で胸を突き刺し、絶命させる。
そして残った最後の1人に話し掛ける。
「君はすぐに答えてくれると嬉しいな。」
アキが微笑みながら近付く。仲間にされた拷問を間近で見ている最後の野盗は声を一切出さず、必死に頷く。余計な事を話したら殺すとアキが言ったのを覚えいるのだろう。
「誰の依頼?」
「ブレスレルド公爵。」
ベルの方をチラッと見る。彼女が小さく頷くのが確認出来た。理由までは下っ端の野盗風情が知るはずもないだろうからもう彼に用はない。後はベルから聞けばいいだろう。
「素直に答えてくれたから君にはお礼として苦痛なき死を。」
アキは月時雨を野盗の胸に突き刺す。
「あ、ごめん。ちょっとは痛いかも。」
絶命を確認しすると、アキは月時雨を引き抜いて納刀する。そして辺りに散らばった野盗の死体を炎で燃やしておく。これで戦闘の痕跡は一切残らないはずだ。
「よし、さっさと移動を再開しよう。」
馬車へと戻るように指示を出す。刺激が強かったかと心配したが、エリス、アリア、セシルは特に気にした様子はなく、素直に頷く。ベルも取り乱したりする事はなく、落ち着いている。
ただうちの子達は口を押えて吐くのを必死に我慢しているようだ。やはりミルナ達には刺激が強すぎたようだ。だから見るなと言ったのにとアキは心の中で呟く。