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そろそろ小休止の雑談は十分だろう。アキは話を本題へと戻す。
「冗談はさておき、ベルがミレーに出立するのはいつだ?」
「1週間後です。それまでにミスミルドでの用事を済ませて頂ければと思います。あ、勿論依頼を受けて頂けるならですが。」
「さっき受けると言っただろう。ミレーまでの日数は?」
「ありがとうございます。アキさんが一緒ならミレーまで退屈しなさそうです。ミレーの闘技大会の場所はエスペラルドと同じく王都。ミレーの王都はレスミアで、このミスミルドから馬車で5日程です。」
ミレー王国の事を知らないと察してくれたのか、ベルが細かく説明してくれた。
「5日か。復路も入れると移動だけで10日前後。滞在は2週間だからほぼ1か月、この屋敷を離れる事になるな。ところでセシルとアリアは連れていけるのか?2人が残りたいなら無理には来いとは言わないけど。」
ミルナ達はメルシアとしてアキと一緒に依頼を受ける。エリスは元々Sランクだから国家間の移動は自由。ベルは依頼者、ましてや王女なのだから当然問題ない。ただセシルとアリアはどうなるのか。多分2人の事だからついて行きたいと言ってくれるとは思うが。
「行きたいです。私も行きたい。」
「アキさんがミレーに行くなら当然私もご一緒させてください。」
2人は迷いなく答える。やはりセシルとアリアは行くと言ってくれた。
「ベル、どうなの?」
「従者登録すれば可能です。」
ベルが端的に答える。
「従者登録ですか?」
セシルが首を傾げる。冒険者協会の受付嬢だった彼女が知らないという事は、それほど知られている制度ではないのだろう。確かに国境を超えることが稀な一般市民には必要のない知識だ。国務で国境を渡る王族、商売で旅をする貿易商人達であれば知っている事なのかもしれない。
「はい、一般にはあまり知られてないと思います。必要ない事ですから。」
やはりアキの想像通りだ。ベル曰く、貿易商人が貿易をする時等は、側仕えを連れて行くのが普通らしい。だからこの制度が必要との事。主人1人に対し、2人まで従者登録をすることが可能になっている。もちろん主人・従者の双方の合意が必要だ。登録が完了すると、主人が国境を渡る際、国から同行許可証を従者に対して発行して貰う事が出来る。ちなみに王族は特例で、好きなだけ従者登録をすることが可能だとか。まあ、王族は国側の人間だから当然だろう。
「じゃあ2人とそれをすればいいか。」
「ただ1つだけ注意点があります。従者登録は2人まで。王族でない限り例外はありません。そして1回登録すると、主人からも従者からも登録解除は不可能です。従者か主人が死亡するまで解除出来ません。つまり従者は死ぬまで従者という扱いになります。」
ベルが補足する。容易に国境を渡らせないようにする為の措置だろう。本当に信頼できる側仕えのみ同行させる事が出来るという事だ。どうしても変更したければ従者か主人を殺すしかない。ただそんな事は当然犯罪だし、そんなリスクを背負うことは誰もしない。街の外で殺害するなど、色々と抜け道が色々ありそうな制度ではあるが、それは正直別にどうでもいい。アキには関係のない事だ。
それより「セシルとアリアが未来永劫従者」となる。この部分だけが問題だ。
「アリアとセシルをそんな制度に巻き込めないな。一生従者なんて嫌だろうし。」
アキが呟く。
「嫌じゃないです!」
「私も嫌なんてことは絶対ないです。」
セシルとアリアに迷いはないようだ。
「いや、でも。」
アキとしては2人の人生を縛るなんてしたくない。
「私はアキさんの従者であれば喜んでなります。」
後悔なんて絶対しないという力強い目で見つめてくるセシル。
「私は元々そのつもりです。こんな制度があるなんて尚更朗報です。」
アリアも断言する。
「2人がそう言ってくれるなら嬉しいけど。じゃあアリアとセシルを登録するか。」
アキがそう言うとセシルとアリアが驚いたように声をあげる。
「そんな簡単に決めていいんですか!」
「もう少し検討された方がよろしいのではないでしょうか?」
「え、2人はなるって言ってくれたし。やっぱ嫌か?それならしょうがない。」
2人が嫌だと言うなら登録は不可能だ。
「違います、私は喜んですぐします!そういうことではなくて!」
「私もします。ですが私達が死ぬまで解除できないのです。もう少し考えたほうが……!」
なるほど、セシルとアリアは貴重なアキの従者登録枠を自分達で埋めることが申し訳ないと考えているのだろう。
「俺はセシルとアリアがいいんだけど?信頼しているし、頼りになる。他の人は絶対に嫌だ。俺が従者にしたいと思うのはセシルとアリアだけ。文句あるか?」
「な、ないです……じゃあします!アキさんと従者登録します!」
「ありません。ありがとうございます、どこまでもお仕えさせて頂きます。」
セシルとアリアが本当に嬉しそうに微笑んでくれる。
「信頼されてますね、アキさん。従者登録の書類は後で届けさせますのでそれにお互いが記入すれば大丈夫です。後は私の方でやっておきますね。」
ベルが気を利かせて全部やっておいてくれるらしい。
「悪いな、ベル。」
喜んでとベルは可愛く会釈してくれる。いちいち絵になる美人王女様だ。
「ベル、ところで兎耳独占登録とかないの?」
「なんでえええ!それいる?絶対いらないよねええええ!」
セシルの口調が幼くなり、涙目で訴えてくる。これだから彼女を弄るのは止められない。
「ないですよ?王女の力で作ります?」
「さすがベル、作って。今すぐ。」
セシルが必死に「まって!作らないで!ほんとまって!」と視線で哀訴してくる。ベルがいるから口には出せないのだろう。
「あの……アキさん。アイリーンベル様とそう言った会話するの本当にやめて頂けませんか?誰も突っ込めないし、実現する力持っていらっしゃいますし……ほんとお願い。」
セシルに変わって今度はミルナがアキに嘆願する。彼女達はずっとそれが言いたかったのだろう。全員がミルナに同調するように必死に頷いている。