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30分くらい休憩を挟むことにする。アキは簡単な料理を作って振る舞った。皆は食欲がないのか、手は付けていないが、ベルが大喜びだ。
「美味しいです!私もここに住む!」
「アホか。ベルがいたら毎日みんな気を遣うからくんな。」
「アキさん、酷いです!」
「いつでも料理くらい作ってやる。」
「本当ですか!嬉しい!」
アキとベルはいつものテンションだが、ミルナ達の表情がやはり暗い。
「ほら、みんなも食べろ。落ち込んでいてもしょうがないだろうが。」
アキはしょうがないなと立ち上がり、レオを撫でてやる。
「大丈夫か?」
「うん……ちょっと落ち着いたかな。ありがと。」
レオが嬉しそうに尻尾を小さく振る。勿論セシルの事も撫でてやる。尻尾と兎耳を愛でて満足したので、アキはソファーに戻る。
「他の連中もさっさと復活しろ。」
「アキ!その2人と私達の扱いの差がおかしいわよ!あんたね!」
「うるさい、解き放たれた断崖絶壁。」
「はああああ!混ぜるなっていったでしょうが!あとその渾名で呼ぶな!ばか!」
エレンは元気になったようだ。
「ミルナ、ソフィー、2人の部屋見に行くよ?」
「「ダメー!」」
相変わらずなのかと呆れるアキ。
アリアについてはとりあえずトレーで殴っておく。嬉しそうにしているからこれでいいだろう。さすがどM。エリスは余っていたケーキをやったら元気になった。
「まったく、手のかかる連中だ。」
「うふふ、アキさんは皆の事が大好きなんですね。」
ベルが優しく見つめてくる。
「そうだね。でもベルの事も好きだけど?」
「あ……はい。あ、ありがとうございます。」
不意をつかれたのかベルが頬を染めて俯く。
「休憩はそろそろいいだろう。続きを話そう。今までの話を踏まえた上で言うと、俺はミレーに行く意味があるかはわからない。少なくとも月夜の森に行く意味はないだろう。ミルナ、ソフィー、エレン、レオはどうしたい?4人が決めなさい。イリアの事なんだから。」
アキの言葉が意外だったのか、ミルナ達は周章狼狽する。
「でも、その、アキさんがその……決めてくださるのでは……?」
ミルナが恐る恐るアキに尋ねてくる。
「俺がするのはミルナ達の目的に対して最適だと思われる提案だけ。決めるのはミルナ達だよ。イリアを追ってミレーや月夜の森に行くのか、エスペラルドに残って情報を集めるのか、それともイリアを探すのを諦めるのか。」
「絶対、諦めないわ!それだけはないわよ!」
エレンが叫ぶ。
「じゃあどうしたい?」
改めてミルナ達に問う。
「アキ。僕はアキの意見が聞きたいよ。ここからどうするのがいいと思う?」
レオが質問に質問で返す。ミルナ、エレン、ソフィーもそれに賛成のようで、まずはアキの意見を聞きたいと頷いている。
「そうだね、まだ月夜の森に行く必要は無いと思う。ただイリアの情報を得られる可能性が高いから、ミレー王国には行った方がいい。つまり、ミレーに行って情報を集める。その情報次第で次にどう動くか決める。必要なら月夜の森にも行く。これが俺の意見かな。」
それを聞いた4人は顔を見合わせ頷く。一瞬で彼女達の意見は纏まったらしい。ミルナが「これが私達の総意です」と口を開く。
「私達の目的はイリアを見つける事ですわ。でも何をすればいいのかわかりません。だからアキさん、貴方が思う最適な方法で私達を助けてください。最短でなくても構いません。無事にイリアに会えるのであれば何でもいいです。最短ではなく最適。全てアキさんに従いますわ。どこまでもずっとずっとついて行きますので、私達を見捨てないでくださいませ。」
ミルナが改めてアキにメルシアを率いて欲しいと頭を下げる。
「みんな異論は?」
「ないです!それがいいですー!」
ソフィーが真っ先に答える。エレンやレオも同意している。
「わかった、俺でよければ。まあ、ミルナ達がどういう選択したとしても最後までついて行くつもりだったしね。」
「ありがとうございます。」
ミルナが嬉しそうに微笑む。
「それにそう言うと思って既にベルに色々と頼んでおいたよ。」
「まぁ。アキさん酷いですわ。試したんですのね?」
くすくすと笑うミルナ。
「信じてたって言って欲しいな。ちなみにベルに頼んでいた1つ目は依頼の根回し。王家ならSランク指名依頼を出せるからね。」
アキ達はSランクなので、自由にミレー王国には行けるが、エステルの依頼で余計な足止めを食らいたくなかった。だからベルにSランク依頼の根回しを頼んだと言うわけだ。
「なるほど、そういうことだったんだね。」
レオが納得したように尻尾を振る。ただベルには確認しておかなければならない。何故この依頼になったのかを。
「それでベル、依頼の事なんだけど。護衛のほうはわかる。ミレーへ行く良い口実だ。でもこっちのは?」
アキは魔法学校の講師の依頼書をベルに渡す。それを見たベルは少し溜息を吐く。
「それですね……魔法組合がアキさんに興味を持ってしまいまして。ミレーに護衛してもらうから無理だって言ったんです。それならミレーには魔法学校があるからと向こうも引き下がらなくて……。」
どうやらこの依頼はベルの根回しではないようだ。となると、この依頼は面白い。受けるべきだろう。
「ミレーは魔法と音楽の国と言われていて、特に魔法職育成に力をいれております。だから魔法学校があるんですよ。」
ベルが補足してくれる。
「まあ……イリアの情報収集は1週間もあれば十分だ。おそらく爺ちゃんもついてくるから商会の情報網が使える。ベルもいるしね?だから別に講師するのは構わない。」
「アキせんせーです!なんか格好いいです!」
さっきまで落ち込んでいたのが嘘のようにソフィーがはしゃいでいる。相変わらずうちの子達は復活が早いと苦笑する。
「いいんじゃないかしら?」
「うん、僕もいいと思うよ。」
エレンとレオも同意する。
「あ、1つ言い忘れていました。魔法学校は9割が女性です。魔法職は女性が多いですものね。」
見事にベルが余計な一言を付け足してくれる。絶対わざとだ。
「「「「やっぱダメ!」」」」
ミルナ達が全力で拒否してくる。アリア、セシル、エリスも不満そうな顔をしていてあまり受けて欲しくなさそうな雰囲気だ。
「護衛依頼を受けてこっちを受けないっておかしいだろが。そもそも受けないで済むなら、ベルが俺の耳に入る前に差止めしている。ここに依頼書が在るって事はそう言う事なんだろ?」
ベルに確認する。
「その通りです……揉み消せるならとっくにやっていますわ。魔法組合に反感を買うと、エスペラルドへの魔法水晶の供給が減らされたりと色々面倒なんです。」
「ベルの為に受けるよ。どうせ受けないといけないように手を回されそうだし。魔法組合へのパイプも出来ると考えれば悪いことではない。それに俺はこれをどうしても受けたいんだ。」
アキは力強く頷いてベルにさり気なく目配せする。何か意味があると気づいたようでベルも軽く頷いてくれる。
「みんなわかったな。そういう事だから。」
ミルナ達はアキをジト目で見てくる。力強く「受けたい」と言ったのがどうも気に入らない様子だ。
「そんなに受けたいんですの?今度は何人落としてくるつもりですの?」
「アキさん!お話が好きなんですねー!」
「この変態!アキのバカ!」
「そんなに受けたいの?僕は悲しいよ?」
仕方ない。しばらく「お話」に付き合ってあげるとしよう。アキはやれやれとうちの子達の文句をきいてやる。文句というか愚痴だが。気づいたらいつの間にかエリス、セシル、アリアまでもがさりげなく混ざっていたのには苦笑した。
「うふふ、アキさんいつも大変なんですね?」
「ベルはわかってくれるか。」
「ええ。どうですか?私に乗り換えません?」
ベルがさらっと火種を落としてきた。ミルナ達はその発言を聞いて、何か言いたそうに口をもごもごさせている。ただベルは王女様というのもあり、ミルナ達はいつもの様な猪突猛進ぶりを発揮できないようだ。
「そうそう、私に乗り換えればあの王城がついてきますよ?」
ベルがさらに素晴らしい提案を上乗せしてくる。
「いいな、それ。でも王には興味ない。」
「いえいえ、アキさんは何もしなくてもいいですよ?1日3食ついて、城で好きな事し放題。私のお相手さえしてくだされば何しててもいいです。」
「なにその最高の条件。ベル可愛いし、お金持ちだし、王にならなくても王城に住めるし、さすがに揺れる。」
王女様がヒモにしてくれるとかこの上ない天国ではないだろうか。すぐに飽きそうではあるが。でもベルと話しているのは楽しいし、それもいいかもしれないと一瞬本気で考えてしまった。
「アキ!このバカ!このおん……痛ぁああああ!」
エレンが暴走しそうだったので手元にあった銀トレーを投げつけて黙らせた。
「それは言わない方がいいって前も言わなかったっけ?」
「だ、だって!アキが!」
一応アキが止めた事でエレンは自分が言おうとしたことを自覚したらしい。この子は直ぐに我を忘れて感情のままに発言してしまう。
「あらあら、なんて言おうとしたんです?言ってもいいですよ?」
ベルは優しく微笑んでいるが、目が笑っていない。「もし言ったら極刑にします」と鋭い視線で威圧してくる。さすがのエレンもちょっと泣きそうになっているので、アキが助け舟を出してやる。
「ベルは王女の権力を最大限に使うよな。ダメとは言わないけど。」
「うふふ、使えるものは使う主義ですので。」
相変わらずの腹黒王女様だと呆れるアキ。
「とりあえず、ミレーで依頼をこなしつつ情報収集して次の行動を決めるっていう事はさっき説明したよね?ただベルにこうして協力してもらうからには当然ベルにも協力する必要がある。」
そう宣言して、アキはベルに尋ねる。
「図書館で為政に関する情報は渡した。ベルは他にどんな協力が欲しい?」
「そうですね……オリハルコンがどういう原理で使われているのか是非調べて欲しいです。」
先ほどアキが話していたからベルも気になったのだろう。だがアキはその点について実は解明の目途は立っている。
「それならもう予想ついてるよ。」
「ほんとですか!教えてください!」
ベルが興奮したように身を乗り出してアキに問いかける。
「これは本当にここだけの話だ。絶対に口外しないでね。本当にしちゃダメ。」
アキの本気度を感じ取ったのか、ベルを含めた皆が素直に頷く。
「ベル、魔素ってわかるよね?」
「ええ、魔法を使う元の。」
「あれが大気中に存在しているってことは?」
「勿論知っています。」
「これは俺が検証して調べた事なんだけど、魔素は呼吸で体内に取り込むんだ。そして魔法を使える魔素に変化する。これを体内魔素とする。次に、魔素量が無限にあると仮定した場合、現象理解さえしていればどんな現象でも起こせる。俺の世界の理論を使えば10万度というような高温の炎も作れるし、この大陸全土を一瞬で焦土と化す事だって出来る。ただ現実的に考えた場合、それをやるには体内魔素の量が絶対的に足りない。」
アキは言葉を一旦切る。
「オリハルコンはおそらく大気中魔素の直接利用を可能にする。そういう意味でもこの世界は実験場と言ったんだ。もしかしたら大気魔素の直接利用を長期的に実験したかったのかもしれない。」
魔素を直接利用できるとしたら環境にどう影響するのか。長期的に莫大な魔素を使い続けたら大気中の魔素は枯渇するのか。そういった事を調べたかった可能性は十分にある。ただその実験をするにあたり、オリハルコンだけを貸与して、大気魔素を好き勝手に利用させたら召喚元にまで何かしらの影響が及ぶかもしれない。だからこそ使用方法を限定した上で、今の方法を伝授したのかもしれないとアキは推測する。
「ここで大事なのは、もし大気魔素の直接利用が本当に可能なのであれば、魔素が莫大に必要な現象が起こせる。現状、オリハルコンにそういった使い方が出来るとは幸いにもこの世界の人間に知られていないから、何も起きていない。だがもし悪意を持った人間がこの原理を理解し、大気魔素を直接利用する為にオリハルコンを手に入れてしまったら?その人間が異世界の知識を持った俺だったらどうする?想像してみるといい。」
「そ、それが本当なら……確かに……。」
アキの言葉を聞いてベルが顔を強ばらせる。
「光速で炎を撃ち出す事だって出来る。俺が普段使っている火球魔法の600万倍の速度だ。人間に見えるわけがない。撃った瞬間に大陸の端から端まで余裕で到達出来る速度といえばわかるか?」
「アキのあれが!そんなの次の瞬間には死んでるのだ!」
エリスがそんなのは無理だと首をぶんぶん左右に振りながら叫ぶ。
「そんなのはまだ可愛いくらいだよ。俺の世界の知識使えば、数十年は人が住めなくなるレベルで土地を破壊出来る。もっと言うならこの大陸ごと海に沈めるくらいの事は余裕で出来るだろう。」
「こ、これは口外できません……。」
さすがのベルも言葉を失ったようだ。
大気魔素の直接利用が出来ないかとアキは前々から考えていた。だから気づいた。オリハルコンが大気魔素を体内魔素へと変化させているのではないかと。立ち入り禁止区域の転移や召喚など、体内魔素では到底魔素が足りなくなるような魔法が使えている事にも説明がつく。オリハルコンが手に入ればこの辺りの事を色々と検証できるが、今はまだ無理だ。
「俺の知識だったらそれくらいの事が出来るってだけだ。でもこの世界の人間でも魔素が好きに使えればどうなるかわかるよね?ミルナのような善人だったらいいけど、野心持った人間がオリハルコンを手にしたら大陸ごと支配するのは容易だろう。」
だからアキには不思議なのだ。何故誰も大気魔素の利用を考えないのだろうか。これが使えれば理論上なんだって可能になる。大気中に魔素がある事はわかっているのだから、何故それを研究しないのか。オリハルコンが無かったとしても、利用方法を研究していないのは絶対におかしい。そしてそもそも魔法職がずっと不遇職として扱われている事自体がおかしい。
アキが魔法組合の依頼を受けた裏の理由がこれだ。自分に興味を持ったのは本当に魔法談義をしたいだけなのか。それとも、大気魔素の情報を魔法協会も握っているから、同じ知識を持っているかもしれないアキを呼び出したのか。もし後者なら口封じされる可能性は高い。さっきベルに目配せしたのはこれを彼女に伝えたかったからだ。後でベルにちゃんと説明してフォローをお願いする予定だ。ベルが後ろ盾としていてくれるのであれば安心して動ける。