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翌朝、ベルの返事を聞く必要があったので、迎えの馬車に乗り今日も王立図書館へと向かっている。明後日には協会へ依頼を受けにいかなければならない。もし依頼を操作するとなれば、今日ベルの返事を聞いておかないと不味い。だが今日頼んだとしても依頼操作する時間が明日1日しかない。ぎりぎりだなと思いつつ、ベルのいい返事に期待して馬車に揺られる。
図書館に着いたので司書に挨拶し、Sランク証を提示。寄り道する事なく閲覧禁止エリアへ向かう。今日もベルは先に到着していたようで、嬉しそうに小走りでアキに近寄ってくる。
「おはようございます、アキさん。」
「おはよう、ベル。」
「あら?今日は綺麗って言ってくれないんですか?」
「いつも綺麗だからね。」
「相変わらずお上手ですね。まったく……身内以外ではアキさんくらいですよ?私の美貌にたじろがないのは。」
うちにはミルナ達、セシル、アリア、エリスがいる。彼女達をずっと見ていれば感覚が麻痺してきて当然だ。地球に戻ったら多分どんな女性みても綺麗だと思わないだろう。戻る気なんてさらさらないけれど。
「自分で言ってて恥ずかしくない?」
「ばか!恥ずかしいですよ!」
言った後に気づいたのか、頬を染めるベル。
いつものように適当な雑談を交わし、本題へ入る。
「昨日の質問に……お答えしても?」
「一思いに振ってくれてもいいぞ?」
アキは冗談半分で軽口を叩く。
「もう……出来ないの知っているくせに。ばか。」
ベルが小さく呟く。
まあ彼女の性格ならあの草案を読んで無視出来ないというのは想像がついていた。後はどこまでこっちに歩み寄ってくれるかになると予想している。
「私は時間が掛かっても……アキさんの案が好きです。皆が幸せになれる可能性がある素敵な案です。」
「光栄です、アイリーンベル様。」
「ベル!」
ベルが口を尖らせて拗ねる。
「とりあえず私がアキさんの敵になる事はないです。断言します。出来る限りアキさんに協力するので、私にも力を貸してください。」
改めて丁寧なカーテシーを行う。
「ああ、勿論、よろしく。」
ベルに手を差し出す。一瞬キョトンとしたが、意図に気付いてベルもアキの手を握り返してくれた
「あ、そして……その……まだ……王家とアキさんだったら……の質問は……あのその……。」
ベルが顔を赤くして口籠る。
「いいよ、その答えで十分。」
「は、はい。」
ここでアキだとはっきり言われたら「王女を落とした」と確実にミルナ達にお説教される。だから今はこれでいい。何より揺れてくれているという事実が大きい。そう簡単には敵にならないという事だ。アキの草案が彼女に大分影響を与えたのだろう。
「ベル、助かる。ありがとう。」
ベルに優しく微笑む。
「はい!」
彼女は嬉しそうに返事をしてくれた。
あれからベルとイリアの件やSランクの依頼について打ち合わせした。それから2日後、依頼受託当日。つまり闘技大会から丁度5日目になる今日、アキはミルナ達と冒険者協会へと来ている。闘技大会前、Bランクに昇格する際に来た時も思ったが、やはりここの協会は大きい。さすが王都の冒険者協会と言ったところだ。依頼ボードもバカでかいし、受付嬢の数も半端じゃない。さすがにうちのセシル程優秀な人間はいなさそうだが。
メルシアが協会に足を踏み入れると、受付嬢がわざわざ出迎えてくれた。Sランクになると扱いが特例になるのは知っていたが、ここまでとは思わなかった。協会での対応が完全に貴賓に対するやつだ。冒険者達も一目置いたような視線で見てくる。アリステールの頃とは大違いだ。
アキ達は待たされることなく、すぐに王都の協会支部長であるエステルの部屋へと通される。
「来たか、メルシア。」
部屋に入るなりエステルが声を掛けてくる。エステルは筋肉質で体格の良い40台後半の男性だ。おそらく若い頃は冒険者として名を馳せていたのだろう。
「約束通り、5日目に訪問させて頂きました。」
「ご苦労、とりあえず優勝、そしてSランク昇格おめでとう。」
エステルがアキ達に簡単な祝辞を述べる。
「ありがとうございます。」
「まったく、お前のせいでこっちは大変なんだからな。」
エステルは不機嫌そうな顔をする。そうだろうなとアキも思う。前例のないSランク戦、そしてそれに勝ったメルシア。各所への説明もあるだろう。アキの特殊な魔法についても議論になっているのは想像に容易い。あのタイミングでベルと繋がれて本当に幸運だと思う。ベルがいなかったら結構面倒な事になっていた可能性が高い。王女がアキについているから色々と情報統制・操作をして貰えている。
「それは申し訳ない。ところで依頼の方は。」
本題へ移れとエステルを促す。だらだらと話していても仕方ない。
「おう、依頼の用意は出来ている。」
そう言って依頼書を2枚アキに渡す。おそらくベルが昨日の内に裏から手を回してくれた依頼だ。今日は会う時間がなかったので内容までは知らない。ただベルの事だからアキの都合を考え完璧に調整してくれているはずだ。
差し出された依頼書を手に取り、ミルナ達にも聞こえるよう読み上げる。
「ミレー王国で開催される闘技大会にエスペラルド王国王女アイリーンベル・エスペラルドが参列予定。ミレーまでと復路の護衛を依頼する。国務があるのでミレー王国滞在中は自由行動、滞在期間は2週間を予定。報酬500金。指名依頼、対象メルシア。依頼主、エスペラルド王国。」
復路までと明確に記載があるという事は、ベルがメルシアをミレーに置いておきたくないという事なのだろう。自国で誕生したSランクが他国に流出するのは好ましくない。ただベルの場合はアキ達だからという私情が入ってそうな気がするが。まあ2週間もあればミレーを調査するには十分だし、復路込みの護衛依頼でも問題はない。
ちなみにミルナ達はベルに依頼の根回しをお願いしたことを言っていないので、ミレー王国の指名依頼と聞いて驚いている。
「そして2つ目は……あれ?これは俺宛?ミレー王国にある魔法学校にて臨時講師を1週間。指名依頼、対象アキ。報酬300金。依頼主、魔法組合?」
こちらはちょっとよくわからない。ベルがこの依頼に手を回したのかは不明だ。ちょっと毛色が違うし、彼女に後で確認したほうがいいだろう。ただミレーで1週間程度であれば特に問題はない。イリアの情報収集は正味1週間もあれば大丈夫だ。ベルも同行しているのだからそれでも十分過ぎる。
とりあえずこの依頼を受ける前に、ミルナ達に全て説明しなければならない。イリアの事や世界の裏側に隠された事実を話してから依頼の受託を決める必要がある。
「エステルさん、こちらのお返事は明日の正午でもよろしいでしょうか。」
「勿論構わん。他国での依頼だ、チーム内で相談する必要もあるだろう。元々可否の返事も明日の夕刻までとなっておる。」
エステルは言葉を一旦切り、アキを鋭い目で睨む。
「で、お前か?」
恐らくこの依頼内容の事だ。王家から手を回されてこの依頼になったのだから元々エステルが用意していた依頼は無かったことにされたはず。新参Sランクに対して国が急に依頼を出すなんてありえない。だからこそ何か裏があるとエステルが勘ぐるのも当然だ。それにベルも言っていた「多少不自然になるかもしれません」と。
まあこの程度白を切ればいいだけなので問題ではない。勘繰られたところでアキやベルが口を割らない限り絶対真実はわからない。しかも魔法組合のおかげで適当な言い訳も出来た。
「なんのことでしょう?しかし国が依頼してくださるなんて光栄です。しかも魔法組合まで。私達のような新参Sランクに任務を頂けるなんて。」
「ふん、まあそうだろうな。両方は無理だろうし俺の思い過ごしか。」
エステルの言う通り、国と魔法組合両方にこの短期間で手を回すのは難しい。果たしてベルが後者の依頼に関わっているのかはわからないが、いいカモフラージュになっているのは事実だ。これを言い訳に使わない手はない。
「まあいい。他に用事はあるか?」
「いえ、それでは一旦失礼して検討させて頂きます。」
「ああ、いい返事を期待しているよ。」
アキは会話を切り上げ、早々に退出する。ミルナ達は不思議そうな顔をしているが、何も言わずにアキの後をついてくる。うちの子達はこういう時に余計な事を決して言わない、全て信じてまかせてくれる。だからアキも前もって彼女達に注意する必要がないし、気を使わなくてもいい。
「アキさん……受けないんですの?」
冒険者協会を出てから、ミルナが尋ねてくる。
「屋敷に戻ったら全部説明するよ。長くなるかもしれないけどね。」
ミルナ達はアキの言葉に頷き、それ以上聞いてこない。アキが全て説明すると言ったからだろう。本当に聞き分けのいい子達だ。