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1.王太子の企み

 久々に話を書いたので、リハビリのための短編です。三話ぐらいで終わる予定。


 ちょっと荒んだ内容になってます。





 眼下に広がる城下の中央を走る大通りから、多くの人々の歓声が聞こえる。

 通りを埋め尽くさんばかりの人の列、その中を大きめの馬車がゆっくりと進む、そんな光景を、城のバルコニーから、この国ブライウッドの王太子リーストは微笑みながら眺めていた。


 大通りを進む馬車の中にいるのは、現在世界の脅威となっている魔王討伐の任を負った、異世界から召喚された勇者とそのお供三名の勇者一行だ。

 際限なく湧き上がる魔物を従え、自らも強大な力を持つ魔王に対し、唯一対抗できるとされる勇者の旅立ちに、街の人々は大いなる期待と明るい未来への希望を抱えて、盛大な声援を持って勇者達を見送っていた。


 そんな熱狂に満ちた人々の間を、ただ粛々と馬車は進んでいく。その様子に、王太子はくっと笑みを深めた。


 これは国民には知らされていないことだが、実は異世界から召喚した勇者である少女には、何の力も無かったのだ。

 本来ならば、異世界への召喚の際に、この世界を司る女神の慈悲として、何らかの力を与えられるのが通例だった。そしてその力を持って、これまで召喚された勇者達は魔王や魔物達を退けてきたのだ。

 しかし、此度の勇者には、膨大な魔力も驚異的な身体能力も備わってはいなかった。召喚された直後は、しばらくすれば何等かの力が発揮されるだろうと楽観的に考えていた王や貴族、神官達も、いつまで経っても何の変化もない勇者の様子に、やがて勇者を役立たずと見限り、その存在を疎ましく、邪険に扱うようになった。面と向かって勇者を見下し、悪辣な言葉をぶつける者、聞こえよがしに陰口をたたく者も多くいた。

 しかし、そんな勇者に対し、王太子は優しく接し、勇者を庇い、支えた。勇者に熱のこもった眼差しを向け、甘く優しい言葉を贈るその様子は、傍から見れば勇者に恋情を持っているように思えた。また、勇者としても、力も無く、つらく当たられる日々の中で、自分に向けられる麗人からの好意に、満更でもない様子であった。


 そうして、限りある時間の中でも共に日々を過ごし、言葉を交わしながら、勇者と王太子は確実に距離を縮めていった。

 しかし、そんな甘く暖かな時間にもやがて終わりが訪れる。勇者に魔王討伐の任が下ったのだ。

 けれども、勇者である少女には魔王を討伐出来るだけの力は無い、そう王太子は王に対して反対を唱えた。彼女をみすみす死にに行かせる気かと。

 だが、そんな王太子の必死な申し立てにも、王や貴族達は意見を変えることは無かった。


 結局、王の命令により、勇者と腕の確かな騎士、女魔法使いと、男の神官というメンバー四名で魔王討伐に行くことが決まったのだ。

 勇者が旅立ちの日を迎えるまで、王太子は極力勇者のもとへ通い、自分の力の無さを勇者に詫びた。それに対し、勇者も気にしなくても良いと、柔らかく微笑んだのだった。



 そうして迎えた旅立ちの日。


 城の前で勇者を見送った王太子は、今満足げな表情で、勇者一行が乗った馬車が街の門を抜け遠ざかっていくのを、城のバルコニーから眺めていた。その顔には、先ほどまで人々の前で浮かべていた悔しさも悲壮感も一切ない。


「ようやく行ったか。はあ、長かったな」


 しばらく一人にしてほしいと言って人払いをしたため、室内には誰もいないのを知りつつ、王太子はそう盛大な溜息を吐いた。


「好きでもない女に、想いを寄せているように装うのも案外骨が折れる。早々に旅立ってくれてよかったな」


 馬車が遠ざかり、やがて視界から消えるのを、王太子は目を細め形の良い唇を歪めて見る。


「まあ、これであの女が死ねば、私の願いがすべて叶うのだからな。短い間だが夢を見られて、あの女も本望だろう。そもそも王太子であるこの私が、あのような身分の低い何の利点もない女を本気で好きになるはずが無かろうに。そんなことにも気づけないとは、愚かな女だ」


 そう言って堪えきれないように、くくっと喉を震わせる。


「ああ、愛しのレイミー。これでようやく君を……」


 表情を恍惚とした笑みに崩して、王太子は愛おしく麗しい少女に想いを馳せた。


 レイミー伯爵令嬢は、豊かに輝く金色の髪の幼い顔立ちの少女で、その愛らしさと心優しさは貴族の間では知らぬ者は無く、多くの者が想いを寄せていた。王太子もそのうちの一人で、お茶会や夜会にそれとなくレイミー嬢を招いては、熱心に口説いていたのだ。しかし、レイミー嬢自身人の想いに疎く、また傍に彼女が幼い頃から仕えてきた騎士がいたため、強引にことを進めることもできずにいた。


 そう、王太子はもともと召喚された少女には何の想いも抱いてはいなかった。自分の思うようにことを進めるため、恋情を向けているように装っていただけだったのだ。

 王太子の思い描いた筋書きは、自分の愛していた勇者である少女が旅先で斃れ、その悲しみに打ちひしがれる自分を心優しいレイミー嬢が慰め、そのことがきっかけで二人は愛を育み、結ばれるというものだった。その為に影で手を回し、すでに手筈は調えてあった。


「あの邪魔な騎士も、都合よく始末できるしな」


 そして、勇者一行に加わった騎士も、レイミー嬢の護衛騎士だったのだ。彼はレイミー嬢付きの騎士であったが、その腕は国で三本の指に入ると言われるほどの剣の使い手であり、また実は彼もレイミー嬢に想いを寄せていた。レイミー嬢も彼に仄かな想いを抱いていたが、その自分の想いに未だ気づかない状況にあった。

 しかし、ずっと自分の傍にあって、命がけで自らを守ってくれる精悍な騎士への想いに、いつまでもレイミー嬢が気づかないわけは無く、二人が恋人同士になるのもそう遠くないように見えた。例え身分差があったとしても、想いを交わし合ってしまえば、他の男には彼女を手に入れることは不可能になることだろう。

 そこで、王太子は何かと理由をつけて、邪魔な騎士も勇者に同行させるようにしたのだった。

 勇者一行が魔王に敗れ、勇者ともども騎士も死ねば、レイミー嬢を確実に自分のものに出来ると考えた。


 さらに、勇者一行に同行した女魔法使いも、高位の貴族位を持ち、魔法の腕のみならず、政治経済の知識に富み頭の回転も速く、また不正を許さない道義に通じた理念の持ち主であったことから、王太子が王となった際には、確実に自分と対立するだろうと思われる人物だった。

 現に、今でも彼女は王太子の本質を見抜き、苦言を呈したり意見が対立することも多々あった。

 彼女もまた、王太子にとっては邪魔な人物の一人であったのだ。


「三人纏めて魔王に倒されればよし。まあ、万が一生き残ったとしても――」


 にやりと音が付きそうな下卑た笑みを、その美麗な顔に張り付けて、王太子は呟く。


 そう、例え運よく魔王を倒せたとしても、勇者一行が生きてこの国に戻って来ることは無いのだ。

 そのために、王太子は勇者一行の中に、手練れの暗殺者を紛れ込ませていた。神官という役割を装って。


 勇者が魔王を討てなくても、また新たな勇者を異世界から呼び寄せればいい。元々、力の無い勇者だったのだ、城の誰も彼女に期待はしていまい。

 勇者が死んだことを国民は悲しみ、絶望するかもしれないが、それを自分が、最愛の人を喪った悲しみを押して国民を鼓舞し、新たな希望を示せば、自分に対する国民の評価も高くなるだろう。


「そして理想的な王として私が国を支配し、その私の隣にはレイミー嬢が王妃として立つのだ」


 思い描いた輝かしい未来に、王太子は自ら酔いしれた。そうして、もうすぐそれは現実のものになる。


 王太子の部屋には、しばらく笑い声が途切れなかった。



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