僕は、違う
現れたその人はとても優しげな眼差しをしていた。
「カノンカース、ですね?」
「……はい、お母様」
そう、お母様と呼んだ瞬間、彼女がカノンを抱きしめた。
「カノン、カノン、カノン……」
ぎゅうともう放すまいと抱きしめられて、カノンはどうしようと思うけれど、その温かさと、自分の事を母がずっと思っていてくれたと気づいて涙が出てくる。
本当は会った時、自分は母に対してどうしてしまうのだろうと思って、カノンは怖かった。
自分を捨てたであろう母。
子供を作るためだけに父と交わって出来た自分。
好きでもなんでもないはずなのに、と思っていて。
それでも強がっていたけれど会いたいと思ったのは確かで。
「言い訳は私は出来ません。けれど、貴方に会えて私は……」
「お母様……」
何故とかどうしてこんな事になったのかは、カノンは聞かない。
以前、ネルが言っていた、父達の嫉妬に曝されて貴方を手放さなければならなかったのですから、そういう事なのだろう。
魔王であった父、トリューカース。魔王は魔族であれば愛せざる負えないから、それを独占したと思われて嫉妬されたのか。
考えるのは止めよう。
今こうして、どんな過去や何かがあったとしても、今、母が自分を抱きしめて喜んでいて……愛してくれていると思えるならばそれで良いではないか。
もう、カノンは大人なのだから。
「お母様、放していただいてもいいですか?」
「あ、苦しかった……」
「いえ、なんと言いますか、僕も嬉しすぎて涙が出てしまって……」
そう言うと、カノンにハンカチが手渡される。
ありがとうございますと言ってそれでカノンは涙を拭く。
そのハンカチをどうしようと思ってもっているとそのまま母に持っていかれてしまった。
悪戯っぽく彼女は笑い、これは自分の宝物にするのだと言う。
そんな母の笑顔を見ていて、カノンはある事に気づいた。
――僕は、母に全然似ていない?。
普通、魔族でも人間でも親に似るものだという。けれどカノンは自分の顔を思い出して、その全てが母と共通点が無いことに気づいた。
そして、カノンの父と自分の容姿は瓜二つである事を。
――まさか、魔王との血統には片親の姿は受け継がれない?。
その事に気づいてカノンは、自分の中に流れる魔王の血に恐ろしさを覚える。
確かに魔王は闇の神の化身である。
それ故に、代を重ねようと姿も、変わらないのだろうか。
そして血によって、ルカが自分達の血を引いていると分ったように、延々と同じものを生み出して……。
愛した相手の欠片を消してしまうのだ。
「カノン? どうしたのですか?」
不思議そうに問いかけてくる母にカノンは何でもないです、と微笑む。そして、
「お母様、今は幸せですか?」
「……ええ、別の魔族と結婚して子供もいます」
そう少し言いにくそうに言う。
父であるトリューカースに引け目があるのだろうと思ったが、もう、すでに終わった事なのだ。
憎むも憎まないも無い。
ただその子供達、カノンは自分の異父兄弟にあってみたいと思って、彼らに会いたいというと、母は少し躊躇して、分りましたと答えた。
そしてすぐに子供達が現れる。
人間であれば、6歳位の魔族の子供。
水の系統である青い髪に魔族の証である金色の瞳。
不安そうにカノンを見るから、安心させるように微笑むと、子供達は頬を染めた。
「えっと、魔王様?」
「そんな他人行儀な呼び方でなくて、お兄様、カノンお兄様、と呼んでいいよ」
そう告げると子供達はぱあっと明るい笑顔緒浮かべて、カノンに抱きつく。
まさかいきなりこれほど慕われるとは思わず、カノンは驚きながらも微笑む。
けれど、ルカの感じたような親しみをカノンは可愛いと思うが兄弟である子供達に感じない。
これが“魔王”という存在そのものなのだ。
きっと魔王は、魔族ですらも違う存在なのだ実感する。
「カノンお兄様?」
考え込んでいるカノンを不思議そうに見上げて首をかしげる子供達。
それはとても可愛らしくて、守らなければいけないとカノンは思った。
そしてこの兄弟のような魔族を守るのもまた魔族の長であり魔王である自分の役目なのだ。
その重さを、魔王としての役目をカノンは気づき自覚する。
そう、だから彼らは、人間に心を奪われるカノンに警告するのだ。
――けれど、それでも僕はレオンの事を……。
諦め切れるなら、こんな恋、初めからしていない。
「それでは、カノンカース様、私も少々あのレオンという人間達と話がありますので、部屋を移動していただいてもよろしいでしょうか?」
「……レオン達の僕のことを話すなよ?」
「ええ、もちろんですとも」
そうネルは答えて、心の中で、もうすでに殆どがばれているとも知らずに、思う。加えて、
「カノンカース様のお母様にはもう、お引取り願いましょう」
「何故! もう少しだけ……」
「貴方様が、再び四天王達と共に、魔族の王として君臨すれば何時でも会えますよ? 貴方様のお父様のように城に篭るのではなく、ね」
「貴様……」
「それに貴方様の母親を、あの人間達にどう説明するおつもりですか? 魔族であると、魔王であると自分でお話になられるのですか?」
「それ……わ……」
「何が最善であるのか、賢い我が魔王様はお分かりになるでしょうから、これ以上は申しません。ただ、もう少しだけ兄弟であれば言い訳は出来るでしょうから、共にいても大丈夫でしょう。さあ、こちらへ」
そう、ネルに言われて、嫌々ながらもカノンは歩き出す。
そして部屋を出る瞬間、一度カノンは振り返ると母が優しげに微笑んでいた。
「お母様……」
閉まる扉に、カノンは悲しさを覚える。
知らなければこんな思いなど無かったのに、それでも母という魔族の存在はカノンの心の中に打ち込まれた。
そして部屋の中では、ネルがカノンの母親に話しかけた。
「貴方のおかげでカノンカース様を魔族側に惹きつけることが出来ました」
「こんな利用のされ方をして、私は……そしてあの子は……」
「これも全て魔王様達を守るためなのです」
「……そうでなければ貴方方に私は協力しません」
「……分っています。父達がしたことも。そして、確かに貴方が前魔王トリューカースを愛していたことも」
そこで会話は止まり、カノンの母親は一度冷たくネルを一瞥すると、後で子供達を迎えに来ますと告げて、いずこかへと消えてしまう。
それを見送ってぼんやりとネルは思った。
未だに父達は前魔王のトリューカースをまだどこかで諦め切れていない節がある。
ネル達の父達である四天王が、全員そろってトリューカース以外は長年上じゃないと伴侶は嫌だという性癖、もとい、能力が高すぎてある程度経験を積んだ年上でないと相手に出来なかったという理由から、ネル達が幼い時に皆、片親は寿命で亡くなっている。
そんな今は亡き片親を思い出してネルは微笑む。
未だネルの中でかの親の存在は大きい。
だからこそ、魔族を切り捨てることなどできず、魔王カノンカースは人間に付くことは出来ないだろうと。
次回、一時間後。よろしくお願いします。




