弱さと優しさと厳しさと
屋根の上でカノンは膨らみ始めた月を見ていた。
白く輝く月が夜空の中で存在感を増しているのを見て、満月になった時はどうしようと思う。
満月の時に起こる魔物の衝動。人を喰らい尽くし、血を啜りたくなる耐えようのない衝動。
……嫌いな奴には起きないようではあるが。
けれどその衝動は、好きなもの相手では抑えようがなくなる。
イオもトランも良い奴で好き。
レオンは多分カノンの仲間で、迷惑をかけられることもあるけれど、それもどこか嬉しいくらい好き。
居なくなってしまったらどうしよう。
もしもカノンがそれを抑えきれなかったとしたら?。
考えて、カノンは恐ろしくなる。レオンがいなくなることが怖い。
笑いかけてくるレオンの顔が次々とカノン頭に浮かんで、ドキドキして、自分の足にカノンは顔を埋めた。
そこで、先程ホーリィロウがレオンと話していた時に、カノンのことを魔物と言っていたのを思い出す。
魔王ということがバレていないとしても、魔物だと知られたら?。
あのホーリィロウは一見、カノンに好意を持っているようにも見えるが、カノンが魔物だと看破していた。
彼は勇者なのだから魔物は敵である。
それに好意があるようにしているという事は、油断を誘っていると?。
「本当にカノンはくるくる表情が変わって面白いな」
「わ!」
すぐ傍で、レオンがカノンの顔を覗き込んでいた。
油断していたとはいえ気配すら気づかずに考え込んでいたなど、カノンは悔しい。
そんなカノンの心中など知らず、レオンはカノンの頭に手をおいて撫ぜた。
「カノン、ありがとうな」
「え?、お礼を言われるような事は……むしろ僕が言わないといけない」
「カノンが、勝ってといってくれたから勝てたんだ。いままで、あいつに勝てた試しがあまりない」
「……幼馴染みなのか? ホーリィロウと」
「幼馴染……昔から知っているという意味で、そうかもしれないが、カノンは知らないはずだ」
「そっか……」
間違えた質問をしてしまったのではとカノンは不安に思うも、面識がないらしい。ほっとするカノンを見て、レオンは微かに笑う。
それに気づいてカノンが、
「なんでそこで笑うんだ」
「いや、ちょっとだけ焼き餅を焼いてくれたのかなって」
「……なんで焼かなくちゃいけないんだ、僕が」
「いや、大事なお友達が他の奴と仲良くしていたら焼くものだぞ?」
「そ……そうなのか」
だからこんなに不安な気持ちになったのかとカノンは思う。
そんなカノンにレオンは寄りかかる。
それだけで何故かカノンは胸がドキドキしてたまらない。
一方レオンは、触れた場所からカノンの体温を感じて、どこか幸せな気持ちになった。だから、口にしてしまったのかもしれない。
「俺はダメな奴なんだ」
「……何を今更」
「はは、そうだな。……俺、才能がなかったんだ」
「……剣の才能はそこそこ有りそうだけれど?」
「それでも、ホーリィロウには敵わないさ。俺の才能は、先天的なものだった」
「……そうか。だがその先天的な才能が無くて、何でダメなやつなんだ?」
「え? いや、そういう価値観だから」
「じゃあレオン達の中では、そうなんだろうな」
レオンのその言葉に、カノンは父の事を思い出して頭にくる。
父は優しくて綺麗なのに、力が弱くとも凄く魅力的なのにいつも自分が弱いことに負い目を感じていた。
今聞けばレオンもそう。下らない狭い価値観に捕らわれて、傷ついて。
けれど、その弱さがあるからこそ、優しさと、それ故の厳しさがあるのだとカノンは知っていた。
「価値観か、じゃあ、カノンは俺の事どんなふうに見える?」
「変態」
一言で言い切ったカノンに、レオンは笑い出した。
「そうだよな、確かに変態だな」
「分かっているのなら少しは治せ。それさえ直せば、もっと素敵な勇者になる」
「……今の俺は嫌いか?」
「好きだよ。変態だとは思うけど」
その答えにレオンは満足して、眠くなってきてしまった。安心したせいかもしれない。
「俺が弱かったから、カノンに会えたんだ。だからその弱さも、カノンが認めてくれるのは嬉しい」
「そうか」
夢心地で話すレオンに、カノンは暗い感情を覚える。
そのレオンの本当の幼馴染みが羨ましい。
弱いから会えたとレオン言っているが、カノンの中にそんな記憶はない。
本当に自分がレオンの幼馴染みだったならどれほど良かったのだろうと少し思って、カノンはその考えを打ち消した。
今までカノンは一人で色々やってきたのだ。だからこれからも大丈夫。
誰かと共にいなくても、カノンはなんだってできるはず。
だから、そんな風にレオンの本当の幼馴染でいられたならと思うのは気の迷いにすぎない。
そんなにカノンは弱くはないのだから。
それに城に帰れば父様だって、気に食わないがレイルだっている。寂しいはずがない。
けれどそんな理性的な考えとは裏腹に、心に穴が開いたような寂しさをカノンは覚えたのだった。
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