お前はすでに絆されている
「あ、カノンちゃんお帰りなさい」
柔らかいピンク色の髪の、美少女のような少年イオが何やら弓使いの大人しい青い髪の青年トランの背中に薬を塗っていた。
「トラン、頼まれれば僕が治療したのに」
「ははは、トランは魔物が嫌いだからね」
「僕は魔物扱いか」
実際そうなんだけどね、とカノンは心の中で舌を出す。
そこで、イオがカノンが引きずっている物体Xに目をやる。
「あれ、レオンまた誰かをナンパしてたの?」
「ナンパなんて可愛いものなのか、僕は時々疑問に思う」
「まず直球で、やらせて下さい、だからね。そんな事を言ったら普通逃げるよね」
「何であんな……」
「カノンちゃんは昔から一緒なんでしょう?。知らないの?」
「……ある日突然ああなってしまいまして」
「きっと、カノンちゃんが振ったのがいけないんだよ」
「あのね、僕はそういう対象にならないってレオンも言っていただろう!。まったく……どうしてすぐに恋バナにするかな……レオン、逃げるな、正座」
「はい」
大人しく正座するレオンに、カノンはお説教を始める。
勇者として、というか人としての、最低限守るべき常識として考えられるものをくどくどと耳にたこが出来るほど何度も話さなければならない。
何が悲しくて魔王が人間に説教せねばならないのだ。
「……わかったか?」
「わかった」
輝くばかりの眩しいレオンの顔を見て、カノンは理解した。
こいつ、絶対に分かっていない。
そこで、レノンの顔が近づいてきて、カノンの銀髪に触れる。
一瞬どきりとカノンはしてしまう。
いや、だって、レオンもあんなふざけたりしなければ、意外に整った顔をしていて、綺麗な金髪で、空を映した瞳で……って、いや、アホ勇者だ、アホ勇者。
そもそも人間ごときに魅了されるなど魔王として風上にも置けない。
しかも、この軽薄な奴に。
「ほら、鳥の羽が付いていた」
レオンの手には、黒い鳥の羽があった。
「あ、ああ……取ってくれてありがとう」
「いや、見えたから。でもカノンは付けたままでも良かったかも」
「何でだよ!」
「だって黒がカノンには似合うから」
無邪気にレオンが言うその言葉に、カノンはぎくりとする。と、
「駄目だよレオン。黒が似合うなんて、黒は死と夜を想像させる。かの魔王もそうだしね。好きな子にはそんな事言っちゃ駄目だよ?」
「うん、分かった。でもカノンは“幼馴染”だから」
「そっか、恋愛対象にならないかぁ」
にまにまとこちらを見るイオ。
何だ、何が言いたいんだ。
それに、どうして僕が少しがっかりしたような気持ちにならないといけないんだ。
わけが分からない。
「……それより、近くで魔物が暴れているそうだから、それで賞金稼ぎをしないか?。でないとしばらく宿に泊まれない所か、朝食が水だけに……」
「さすがに植物みたいに、光合成して生きていけないよな……。カノンも果物食べられなくなるし。今の時期、よく取れる果物があんまり無いんだよな……」
一応相槌を打つが、カノンは魔王というか魔族なので肉食に近い雑食である。
そのレオンの幼馴染の魔物とのハーフとやらは、魔族の中でも特に珍しい種族で、基本果物しか食べない魔物である。しかもその見目麗しさから、人にも魔物にも狙われるという可哀想な人型の種族だ。
もっともかの魔族よりも更に際立った美しい容姿をしているのが魔王を含めた高位の魔族だったりするのだが、それはおいて置いて。
「わかった。大切な“幼馴染”を飢えさせる訳にはいかないから、俺、がんばる!」
「そ、そうか、分かった。じゃあ、僕は依頼を受けてくる申請をしてくるから……」
そうほんのり頬を赤くして、カノンは部屋から小走りで出て行く。
どうも調子が狂う。
ここ一週間ほど一緒に居ただけなのに、その度に、カノンはレオンの奇行に悩まされつつ、気が付けば突っ込み役をやっていた。
「えー、でもカノンちゃん、レオンのそういう役所だからね」
そうにこやかに笑うイオに、どう考えても記憶操作に失敗しているとカノンは気付いた。
だが今更記憶操作を再びするのも難しい。下手に齟齬が生じて、全てが台無しになっては元も子もない。
そもそも、何故にこんなイオという踊り子と、猟師のトランが仲間なのだ。
もっとこう戦いに強そうな者を仲間にするものではないのか。
ちなみに仲間になった馴れ初めを聞くと、酒場で意気投合してこうなったらしい。
「俺、実力でのし上るタイプだから!」
良い笑顔でレオンに言われて、そういうつてが無いんだなとカノンは理解した。
なので他に仲間を誘おうにも、レオンの奇行はすぐに有名になってしまい、そんな奇特な人間はいない。
もっと良識のある仲間がカノンは欲しかった。
ボケ役になりたい。でないと疲れる。
本当にレオンは変な奴だ。なのに、カノンがついもっと仲間を探してしまったりするのは、“幼馴染”という理由からだろうがレオンがカノンにとびきり優しいからだ。それにいい奴だし。
ああもう、自分は魔王だというのにどうしてこんな……。
カノンは、小さくやってられないと呟いて、その思いを振り払うかのように走り始めた。
カノンが部屋から出て行った後。
「それで、レオンちゃんは本当の所、カノンちゃんの事をどう思っているの?」
「どう料理してやろうかなと」
「……レオン、まだカノンちゃんを完全に捕まえていないでしょ? とらぬ狸の皮算用、って言うじゃない?」
「確実に捕まえるつもりだから問題ない」
そうにっとレオンは笑ってみせる。
他の奴らを口説いているのも、全部カノンに気にかけてもらいがたいためだ、と言ったらカノンはどんな顔をするだろう?。
「信じてもらえないんじゃない?」
「否が応でも信じざる負えない状況にもって行けばいい。俺はカノンが欲しい」
「……カノンは止めた方がいい」
「トラン、幾ら魔族が嫌いだからって……」
「あれは駄目だ。レオンも諦めた方がいい。辛い思いをする前に」
そんなトランに、レオンは、ははっと笑った。
「大丈夫だよ、あいつの事は本当に昔から知っている。だから大丈夫なんだ」
それ以上、トランは何も言わなかった。納得していないなとレオンは思いつつ、さてと窓から顔を出す。
通りかかる人を物色してから、にやりと笑った。
「そこのお姉さん、ぜひ俺と……」
そこまでしかレオンは言えなかった。何処からともなく、兎の置物が落ちてきてレオンは気絶する。
それを見て、イオが思い出したかのように手をぽんと打った。
「そういえば、カノンちゃんがレオン対策魔法を設置したとか言っていた気がする」
いい嫁さんだねー、とイオは気楽そうに笑うも、すぐ傍のトランは元々の寡黙な性格もあるが黙ったままだった。
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