子供はつらいよ(3)
最終的に魔王城にたどり着いた。
暗雲漂う中、聳え立つ灰色の城はいかにも巨大な力を持つ魔物が、潜んでいるかのように見えた。
ちなみにトリューカースの住居でもある。
しかし、未だに本当の名前を告げる勇気がなく、トリューカースはトールという偽名を使っていた。
気が付けば仲間としても、レイルの恋人としても、レイルの仲間達の信頼を勝ち取っていた。
それが居心地が良くて、そして結局今回の魔王の件は四天王は関わっておらずそちらに行かずにすんだことから、意外に短い期間でたどり着いてしまった。
中にいるのはカノン一人で、殺傷性の高い罠がある道が幾つもあるはずだった。
もちろんの事、その全ては城の主であるトリューカースも知っている。
気が引けるのは、城を空けすぎてカノンが怒っているだろうなという事と、恋人のレイルをどう紹介しようかという点である。
凄く怒られそうな気がする。
「トール、行くぞ。大丈夫、私が守るから、心配するな」
レイルが本当に優しくて、トリューカースはうんと頷く。そしてフードをより深くかぶって、はたから見てトリューカースだと分からないようにする。
カノンには悪いが、レイル達を殺させるわけにはいかないから。
中に入ると、探査の魔法を使って、どの道が良いか分かるも、最後の三つの扉の前で迷う。
ここを通れば魔王の玉座の広間に着く。
けれどそれがどれか分からないようだ。そしてあてずっぽうで危険な道を行こうとするレイルを止めて、不思議そうなレイル達にトリューカースは微笑んで、どの道を行けばいいのかを教えたのだった。
レイルは、トールがまるで道を知っているかのような行動に出た事に、驚きを隠せなかった。
「トール?」
名前を呼んでも微笑むばかり。けれど罠が無いことから正しい道だと分かる。
やがて大きな扉の前にたどり着く。
この先に魔王がいるのだろう。
レイルは大きく深呼吸して扉を開こうとして、扉が自分から開いた。
レイルが驚いたのはその後だった。
そこから、引きつった笑みの、トールにそっくりな、年はトールと同年代の見かけの頭に角を付けた魔族が顔を出したのだ。
おそらくは魔王だろうと、レイルは見当をつける。
とっさにレイルはトールを自分の背に隠す。
何か言いたそうにトールはレイルの後ろでしていたが、それよりも早く目の前の魔王がレイルを指差して、
「その人から離れろ!」
と言った。年が同じくらいに見えるという事は、彼がトールの幼馴染だろうか。
近い親族で婚姻を結ぶのは、貴族でも良くある事。
つまり彼が、トールに酷い事をしようとした男か。
そう考えた瞬間レイルは、彼にトールを渡すまいと心に決める。
今にも飛び掛って殺してしまいたい怒りを抱えながらレイルは、
「嫌だね、お前の指図は受けない」
「何だと?」
言い返されるとは魔王は思っていなかったらしい。
それはそうだろう、魔族の長たる魔王が人に指図されるなど、そんな滑稽な事があるとは思えない。
険を増す魔王に、レイルは更に続けた。
「そもそもあいつは俺のものだ」
その言葉に、目の前の魔物は酷く怒ったようだった。
パクパクと口を開いてそれから一度ぎゅっと怒ったように口を結んでから、
「お前、お前は一体……」
「彼の恋人だ。他に何か?」
「何……だと」
驚いたような、衝撃を受けたような目で、トールを見る。
だからそれに対して何か言おうとするトールの顎を捕らえて、レイルは唇を重ねた。
長くたっぷりと見せ付けるようにキスをしてから、レイルは魔王に向き直り、
「こういう関係だが、何か?」
と聞き返す。
魔王は言葉も出ないように、俯きながらわなわなと怒りで肩を震わせている。
それにレイルは優越感を感じた。その時は。
「……認めない」
「私はお前に認められなくてもかまわないが?」
その言葉に、俯いていた魔王が顔を上げる。
怒りで顔が真っ赤になって涙目で。
あれ、この顔はどこかで見たことがあるようなとレイルが思った次の瞬間、
「お前なんか……お前なんかに……父様はやらない!」
父様と聞いて、レイルはトールを見た。
トールがばつが悪そうにレイルから目を背ける。
「え?」
レイルは、間の抜けた声を上げたのだった。
「改めて自己紹介を。僕は、前魔王のトリューカース、そして彼が息子の現魔王カノンカースです」
「……子持ち……しかも、前魔王……」
「黙っていてごめんなさい。でも、嫌われたくなかったから……」
「トール、いや、トリューカース……」
「ようやく、本当の名前を貴方に呼んでもらえた……嬉しい」
何処か甘い雰囲気の二人に割って入ったのは、彼の息子、カノンカースだった。
「お・ま・え……認めない、僕はお前なんか絶っっっ対に認めない!」
まさか子供だとは思わなかったので恨み半分で挑発した事を、レイルは反省した。
反省したので懐柔しようにも、カノンカースは取り付く島も無い。そこで、
「カノンと一定の条件の下で勝てば、言う事を聞いてもらえますよ?」
「どういくことだ?」
「父様!」
焦ったようなカノンカースに、これは勝算があるかと思いレイルは問い返す。すると、
「もともと、今までの勇者は誰一人として魔王を倒せていないのです。力が強すぎて」
「でも、トリューカース、お前は……」
「僕は歴代最弱ですから、けれどカノンは普通の魔王と同程度の力を持っています。だから、レイル達が幾ら強くとも、カノンが本気を出せば一瞬で消し炭になってしまうのです」
ちらりとカノンカースを見ると、胸を張って偉そうだった。
その子供のような仕草が逆に威厳の欠片もなくしていると、本人は気付いているのだろうかとレイルは思って、黙っておこうと決めた。それは良いとして、
「けれど魔王側の理由から人を滅ぼすのは都合が悪いので、ある条件の下で勝ったならば、封じられた、倒されたとして要求を飲むことになっているのです。例えば、しばらくは人間達を襲わないようにさせるとか」
「なるほど、つまりそれで勝てば、魔王を倒した事になると同時に、トリューカースが私の恋人という事が子供公認になるわけか」
「………………………………………………」
「………………………………………………」
「……レイル、嬉しい」
「トリューカース……」
甘い雰囲気になる父親達に、カノンカースが割って入った。
「まだ僕はその条件だと決めていない!」
そんなカノンカースに、トリューカースはそっと手を握って、
「カノン、僕は、レイルの事が好きです」
「父様……」
「だから機会を与えてください。駄目な父親のお願いです。だから……」
「父様は、駄目なんかじゃない! 優しくて、綺麗で、だから僕は……」
守ろうと思ったと言おうとして、カノンカースは口をつぐんだ。父であるトリューカースが自分が弱い事を気にしていると知っていたから。
だから黙って、そんな父が選んだレイルと言う勇者を見つめる。
確かに、極端なクズではなく、そこそこ人の悪い所もある、けれど優しい人間のようだった。
戦いぶりも遠見の魔法で見ていたので、どういう人となりなのかカノンカースは知っていた。
その時、父がいることになど気付きもしなかった自分が恨めしい。
けれど、父が本当にレイルといると幸せそうだから。
だから、それを引き裂けない。悔しいが。
「分かった、勝負の方法は、僕のこの角を奪うこと」
「それは直に生えているものでは?」
「何代か前の魔王が威厳をつけるために、付け始めて僕もそれにしたがっているだけだ。それで、どうする?」
「わかった、それでいい」
頷くレイルの服を、トリューカースは引っ張った。そして何かを耳打ちする。
「……そんなもので良いのか?」
「ええ、僕達魔王一族の変な呪いの様な物で」
「……分かった」
早くしろと叫ぶカノンカース。
そして耳打ちされたように、それをそこら中にばら撒いて、本当にカノンカースは引っかかったのだった。
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