FLAT
今、SNSを中心に、あるハッシュタグが流行っている。
『#DearFLAT』
このハッシュタグをつけて、取り返して欲しいものを投稿すると、FLATと名乗る人物が、投稿した物を奪い返してくれるというのだ。実際に奪い返してもらったという投稿もあれば、ただの都市伝説だと言う人もいる。それでも、何らかの救いを求めて、連日このハッシュタグにさまざまな投稿がされている。
友達に借りパクされた漫画を返して欲しい。
仕事の資料を盗まれた。
友達に彼氏を取られた。
ペットのにゃーこがどこかにいっちゃった。
ちょっとした無くし物から、本当に奪われたのだとしたら大ごとになるものまで、ありとあらゆる奪い返して欲しいものが、毎日投稿されている。SNSの投稿なので、当然ながら本気度も人それぞれだ。中には流行っているハッシュタグだからという理由で、全く関係のないBOTが投稿につけていることもある。
その中から、朔夜は内容を吟味して、今回のターゲット候補を絞り出した。
「ッし!グリフォンもこんなもんだろ」
先ほどの火炎龍と同様。数十体いたはずのグリフォンが跡形もなくフィールドから消え、二人のアイテムポケットが潤う。しかし、しばらくするとまたグリフォンがポップするので、二人は足早にその場所から移動することにした。向かった先は、興味本位で朔夜が作ったゲーム内の個人ハウスだ。この話をする際、二人の中でなんとなくここでするというのが暗黙の了解になっていた。
「付き合わせて悪かったな。セイレーンはまた後日するわ。それより、さっきの話なんだけど……」
「それそれ!次のターゲットな。どんな感じ?」
まるで次に行うクエストを決めるかのように、DEKOはBOKO……朔夜に尋ねる。しかし、それは朔夜も同じだった。
「盗撮された女子高生、形見を盗まれた大学生、教会の絵画の三つのうちどれか」
と、こちらも先ほどゲーム内の薬作りに必要なアイテムを言っていた時のように、DEKOに伝えた。しかし、会話のトーンとは裏腹に、二人がやろうとしていることは、全くゲームのそれではない。
「そうだな……その中だったら……女子高生?」
「だよなー」
「犯罪ヨクナイ」
「おい、どの口が言ってんだ」
「それはお互い様だろ?」
「……否定はしない」
そう。DEKOとBOKO、二人がFLATなのだ。
きっかけは、DEKOがBOKOに友人のいじめについて相談したことだった。中学の時の友人が高校に入っていじめにあい、大事にしていたキーホルダーを盗まれたので、何とか取り返したいというのだ。DEKOとしては、相手の家に忍び込むだけであれば自信がある。しかし、いかんせん監視カメラに映るなど身バレのリスクが高すぎるため、決行できずにいた。その話を聞いて、BOKOは自分なら監視カメラを誤魔化すことができるとDEKOに伝えたところ、それなら一緒にやろうと二人はゲームを抜け出し、現実世界でもコンビを組んだのだ。そして見事、キーホルダーを盗み出すことに成功した。ついでに、いじめ加害の動画も見つかったので、ばっちり学校とマスコミ、SNSにリークして加害者が大炎上したのは別の話である。
こうしてたまたま生まれたのが、FLATだった。やっていることは思いっきり犯罪ではあるのだが、証拠がなく、しかもものを盗まれた相手は何かしらの犯罪に手を染めているため、誰かに相談することもできない。そのせいで、警察もFLATに対しては今のところ何も手を出せずにいる。
そう。二人はゲームの延長として、ハッシュタグで集めた依頼の中からターゲットを決め、BOKOが作った道をDEKOが突き進み、二人で力を合わせて依頼品を奪取するという遊びをしているにすぎなかった。
「で、詳細は?」
「鍵付きの捨て垢に、たった一言……担任に盗撮されたってのがあってさ。調べてみたら、投稿者は白鷺高校2年A組朝霞 未来。担任が盗撮してるっていうのもガチだった。体育の時の着替えっぽい。バッチリ動画と写真が出てきたよ。しかも……まぁ予想通りだけど、投稿者以外のも」
「……毎度思うけど。お前のその情報収集能力、バグってねぇ?」
普段ホワイトハッカーとして、企業の依頼をこなす朔夜にとって、これくらいの情報収集は朝飯前だ。それよりも、
「体力お化けには負けるわ」
実際に、朔夜の指示通り動けるというDEKOの体力の方がバグっていると、朔夜は思っている。しかし、どちらも化け物であることに違いなかった。
「今回、これを盗んで欲しいってもんは書いてないんだけど、まぁ十中八九この盗撮動画と写真だろうな」
「でもそれだけだったら、BOKOだけでいけるんじゃねぇの?」
確かにPCやスマホに入っているデータだけであれば、朔夜だけで事足りる。しかし、そんなに簡単な話ではなかった。
「それだけならな。でもこういうことやる人間は、大体外部メモリでも残してんの。USBとかに入れて」
「なるほど。じゃあ、今回はそのUSBを盗めばいいってわけだな」
と、DEKOはBOKOの説明を聞いて、今回の依頼について理解する。
「そうだけど……お前、相変わらず軽いな」
「軽いも何も、事実だろ?」
あっけらかんと答えるDEKOに、朔夜はため息をついた。でも、そんなところがDEKOのいいところだと、朔夜は知っている。
「盗撮犯のPCログ漁ったら、案の定USBにデータ入れてたから、今回のターゲットはそれな。水色のシンプルなやつ」
「なんで色までわかるんだよ……」
「PCにカメラ取り付けてあったら、こっちから様子見れるなんて当たり前だろ?」
いや、当たり前じゃねぇし。という言葉を、DEKOは飲み込んだ。そんなDEKOを尻目に、朔夜は続ける。
「幸い、今のところ依頼者の写真とか動画がネットにでてる痕跡はないから、このまま先に俺たちが盗み出せばゲームクリアだ」
「りょーかい。で、いつやる?」
「盗撮してる奴、毎週金曜日は帰りが遅いっぽいんだよな……繁華街に行ってて」
「金曜日……ってことは明後日か?」
「そうなるな。それまでに、もう少し資料まとめとくわ」
「OK!明後日な」
「頼んだ。あと、いつも通り事前に共有する時間くれ。開始ポイントと時間は明日連絡する」
「わかった。じゃあまた明後日!」
「おう、明後日」
そういって、DEKOは通話を切って、ゲームからログアウトした。
「明後日……か!」
手に持っていたゲーム機を置いて、DEKOはイヤホンマイクを外す。そしてベッドからひょいっと降りると、軽くストレッチを始めた。明後日のために、コンディションは万全にしなければいけない。基本的にいつもコンディションはばっちりではあるのだが、それでも、実際にFLATとして活動するとなると、話は別だ。いつも以上に、入念に準備をする必要がある。そう思いながら、腕を伸ばした。その時だった。
「おにーちゃーん!」
一階から、DEKOを呼ぶ声がする。
「陽人おにいちゃん!お風呂空いたよ!早く入ってー!!」
「おー、今行く!!!」
妹に呼ばれて、ストレッチをしていたDEKO……陽人は階段を降りて風呂へ向かった。
学校で顔を合わせれば、すぐに言い合いがはじまる犬猿の仲の陽人と朔夜。しかし、それも夜になれば別だった。お互いが頼れる相棒、DEKOとBOKO……FLATに変わる。それを、二人は知らない。




