最強の二人
「はぁ……疲れた」
朔夜はメガネを外すと、机の引き出しから目薬を取り出した。そして瞳に目薬を垂らすと、目頭を抑える。
間接照明のみがつけられた、薄暗い朔夜の自室。その机の上には、複数のモニターずらりと並んでいる。青白い光を発するそこは、システムのコードでびっしりと埋め尽くされていた。
帰宅後、朔夜は企業などのシステムのセキュリティ診断や侵入テストなど、ホワイトハッカーとしてアルバイトをしている。といっても、お金が欲しいというわけではない。趣味の延長線でハッキングに興味があったものの、実際にやろうとすると犯罪になってしまうため、合法的にやろうとした結果、アルバイトという形になっただけだ。今ではその意味も無くなってしまってはいるけれども、それはそれ、これはこれだと朔夜は割り切っていた。
「さて……!」
天を仰いでいた体を起こす。その反動で、ゲーミングチェアがぎっと鳴いた。朔夜は机の上に置いていたヘッドセットマイクに手を伸ばすと、慣れた手つきで装着する。
「……そろそろインするか……」
コードが書かれたウインドウを閉じてデスクトップ画面に戻すと、朔夜は臙脂色のアイコンをダブルクリックした。
そこに現れたのは、ログイン画面だ。『Ark of Phantm』とタイトルが書かれた下にはメニューがいくつか並ぶ。その中から、朔夜は迷わず一番上のGAME STARTを選ぶと、ID、パスワード、ワンタイムパスワードを入力した。
『Ark of Phantom』は、今世界で最も遊ばれているMMORPGだ。プレイヤーは好きなジョブを選んで、Arkと呼ばれる棺の中に入れるアイテム……Partsを探す旅に出る。Partsを手に入れるために討伐や探し物といったよくある依頼をこなしていくことがメインではあるのだが、釣りや開拓、マイホームを建てるなど、スローライフを楽しんでいるライト勢も多い。もちろん、朔夜は思いっきり前者だ。
全ての入力を終えてログインボタンを押すと、黒いローブを纏って片手に本を持ったキャラクターが画面に現れた。朔夜のキャラクター、賢者のBOKOだ。
さて、まず何からしようか。と、朔夜がマウスからゲームのコントローラーに持ち替えた時だった。ピコンっとタイミングよく通知音が鳴る。朔夜宛に、メッセージが届いたのだ。
DEKO:おせぇぞBOKO
短いメッセージだが、それを見て朔夜は口角を上げる。朔夜はすぐにスマホの通話アプリを起動させると、メッセージを送ってきた相手……DEKOとの通話を開始した。
「悪い。バイトが長引いてインするの遅くなった」
「はぁ?お前みたいな引きこもり、雇うとこあるわけ?」
「うるさいなぁ。これでも結構重宝されてんだぞ?」
「はっ!自分で言う?」
いきなりこんなに砕けて話をするDEKOは、朔夜のゲーム友達だ。すぐにゲーム内でも朔夜と合流したDEKOはチャイナドレス風の衣装を着たモンクで、ナックルを持って戦うスピードを生かした近接攻撃を得意とするジョブを使っている。
元々はソロプレイを楽しんでいた朔夜だったが、一人ではどうしても手に入れることが難しいPartsがあったため、渋々メンバーを募集したところ、集まったのがDEKOだった。これまでにも何度か単発で誰かとチームを組むことはあったものの、朔夜のプレイについて来られず、すぐに解散になることが多かった。にも関わらず、DEKOとは初めて一緒にプレイをした際に息がぴったりあい、どちらともなく通話アプリのIDを交換して、今では何かあると一緒にゲームをプレイする相棒となったのだ。Ark of Phantom内では、最強コンビとして有名である。
「で、今日は何する予定だったんだ?」
「もうすぐ新パッチが来るだろ?その準備しようと思って」
「OK付き合うわ」
今日の昼頃、ゲーム公式から最新パッチのリリースあると予告があった。なので今日、朔夜はそれに備えるためにアイテムを作るための素材を集めるためにモンスターを狩りに行くつもりだった。
「何いんの?」
「とりあえず薬作っておこうと思うから、火炎龍の爪とセイレーンの涙とグリフォンの羽かな……マンドラゴラはまだ余分にあるから」
「んじゃ、こっから近いところから潰してっか」
「助かる」
そういって、二人はフィールドを移動した。
ここから一番近い朔夜が欲しいアイテムがドロップする敵がいるのは、火炎龍の巣窟だ。フィールド上に何ヶ所か火炎龍がいるポイントはあるものの、ここが一番効率が良い場所として知られている。火山帯の一角に数十匹で巣を作っているので、基本は4、5人以上のパーティー向けの狩場なのだが、二人には関係なかった。
「そこ、右」
「OK!」
「次、左から攻撃がくるから、避けて。後ろの奴ははこっちで処理する」
「任せた。……ッと!」
「おい、勝手に動くな!」
「勝手に動いても、賢者様はちゃんと処理してくれるだろ?突然湧いて出てきたんだって」
「ったく……おい、奥から来てる」
「わかってるって」
二人のプレイスタイルはシンプルだ。朔夜……BOKOが後方から全体を把握して、DEKOに指示を出す。その指示に従って、DEKOがひたすら攻撃する。また、DEKOが勝手に動いても、BOKOがそれをうまくカバーした。BOKOの無茶苦茶な指示に、DEKOは必ず応えるし、DEKOの無茶苦茶な動きを、BOKOは必ずカバーする。そんな阿吽の呼吸で、あっという間に二人の周りの火炎龍はいなくなる。そしてアイテムポケットが一気にパンパンになった。
「こんなもん?」
「そうだな。これだけあれば大丈夫だと思う」
「んじゃ、次は……こっからだとグリフォン狩りか」
「だな」
再び、フィールドを移動する。
移動しながら、ふとDEKOが思い出したように口を開いた。
「……そういや……次のターゲットは決まったのか?」
「あー、それな。これ終わったら相談しようと思ってた」
「わかった。さっさと終わらせようぜ」
「よろしく」
次、というのはグリフォンのことではない。
二人には、誰にもいえない秘密があるのだ。お互いに素性は知らない。知らないけれど、誰よりも信頼している。だからこそ、できることがあった。二人は、最強のコンビだから。




