第百三十二話「まあそこは何となく予想ついてたけど→そんなことってある?→冗談キツいって……」
『一つ確かなのは……ありゃお前さんらの所為じゃねぇってこった』
場面は主懇山に建つ宝玉燭曙陽狐宮の応接室。
八木迂家の悲劇を目の当たりにしたあたし達は、
余韻に浸る間もなくゲンジョウ女史に呼び出され話を聞いていた。
『勿論、実質引導を渡したあのデカいのの所為でもねぇ。
ああなっちまった以上、小僧の運命は変えようがなかったんだ。
まさかこの時代になってあんなもん目の当たりにしちまうとは
流石の私とて夢にも思わなかったが……』
呼び出された時点で内心『八木迂絡みだろうな』と踏んでたけど……
事実神妙で不安げな面持ちな彼女の口から告げられたのは、
実質作戦に失敗したに等しいあたし達への慰めと労い(?)、
そして悪禍実と媚累禍に関する恐るべき真実だった。
『件の長小鬼の小僧、八木迂だったか。
映像を解析して分かったんだが、
あいつは媚累禍ん中でも特にヤバいトコまで至ってたようでな。
"追跡社"が定義する所の所謂"後期段階"をも通り越した、
"終末段階"とでも言うべき状態だったんだ』
「終末段階……?」
「俄かには信じ難いですなァ……」
ダイちゃんの発言は尤もだ。
というのも確かに
『悪禍実に長期間寄生されるほど強くなる』
のが媚累禍の特徴ではあるんだけど、
強化には一定の限界があって、
そこに到達すると媚累禍の強さは頭打ちになる。
どうやって突き止めたのか、
調査で予めこの"限界"を把握していた不可思議怪異追跡社は、
"限界"に到達した媚累禍を"後期段階"と定義して、
そこを基準に初期段階と中期段階を設定していた。
つまりゲームによくある
『レベルがカンストした状態』こそ媚累禍の"後期段階"……
そういうもんだったハズだったのに、
ゲンジョウ女史に曰く"その先"があるそうで……
『驚くのも無理はねえよ。
私は元よりジョウセツですら数える程しか遭遇したことがねぇんだ、
元来正式名称すら知らなかったお前さんらにしてみりゃまさに未知の存在さ』
「……となると、メチャクチャ珍しい存在なんですか?」
『ああ、そりゃな。
仮称"終末段階"……
目撃例が少ないんで決まった名前はねえものの、
先々代こと私の祖母様が"峠越え"と呼んたそいつらは、
媚累禍ん中でも色々と規格外でな……
数ある特徴の一つとして、悪禍実が死ぬと原贄も死ぬっつー最悪のがある』
「……言い換えれば、媚累禍と化した時点で八木迂の死は確定していた、と?」
『まあ、そうなるかな。
然しボカンドーの奴らめ……
"峠越え"クラスの悪禍実なんざ三万年に一匹出るかどうかの代物、
そもそも悪禍実そのものからして未だ謎だらけだってのに、
どっからどうやって確保しやがった……?』
謎は深まるばかり。
とは言え奴らが"終末段階クラスの悪禍実"を確保したらしいのが事実な以上、
いよいよ本腰を入れて決着を付けないとヤバいだろう。
そもそも一連の騒動を片付けた所で、ジョウセツを苛む古呪術を解く作業だって残ってるし……
(やれやれ、先は長いなあ……。
てかこれ、読者のみんなついてこれてる……?)
メタ的事情も含め不安になり頭を抱えるあたし。
まあとは言え、一先ずボカンドーの拠点見付けて叩くぐらいはできるかな~
とか思っていると……
『さて、なんだ空気が淀んじまったが……
今回は一応暗い話題ばっかりってワケでもなくてな』
「と、申されますのは……」
『朗報だよ。
予てよりウチのジョウセツにかかってた"古の呪術"、
アレの解析が此度遂に成功したんだ』
「「!」」
聞けば偉業を成し遂げたのは国仕九臣衆の『第五心霊臣課』こと通称『神札』って部署だそう。
『どうやらタダの古式呪術じゃなく、
術式全体に悪禍実が組み込まれてるつーか……
より厳密に言うなら「呪術型の悪禍実」みてえなもんのようでな。
そいつがマジでジョウセツの魂に寄生してやがるのよ』
「んなアホな……」「そんな代物が……」
『驚くだろう? だが事実だ。
つまり今のジョウセツは実質、疑似的な媚累禍と化してると言えなくもねえ。
……そりゃ根底から存在脅かしたり、
抑制に成功しても暴走状態に陥っちまったとて無理もねえ話だよなァ』
さらりと言ってのけるゲンジョウ女史だけど、
彼女がその事実を始めて知った時にとんでもないショックを受けただろうとは想像に難くなかった。
『無論正体が分かっただけで朗報とは言わねえ。
何せ「神札」は優秀だからな……
しっかり"解呪"もとい"呪術型悪禍実の駆除方法"についても突き止めてくれたぜ。
当人たちは「不可思議怪異追跡社さんの協力あってこそ」と謙遜してるがな』
さて、となると気になるのは当然……
「……それでなんですけど、その駆除方法っていうのは……?」
『ああ、そこがちいとクセもんでな。
当然悪禍実なんで直に攻撃して死滅さすのは変わりねえんだが……
今回の場合だと元贄が媚累禍に変異しきってねえもんで、
ヤツ自身を攻撃するのは論外だ。
そもそも如何に弱ってようとヤツは天瑞獣、
滅多な事じゃ傷付かねえから実際その線は考えるだけ無駄だしな』
「……ともすれば、別なアプローチが必要といった所ですかな。
投薬で除去できぬ悪性腫瘍を、外科手術で除去するような……」
『鋭いじゃねえか、財王龍。
如何にもその通りさ。ヤツを蝕む悪禍実を駆除するってんなら、
その所在地……つまりは魂の元へ到達しなきゃならねェ。
所謂"精神領域"とか"意識世界"と称されるようなもんだが……』
飛び出して来たのは、これまたいかにも難解で複雑そうな話だった。
精神領域、またの名を意識世界……
要するに読んで字の如く"生物の精神や意識の中にある疑似的な空間"のことで、
エニカヴァーじゃ結構広く知られてる部類の単語だったりする。
ただ実のところ大多数の民衆にとっては
『存在は知ってるけど特に詳しくはないしこれといって縁もない』
ぐらいの扱いで、
例えば宇宙空間や死後世界なんかと同じかそれ以上の
『専門家が少なくて研究も進んでない、
イマイチよくわからない謎だらけの空間』っていうポジションに落ち着いている。
「せ、精神領域に到達、って……そんな無茶な……」
そんなワケだから、
流石のあたしもこんな反応をせざるを得ないのであって……
「精神領域……聞く所に拠りますれば、
現文明に於いても取り分け研究の進まぬ未知の区域であり、
一説には殆どの神々でさえその全容を把握しきれてはおられぬと聞き及んでおります」
ダイちゃんの発言からも、その"とんでもなさ"が分かると思う。
『ほう、中々どうして詳しいじゃねえか。……続けられるかい?』
「……では、これを"続き"と言ってよいかはわかりかねますが……
或いは自分めとしましては、
マルヴァレスの老舗企業EVICEN社が鋭意開発中の明晰夢制御装置……
かの装置こそは辛うじて"そこ"に到達し得る代物ではと愚考したものですが……
関係者の方にお話を伺いました所、どうやら根幹からしてかなり別物とのことで……」
『よく知ってんな、その通りだ。
精神領域ってのは実に未知の世界、神さえ手を焼くほどだ。
そんなトコへ到達した上、
恐らく圧倒的に"土地勘"もあるだろう未知の敵と戦って勝つなぞ夢のまた夢。
さしもの「神札」も一度は匙投げそうになったが……奴らは諦めなかった。
するとそこへ、どこから噂を聞きつけたのか
さる高名な"賢者サマ"が救いの手を差し伸べてな。
秘蔵の知恵、門外不出の叡智を授けてくれたそうだぜ』
『神札』の皆さんを助けてくれた賢者様とやらが誰なのか、
一瞬考えてみたけど候補が多すぎて絞り込めない。
『その授かった叡智と技術力の粋を凝らした結果、
「神札」は遂にジョウセツの精神領域へ到達・干渉する技術の開発に漕ぎ付けた。
これが丁度、長小鬼の小僧がくたばっちまったのとほぼ同時の出来事よ』
なんてこった、あの悲劇の裏でそんな出来事が起こってたなんて。
『だがそれでも尚手放しには喜べねェ。
件の技術……仮称「心渡り」は何かとクセが強いようでな。
かなりの手間とコストがかかる上、
誰でも精神領域に立ち入れるってワケでもねぇらしい』
「と、言いますと……」
『読んで字のごとくさ。
「心渡り」で精神領域に到達できんのは、相当特別なヤツだけに限られる。
そうでないヤツでも無理すりゃ強行突破は可能らしいが……
その場合、立ち入った途端《《存在の全てが情報に変換されて、精神領域に拡散する》》……
要するに、死体どころか魂魄すら残らず《《完全に消滅する》》らしい』
「「……!」」
ゲンジョウ女史の口から出た恐ろしいフレーズに、あたし達は揃って寒気を覚えた。
あたしは不可殺者だし、ダイちゃんも邪悪魔神器の影響で似たような"不老不死不滅不改変"の耐性を獲得済みだ。
とは言えそれでも"存在が情報になる"なんて理解の外過ぎる。
『……先に言っとくが、
不可殺者やらの不死性で強引に突っ切るのはオススメしねえぞ。
てかそもそも無理だろうしな。
存在が情報に変換されるってのはどうも、そんな簡単な話じゃねえらしい』
挙句、ゲンジョウ女史に予め釘を刺される始末。
『心配すんな、ジョウセツの件はこっちで何とかする。
お前さんらは引き続き媚累禍・悪禍実とボカンドーの駆除に向けて動いてくれ。
奴らの目的が何かは知らねえが、ともかく一連の事件の元凶ってんなら放置はできねえからな……』
「了解しました、ゲンジョウ様。お任せ下さい」
「断じてあの連中を生かしてはおきませぬ……」
とまあ、そんな具合で行動指針も纏まったあたし達は応接室を後にしようとしたんだけど……
「ゲンジョウ様っ! ゲンジョウ様ーっ!」
『お? どうした乙野世、なんか緊急事態か?』
突然応接室に駆け込んできたのは、陽拝党スタッフの乙野世さん。
ひどく慌てた様子で息を荒げる彼女は、何やらいかにも只ならぬ様子で……
「はいっ! 緊急事態も緊急事態!
とんでもないことになりましたっ!」
『ふむ……どうにも穏やかじゃねーな。
まあ落ち着いて説明してくれや……一体何があったんだ?
「はいっ、それがその……
つい先程、郵便配達で小包が届いたのですが……」
『おう、それがどうしたんだ。別に何も珍しいこっちゃねぇだろ』
「はい。小包そのものは確かに珍しくないのですが……
差出人の欄に『チーム・ボカンドー筆頭アヤーヤ・ツラレーリー』とありまして……」
『……なんだとぉ?』
(噂をしてたら……)(影が、差した……?)
まさか過ぎる展開に、あたし達はひたすら困惑する!




