第百三十一話「本当に、どうしてこうなったのか」
場面は引き続いて霧生市籠離区。
巨大化した八木迂と鬼巨人くんの相方(?)こと通称巨大女神ちゃんの戦いは、
両者一歩も譲らないまま続いていた。
【ン゛ゴ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!】
『シュゥッ……!』
【ヤ゛デ゛エ゛ッ゛!?】
巨大女神ちゃんの戦い方は、
当たり前だけど鬼巨人くんのそれとは全く別物だった。
確かにどっちも細長い武器をメインに据えた接近戦ではあるんだけど、
いかにも頑丈そうな槍を力強く振り回しつつ、
槍以外の武器も交えてド派手かつパワフルに敵を圧倒する鬼巨人くんに対して、
巨大女神ちゃんは華麗な足捌きで敵の攻撃を回避したり、
はたまた敵の攻撃を受け流して無力化しつつ、
生じた隙を突いて錫杖で的確に攻撃していく、
スピーディかつテクニカルな戦い方が特徴だったんだ。
【ン゛ゴ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!】
『ハァッ……!』
【ギ゛ャ゛ン゛ッ゛ガ゛ア゛ア゛ア゛!?】
巨体に任せた力推し一辺倒の八木迂に対して、
相手の一挙手一投足を的確に見切り
消耗させつつ反撃に転じる巨大女神ちゃんの戦闘スタイルは
実際かなり相性が良かったらしい。
――多分、鬼巨人くんとの戦いで消耗していたのもあって――
八木迂は程なく劣勢に追い込まれ、遂に決着の時はやって来る。
【ン゛、ゴ゛……オ゛オ゛ッ゛……!】
『フゥーッ……セェアアッ!』
消耗しきった様子で片膝を突く八木迂に歩み寄った巨大女神ちゃんは、
手にした錫杖を奴の頭上に翳し、
先端から溢れ出る優しく神々しい光でその全身を包み込んでいく。
あたかも患者へ親身に寄り添う腕利きの医者か、
悲しい過去を持つ犯罪者に贖罪を解く温和な警察官、
さもなきゃ孤児を受け入れる養護施設職員みたいな(?)その光の正体は……
「なんか、浄化魔術っぽい……?」
そう、まさに浄化魔術
――習得人口が極端に少ない、邪悪や汚染を魔力作用で清める系統のシロモノ――
にそっくりだったんだ。
一応あたしも使えなくはないけど、
精々初歩中の初歩にあたる"悪徳浄化"を覚えてる程度で、
ましてあんなに規模の大きい最上級のヤツともなると、
それこそ世界に片手で数えるぐらいの人数にしか使えないと思う。
(とは言え問題はそれが八木迂に通用するかってトコだけど……)
なんて疑問視してたんだけど、
結果から言えばそれは単なる杞憂に過ぎなかった。
【ン゛ッ゛ゴ゛、オ゛ッ゛ゴ゛オ゛オ゛――】
『……セェアアッ!』
【オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛――――ぁぁ……ぅ……」
錫杖から放たれる光が一際強くなったその瞬間……
蛇尾鶏型怪獣めいた巨体はボロボロと崩れ落ち、
内部から衰弱しきった様子の長小鬼、
もとい哀れなニートの八木迂が姿を現した。
そう、巨大女神ちゃんは例の光でもって、
見事に八木迂に寄生した悪禍実を死滅させ奴を浄化してみせたんだ。
「……ぅ、ぁ……なん、や……
えろう……きもち、えぇ……」
安らかな表情を浮かべた八木迂は、
そのままゆっくりと、自由落下する羽毛みたいな速さで降下していく。
やがて奴の背中が比較的柔らかい草地についたのを確認した巨大女神ちゃんは……
『ンッ、ヨシッ……ハアッ!』
安心したように頷くと、
嘗て繁華街を光で修復した直後みたいに、
深々と一礼してその場から姿を消したんだ。
「いやあ、勝ったね……」
「ええ、勝ちましたな……」
神々しく神秘的な戦いの一部始終を見届けたあたし達は、
合流した陽拝党の皆さんと一緒に急いで八木迂の着地した草地へ向かった。
「八木迂!」
「八木迂! 無事かーっ!?」
「居ました! あそこです!」
「待ちなさい! 警戒を怠らないで!
まだ体内に悪禍実が残ってるかもしれないわっ!」
幸いにも草地は市街地からそんなに離れてなくて、
辿り着くのに時間はかからなかった。
「生体スキャン!」
「生体スキャン開始!
……衰弱していますがバイタルは正常!
悪禍実反応もありません!」
「早速救助に取り掛かるわよ!」
陽拝党の皆さんは本当に手際が良くて、
あたし達の介入する隙なんてまるでなかった。
「意識はどう?」
「戻りませんね……」
「体内からの侵食ですし、
相当負荷がかかってるのかも」
さて、そんなこんなで八木迂は身柄を確保され、
陽拝党傘下の医療施設
――悪禍実を倒され媚累禍から元に戻った原贄を一時的に保護しておく建物――
に搬送されることが決まったんだけど……
「ちょっとッ! 退きんさいよあんたらッ!」
「オウッコラッ! 通さんかいッ、ワシら誰や思とんねんっ!」
陽拝党の皆さんが今まさに八木迂を搬送しようかってその時、
その場に乱入してきたのは推定七十代前後、
元気っちゃ元気だけど間違いなく老人の域を出ない長小鬼の男女二人組。
「何なんですか貴方たちはっ!?」
「危険です! 下がって下さい!」
「何が危険なんよ! ここで引き下がる方がよっぽど危険やないの!」
「せやぞコラッ! こないトコで引き下がったら親の名折れやろがいっ!」
当人たちの発言を鑑みるにどうやらその二人組、
なんと八木迂の両親だそうで……
「民生っ! 民生、どないしたんアンタぁ!?」
「オウコラッ民生っ! オドレ何時まで寝とんねんっ!?」
曲がりなりにも原贄、
それもついさっきまで超巨大媚累禍として暴れ回ってただけに
陽拝党の皆さんとしては例え実の両親でも接近は控えさせたかっただろう。
けどまあ、我が子を想う親の強さってのは中々侮れないもんで、
有り余る気迫に圧倒された結果、あっさり接近を許してしまう。
けどこの接近が、想定外の奇跡を起こした。
「……マッ、マ?
パ、ッパ……?
なん、や……ワイ……
……幻でも、見とんのやろか……」
「あっ、ああっっ……民生! 民生っっ!
よかった……あんたぁ、民生が、民生がっ……!」
「おお、民生っ! よう目ぇ覚ましたっ!
オウ、幻ちゃうぞっ! しっかりせえ民生っ……!」
所謂親子の絆のなせる奇跡か、
それまで一向に目覚める気配のなかった八木迂に意識が戻る。
あくまで予断を許さない状況だけど、
とは言え貴重な親子の時間を邪魔しようって気にもなれず……
「……マッマ、パッパ……
ごめん、やで……ワイは……ワイはぁっ……」
「ええんやで、民生……
確かにあんたは悪いことをした。
その罪は償わなアカン……
けど、それは親であるウチらの責任でもあるんやから……」
「せやっ……恥ずべき話やで。
思えばワシらはオドレを諦めとってから、
真摯に向き合おうとせんかったんや……。
あの時かてそうや、ワシらがオドレの話をもっとよう聞いてから、
頭ごなしに否定せんと正しく導けとったら……」
「……ぅ、ぁ……マッマぁ……パッパぁ……
なんで、や……なんで、そない……
優しゅう、してくれんねん……
……ワイのせいで、なんもかんも、
メチャクチャなってもうたンゴ……
なのに、なんで……なんで二人が、
罪悪感なんて覚えとんねん……
おかしいやんか……
ワイなんて、生きとる価値、無いんちゃうんか……」
「民生……そないこと言わんといてよ……
あんたはウチら夫婦の大切な一人息子なんやで……」
「せや、民生……オドレが生きとってくれるだけで、
ワシら夫婦は一先ずええねん……
欲を言うたら、そらまともに働いて、自立してくれとは思うが……
そこらはこっから、少しずつ進めてったらええ話や……
とりあえず生きとったら、ナンボでも、なんとでもなるんやからな……」
「そうよぉ、民生……お父ちゃんの言う通りや……
まずは生きとったらええの……死んだらどうにもならんのやで……」
「せや、ろか……生きとったらそれで、ええんやろか……」
「せやで、民生……諦めたらそこで終わりなんやから……」
「民生……何も心配せんでええんや……
細々したことは母ちゃんと父ちゃんに任せて、
オドレは休んで元気んなることだけ考えとったらええ……
死んだらアカン……死んだらアカンぞっ……」
両親からの説得に、恐らく八木迂の心境は徐々に変化しつつあったと思う。
察するに奴自身心の奥底では『行きたい』と願っていて、
けど自分自身の罪に苛まれる余り、諦めていて……
それでも尚、奴は『生きよう』と決意した。
さあ、後は奴を医療施設で保護すればコトはそれで丸く収まる……
「……ぅ……ぁ、れぇ……?」
ハズだったその刹那、徐々に雲行きが怪しくなり始める。
「民生!? 民生っ、どないしたんや民生っ!」
「オウしっかりせぇ民生!
お、オウあんたらッ! あんたらン中に医者はおらんのかいっ!?
民生を! 倅を助けたってくれぇ!」
「お、落ち着いたって下さい! 今ちゃんと治療できる施設に搬送しますよって!」
動揺する老夫婦を宥めながら、
陽拝党の皆さんは八木迂を延命しつつ搬送準備に取り掛かる。
当然あたし達もできる限りの手助けはしていた……けど……
「……マ、ッマ……パッ、パ……
……すまん、やで……」
「民生!? 民生っ!? しっかりしてや、民生!」
「大丈夫や! もうすぐ助かるで! オドレは生きるんや、民生!」
「……ええ……ええ、て……もう、ええねん……
……これが……これがワイの、オチなんや……
……もう、ええねん……ダメ、なんや……」
「クソッ! どうしてだ!? 魔術は発動してるのに!」
「体調が微塵も回復してないっ!? ウソでしょ!?
そんなバカな! 有り得ない! 有り得ないって!」
「…………すまん、やで、みんな…………」
「民生っ……!」「民生ぉっ!」
「……マッ、マ……
……パ、ッパ……
…………ワイ、を……
……産んで、くれて……
……こんな、なるまで、育てて、くれて……
……ほん、まに……
――――感――謝――――」
最期に両親への感謝の言葉を述べた八木迂は、
そのまま眠るように事切れ、息を引き取った……。
「あ……そん、な……」
「……なん、でや……」
「たみ、」「お……」
「「民生おおおおおおおおおおおっ!」」
陽元西部の大都市螢都は霧生市籠離区の名も無き草地に、
我が子を喪った老夫婦の慟哭だけが、空しくも激しく木霊した。




