第百三十話「真面目な話、今後も考えると規格外に巨大な敵との交戦も想定しなきゃいけないかもしれない」
場面は引き続き、霧生市籠離区。
\『まあなんだね! 安心しなよ、八木迂!
アタシらボカンドーはもう完全に、これっぽっちも、
お前さんを仲間に引き入れようなんて、
思っちゃいないからねぇ!』/
街中に響く芝居がかった女の声。
拡声器越しの音割れ込みでも歌手か役者が務まりそうな程の美声……
その主こそは現在あたし達が追ってる事件の主犯格こと
犯罪集団『チーム・ボカンドー』の筆頭、戦天使のアヤーヤ・ツラレーリーに他ならない。
「……し、信じて、ええんやなあっ!?」
\『勿論さあ! この声がウソを言ってるように聞こえるってのかい?』/
ついさっきまで四十路ニートの八木迂を誑かし
大量殺人犯に仕立て上げようと必死だった筈のツラレーリーは、
なんでか急に態度を軟化させしつこく
『もう手は出さない』『これっきりで引き下がる』って旨の発言を繰り返していた。
とは言え相手は十一年もの間犯罪行為を続け甚大な被害を出した挙句、
如何にも完全に改心したとに見せかけて
その実より恐ろしい悪事に平然と手を染めるようなヤバい連中、その筆頭格だ。
ともすると警戒するに越したことはない。
(前に繁華街で暴れ回ったヤツみたいなパターンだったら最悪だし……)
読者のみんなは覚えてるかな、
丁度十話前の百二十話で初登場して暫く暴れ回った媚累禍。
あのヘンゲンジャーと謎の鬼巨人くんが倒してくれたヤツは何がヤバかったって、
とにかく手に負えないサイズまで巨大化するってトコなんだ。
ただあの巨大化には外部からの小細工が必要らしいし、
ともすればあたし達二人だけでも八木迂の周囲を張ってやってれば、
巨大化は防げる……そう考えていたんだ。
けど……
「ホンマに、ホンマのホンマにホンマやなぁ!?」
\『ああ、本当に本当の本当に本当の本当さぁ!
もうお前さんを勧誘しないし、姿も現さないよ!
神に誓ったっていいさね!』/
「わかった……ほんなら、ええやr――
\『チェラッタン! やぁ~っておしまぁ~い!』/
今回ばかりは、奴らボカンドーの方が何枚も上手だったんだ。
\『了解です筆頭っ!
さぁ~て、 ス イ ッ チ ・ オ ン っ ☆ 』/
八木迂の言葉を遮って響く、勝ち誇ったようなツラレーリーの声。
続け様に聞こえたのは
青年とも中年ともつかない狡猾そうな男の、
これまた勝ち誇ったような声……。
……この当時のあたし達はまだ知らないけど、
その主こそはボカンドーの"参謀"抜首死人の技師カッカール・チェラッタンに他ならなかった。
「おっと!」「来るかッ!」
ツラレーリーの声が響くと同時、
あたし達は瞬時に八木迂を囲むように立ち
"外から飛んでくるもの"から奴を守ろうとした。
繁華街の時は中年女に謎の光弾が直撃した直後に
無数の悪禍実が体内に潜り込んで巨大化してたし、
今回も"そんなもん"だろうと思ってたからね。
「うっっ! ぐ、あ、があああっ!?
な、なんやっ、これええ゛え゛え゛え゛っ!?」
(ウッソ……!?)(内側から、だとっ……!?)
けどその認識が間違いで、
実際とんだ思い違いをしてたんだと、あたし達はすぐに思い知った。
というのもあたし達二人の背後で突然、
それまで何ともなかった八木迂が突然苦しみ始めたんだ。
「おいっ! 八木迂!?」
「うっぐお!? おおおっぐおおおっ!?
ンッゴオオオオ、オオおおおおッ!?」
「しっかり、せんかっ――ぐうっ!?」
突然狂ったように暴れ出した八木迂を
ダイちゃんは咄嗟に蹴飛ばそうとしたけどビクともせず、
どころか逆に蹴りを跳ね返される始末……
何かヤバイ状況なのは火を見るよりも明らかだった。
「あっ! なっ! ああ゛っ! な゛ん゛や゛、こ゛れ゛っっ!
ま゛る゛で゛、そ゛ん゛な゛
ワ゛イ゛は゛っっ、ワ゛イ゛は゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
「ヤバっ! 気絶――」
【ィ゛ャ゛ン゛ ゴ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ ! 】
「ぎゃああっ!?」「ぐおああっ!」
だからあたしだって魔術で止めようとした。
けど実際、無駄だった。
倒れ伏す八木迂のあちこちから吹き出すどす黒いプラズマ……
炎ともと稲光もつかないそれが奴の身体へ絡み付いたと同時、
あたしは呪文を唱え終わる間もなくダイちゃん諸共吹き飛ばされてしまう。
(い゛ッッッ痛ぁぁっ!?)
明らかに物理的な、実態を伴う攻撃を受けたって感じだった。
刃物とかの斬撃じゃなく、打撃……
細長く強靭な何かに薙ぎ払われて、
序でに血肉どころか骨まで焼け焦げたんだなってね。
続け様に硬いアスファルトへ叩き付けられる。
打撲、骨折に加えて不規則な挫滅と擦過……
不可殺者でなきゃ冗談抜きに死んでたと思う。
「パル殿! ご無事ですかっ!?」
声のした方に目をやれば、
血塗れのダイちゃんがこっちに駆け寄って来ていた。
案の定というか、あたしと同じく細長い何かに"焼き抉られた"ような傷があり、
加えて早くも再生途中とは言え左腕は折れて力なく垂れ下がり、
全身血塗れで足取りもおぼつかない。
(こうしちゃいらんない、やっ)
再生途中で全身痛いけど、ともあれ急いで起き上がる。
ドライバーの作用で不死身に近付きつつあるとは言え、
見た感じあたしより重傷のあの子が頑張ってるのに
相対的に傷が浅く完全不死のあたしが寝転がってたんじゃ年長者の名折れだからね。
「やあダイちゃん、あたしはこの通り何とかなってるけど……君こそ大丈夫?」
「問題ありません。モリニャメシでの事故に比べればこの程度……」
それが強がりや瘦せ我慢の類いじゃないのは、
早送り映像みたいな超スピードで塞がっていく傷口を見れば一目瞭然だった。
【ン゛ ゴ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ !
ン゛ ゴ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛! 】
さて、お互いの無事を確認できたとは言えまだ問題は山積みだ。
結局あたし達は八木迂を守り切れず、奴は瞬く間に媚累禍と化し巨大化……
あっという間にいつぞやの繁華街の二の舞みたいな状況に陥ってしまった。
見た目は蛇尾鶏
――細長い爬虫類の尾を生やした鶏型の怪物で、
大型のは体高2メートルを超えることもある――
を二足歩行の巨大怪獣にした感じで、
理性を失い自我も崩壊しかかってるのか
言葉も話せない有り様なもんでミョーにおっかない。
「しかも繁華街のヤツより若干デカいんだからなあ」
「仮にあれで空まで飛ばれた日にはいよいよ手の打ちようがありませんな……」
「それこそ繁華街の時みたく、
あの鬼巨人くんが助けに来てくれたら何とかなりそうなんだけどねー……」
その発言は当然『ダメで元々』、
ただ言っただけのしょーもない戯言に過ぎなかった。
確かに件の鬼巨人くんが助太刀に来てくれるなら実際滅茶苦茶助かるけど、
|一通り戦う様子を見て抱いた印象《あの手のヒーローの設定傾向》からして彼は
『普段からあの姿で各地を飛び回っては
人助けや奉仕活動ばかりやってる物好きな善人』
じゃなくて、
『普段は有り触れた姿で暮らしてて
有事になるとあの姿に変身しては現場に駆け付けて
人助けや奉仕活動をしてくれる親切な超人』
とかそんな感じだろう。
(冒険者・軍人・警官辺りの所謂"戦闘職"かはたまたそれ以外か、
何れにしろ決して暇じゃないだろうし、
そんないつも都合よく来てくれるワケないよねぇ……)
期待なんてするだけ無駄だろう。
半ば諦めつつダイちゃん共々対処に当たろうとした、その時……
【ン゛ ゴ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ ――
『セェェアアアアッ!』
【グ゛ヴ゛ン゛ゴ゛オ゛ッ゛!?】
"奇跡"は起こった。
件の鬼巨人くんが颯爽と現れて、
荒れ狂う八木迂(だった何か)に飛び蹴りをぶちかましてくれたんだ。
「あれは、繁華街の……!」
「んなまさか……そんなことってある?」
いっそ示し合わせたみたいなベストタイミングでの出来事に、
あたし達は驚きを隠せない。
けどともかく彼の参戦はひたすら好都合、
八木迂の対処を鬼巨人くんに任せつつ逃げ惑う群衆の護衛や誘導に専念する。
被害が比較的軽微かつ、昨今の騒動が影響してか
近隣住民も媚累禍災害には慣れてたお陰で
そこまで手間取りもしなかったのは幸いだった。
「さ、て……これであとは鬼巨人くんに任せれば大丈夫かな」
「ええ、そのハズです。念の為緊急連絡があるまでこの場に待機しておきますか」
まぁそんな感じであたしもダイちゃんも
『鬼巨人くん強いし媚累禍倒せば八木迂もフツーに助かるよね』
ぐらいに考えていた
……けど
【ク゛ゥ゛ゥ゛レ゛ン゛ン゛メ゛エ゛エ゛ン゛ス゛!】
『ゲグアァッ!?』
時間が経つにつれ、次第に雲行きは怪しくなり始めていた。
というのも、最初こそ鬼巨人くんが優勢だったんだけど、
元々コンディションがそんなに良くなかったのか、
はたまた巨大化した八木迂が実はかなり強かったのか、
ともかく途中から彼は目に見えて劣勢に追い込まれつつあったんだ。
「やばいやばいやばい……」
「芳しくありませんな。
ここはやはり我々が介入するしか……」
「うーん、まだ媚累禍の続報があるかもだし
正直気は進まないけど……
さりとて確かに、
ここで鬼巨人くんが負けちゃったら元も子もないしなぁ……」
遂には
『どれだけ役に立てるかはわからないけど何もしないよりはマシ』
ってことであたし達も助太刀しようか、なんて考え始めていた。
(ま、普段やってる戦闘とスケール違い過ぎて、
何したらいいんだか今一わからないんだけど……)
できて精々がちょっとの妨害とか申し訳程度の回復ぐらいだろうな~
なんて頭を抱えつつも行動を起こそうと準備に取り掛かった、その時。
『――――フルルルルルルルァァァァッ!』
【ン゛ッ゛ゴ゛ォ゛オ゛オ゛ッ゛!?】
空間全域を震わせるように響く、鬼巨人くんの雄叫び。
禍々しく濁った八木迂のとは対照的な、
どこか雄々しく不思議と神々しいようなそれを合図に、
彼の前身は青い光に包まれて……
『フィィィァァッ……』
光が晴れると同時、鬼巨人くんは姿を変えていた。
「おおー、あの姿ってまさか……」
「なんと、事後処理専用かと思いきや、
よもや戦闘中にお目にかかれようとは……」
例えるならそれは、
ダイちゃんみたいに"形態が変わったって"いうより、
"全くの別個体"っていうか、いっそ"別種になった"ような感じ。
……もしかしたら鬼巨人くんの正体は
『一つの肉体を共有する二人組』だったりするのかもしれない。
そういうヒーローも居なくはないからね。
さて、鬼巨人くんの別形態というか相方(?)っぽいその巨人、
姿自体はあたし達も繁華街での戦いで見たことがあった。
『サァァァァッ……』
【 ン゛ ゴ゛ オ゛ オ ゛ オ ゛ オ ゛オ ゛ オ゛ オ゛ ! 】
大まかにはまさに鬼巨人くんの対って感じで、
一言で言い表すと
『黒い作務衣の上から
銀のメカっぽいプロテクターを纏った
細マッチョで男前の赤鬼』な彼に対して、
今目の前にいる"相方ちゃん(仮)"は
『白い羽衣の上から
幾何学的な金のプロテクターを纏った
透明感のある青い肌の美人女神』ぐらいが妥当だろう。
顔立ちはやっぱり巨人鬼くんと似たような
"自然物とも人工物ともつかない"感じで、
しかも細マッチョで男前な彼に倣ってなのか、
とにかくスタイル抜群でね……。
所謂『性癖をぶっ壊す』ような、
イメージするなら……
丸致場亜主のエヴァンスさん……
にしちゃ、お淑やかで上品過ぎるし、
何よりあの女性は神秘性や神々しさとは縁が無さ過ぎる。
かと言って撫子さんぽいかと言われると若干背丈が足りないし、
闇猫堂の文恵ちゃんに例えようにもおっぱいと尻のボリュームが足りない。
(まぁ相方ちゃん(仮)も結構デカいのはデカいんだけど、
文恵ちゃんは家系もあってわりと規格外に豊満なんだよ……)
ましてこのあたしかって言うとそれも違うだろう。
読者のみんなは当然知ってると思うけど、
あたしはあんなに高貴でも神秘的でも正義っぽくもないからね。
「まさかあの形態っていうか、あの子? がここで出て来るとはね……」
「ええ、驚きましたな。てっきり事後処理専門かと思っていたのですが」
ダイちゃんが驚くのも無理はない。
何せ嘗て繁華街を媚累禍が荒らし回ったあの時、
戦闘は始終鬼巨人くんの担当で、相方ちゃん(仮)
――なんかしっくり来ないし、以後"巨大女神ちゃん"と呼ぼう――
が前線に出ることはなかったんだ。
……何なら読者のみんなに至っては、
彼女の存在自体今回初めて知っただろうから改めて解説させて欲しい。
時は遡って実に八話前の第百二十二話。
繁華街で巨大化した媚累禍を颯爽と現れ葬り去った鬼巨人くんだけど、
火力高めな巨体同士の衝突は必然街にも被害を齎してしまっていた。
フツーこういうシチュエーションの所謂"正義側"は
『敵倒したら仕事終わり』ってことで颯爽と立ち去るしかないのが常だけど、
鬼巨人くんはその辺しっかりしてたっていうか、
媚累禍をしばき倒すや否や即座に巨大女神ちゃんへバトンタッチ。
例によって落ち着いた様子の彼女は、
手にした細長くて鈍く淡い黄金色(真鍮色?)をした杖
――東方の修行僧が使う錫杖みたいな見た目――
から放つ優しい光で破壊された街を元通りに修復し、
一礼してその場から姿を消したんだ。
そんなワケであたし達は巨大女神ちゃんについて
あくまで事後処理専門のサポート役でしかないと思い込んでたんだけど……
【ン゛ゴ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!】
『フゥッ……ェイハァッ』
【ヤ゛ッ゛デ゛エ゛!?】
『セイッ……!』
【ヤ゛ン゛カ゛ア゛ア゛ッ゛!?】
「わりと戦えてるね……」「中々戦えておりますなァ……」
戦闘特化ぽい鬼巨人くんには聊か及ばないまでも、
案外いい感じで戦えるくらいの戦闘能力は持ってたんだよねぇ、これが。




