第百二十九話「この時はまさかあんなことになるなんて思ってなかったんだよ……」
場面は前回に引き続き、
螢都南東部霧生市は籠離区の一角。
「――……ン、ゴ……ォ……」
ニートの原贄から変異した巨人型媚累禍は、
出現から程なく渦巻く嫉妬に変身したダイちゃんと交戦……
抵抗の余地なく一方的に圧倒され、呆気なく惨敗に追い込まれた。
あたしですら若干引くレベルのとんでもない決まり手は
勿論フツーの生き物なら即死して当然だろうに、そこは流石媚累禍。
元贄になった長小鬼のニート野郎は衰弱しこそすれ命に別状はなく、
なんか間抜け面のまま路面に仰向けでぶっ倒れていた。
『さて……』
[GOOD JOB.THAT'S A FEAT.]
「何ともはや、見苦しい光景をお見せてしまいましたな。
誠、申し訳御座いませぬ……」
「ああー、いいよいいよ。
あたしも気持ちはわかるから~」
片や媚累禍との戦い――実質ほぼ虐殺――を終え、
変身も解除したダイちゃんはやけに冷静で、
加えてやけにしおらしいっていうか……いや、違うかな。
なんだろう……言っちゃアレだけど、
飼い主に叱られて目に見えてショゲる大型の犬猫みたいな雰囲気で、
やけに庇護欲をそそられるし、
何なら抱きしめてそのまま押し倒してやりたくなる可愛さがあった。
(なーにほんとっ♥ 可愛いなぁもうこの子はっ♥
もしかしてさっきの、負い目に感じてる? 反省してる?
そんなの別に気にしなくたっていいのにさぁ~もぉ~♥)
なもんで『性欲強過ぎて歴代彼氏と長続きしなかった女』ことこのあたしが興奮しないワケもなく……
(いや〜、ちょっとこれ本気で迷っちゃうな〜♥
シチュエーションとかコスチュームとか色々できるもんねぇ♥
『そんなことないよ』『大丈夫だよ』って
優しく包み込んで全肯定しながら愛でて良し♥
『じゃあお仕置きっ』『反省してね~』てな感じで
若干激しめに責めて良し、っと♥
そのままこっちがリードし続けてもいいけど、
途中で逆転しちゃうのも最高だしなぁ〜♥)
とまぁ、妄想の余地は幾らでもある。
ただ勿論今はとっととあのニートに必要な情報を吐かすのが先決なわけで……
「……ンゴ、ォ……なん、でや……ワイは……ワイはぁぁ……」
「おい穀潰し、貴様先程確かにボカンドーの名を口にしたな?」
「なんか〜
如何にも『自分はチーム・ボカンドーのメンバーです』みたいなツラしてたけど〜
一体全体どういうことなのか説明してくれるよね〜?
……ま、あんたの態度次第だけど少なくとも殺しはしないさ。
然るべき機関に引き渡して裁きは受けて貰うけどね~」
念の為魔術で幾らか体力を回復させてから問い質す。
仮にこいつが『チーム・ボカンドーの四人目』だとしたら
口を割らすのには難儀するかなぁと不安だったけど……
「なっ、何やねんオマイら!?
言っとくけどワイは何も喋らんやで!?
ワイにもボカンドーのホコリちゅうもんがあるんや!
そんな、親から働くかネット解約か選べって脅されて、
ネット惜しかったからしゃーなく楽に稼げる求人探したら
ボカンドーのメンバー募集が目に入って、
話聞いたら変なん飲んでからその辺で暴れるだけで百万とか言われたとか!
そないなことは絶対に喋らんやでぇぇぇ!」
流石(?)ロクな社会経験もなく欲望のまま身勝手に生きてきたからなのか、
その口はまさしく綿埃よりも軽かった。
どうやらこいつにあったのは『ボカンドーの埃』だったらしい。
さて、ともあれ口が軽いのは願ったり叶ったりってことで
以後も適当に"詰めて"いくと、
ヤツの口からとんでもない言葉が飛び出した。
それは……
「あたし達を……」「始末しろ、だと……?」
「せ、せやっ! ボカンドーのツラレーリー筆頭閣下から言われたンゴ!
街で暴れて百万、強くなれたらもう百万!
ほんで赤目の白髪女と図体でかいガスマスク……
つまりオマイら殺したら一千万!
そないウマい話あったらなりふり構わずノるしかないやろがっ!
少なくともワイはノるしかなかったんや!」
如何にも『他に選択肢が無かった。自分は被害者だ悪くない』みたいな言い方だけど、
あたし達からすればこのニートの発言は所詮詭弁としか言いようがない。
こいつがどんな事情の持ち主かは知らないけど、
諸々の発言から察するにここまで落魄れたのは十割方自業自得、
かつ容姿からして年齢は多分四十路過ぎほど……
端から高校なり大学なりを卒業した時点で何かしらの仕事に就いて働き続けてれば
もっとマトモで充実した人生だってあり得ただろうし、
ニートをやめて社会復帰を果たすにしても
身の丈に合った普通の求人に応募しとけば
まだここまで酷い目には遭わずに済んだハズなんだ。
「戯けが、何を被害者ヅラしとるか」
恐らくあたしと同じように考えてたであろうダイちゃんの口から出たのは、
そこそこ妥当なレベルの糾弾。
「如何に血迷ったか知らんが、
そもそも『労せず楽に大金を稼ごう』などと画策し
怪しげな誘いに乗った時点で貴様の自業自得。
動機はともあれ自らの意思で社会復帰する意欲があったのは結構だが、
ただひたすらに選び取るべき択を間違えた結果に過ぎん」
「なんやねん!? ほならなんや!?
こない歳やのに大企業の正社員目指せちゅうんか!?
そんなん無理に決まっとるやろ!
ホブゴブリンは人間よか長寿やゆーても
老化速度は似たようなもんやし、
低学歴四十路ニートのワイなんぞ
しょーもないバイトかパートが精々ンゴ!
汗水垂らして日に八時間や十時間拘束されて、
月々の手取りが十万や十五万ぽっちやで!?
そんなん納得できんし惨め過ぎるンゴ!」
「だが社会的に認可された事業所で
正当な労働に就いている事実に変わりはあるまい。
給与が低くば倹約に努めるなり他者を頼れば良かろう。
元より実家暮らしならばそれこそふた親の助けを借りられたのではないか?
何かしら真っ当な仕事に就いた上で家族と相談し、
互いに折り合いをつけて一つ屋根の下同居する程度も
断じて不可能とは言い切れまい」
「そ、そんなんっっ――」
「『無理だ』などと断言できる確たる証拠があるのか?
貴様は『働け』と言われた際、ふた親に少しでも相談し助言を試みたか?
物言いから察するに、何ら相談せず独断で動いたのであろうが。
自ら思考・判断を放棄し他者の傀儡と化すのは当然褒められた真似ではないが、
さりとて他者を一切頼らず独断のみで動くのも悪手であろう。
まして職歴なく歳ばかり食った未熟者が、
何者の助けもなく労せず大金を稼ぎ自立できるなどと……
そんな好都合過ぎる夢物語が存在するとでも?
何より貴様のふた親とて、
選択の余地を残す程度ならばまだ辛うじて貴様を子として認識し、
或いは確かに愛していたのは想像に難くない。
我が子が道を違え落魄れた件にも
『育て方を間違えた己らにも間違いなく責任はある』と負い目を感じており、
かえって倅の就労、ひいては自立を望んでいたならば、
貴様からの相談を突っ撥ねると思うか?」
「……」
「血縁関係とは生物学的に見れば所詮、遺伝情報の近い他者に過ぎん。
なれどそれ故、俗に非科学的概念とされる情や縁が肝となる。
即ち貴様のふた親が貴様の面倒を見ていたのは貴様への情がある故であり、
貴様を家から追い出さず選択肢を提示したのも貴様との縁を重んじていたが故。
なれば今からでも幾らか交渉の余地はあろう」
「……せやかて、せやかてワイはっっ……――
\『おやまあ!
なんて有り様だい八木迂!
まさか負けちまうなんてねぇ!』/
(なっ……!)(この声、よもや……)
「なっ、あぁぁっ……!」
刹那、どこからともなく響くのは
拡声器越しに割れ気味の、けれど確かに色気があるとわかる女の声。
聞き覚えなんてありゃしなかったけど、
とは言えこの流れとニートこと八木迂の反応か
ら声の主が誰かを察するのは簡単だった。
読者のみんなも凡そ気付いてると思うけど、その正体は……
「あ、ぁぁあっ……つ、ツラレーリー筆頭閣下っ!!」
(やはりか……!)(だと思ったよ……!)
そう。まさにチーム・ボカンドー筆頭、
戦天使のアヤーヤ・ツラレーリーに他ならなかったんだ。
\『そうともさ!
このアタシこそはチーム・ボカンドーのリーダー!
つまりこの世で誰より強く最も美しい
アヤーヤ・ツラレーリー様さねっ!』/
うーむ、ナルシスト全開の自己紹介……。
確かに戦天使と言えば
――天使系種族の中だと例外的にかなり個体数が多いのもあるけど――
美形の武闘派だらけの種族として名高くはある
(何ならあたしの知り合いにもいるからね、戦天使)。
けど同種族は謙虚な人格者揃いとしても名高く、
武力や美貌をを鼻に掛ける言い回しを好む傲慢さは不自然そのもの……
まあ、犯罪者に零落れてる時点で大概戦天使の面汚しなんだけど。
「あっ、ひ、筆頭っっ!
すんまへんっ! 結局ワイ、なんもできんでからっっ!
けどワイは……ワイはあっっ……!」
よっぽどツラレーリーが怖いのか、委縮しきったニートの八木迂。
その有り様は立場相応の情けなさだけど、
口ぶりから察するに
――ダイちゃんの説教で心が動いたのかもしれない――
どうにか『チームを脱退させて欲しい』と頼み込もうとしているらしい。
まあとは言え、
ボカンドーみたいな組織が人員をそう簡単に手放すわけもなく……
\『ちょいと八木迂~!
お前さんてばなぁ~に情けないこと言ってんだいっ!?
面接の時に「変わりたい」「ゴミに戻りたくない」とか言ってたじゃないかぁ!
アタシらァあの時のお前さんの熱意と気迫に心打たれてねぇ!
ものすご~く期待してたんだよぉ!?
だってのに、たった一度負けたくらいで諦めるってのかい?
よくないねぇ~! 実によくないよそれはァ!
面接で言ったろう?
何があっても諦めるんじゃない、諦めたらそこで終わりなんだよって!
それとも何かい? お前さんの志はこの程度だったってのかい?
やっぱり親の脛齧ったり生活保護貰ったりで社会に迷惑かけながらでも
とにかく楽してダラダラ生き続ける方が性に合ってるってのかい?
それでいいのかい、八木迂~?』/
「うっ、ぐうっ……違う、絶対違う……それは違うンゴ!」
喉の奥から絞り出された大声は若干無駄に感動的ぽくて、
あたし達も思わず介入を躊躇ってしまう。
察するにこの短時間で八木迂の心境に何かしらの変化が生じてたんだろう。
あたし達は揃って『八木迂が自力でどこまでやれるか』と、
内心確かに奴の成長へ期待してしまっていたんだ。
「ワイは確かに『変わりたい』思てる!
『あの頃に戻りたくない』んも本心や!
けどマッマやパッパの脛齧りとうない!
生活保護で社会に迷惑かけるんも願い下げや!
楽でなくてええ! 惨めでもええ!
どんだけ時間かけても構へん!
ただワイなりに成長したいんや!
マッマやパッパがワイのこと
『産んで良かった』て思えるくらいにはなりたいんや!
その為にはまともに働かなアカンし、まして悪事なんて以ての外ンゴ!」
なるほど、言うじゃないか。
突発的な勢い任せの発言でもまあ、
全く成長してないとは言い切れない気迫がある。
「……言うてワイ、バケモンになって暴れ回って、
少なからず被害出してもうたから、
もうそこまで後戻りできんようになったかもしれん……。
けどそれはあくまでワイがそう思うとるだけで、
確たる証拠なんてないやんか!?
少なくとも自分の目で現実見るまで、ワイは諦めないンゴ!
アヤーヤ・ツラレーリー!
オマイら『チーム・ボカンドー』は確かに頭良くて強いやで!
ワイなんぞどう足掻いても比べ物にならんくらいや!
けどそんなワイでも、ただ一つオマイらにマウント取れる所はあるンゴ!
それはワイがまだギリギリ『諦めとらん』ちゅうことや!
オマイらについてはワイも知っとるやで?
派手なメカやらで飾り立ててカッコつけとるけど、ゆーてただの犯罪者やんか!
なんや面接でもワイのことバカにしくさっとんの見え見えやったけど、
オマイらも結局は真っ当に生きるん諦めて悪事に走っとるだけや!
けどワイは"まだ"諦めへん! 限界まで足掻いて抗ったるわ!
ワイを誑かしてまた悪ささそうとか思っとんなら無駄なことや!
何があろうとワイは転ばん!
オマイら"諦めた奴ら"の仲間になんぞ、絶対にならないンゴォォォ!」
八木迂の"演説"は、
あたかもネットユーザ特有の"画面前での饒舌さ"が
そっくりそのまま舌と喉に反映されたみたいな有り様だった。
とは言え、見るからにプライドの高そうな
――そして実際、プライドが高いらしい――
ボカンドーのツラレーリーがそこまで言われて黙ってるわけもなく……
\『ほお! そうかいそうかい!
そりゃまたなんともご立派なことだねぇ!
見るからにダメ人間て感じだったお前さんともあろうもんが、
この短時間でよくぞそこまで成長できたもんだよ!
ならお前さんを仲間にするのは断念せざるを得ないねえ!』/
「っっ! ……せ、せやっ!
ワイは、変わるやで! もうオマイらの仲間になんぞならへん!
オマイら諦めた連中と一緒になって、
諦めっぱなしのまま終わるなんて死んでも願い下げンゴ!
せやからオマイら、とっとと断念してクレメンスゥ!」
(なに、その語尾……?)
場面そのものは間違いなく熱いのに、
八木迂の喋りが独特なせいでどうにも今一"しまり"が悪い気がする。
けど何にせよ奴が独力でツラレーリーを退けようとしてるのは確かなようで。
……とは言えこのままじゃ今一話が進まないし、
最悪キレたツラレーリーが八木迂を殺すかもしれない。
てなわけであたし達は八木迂の手助けに入ろうとしたんだけど……
「二人とも! すまんやけど手は出さんといてクレメンス!
この件はワイの問題や! ワイ自身が解決せんかったら……
誰かの助け借りてもうたら、前に進めない気がするンゴ!」
決死の表情でこんな風に言われたんじゃ、一歩退かざるを得なかった。
勿論もしもの時を想定していつでも出撃できるようスタンバりつつ、
八木迂の身柄引き渡しなんかの為に陽拝党の皆さんにも連絡は入れたけどね。
(;州=_=)<ま、ここで八木迂の言葉を尊重しちゃった所為で事態はまさかの結末を迎えるんだけどね……




