第百二十八話「敵については分かったけど、それはそれとしてうちの婚約者が中々怖い」
場面は螢都にあるホテルの一室。
「や~、実に初歩的な、余りにも頭の悪過ぎる見落としだったよね。
今までめんどくさがって原贄の身柄なんてよそ様に引き渡しちゃってたけど、
まさか情報源としてここまで使えたなんてさ~。
ホント今まで何やってたんだろって感じ……」
「仕方ありますまい。何分媚累禍の出現場所は予測不能、
解析完了まで決定打を与えることも叶わん程ですからなァ。
寧ろ如何なる段階にせよ"そこ"に至れただけでも十二分に僥倖では」
元お笑いタレントの曽々木から情報を聞き出したあたし達は、
その後も各地に出現する媚累禍をシバきながら、
並行して一連の事件の黒幕と目される『ボカンドー』なる連中に関しても関係各所と情報共有しつつ調査を進めていた。
幸いにも奴らの正体については簡単に判明した。
何せネットにも情報が転がってるくらい名の知れた連中だったからね。
『ボカンドー』……正式名『チーム・ボカンドー』は、
だいたい二十年くらい前に結成された三人組の犯罪集団で、
最初は小規模な闇金や密輸なんかで食いつなぐだけの小悪党だった。
けど結成三年目のある時、ある存在との出会いが奴らを変える。
そいつの名は"カスケードマウス"。
決まった姿を持たず声だけで語り掛けてくる高次存在で、
"犯罪神"を自称してチーム・ボカンドーに何かの"使命"を課し、
部下として従えるようになる。
と言ってもカスケードマウスは比較的放任主義だったらしく、
"使命"に関する目標を提示したり幾らかの指導・助言はしこそすれ
雁字搦めに拘束するようなことはなかったそうな。
ただそれでも奴の指揮が的確だったのか、
はたまた三人のポテンシャルがヤバかったのか、
程なくチーム・ボカンドーは凶悪な詐欺グループとして悪名を轟かせるに至った。
奴らの出した被害総額については諸説あるけど、
概ね世界的老舗大企業複数社の資本金に匹敵する程と言われている。
ただそれだけの被害を出した詐欺行為は、
奴らにとってあくまで下準備に過ぎなかった。
その本命はカスケードマウスに課せられた使命の遂行……
具体的な記録は残ってないけど、
何かしらの目的の為に週一度のペースで世界各地に現れては
手製の兵器を乗り回して暴れ回ってたらしい。
しかもこの兵器ってのがかなり厄介な代物で、
チーム・ボカンドーの神業じみた運用もあって
各地の公的機関や戦闘者じゃ上手く対処できなかったんだってさ。
けどそれでも奴らは無敵じゃなく、何なら天敵がいた。
その天敵の名は『ドッコイジャー驚愕隊』。
若干十代前半の若さで本職顔負けのハイスペぶりを誇る男女二人組と、
奴らが設計・製造した高性能AI搭載の自律型機動兵器群から成る民間集団だ。
ドッコイジャー驚愕隊の能力はとにかくヤバいの一言で、
まるで示し合わせたみたいにチーム・ボカンドーの計画を的確に察知して、
奴らが一番邪魔されたくないであろうタイミングで現れて戦いを挑んでたらしい。
その戦力はかなり高く、
一見絶体絶命の苦境も難なく奇策で乗り越えてしまうそうで……。
当然チーム・ボカンドーが奴らに敵う筈もなく、
どんなに有利な戦況だろうと最終的には圧倒され惨敗に追い込まれるのが常だったらしい。
挙句、当時各地の自治体では
『ボカンドーが出たら手を出さず安全確保を優先し、
戦闘はドッコイジャーに一任すること』って方針が徹底されてたんだとか……。
「――で、結局ボカンドーとドッコイジャーの戦いは八年も続いたらしいよ。
あたしは運が良かったか悪かったか、どっちも名前さえ知らなかったけどね」
「八年とはまた長引きましたな……して、その後はどうなったので?」
「なんか、その日はちょうど奴らの戦いが始まった記念日だったとかでさ。
まあその日もいつも通り
奴らは戦って、いつも通りの結末で……
次こそはとリベンジを決意したボカンドーだったけど、
なんか程なくドッコイジャーの方が唐突に引退宣言しちゃったんだって。
当人たちが言うには
『自分達もいい年だからそろそろ結婚して落ち着きたいし、
親から会社を継ぐ話が来てる』
とか
『ボカンドーへの対処法はマニュアルを作ったから大丈夫』とかなんとかって」
「寿引退……」
「で、それが大々的にニュースで報じられた上に、
追い打ちとばかりにそれまで仕えてたカスケードマウスからも
『お前たちはよくやった。もう休め』の一言で実質的に見離されちゃって、
色々バカらしくなって翌日三人揃って警察に自首したんだってさ~」
要するにあたしがここまで長々語って来たアレコレも、
奴らが取調室で吐いた証言を元に纏められたネットの記事が情報源だったりする。
「……ともすれば……
判決次第ですが今も拘留されているハズに御座いますな。
脱獄を助けた者がいる可能性も……」
「いやぁ、それがどうもそんな重刑喰らった訳でもなくて
程なく刑期満了で出所したらしいよ?」
「 出 所 」
「うん、出所。
一応拘留されてから裁判かけられたんだけど、
毎週の如くドッコイジャーにボコられまくってた点とか諸々考慮されて減刑、
加えて三人とも塀の中では絵に描いたような模範囚で通ってたもんだから
最終的には結構軽めの懲役刑で済んだらしくてね~。
ま、出所後については流石にどこにも情報無かったんだけどさ」
「自分も今し方連中を取り上げた記事に目を通しておりますが……
戦天使の"筆頭"アヤーヤ・ツラレーリーは陣頭指揮・経理担当、
抜首死人の"参謀"カッカール・チェラッタンは兵器開発を担った技師、
沼亀龍の"工作員"シンカレヴァンネン="ヌロンゲ"・ゲハヌテード"は戦闘や肉体労働を専門とした武闘派……
見た所霊的存在と思しき悪禍実の扱いに長けていそうな構成員が見受けられませんな。
つまるところ、悪禍実及び媚累禍への関与は外的なものか……」
「まあ、十中八九そうだろうねぇ。
大方出所後に"真の黒幕"的なヤツに拾われて奴らンとこでパシられてるとかかな?
ともあれ、地道に探していくしかないワケだけど……」
さてとは言えどうしたもんかなと思考を巡らせていた所、
丁度良く媚累禍出現を告げる一報が入る。
「なんてグッドタイミング」
「行き詰った時は一先ず身体を動かすに限りますからなァ。
情報収集も兼ねて暴れ回ってやるとしましょう」
ってワケであたし達は早速現場へ向かった。
【ヤシナエヤアアア! ワイハハタラキトウナインヤァ!
ヨウシランアホニアタマサゲテマデナンデハタラカナアカンノヤアッ!
ガキヤシナウンハオヤノギム!
ワイガハタラケヘンノモオヤノセキニンヤロガア!】
さて、場面は変わって螢都南東部の地方都市霧生市は籠離区の住宅街。
現れたのは全身黄色で哺乳類とも鳥類ともつかない頭をした巨人型の媚累禍。
口から火を吐き野球のバットを振り回すそいつの原贄は、
発する数々の暴言妄言から察して所謂"ニート"で間違いないだろう。
「ダイちゃん、例によってあたしが解析に回るから足止めお願いしていい?」
「畏まりました」
[SIN'S DRIVER!!]
「さて、消火活動だ……いざ、顕現」
[KEN-GEN!! INCARNATE JEALOUS DRAGON!!]
『我が罪悪、我が憎妬、我が激流……
即ち罪竜、渦巻く嫉妬』
【ンゴッ!? ナッ、ナンヤコラァ!?
ワイノジャマスンノカッエエッ!?
ナメトッタラアカンヤデコラ!
ワイハチーム・ボカンドーヤゾコラァ!
チーム・ボカンドーニタテツイタラドナイナルカワカットンノカァ!?】
『なんだ、奴らを知っているのか……
たかが穀潰しの分際で生意気なッッ――クシァァアアアアッ!』
【ンゴギャアアアアア! ヅッメダアアアアアアア!?】
とりあえず被害が拡大する前に到着できたので、
ダイちゃんに足止めを頼んでから解析に移る。
事前に『追跡社』様から解析ツールの最新版を貰ってたので作業はかなりスムーズに進んだ。
「ダイちゃん、解析によるとそいつは赤雲の初期段階!
そのまま嫉妬の水ブレスで仕留められるよ!」
『的確なタイミングでの助言感謝致しますぞパル殿ォ~』
【グガッ!? ナッ、ナンヤコラッ!?
オイ、ハナセヤコノッッ!
ギッ! グアガアアアアアアアアッ!?】
ダイちゃんは鱗に覆われた両手で媚累禍を掴むと、
長い胴体を巻き付けてまで徹底的に拘束、じわりじわりと締め上げていく。
『……なあ、穀潰しよ……自分めはある意味で、貴様を羨むぞ……』
【アガアアアアッギャアアアアアア!?】
『……存分に、ふた親が甘やかしてくれたのだろう……?
好き勝手に生きたとて、何の文句も小言も言われなかったのだろう?
……確かに、自分めのふた親も間違いなく素晴らしくはあった……
両名とも、この世で五指に入る程に敬ってはおる……』
【ウグ、ウグウウッ、グギイイアアア!?】
『だが自分めのふた親は察するに貴様のそれらより遥かに厳格でなあ……
手助けをしてくれこそすれ甘やかしてはくれなんだぞ……
自分めが「仕事が辛い。辞めたい」と弱音を吐けば、
容赦なく「お前に次の働き口があると思うな」と逃げ道を塞がれたぞ……』
【グウウッガグギイイイッ!? ゴッゲエエエエッ!?】
『職務都合で実家を、地元を離れねばならんとなった時には、
「いい機会だ。一人暮らしに慣れてこい」と実質突き放してきたぞ……
……当然、あの二人の子で良かったと心から思っているがな……
自分めは所謂「親ガチャ」の大当たりを当てたのだと実感している……』
【アガアッ!? ガアアッ!?】
『だが、然し、なればこそ……
自分めの一割も苦悩せずのうのうと、
好き勝手に生きる貴様のような存在が度し難い……
貴様ほど金を自由に使えたならば……
貴様ほど時間に余裕があったならばっ……
貴様ほど何も負わず生きられたならばァ……!
どの様な生き方でも、できたであろうなあ……!』
【アッガガアアアッ!? ガアーッ!?】
ダイちゃんは
――敢えて胴体での拘束を明確に緩めながら――
鱗に覆われた両手で、
唇とも鳥のクチバシともつかない媚累禍の口を
これでもかと強引にこじ開け……
『クシィア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!』
【――ブボガッ!? ゴボッ!
ゴッボロロゴボボボボオォォオッ!?】
ぽっかり空いた喉の奥目掛けて水流ブレスを"流し込み"……
『シャアアアアアアアアッ!』
【■■■■■■■■■!?】
腹が膨れ上がった所で勢いよく締め上げ、
容赦なくド派手に引導を渡したんだ。
(;州=_=)<ダイちゃん……精神汚染込みとは言えニートに何の恨みが……
(;州=Д=)<てか半ば忘れてたけどやっぱあの子怒らせちゃダメだわ……
仮に喧嘩とかして勝てる気がしないし……




