第百二十六話「あたし視点での地味な利点:あの子の好物が分かる」
「いざ、顕現!」
場面は相変わらず繁華街のゲームセンター『POKOBE』前。
防御自慢の媚累禍と対峙したダイちゃんは、シンズドライバーを起動する。
さて、肝心の響き渡る音声は……
[KEN-GEN!! INCARNATE STARVE DRAGON!!]
そのフレーズで、あたしは即座に『ああ、アレか』と察知した。
同時に地面から生えた"ワニの顎っぽいメカ"がダイちゃんを丸呑みにし、
背後に現れたブラックホールがそのメカを吸い込みつつ消滅……
すかさず現れたホワイトホールの中から、
あたかもそれをこじ開けるように這い出て来たのは、
黒い鱗と甲殻、そして毛皮に覆われた"三つ首の化け物"……
『我が罪悪!』『我が飢渇!』『我が重圧!』
『『『即ち罪竜!
底無しの貪食!』』』
『ゴオオオガアアアアアアッ!』
そうつまり"短期決戦めっちゃ推奨"でお馴染み、
底無しの貪食だったんだ。
ただでさえデカくなりがちな変身形態でも取り分けデカいもんだから、
正直狭めの繁華街に収まるか心配だったけど……
そこは流石あたしのダイちゃん。
変身前の段階で建物の位置関係を把握していたようで、
貪食の巨体は繁華街を全く傷付けていなかった
(後で聞いたら路面を傷付けない為に重力制御で僅かに浮いてたらしい)。
【ハアン! 何ダソレハッ!?
クダランクダランクダランクダラアアアアアン!
大方マジックアイテムニヨル変身ナノダロウガ、
如何ナル姿ニナロウト我ガ盤石ノ守リヲ突破スルコトナド叶ウモノカアッ!】
『ホウ! それはまた、なんともはや! 大した自信だな!
ならば実際に試してやろう、その盾の強度とやらをなあ!』
『豚しゃぶ入りレタスサラダァ!』『ひきわり納豆ォッ!』
『ヴゥゥゥゥゥゥンマアアアアアッ!』
(やっぱりどうにもギャグ感が否めないなあ……)
みんなもう知ってると思うけど、
貪食に変身したダイちゃんの喋りはかなり特殊に変化する。
どうにも最初の頃は三つの頭が順番に似たようなフレーズを繰り返すだけだったんだけど、
ここ最近は
『一つの頭が何か言う度、
残る二つがダイちゃん自身の好物を挙げ、
更に尻尾に備わった口が吼える』
って感じになっていて、
殺伐とした戦況でもお構いなしに食べ物の名前が出て来るもんだから
どーにもギャグ感が否めず調子が狂ったりしちゃうんだよね~。
(;州=_=)<っていうか読者多分『無駄な台詞が多くてテンポが悪い』とか思ってるんじゃない?
【ヌカセェェェ! 吾輩ハ有言実行ノ教育評論家ァ!
口バカリ達者ナ犯罪者如キニ遅レヲ取ルナド有リ得ヌノダァァァ!】
『善かろう好かろう! その意気や良し!』
『麻婆豆腐ゥ!』『ハッシュドポテトォ!』
『ヴウウウウウマアアアアア!』
さて、ともかく貪食の戦闘能力は圧倒的だ。
確かに場所は取るし動きは遅いし、
当然小回りだって利きやしない。
その上精神汚染の関係もあって実質的な戦闘時間は極端に短い。
正直使い所を選びまくるから、
総じて汎用性の高い形態なんかじゃ断じてない。
とは言えパワフルで頑丈な巨体はそれだけで大量破壊兵器になりうるし、
牙だらけの顎、爪の生えた足、
鱗の生えた尻尾や果ては分厚い翅に至るまで全身凶器のオンパレード。
加えて微調整まで可能な重力操作は、
攻撃から妨害、補助まで色々こなせる便利さがウリだ。
【ヤレルモノナラヤッテミルガイイ!
貴様ガ吾輩ノ防御ノ前ニ惨敗ヲ喫シ、
吼エ面ヲカキ乍ラ泣キ喚キ赦シヲ乞ウ場面ガ目ニ浮カブワァ!】
(うーん、めちゃくちゃフラグ……)
敵の媚累禍はどうやら盾によっぽど自信があるらしい。
まあ『何事もやってみなきゃ分からない』とは
技術大国マルヴァレス初代大統領のホーリーホック女史も言ってたし……。
(州=_=)<さて、それで結果はというと……
【グゴギョアギャゲエエエッギイイッガアアアアア!?
ツッ、ツツツツッ! 潰レッ!
潰レエエエエッ! 潰レ、ルウウウウッ!?】
『なんだどうした? その程度か?
盤石の守りとやらも案外大したことはないな!』
『餃子ァ!』『焼売ッ!』
『ヴンンマアアアアア!』
大方の予想通り、ダイちゃんの圧勝だった。
最早説明不要なほどの"絵に描いたような"っていうか
"そのまま記号として通用する"レベルのワンサイドゲーム。
(そりゃそうなるよなぁ……)
無駄に難航しまくった解析作業もいよいよ大詰めなあたしは、
媚累禍の見事なフラグ回収に嘲笑う気も失せるほど呆れ返っていた。
そりゃそうじゃん。そうなるってば。
だってあいつの防御ってさ?
確かに『攻撃を受け止める盾』と『攻撃を受け流す障壁』を併用する発想はまあそこまで悪くないけど、
よりにもよって障壁の範囲が前方限定なもんだから……
(まぁ~貪食の重力操作はフツーに喰らうよね~。
だって上方向からの攻撃だもん)
攻撃は真正面からしか来ないなんてことはない。
そのくらい戦闘の基礎っていうか一般常識だと思うんだけど……
名門国公立大学区を首席で出た教育評論家ともあろう者が
その程度の一般教養を失念してたってのは流石に笑えない。
【アッガガガガガギイイイッ!
グギョエエエアバビィッ!?
キッ、貴様ッッッ! コノ犯罪者メガァ!
一体全体何ヲシトルカッ!?
吾輩ノ防御ガ前方カラノ攻撃二シカ対応デキヌト知リ乍ラ!
真上カラ攻撃ヲ仕掛ケルナドッ!
明ラカ二、卑怯デアロウガッ!
如何ニ犯罪者トハ言エソレデモッ!
戦闘者トシテ戦場ニ立ツ以上、対戦相手ヲ尊重スルフェアプレイノ精神ヲ軽ンジテハッ――――】
『黙れ』
【アギャゲエエエエエエッ!?】
せめてもの抵抗なんだろう、
押し潰されながらも饒舌に喚き散らす媚累禍だったけど、
圧倒的な重力攻撃の前には当然為すすべもない。
こりゃあたしが手を下すまでもないかな〜、
なんて思ってた所で漸く解析が完了する。
(うわぁ……)
画面に表示された解析結果を見たあたしは
思わず目に見えてげんなりせざるを得なかった。
何せあの媚累禍、分かりやすいバカの癖して内側はかなり特殊でややこしくて……
もう説明するのもめんどくさいから要約するけど、
つまるところ『どう倒したらいいんだかよくわからない』手合いだったんだ。
「うーん、どうしたもんかなぁ……」
『いっそ噛み砕いてやりましょうかァ!?』
『スライスサラミィ!』『チーズ鱈ァ!』
『ヴゥゥゥゥンマァァァァ!』
【ヒヒヒヒヒッギイイイイイ!?
ヤァァーメェェーテェェーァッギャガアアアアア!】
「うーん、それはできれば最後の手段かなぁ。
そりゃ別にこんなヤツ死ぬのは構わないんだけど、
一応他所との約束もあるし、やっぱり生き地獄味わわせる方が結果的に効率いい気がするし……」
とは言えあれこれ迷って始末がつかないんじゃ本末転倒ってワケで、
折角だしあたし達はこのめんどくさい媚累禍を実験台にあれこれ試してみることにした。
結果、ヤツ――より厳密には、ヤツに寄生した悪禍実だけど――はあたし達のどんな攻撃も寄せ付けず……
『しぶとい! 余りにもしぶとい!
……かくなる上は吸い取ってやろうか!』
『刺身!』『茹で卵!』『ヴゥゥゥーマァァァァーッ!』
「いやいやダイちゃん、そんなヤケクソな方法で上手く行くわけないじゃん?
君折角地頭いいんだからさぁ、もうちょっと冷静に――」
【グワアアアア!? チッ、力ガッ、抜テイクウウウウウ!?】
【【【ギエエエエエエッ! コ、コンナハズデハァァァァッ!】】】
『上手く行きましたが!』『カマボコ!』『チクワ!』『ヴッマァァァッ!』
「んなアホな……」
結局半ば自棄になったダイちゃんの考えた
"小型ブラックホールに悪禍実だけを吸い込ませる"っていうギャグみたいな作戦がまさかの大成功。
寄生してた悪禍実を全部抜き取られて露わになった原贄の正体は……
「ぁが……教、育ゥ……規制、ぇっ……!」
その身を悪趣味なほど豪華に飾り立てた、
二十代から四十代くらいのクレイゴーレムだった。
(見るからに戦闘とは縁が無さそうな体格……
そりゃあんなアホな戦い方をするわけだよ)




