第百十二話「とりあえずもうこいつらが何者であれボコって吐かせてから考えればいいかなぁ、って」
どうあがいても戦いは避けられない!
読者のみんな、御機嫌よう。
今回も前回に引き続きこのあたし、便利屋魔女のパルティータ・ピローペインが東方の大国"陽元"西部の大都市"螢都"からお送りするよ~。
「知っての通り呉空んトコのよくできた妹はオレらが預かった! その解放条件は、ただ一つ!
それはなぁ、余所者ども! 他ならぬてめーらがこの陽元から出て行くこと!
或いは陽元を出て行かねえまでも、一連の化け物騒ぎに今後一切関わらねえことだぁっ!」
「……はあ?」
「なんだと……!」
場面は前回から引き続いて螢都に聳える岩山"黒縄岳"の中腹。
呉空家のスバルちゃんを誘拐した女学生天使の八剱カナタから突きつけられた交換条件に、あたし達は思わず絶句する。
てっきり身代金の請求とかそんな程度だろうと思っていたのに、まさか『特定変異体騒ぎから身を引け』なんて言われるなんて、余りにも予想外過ぎたからね。
とは言えこの状況、ある意味では意味好都合でもあった。何せ八剱が発した件の台詞からして、奴らがスバルちゃんを誘拐したのは特定変異体騒ぎを追うあたし達の排斥が目的と見て間違いない。
(つまり必然、あたし達から変異原や特定変異体を守ろうとしてる
=特定変異体や変異原に味方する"黒幕"の関係者、って等式が成り立つ……!)
予てより関係者間では『変異原や特定変異体の影には、何かしらの形で連中を指揮・統率する"黒幕"がいるんじゃないか』なんて仮説が実しやかに囁かれていたけど、その仮説を真実たらしめる決定的証拠が態々堂々と目の前に姿を現してくれたってんなら話は早い。
(例え末端だろうと何かしらの情報は握ってるだろうし、叩きのめして洗い浚い吐かせれば大きなアドバンテージになる……!)
何としてもこいつらを逃がすわけにはいかない。どうにか殺さず仕留めないと……決意を固めたあたしはダイちゃんに合図を送り、誘拐犯との"交渉"に打って出る。
「――成る程ネ。そちらの主張は概ね理解したよMs.八剱。と、それから……」
『クムだッ。私はクム="V.C.D."・ケイソンズ……常識の範囲内で好きに呼びナァ』
「そうかい。ならMs.ケイソンズ……察するに貴女らお二方は、あたし達にここ陽元から消えて欲しがってるって認識で合ってるかい?」
「ヘッ! 何度も同じこと言わすんじゃねーや! 確かに"それ"が一番確実ではあるが、ただの観光をする分には文句なんざねぇんだよ!
重要なのは『化け物騒ぎに関わるな』ってトコだ!
『街中に化け物が出たら戦わずに逃げる』し、『化け物の実態を探るとかそういう真似もしねぇ』とっ!
そう誓って約束を守り続けるってんなら呉空の妹は返してやるっつってんだ! そこだけ間違えんじゃねーぞ!」
『誓うフリだけして後で約束破っても無駄だかンナァ? 不正は見逃さねえ、絶対にだァ~』
「……では、仮に我々が『呉空スバルを返せ。但し騒動への関与もやめるつもりはない』と言ったら?」
ダイちゃんの問いかけを耳にした瞬間、八剱とケイソンズの表情が一気に変わる。
そこから読み取れる感情は"驚愕"と"困惑"……大方『この状況下でこいつらが自分たちに歯向かうわけがない』とでも思っていたんだろう。
そりゃ奴らは、現状確認されている天使系種族の中では随一の武闘派と名高い力天使と、知覚の有無に関わらず陸生動物の中じゃ最強クラスと名高い有翼四足竜のコンビ……普通だったら原則戦っちゃいけない相手なのは間違いない。
「余所者その二、てめぇよぉ~? オレの聞き間違いかあ?」
『オメー、今何てったァ? 「化けモン騒動からは身を引かねえが呉空の妹は返せ」って聞こえたガ、なんダ幻聴の類いかヨォ?』
「……安心せよ、聞き間違いでも幻聴でもないぞ。確かに自分は"そのような旨の"発言をしたのでなァ」
「てかそもそもこんな近距離で喋ってて聞き間違いとか幻聴心配するって、あんたら聴覚大丈夫?
知り合いにマルヴァレスの電気屋いるから紹介しようか? 丁度今確か『補聴器フェア』やってるらしいからさぁ」
『ンだと、こらァ……!』
「余所者その一っ、てめぇーっ!」
けど生憎、あたし達は"普通"なんかじゃないもんだから、火に油を注ぐように煽り返すのだって造作もない。
そもそも如何に武闘派の上位種族ったって所詮は――確証はないけど多分――金持ちの家に産まれた女子高生とその友達(?)……要するに民間人なんだから、愚連隊や悪徳政治家なんかに比べたらどうってことはない。
「して、実際どうだ。我々はある目的を達成すべく、諸々覚悟の上で騒動解決に向けて動いておる。
よって今更退く気など毛頭ありはせん。そしてまた、呉空スバル嬢の奪還も断じて諦めるつもりはない」
「選び取るのは"どちらか片方"じゃなくて"両方"さ。
あんたら誘拐犯どもがどんな意図と何の権限でもってあたし達を退けようとしてんだかは知らないけど、
肩書きや種族をチラつかせて大声でがなり立てる程度のシャバい脅し程度でどうにかできるなんて思ってンなら大間違いだよ?
あたし達を止めようってんなら、"死ぬ気"もしくは"殺す気"で来て貰わないとねぇ~。
『手ぇ汚す覚悟がないならそもそも関わり合おうとすんな』ってハナシさ……」
挑発的に、嘲るように煽ってやる。
ケイソンズはともかく八剱は見るからにキレやすい性格っぽいし、存分にキレ散らかす様が目に浮かぶけど……
「ヘッ、言うじゃねーか余所者どもがよ……舐め腐りやがって、気に入らねえぜ!
だがオレらを前にして尚命知らずにも啖呵を切るその姿勢だきゃ評価してやらねーでもねぇ」
『マッ、少なくとも単なるもの好きで命知らずな腑抜けたザコカスってワケじゃなさそうだわナァ~』
こっちの予想に反して奴らは案外冷静だった。
「よう余所者、まだ退く気はねぇんだな?」
『手始めに言っとくと、ワタシらぁこの界隈じゃそれなりの武闘派で通っててヨォ?
木っ端ヤクザや冒険者、果ては警察さえもビビるってんで評判なんだぜェ?
それでも逃げずにワタシらとやり合おうってのかァ~!?』
明らかに完全に見下しているであろう、挑発的な嘲り……
いかにも安っぽくて、どうにも浅ましいそれは、奴ら自身の薄っぺらさや浅ましさを隠し通そうとしているようにしか見えなくて……当然臆するほどの価値なんてありゃしない。
よって、あたし達の答えだって当然決まってくる。
「ああ、当然やり合うさ。何なら出会った瞬間から、あんたらをやる以外の選択肢なんてないんだよ」
「これ以上の能書きなど要るまいて。
……来るがいい、"少年"。
"保護者同伴"でも構わんぞ」
「ッッ……!」
ダイちゃんの挑発は、八剱の地雷を乱雑かつピンポイントに踏み抜いた。
「てめえ、このッ……言っちゃならねぇ禁句をぉっ!」
『――"堅牢城壁"!』
目に見えて怒りに顔を歪めた力天使の掲げられた両拳に、凝縮された光属性っぽい魔力エネルギーが纏わりつく。
それと同時、何かを察したらしい四足竜は身を屈めながら障壁を展開し――
「うおっらああああああああっ! 余所者のクソがあああああッ、消し炭ンなっとけぇぇぇっ!」
力天使・八剱カナタが両の拳を振り下ろすと同時、
強い衝撃を受けた魔力は持ち主の怒りと殺意に呼応してそのエネルギーを増幅し、盛大に炸裂……
周囲一帯の悉くを、容赦なく吹き飛ばした。
……吹っ飛んだぁぁぁぁぁ!?




