第百八話「世の何者も知り得ぬ"黒幕たち"の存在」
変異原を操り無辜の市民を特定変異体に変異させ続ける黒幕とは……
場面はエニカヴァー東部にある大国"陽元"西部の大都市"螢都"が辺境に建てられた、とある地下施設にて……
『者共、控えよ……
我こそは世界を真に統べしキスティワルダス神様が代理にして腹心、
レヴェルゴー・サンフィールドであるぞ……』
「「「ははァーッ……!」」」
如何にも仰々しく権力者然とした態度の青白い立体映像と対面し平伏するのは、
種族も体格もバラバラな三名の男女……
その様子からして両者間に絶対的な上下関係が存在する事実は想像に難くなく、
事実この三名はサンフィールドの部下、或いは実質的な奴隷に相当する立場にあった。
『……ふん。相も変わらずの間抜け面どもがァ、
キスティワルダス神様の為に働かせてやったとて
生来のけち臭い小悪党臭さが取れぬとはいよいよ救えんな……
それだから貴様らは噛ませのやられ役にしかなれぬのだ……』
「「「……」」」
レヴェルゴーからの、
明らかに正当性を欠く侮蔑的な暴言にも三名は一切口答えしない。
自分達が"けち臭い小悪党"である事実に変わりはなく、
"噛ませのやられ役"といった評も決して間違ってはいないと、
誰より理解していた為である。
『……まあ、好かろう。
所詮常世の屑、生かす意味無き穀潰しに過ぎぬ貴様らとて、
我がキスティワルダス神様に口利きをしてやり、
かの御方の為に働かせてやっておるお陰で、
辛うじて役立っておるのだからなァ……』
「「「……」」」
『して本題であるが……
目下貴様ら「チーム・ボカンドー」に任せておる
「狩人選抜」の進捗は如何程か?
ツラレーリー、申してみよ』
「はッ、仰せの侭にぃ~!」
促されるまま顔を上げるは、見事な迄の金髪を棚引かせ、
特徴的な女王様マスクで顔を隠しつつも、
その肢体と色香を曝け出すかの如く際どいレザー衣装に身を包んだ妖艶な美女……
三人組こと『チーム・ボカンドー』が筆頭、アヤーヤ・ツラレーリーに他ならず。
さて、彼女の口から語られる言葉とは……
「畏れ多く天に仰ぎ見るべき偉大なるサンフィールド様、
貴方様並びにキスティワルダス神様の忠実なる下僕が一人、
アヤーヤ・ツラレーリーがご報告申し上げます。
此度の『狩人選抜』、その進捗に関してなのですが……
率直に申し上げますと、成果は芳しくなく、
前途多難と言う他にないのが現状に御座います……!」
『なにぃ……!?』
筆頭アヤーヤの報告を受け、レヴェエルゴーの声は明らかに怒気を帯びていく。
『……何故そのような事態に陥るのだ、ツラレーリー?
本作戦などは貴様ら如き能無しの愚物どもでも簡単に熟せる単純作業ではないかァ~。
そこいらから適当に"原贄"たる悪人罪人を見繕い、
"悪禍実"を嗾け憑依させて"媚累禍"に仕立て上げ、
適当に暴れさせ育てた後、見込みのある候補を確保。
その後選抜に選抜を重ね、最期に残った候補一つを「狩人」として擁立する……
只それだけの作業に何を手間取っておるのだァ~!?
この程度も満足に熟せぬようで、
キスティワルダス神様の下僕を名乗るなど片腹痛いわァ!
恥を知れ恥をッ!』
「「「……」」」
地下施設全域の空気を揺さぶらんばかりの恫喝……
常人ならば畏縮せずに居られぬ怒号なれども、
ボカンドーの面々は寸分も動じない。
或いはそれどころか、恫喝されて尚主君に異議を申し立てる始末であった。
「……お言葉ですがねェ、
我らが大いなる絶対の指導者たるサンフィールド様ァ~?
此度の狩人選抜は貴方様が仰る程
簡単な作業ってワケでもないんですよねェ~これがァ」
面を上げもせず宣うのは、
パンクファッション風に改造された作業着に白衣を羽織り、
首に医療用のサポーターを付けた細身の
――"痩せこけた"を通り越して"干乾びた"ような――
死体か悪霊の如き薄気味悪い顔立ちの男……
彼こそは『チーム・ボカンドー』が参謀、カッカール・チェラッタン。
『チェラッタン、貴様ァ……!
真面に仕事も出来ぬ役立たず風情が、
弁解の挙句主君へ口答えとは随分と偉くなったものよなァ!?』
「口答えなどとんでも御座ァせん。
当方はただ率直に現場の実情を述べさせて頂いただけでしてェ~
弁明する気も更々御座いませんのでねぇ~。
実際問題として悪禍実は憑依対象の原贄をかなり選り好みしますしぃ?
憑依したとて優秀な媚累禍に育つかどうかは不確定なもんですからハイぃ~」
『それを世間一般では弁明と言うのであろうがァ!
悪禍実が原贄を選り好みするからなんだ!?
優れた媚累禍に育たぬからどうした!?
それら難点を創意工夫により乗り越えてでも
作戦を達成するのが貴様らの務めであろうがァ!』
「ええ、ですから作戦遂行の為に此方としても
総力を上げて日夜努力しておりますのでねぇ、
もう少々お時間の方頂ければと~」
参謀カッカールの申し出は一見して至極真っ当であったが、
怒り狂うレヴェルゴーにとっては罵声や嘲笑に等しかった。
『時間!? 時間だとぉ!? 寝惚けたことを抜かすでないチェラッタン!
「狩人選抜」の目的は単に優秀な媚累禍を生み出すのみに非ず!
選び抜いた最強の「狩人」をエニカヴァー最強の戦力として擁立し、
聖戦に勝利することと、よもや忘れたとは言うまいな!?』
「ええ、勿論忘れておりませんとも~。
然しなればこそ、慎重に行動すべきでしょう。
如何に貴方様の華麗にして完璧なる策により深手を負わされ
巣に引き籠らざるを得ないとは言え、相手はあの"陽光"……
何者よりも多く媚累禍を倒し、
何者よりも悪禍実を知り尽くした言わば"天敵"なんですし、
此度の負傷だって想定の範囲内かもしれないじゃないですかァ~」
「……しかも運の悪いことにゃア、
近頃は悪禍実が原贄に定着して
媚累禍んなった所で、
餌やりも満足にできんようになっとりまンネや」
カッカールに便乗する形で口を開くのは、
三人組の中でも随一の巨体を誇る、
淡水亀とも熊ともつかない風貌で悪役レスラー風の身なりをした厳つい巨漢……
『チーム・ボカンドー』工作員、シンカレヴァンネン="ヌロンゲ"・ゲハヌテード。
『くどい! くどいぞ! 如何なる事情があろうと関係ない!
落ち度はそれらを見越して動かぬ貴様らにこそあるのだ!
問題点が在らばその原因を解明し対策すればよい!
よいか穀潰しども、蝸牛菅を抉り取る勢いで耳穴を掘ってよぉく聞け!
そも"無理"とは虚言なり!
何かにつけてその二字を口にするのは、
事実無根の虚構をさも真実が如く言い触らし
社会を破滅させんとする虚言癖持ちの害悪共と相場が決まっておる!
如何なる行動・計画も中断せず完遂すればそれ即ち無理ではない!
完遂だけを目指し全力でやるのだ!
虚言癖持ちの害悪共とて、
腱が切れようが脱臼しようが病を患おうが構わず一月働き続けておれば
"無理"などとは口が裂けても言わぬよう矯正されよう!
その時点で実際一月働き続けることが出来たのだ!
"無理ではなかった"と証明されたということだ!
そもこの世界の生命体どもは悉く誤った思想に支配されておる!
やれ人道だ思い遣りだ情だ絆だと、
そんな半端で軟弱なものに思考を囚われおって!
だから貴様らはじめ、軟弱な半端者ばかりが増え、
多数派として社会を支配し歪め腐らせるに至るのであろうが!
社会とは、世界とは自由主義であるべきなのだ!
自由主義とは即ち競争社会!
下層に在っては飯も食えず餓死する他ないならば、
何者も必死に生き残らんと努力するであろうになァ!
と も か く ゥ !
貴様らは全力を以て、死を前提とする覚悟で以て「狩人選抜」を進めるのだ!
あの忌まわしき"第八天瑞獣"を滅ぼし尽くし!
更には憎き"螢都破邪大結界"をも破壊し!
悪禍実を、媚累禍を、
この螢都の外、腐り切った世界へ解き放つ為になァ!
それこそ貴様らの使命にして、
世界を真に統べし唯一絶対の神たるキスティワルダス様の御心に他ならぬ!
貴様らチーム・ボカンドーはキスティワルダス様に命を拾って頂き、
生かして頂いておる身!
即ちかの御方に尽くさぬならば貴様らの存在は一切合切無いぞ!
もし計画にこれ以上の遅れや不備が見受けられたらば、
その時点でこの我直々に貴様らへ
比類なく筆舌に尽くし難き生き地獄を味わわせた上で
処刑してやるからそう思えェェ!
以上だァッ!』
延々喚き散らした後、レヴェルゴー
――より厳密には、その姿を映した立体映像――
はその場から跡形もなく姿を消した。
「……やれやれ、やっと終わったかい」
「全く困ったモンですよねぇ~。
典型的な"鮫を乗り回す魚ノ餌"じゃないですかァ」
「ホンマそれな~。毎度毎度同じような事ばっか言うてよう飽きんモンやで」
それから程なく、
面を上げた『チーム・ボカンドー』の面々は各々楽な姿勢で愚痴を零し合う。
元より直に対面して尚侮辱じみた軽口を叩く程にはレヴェルゴーを軽視腐っているが故であろう、
影口ともなるとその勢いは留まる所を知らず……
その勢いのまま、彼への悪口雑言や悪態を肴に宴会を始める始末であった。
そして、宴も中盤に差し掛かった辺りでレヴェルゴー絡みのネタも尽きたのか、
話題は自身らの責務である『狩人選抜』を如何に成し遂げるかにシフトしていく。
何せ彼ら『チーム・ボカンドー』、
如何にレヴェルゴーを平然と侮辱できる程肝が据わっているとは言え
諸般の事情から明確な"謀反"はご法度……
主従関係は覆せず、命令にも従い続けなければならない。
よって『狩人選抜』を放棄するような選択肢など端から存在しないのであり……
「全くどうしたもんかねぇ、頭抱えるよ……」
「本当ですよ。
『第八天瑞獣を完全に抹殺し
螢都破邪大結界を破壊しうる
最強の媚累禍"狩人"を選抜しろ』
なんて軽々しく無茶振りしてくれちゃってんだから
あのボケ老害が全くさぁ~。
媚累禍はそんじゃそこらの生体兵器と違って
設計も調整も殆どできなくて性能は完全ランダムだし、
安全な環境でじっくり育ててから野に放つようなことも不可能なんだから、
そうそう簡単に強いのを確保できるワケあるかってんですよもう」
「ホンマなぁ~。
そこ考えたらチェラっさんはようやっとるわ、
いっそ奇跡みたいなもんやで。
しかも何や、
その上どの段階でか知らんけど
結滞な連中に目ぇ付けられてもうてから、
やっとこさ拵えた媚累禍も育ち切る前から
妙な連中にやられてもうて、
原贄は衰弱して使い物んならんようなってまうし
悪禍実なんぞは殺されてまうやんか」
「そうさヌロンゲ。
計画が上手く行かない目下最大の元凶はあの変態二人組だよ。
全く昼間から仕事もせずに他人様の邪魔ばっかして、
一体どこの金持ちニートだか知らないけど忌まわしいったらありゃしない!」
「しかも無駄に若い男女の二人組ですからね~。
嫌な偶然があったもんですよ全く」
「ホンマやでえ。
……ま、あいつらと違うて
わけわからんロボ連れ回しとらんだけマシやけども」
計画を妨害する"敵"の所業に声を荒げるアヤーヤ。
彼女の言葉を耳にした臣下二人の脳裏に過るのは、
嘗てレヴェルゴーの配下となる以前……
欲望の赴くまま犯罪に明け暮れていた頃、
決まって週に一度のペースで姿を現しては、
絶大な武力と奇想天外な策でチーム・ボカンドーの面々を圧倒し
華麗に勝利を掻っ攫う男女二人組。
高度なAIにより自立行動する機動兵器を率い、
ただ純然たる正義の遂行のみを目的に掲げる彼らの名は……
「「ドッコイジャー驚愕隊……」」
「だーっ! アンタら、その名前を口にするんじゃないよっ!
奴らに負けっ放しだった当時を嫌でも思い出しちまうじゃないかっ!」
図らずも寸分違わぬタイミングでその名を口にしたカッカールとシンカレヴァンネンを、アヤーヤは怒鳴り付ける。
それほどまでに、彼女はドッコイジャー驚愕隊を憎悪していた。
「とにかく、奴らはもう居ないんだ。
確か結婚を機に落ち着くとか、
それぞれ親の会社を継ぐとか、
理由はよく知らないけど、
あたし達との決着も付けないまま唐突に引退しちまってんだからね。
それより今は狩人選抜だよ。
っていうか件の変態二人組をどうするか、だけどね」
「なんヤ、もう予め直に探り当てて始末しとくんが早いんちゃいまっか?
今んとこは裏方に専念しとって
戦闘も媚累禍に任せっきりやからやられっぱなしやけど、
ワイら直々に出向いときゃあいつらぐらい余裕でっしゃろ。
なァ、チェラっさんもそう思うやろ?」
「まあそうだねェ~。
驚愕隊の強さは自立行動型ロボット兵器在りきみたいな所があったし、
件のバカ二人組もどういう原理で戦ってるのか知らないけど
圧倒してるのはあくまで媚累禍……
確かに我々が直に叩けば何とかなるかもしれないねェ。
とは言え準備は入念に、
想定外の事態も考慮しとくに越したことはないし、
狩人選抜も進めなきゃだからそこまで簡単に、
とも行かなさそうではあるけどさ」
「なんだっていいさ。
失敗しても諦めずに挑戦し続けていればきっといつかは成功できる。
それはあたし達みたいな悪党でも変わらないんだよ。
重要なのは行動を起こし続け、救われるって信じ続けることさ。
……さあ、そうと決まれば早速準備に取り掛かろうじゃないか。
カッカール。ヌロンゲ。
こっからがあたし達『チーム・ボカンドー』の本領発揮だ。
気合い入れてくよ?」
「畏まりました、筆頭」
「何処迄もお仕えしまっせェ~」
斯くして決意を新たにした『チーム・ボカンドー』の面々は、
次なる計画に向けて着実に動き出す。
果たして彼らの行く末に待つものとは……
次回、大神正臣が辿り着いた真実とは!?




