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7、まだまだ続くよ受難の日々

「ん……」


 先に目を覚ましたのは、レインだった。

 赤い瞳を二度、三度と開閉し、天井を見つめる。

 全身が、鉛のように重い。この感覚は、前に経験したものと同じ――。


「また、出てきていたのか……魔王シャイスリッド」


 クッとレインの表情が、苦痛にゆがむ。

 はっきりとした覚えはないけれど、どこか精神の奥底で何か小さな痛みを受けて、少しだけ意識が回復したような気がする。

 確か――、と左の頬にふれて、ピリとした痛みにレインは反射的に左目を閉じた。

 何だろう? よくわからないまま、レインはゆっくりと寝返りをうち――そして、息をのんだ。飛び込んできた光景から、目を離せなくなってしまう。


「……!」


 そこには、こちらを向いたミュセアがぐっすりと眠っていた。

 薄桃のやわらかそうな髪に、あまり日焼けのない白い肌。薄く開かれた唇に、レインの鼓動がはねあがる。

 勇者王子として周りからもてはやされ、それなりに女性と触れあう機会はあった。けれど、ここまで近距離でこんなに相手が無防備な状況というのは、今まで一度もなかった。

 まばたきすら忘れていたレインの瞳が、彼女の首元を映した。そこには、赤い裂傷。


「まさか、僕が……?」


 レインの指先が、ミュセアの首に伸ばされる。

 淡い光が彼女の傷をつつみ、一瞬で跡形もなく癒してしまう。

 ほ、とレインが安堵していると、ミュセアがみじろぐ。反動で上掛けがめくれ、彼女の胸元があらわになった。


「!?」


 レインの赤い瞳が、見る間に大きくなった。

 切り裂かれた寝間着からのぞく銀のロザリオと、想像をかきたてられるきれいな胸の谷間。

 ゴク、と彼の喉が音を鳴らす。

 震える指が彼女から戻され、今度は自分の上着の留め金をはずしていく。

 レインは時間をかけて身体を起こすと、深呼吸をしてから上の服をバサと脱ぎさった。




「ん……」


 しばらくして、ミュセアも目を覚ました。

 パチクリパチクリ、とまばたく。ベッドは、もぬけの殻だった。

 あわてて起き上がり、部屋をみまわす。だが、目当ての人物どころか誰一人そこにはいなかった。


「レイン様!?」


 ここの主の名を呼びながら、ミュセアはベッドから飛び出した。

 その時になって、彼女は気づいた。自分の寝間着の上に、レインの上着が着せられていることに。

 なんで? どうして? と疑問が浮かぶが、まったく記憶にない。

 それよりも、レインを早く探さなければならない。また、昨晩のようなことになっていたら――。ミュセアの表情が、引き締められる。

 寝室の隣にある広間にかけこみ、そこにもレインがいないのを確認すると出口へ走る。扉に手をかけた瞬間、外側から開けられた。

 あらわれた赤い瞳が、ミュセアと交差する。

 頬をかきながら、レインは彼女からそっと顔をそむけた。


「ああ、起きてたんだ。おはよう、ミュセアさん」

「レイン様!」


 ミュセアの取り乱しように、レインは彼女へ視線を戻し首をかしげた。


「どうしたの、そんなにあわてて」

「はああ、よかった……。レイン様だ……」

「僕なら大丈夫。これでも、勇者の名を持っているんだけどな」


 苦笑しながら、レインは手にしていた銀の盆を持ち替える。

 それにミュセアが気づき、レインに尋ねた。


「レイン様、それは?」

「これ? ぐっすり眠っていたみたいだったから、遅めの朝食をね。君のために、軽く作ってもらってきたところ」

「私のために、ですか?」

「うん。余計なお世話だったかな?」

「いえ、そんな! あ、ありがとうございます」


 広間の中央にテーブルが用意され、ミュセアとレインは向かい合って腰をおろした。

 ミュセアの前には、銀の盆にのせられた焼き立てのパンが二つと湯気のたつ乳白色のスープ。

 両手で祈りをささげてから、ミュセアは「いただきます」とスプーンを取った。


「ねえ、ミュセアさん。食べながら聞いてほしいんだけど」

「はい? なんでしょう?」

「君、ダンスは踊れる?」

「……ぶっ」


 ミュセアは思わず、口にしていたスープを吹き出しかけた。

 ゴホゴホ、とむせるミュセアにレインが心配そうに声をかけた。


「大丈夫?」

「はい……。なんとか……」


 わずかに涙目になりながら、ミュセアは胸をたたく。

 ようやく落ち着き、彼女は一息ついてから話を切り出した。


「ダンスって、あのダンスですか?」

「たぶん、そのダンスだと思うけど。子爵家のご令嬢だったみたいだし、多少は心得がある?」

「あ、えっと……こんな感じですか?」


 幼少の頃の記憶だけをたよりに、ミュセアがぎこちなく動く。

 彼女の身振り手振りがおかしかったのか、レインはテーブルに肘をつき、クスクス笑いながら「まあ、そんな感じかな」と続ける。


「三日後の夜に、隣国のダンスパーティーに招待されたんだ。我が国メファスティアスと昔から友好の厚い国だから、出来れば参加したい。……ダメ、かな?」


 レインが上目遣いで、ミュセアを見やる。

 拒否、できるわけがない。

 ひきつった笑いを浮かべながら、ミュセアは内心で思いっきり頭をかかえた。


 ミュセアの受難は、まだまだ続く――。

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