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16. 夏休みの思い出はプライスレスですよね





「――全然客が来ないじゃない!」

 痺れを切らした咲子がついに立ち上がった。

「なによこの旅館! 私たちしか泊まってないじゃない! 夜になったら宿泊客をギャーギャー驚かせる予定なのに一体なんなのよこれはッ!」

 客がいなかったら始まらないでしょーが! と咲子が地団駄を踏んだ。

 ここは人間界の温泉街にある、老舗の古びた旅館。

 口裂け女の咲子、吸血鬼の霧之助、人狼のカケル、悪魔の優也、閻魔の娘冥子、ステゴサウルス妖精の五治郎、そして普通の人間であるのり子たち一行は、この旅館へ強化合宿に来ている。

 目的はもちろん、「人間を驚かせる」という夏休みの課題をこなすためだ。だがしかし――

「ほんとに誰もいませんね」

 のり子が廊下を見渡しながら言った。

 旅館の中は静まり返り、人影もなければ話し声も聞こえない。

 午前中にこの旅館にチェックインしてそろそろ夕暮れ時になるが、自分たち以外の宿泊客をまだ一人も見ていないのだ。

「咲子がこの旅館を選んだんだろーが。すごく有名だとか言ってよー」

 カケルが煎餅をバリバリ食べながら言うと、咲子がギリッと睨みつけた。

「だって! 呪われた旅館ってネットで騒がれてたんだもん! 驚かせるのにぴったりじゃない!」

「……呪われた旅館にわざわざ泊まる人間はいないんじゃないかな」

 霧之助の言葉に、全員がなるほど、と納得した。

 咲子も明らかに「しまった」という表情になった。

「――バッカじゃねーの?」

 カケルの放った一言で、咲子とカケルの取っ組み合いのケンカが始まった。五治郎が「ケンカはだめだよ!」と必死で止めに入るも、逆に二人に投げ飛ばされた。

「まあまあ二人とも落ち着いて。ちょっと女将さんに話を聞きに行ってみようよ」

 優也が穏やかな笑顔で立ち上がったので、みんなもそれに続いた。咲子とカケルも不服そうな表情をしつつ、ケンカを中断した。

 旅館の廊下を歩きながら、のり子は横目で冥子の方を見た。

(――冥子さん、やっぱり今日も元気ないなあ)

 この旅館に着いてからまだ一度も冥子の声を聞いていない。今もただ黙って静かに霧之助の後をついて歩いているだけだ。

 誓約書のせいで望まぬ結婚をさせられるかも知れないのだから、元気がないのも当然だ。とぼとぼと歩く冥子の姿を見て、のり子は胸が痛んだ。

 例の誓約書を作ったのはのり子の父であり、それをうっかり落としてしまったのはのり子自身だ。自分にも多少なりとも責任がある。「何か手立てを考えなくちゃ」と、のり子は人知れず握りこぶしを作った。

「――はい、おっしゃる通り、この旅館は呪われているという噂があるらしいのです……」

 五十代半ばと思われる女将は、疲弊し切った表情で答えた。

 他の従業員たちもみな、力なく項垂れている。

「その噂のせいでちっともお客が来ません。おかげで赤字ばかりが続いて……。だから今月で廃業する予定なんです」

 あなた方が最後のお客様です、と女将が白いハンカチで目頭を拭うと、従業員たちもよよよと泣き始めた。

「呪われているというのは、何か怪奇現象でも起きるんですか?」

 優也が優しい口調で訊ねると、女将は「それが……」とため息を吐いた。

「怪奇現象と言いますか……過去にボヤ騒ぎが二回、水道管の破裂が三回、隕石と人工衛星の破片が旅館の屋根に直撃したことが五回、うちの旅館だけに集中豪雨が降り注いだことが十回、従業員が全員そろってぎっくり腰になったことが十八回あります」

 あーそっちか、とみんなが頷いたが、のり子は何のことか全く分からない。

「手分けして旅館の中を探しましょう」

 咲子の合図でみんな方々へ散って行ったが、のり子はどうしていいか分からずその場でうろたえた。

「おーい! 見つけたぞぉー!」

 ものの数分でカケルの声が聞こえた。状況が飲み込めないが、とにかくのり子もみんなと一緒にカケルの元へと走った。

「――なんじゃ、お前ら」

 一階の客室の押し入れの中に、小汚い爺さんがいた。

 ボロボロの着物を着て、痩せこけてはいるが、なぜか眼光だけはギョロリと鋭い老人だ。

「えい!」

「ぎゃあッ!!」

 突如、咲子がその老人を足で踏みつけた。

「や、やめんか小娘、ぎゃああ!」

 容赦なく何度も踏みつけるのでのり子が慌てて止めに入った。

「ちょ、ちょっと咲子さん! お年寄りに乱暴は……!」

「大丈夫よ御握さん。コイツ貧乏神だから」

「え」

 貧乏神?

 貧乏神というのは、昔話によく出てくる、取り憑いた家を貧乏にするというあの貧乏神のことだろうか?

「何をするんじゃこの小娘!」

「それはこっちの台詞よ。さっさとこの旅館から出て行きなさい。さもないと――」

「んぎゃあ!」

 何の躊躇もなく咲子が貧乏神をガンガン蹴り続ける。

「……やだ、楽しそう」

 冥子の瞳が急にキラキラと輝き始めた。

「悶え苦しむ貧乏神を見てたら急に元気が出てきたわ。私にもやらせて!」

 先ほどまで大人しかった冥子が、喜々とした表情で貧乏神を激しく蹴り始めた。蹴られる神様を見て元気出すってどんだけS気質だ。

「やめんかこの小娘どもがあーッ!」

 貧乏神が怒鳴り声を上げて立ち上がった。

 立ったところで身長がほんの一メートルほどしかない小さな爺さんだった。

「いきなりやって来て、何者じゃお前ら! 名を名乗れい!」

 みんなは無言で互いの顔を見合わせた後、確かにまあ名前くらいは名乗るのがマナーかなあ、と思い、とりあえず一列に並んだ。

「――綾菓子学園の口本咲子です。口裂け女です」

「吸血鬼の血坂霧之助です」

「人狼の尾野カケルでーす」

「悪魔の魔谷優也です」

「ステゴサウルス妖精の五治郎です」

「閻魔大王の娘、閻道冥子です」

「お、御握のり子です……ええと……魔女です」

 自己紹介をすると、貧乏神は全員を一瞥して「なんじゃお前ら学生か」と吐き捨てるように言った。

「この礼儀知らずどもが。曲がりになりにもワシは神様じゃぞ。足蹴にするとは何事じゃ」

 言われてみれば確かに。

 身なりが汚いのでついお化け扱いしてしまいがちだが、これでも一応神様なのだ。

「でも貧乏神に出て行ってもらわないと、お客が来ないじゃない?」

 咲子が腕を組みながら言った。

 とにかくこの旅館に一刻も早く客を集めて、盛大に驚かせたいらしい。咲子にとっては夏休みの課題というだけでなく、おそらく生活費もかかっているのだろう。

「やっぱり神様だから、何かお供え物をすればお願いを聞いてくれるのかも知れないよ」

 霧之助の提案にみんなが頷いた。しかし貧乏神には何を供えればいいのだろうか?

「貧乏神の好物って、『焼き味噌』らしーぜ」

 カケルがケータイでウィキペディアを調べてくれた。

 焼き味噌とは何だろう? とのり子が首を傾げていたら、「結構美味しいよ。父さんが日本酒と一緒によく食べてるんだ」と霧之助が教えてくれた。どうやら日本酒によく合うらしい。

「お味噌もらってきたよー」

 旅館の厨房へ行った優也が、爽やか笑顔で戻ってきた。

 両腕に抱えている大きな樽の中には、自家製と思われる味噌がぎっしりと入っている。その味噌をしゃもじでひと掬いし、五治郎の前に持っていった。

「よし、行け、五治郎」

 カケルに背中を押された五治郎が「任せて!」と、嬉しそうに大口を開けた。

「喰らえ! 五治郎の愉快なクッキング万歳お手軽三分ビーム!」

 五治郎の口から発射された赤い光線で、三分と言わずほんの一瞬で味噌がしゃもじごと真っ黒な炭に変化した。

「――貧乏神様、さあどうぞお召し上がり下さい」

「お前ら全員に直接取り憑いてやろうか?」

 貧乏神が凄むと、メンバー全員がズザザッと後ずさった。

 特に咲子は部屋の外の廊下まで逃げていた。よっぽど貧乏になりたくないらしい。

「ん? お前は……」

 貧乏神が、のり子の顔を指さした。

「お前の顔にはどことなく見覚えがあるぞ。はて誰だったかな」

 貧乏神が腕組をして考え始めたので、のり子はぎくりとした。

 そう言えば、のり子の父・梅座衛門は意外と顔が広い。閻魔大王と古いつき合いなのだから、貧乏神とだって顔見知りでもおかしくはない。

「そうだ思い出した! 確かお前の父親は……」

 のり子は助走をつけて思い切り貧乏神の顔面を蹴り上げた。周りのみんながドン引きした。

「と、突然どうしたの御握さん?!」

「やっぱりボコりましょうみなさん! 貧乏神を袋叩きにしましょう! 貧乏神を力ずくでここから追い払いましょう!」

「御握さんてそんなキャラだっけ? でも楽しそうだから私も協力するわ!」

 咲子と一緒に貧乏神をひたすら足で蹴ってボコボコにした。鬼切の娘であることをここでバラされたら何かと面倒だ。もちろん冥子も積極的に参戦してくれた。それもすごく楽しそうに。三人がかりで貧乏神を袋叩きにする女性陣を、男性メンバーはただ唖然と見つめていた。

「――いい加減にせんかああああ!!」

 満身創痍の貧乏神が再び雄叫びを上げた。

「一度ならず二度までも! 貧乏神を足蹴にするとは貴様らそれでもおなごのはしくれか!」

「アンタがさっさと出て行かないからよ。私たちは夏休みの課題があるんだから、他の旅館に取り憑いてくんない? この旅館の人たちもアンタに迷惑してるみたいだし」

「……お前ら、何か勘違いをしとらんか?」

 仁王立ちでギョロリと睨みつけてきた。

 こんなにみすぼらしい身なりなのに、なにやら貫禄があるのはやはり腐っても神様だからなのか。

「ワシは貧乏の神様であって、不幸の神様ではない」

 貧乏神の言葉に、みんなはっとした。急に部屋の中がしんと静まり返った。

「ワシがおるせいで確かにこの旅館は貧乏じゃ。だが貧しいからと言って必ずしも不幸とは限らんのじゃぞ?」

 ――確かに。お金がないから不幸、お金があれば幸福、とは単純には言い切れない。

 大金持ちなのに悲惨な目に遭っている人だっているし、貧しくとも楽しく暮らしている人も世の中にはたくさんいる。貧乏イコール不幸というわけではないのだ。

「お前さんたちはまだ若いから分からんかも知れんが、貧乏だからこそ得られる、ささやかな幸せもあるんじゃ。見よ、従業員たちの満たされた幸福そうな顔を」

 後ろを振り返ると、旅館の庭の松の木に、青い顔した女将さんが首吊り用のロープを掛けていた。

「……この旅館とともに私も死ぬわ」

「女将さん! 私たちも女将さんと一緒に死にます!」

「最後までまともなお給料があげられなくてごめんなさいね」

「安心して下せえ女将さん、俺たちもすぐに後を追いやす!」

「私も死にます!」

「俺も死にます!」

「私も!」

「俺も!」

 旅館の従業員たちがみんな涙を流しながら、首吊り用のロープをあちこちに引っ掛け始めた。

「――やっぱフルボッコ決定」

 カケルがバキバキと指を鳴らしたので、貧乏神は慌てて後ずさった。

「ちょっ、待て! 違うんじゃ! 落ち着け若者よ!」

「何が違うんだよみんな死にかけてんじゃねーか。どう見ても不幸のどん底じゃねーか。責任取れよテメー」

「待て待て待つのじゃ! ワシの役目はな、貧しさの中で生まれる絆や、物資では決して満たされぬ心の充足感を――」

「綺麗事言ってんじゃないわよ」

 咲子が貧乏神の胸倉をグイとつかんだ。

「――人間界でも魔界でも、生きてくにはお金が必要なのよ」

 咲子のガンつけの迫力に、貧乏神はただガタガタと身体を震わせるだけだった。

「……な、なにをするんじゃ、むぐごおぉぉ!」

「三途の川の渡し賃よ」

 貧乏神の口の中に、咲子が大量の味噌を詰め込んだ。

「やっちまいな五治郎!」

 咲子が貧乏神の身体を頭上に勢いよく放り投げた。

「よおし、スペシャル五治郎トルネードビーム!」

 五治郎の口から当社比十倍くらいの巨大ビームが発射され、貧乏神の身体は天井を突き破った。

「――やあ、きれいだ。まるで黄金の竜巻だね」

 花火でも鑑賞するように優也が空を見上げて微笑んだ。

 貧乏神は口から大量の味噌を吐きながら、空高く昇っていったスピンつきで。

「――なんだあれ、空に何か昇っていくぞ!」

「光ってる!」

「鳥か?!」

「いや雲だ!」

「竜巻だ!」

「いや、あれは金の竜だ!!」

 夕暮れ時の温泉街に突如現れた貧乏神トルネードに、辺りは一時騒然となった。

 貧乏神が取り憑いていた旅館はこの後、「金の竜が出現する旅館」として大繁盛することになる。


「――あ、あの、霧之助君」

「どうしたの御握さん。顔色悪いよ」

「いや、だって、貧乏神様、大丈夫なんですかね死んだりしてないですよね?」

「まあ、大丈夫なんじゃない? 神様なんだし」

「ですよねー……」

 のり子は苦笑いをしながら、空に昇っていく黄金の竜巻を見上げた。






 金の竜巻で温泉街を驚かせたのだから、これで課題クリアかと思って綾菓子学園に問い合わせたところ、今回の一件は全くポイントとして加算されず、咲子がまた地団駄を踏んでヒステリーを起こした。





 

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