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12. 今治市の黄色いあの子も可愛いですよね





「のり子! すごい久しぶりじゃない!」

「元気だった?!」

 講義室に入るとすぐさま沙智子さちこ美樹みきが飛んできた。

「ずっと来ないからみんなで心配してたんだよ」

「単位とか大丈夫なの?」

「うん、なんとかね。二人とも心配かけてごめんね」

 のり子が笑うと、沙智子と美樹も安心したように笑った。

 実はのり子は、人間界では大学の四年生なのである。ここのところ魔界の綾菓子学園にばかり登校していたので、人間界の大学に来るのは随分と久しぶりだ。

「座ろうよ、話したいこといっぱいあるんだから!」

 沙智子と美樹に手を引かれて席に着いた。

 この二人とは同じ学部で、講義でも一緒になる機会が多い。人づき合いが苦手なのり子であったが、沙智子と美樹とは自然と話すことができて、入学当初から親しくしていた。

「――そう言えば神多君も最近来ないんだよね。のり子何か知ってる?」

 と、沙智子に聞かれたのり子は思わず視線を彷徨わせて、

「あー、いやー……知らない」

 と、小さな声で答えた。

 神多は綾菓子学園に、妖怪「小豆洗い」として潜入中だ。この二人にそれを説明できるはずもなく、のり子は冷や汗をかき始めたが、「そんなことよりもさあ」と美樹が話題を変えてきたので助かった。

「のり子が休んでる間に色々あったんだよ!」

「そうなの?」

「ラッキーたんの噂、知ってる?」

「ラッキーたん? なにそれ」

「うちの大学、なんとオリジナルキャラクター作ったんだよ」

「マジで?」

「今月デビューしたの。名前はラッキーたん!」

「ラッキーたん……?」

 なぜラッキーなんだ、とのり子は思ったが、大学の名前が『大吉だいきち大学』であることを思い出した。

「へえー、すごいね。私が休んでる間にそんなことになってたんだ」

「面白いでしょ。ラッキーたんは黄色い丸っこいクマで、趣味は陶芸、好きな食べ物は大学内の畑で作ったサツマイモなんだって」

「ああ、うちの食物学部、イモの栽培に命賭けてるもんね」

「そのラッキーたんに、怖い噂があるんだよ」

 美樹が声を少し低くした。

「……イベント用に作ったラッキーたんの着ぐるみが、深夜の大学内をひとりでに歩き回ってるんだって!」

 ぎゃー怖い! と二人が声をそろえて叫んだところで教授がやってきたので、生徒たちが次々に着席し始めた。

(着ぐるみが深夜にねえ……)

 人間界でも不思議なことがあるものだ、とのり子は思った。

 動くはずのない着ぐるみが勝手に歩くということは、何か悪霊のようなものの仕業なんだろうか。悪霊と聞いて思い出すのは五治郎のマンションでの一件。もう二度とあんな目には遭いたくないとのり子は身震いをした。

「――へえ、大学ってこんなんなんだ」

 聞き覚えのある声に、のり子はマッハで振り返った。

「カ、カケル君っ?!」

「うぃッス」

 真後ろに、カケルがものすごくナチュラルに座っていた。

「え、ちょ、なっ……!」

 のり子は頭がパニックになった。

 ここは綾菓子学園ではない。人間界の大学だ。カケルが入ってきていいはずがない。

「だ、だ、だめですよカケル君こんな場所に来てはっ!」

 のり子が小声で言ったが、カケルは何食わぬ顔で、

「いや余裕でしょ。三百人くらい生徒いるじゃん。一人くらい部外者いたって気づかれねえって。教授もヨボヨボの爺さんだし」

「そういうことじゃなくて! カケル君の正体がバレたら……」

 冷静になって彼をよく見てみれば。頭にはキャップを被り、フードのついたトレーナーにジーンズ姿。獣耳を隠したカケルはどこから見ても普通の少年で、人狼にはとても見えない。

「ちょっとちょっとのり子! 後ろの、誰?」

「もしかして彼氏っ?!」

 沙智子と美樹に聞かれて、何と答えるべきか迷っていたら、

「ちぃーッス、のり子姉ちゃんのいとこのカケルでーす」

 とカケルが言ってVサインを決めた。

「そ……そうなの。来年うちの大学受けたいから一度見学したいって言って……」

 と、のり子も慌てて話を合わせた。

「いとこなんだ? きゃー可愛いっ!」

「年下なら私に任せて! カケル君彼女いるの?!」

 沙智子と美樹はカケルの隣へと素早く移動し、まるで合コンのように会話に花を咲かせた。瞬く間に三人は意気投合して、講義中であるにも関わらずケータイを突き合わせて連絡先などを交換し合っている。のり子は色んな意味でヒヤヒヤしながら後ろの三人を見守った。




「うおー、すげえ。ホテルのレストランみてえ」

「うちの大学、食堂だけは自慢なんですよ」

 講義終了後、沙智子と美樹とは別れて、カケルと二人で食堂へとやってきた。

 昼時で賑わう食堂を見て、カケルが興味津々といった様子で目を輝かせている。

 のり子はパスタセット、カケルはオムライス定食をトレイに載せて、空いてるテーブルに着いた。

「――で、一体どうしたんですかカケル君。人間界の大学に忍び込んでくるなんて」

「御握さんてさあ、なんで俺らには丁寧語なの?」

 一瞬質問の意味が分からなかったのり子だが、しばらくして「ああ」と理解し、

「そりゃもちろん魔界の人たちにタメ口で話す勇気がないチキン人間だからですよ」

 と答えると、カケルは「ふーん」と頷きながらオムライスを頬張った。

「で、私の質問の答えは? なんで突然ここに来たんですか?」

「俺が休んでる間に色々面白いことあったみたいじゃん」

「面白いこと?」

「御握さん、クラスで仲間外れにされてたんだろ?」

「ああ……私としては非常にありがたいことだらけだったのですが」

「咲子が欠席してたから、閻魔の娘は命拾いしたな」

「え?」

「そういうイジメみたいなの大嫌いなんだよアイツ。もし咲子がいたら、冥子はフルボッコ確定だったね」

「咲子さんは頼もしいですね」

「あとアレだろ、恐怖の大王をやっつけたって」

「あー、はい、たぶん」

「すげえな御握さん。さすが超一流鬼切の娘だね」

「そんなことないです。てゆうか、こんな話をするためにわざわざここに来たんですか?」

「ああ、これだよこれ」

 カケルが折り畳んだ紙を出してきた。受け取って広げてみると、「誓約書」という三文字だけが印字された真っ白な紙。

「え、これって……」

 どう見ても、のり子が父から託された例の誓約書である。

 気づかぬうちに落としてしまったのかと自分の鞄を開けてみると、そこに誓約書は通常通り入っていた。

「コレは御握さんのじゃないよ。新しくもらってきたんだ」

「もらってきたって……どこで?」

「魔界の市役所」

「……魔界の市役所おぉっ?!」

 のり子は度肝を抜かれた。

 あるんだ。魔界にも市役所が。

「御握さんの誓約書見てさあ、どっかで見たことあるなーと思ってたんだけど、やっと思い出したんだよ」

 カケルはテーブルの上に置かれた誓約書を指でトントンと叩いた。

「この誓約書は通称『誤魔化紙ごまかし』って呼ばれてて、昔はよく使われてたらしーけど、今は知らないヤツのが多いんじゃねえかな」

「ごまかしって……」

 その残念なネーミングセンスがなんかもう既に嫌な予感しかしないなあと思いながらのり子はカケルの話に耳を傾けた。

「この白い部分に文字を書いても見えない仕組みになってる。んで、誰かの署名が入ると、その文字が初めて浮かび上がってくる」

 そんなからくりがあったなんて初耳である。

 梅座衛門は一切教えてくれなかった。

「例えばこの紙に『十万円をAさんに払います』って予め書いておくだろ? でも通常は見えない。んでBさんに『この紙に君の名前書いてー』ってお願いする。Bさんは『何だろうこの真っ白な紙は? でもまあいいや言われた通り自分の名前書くよ』って書く。そしたら文字が浮かんでくる」

「はあ」

「そこでBさんは『うわあ騙された! Aさんに十万円払わなくちゃ!』ってなるんだよ」

「……そんなのに騙される人っているんですか?」

「だから最近は使ってないんだってよ」

「昔はいたんですね」

 魔界の住人って案外ピュアなのかなあ。

 ――いや今はそんなことよりも。

 その仕掛けを梅座衛門はどうして教えてくれなかったのか。そしてこんな怪しい紙をなぜのり子に託してきたのか。この白い部分には、何かとんでもない文章が隠されているのではないだろうか。しかし隠された文章を読むには、霧之助にサインしてもらわなければならない。一体どうすればいいのか、とのり子が考え込んでいたら、

「――のり子聞いて聞いて! 大騒ぎよ!」

 血相を変えた沙智子と美樹が食堂に飛び込んできた。





「これが噂のラッキーたんか」

 演劇部が小道具を置くのに使われている倉庫内にそれはいた。

 十畳ほどの広さの倉庫の中央に、大学のオリジナルキャラクター・ラッキーたんの着ぐるみがどっしりと置かれてある。

 全身が黄色のふっくらとしたクマで、丸い耳にパッチリおめめ、赤いほっぺ、半月型に開いた口。色こそ違えどフォルムといい表情といい、これはどう見ても熊本県の有名な某ゆるキャラのパクリとしか思えなかった。

「すげーな最近の大学は。ゆるキャラとか作るんだな」

 カケルが感心しながらラッキーたんの着ぐるみをごろりと横に転がした。

 頭から被るタイプの着ぐるみらしく、足の部分にぽっかりと大きな穴が開いているのが見える。当然中身は何も入っていない空洞だ。

「誰かが運んだだけじゃねーの?」

「やっぱりそうなんですかね……」

 ラッキーたんの着ぐるみは、通常はこの倉庫の中で保管されているのだが、つい先ほど食堂前の廊下で発見された。

 深夜ではなく白昼堂々と起きた怪奇事件に生徒たちはパニックになったが、この倉庫には鍵も何もついていない。持ち出そうと思えばいつでも持ち出すことができるので、きっと誰かが動かしたんだろうということで騒ぎは収まった。しかしなんだか気になってしまったのり子は、カケルと共に様子を見るためここへやってきたのだ。

「カケル君、なんかこう、霊的なものとか感じます?」

「いやないない、俺そういうのないもん。それはどっちかっつーと御握さんの専門分野でしょ」

「いや私は無理です。そういう才能は一切受け継いでないんですよ」

「――よく来たな小童ども」

 突然、地の底から響いてくるような重低音ボイスが聞こえた。

 もちろん倉庫の中にはのり子とカケル以外、誰もいない。

「我は魔王である」

 先ほどカケルが横に転がした着ぐるみのラッキーたんが、むくりと勝手に起き上がった。

「ウハハハハハ……虫けらどもよ、あまりの恐怖に声も出ぬのか」

「いや恐怖っていうよりめっちゃキュートなんだけど」

 カケルがラッキーたんの頭をなでなでした。

「気安く触るでない! 我は魔王ぞ!」

 ラッキーたん……ではなく、魔王は声を荒げた。

 黄色いクマにおよそ似つかわしくない渋い声で「我は世界の頂点に君臨する魔王である」と言った。

「カケル君、魔王って何ですか?」

「魔王っつったら、アレだろ、魔の王様だろ。偉い人だよたぶん」

「閻魔大王と似たような人ですか?」

「そこの小娘。我は閻魔ではない、魔王だ」

 魔王が答えた。

 どうやら地獄の閻魔大王とは違う人物らしい。

「閻魔じゃねえのか……じゃあサタンか?」

「サタンでもない。我は魔王ぞ」

「こないだの恐怖の大王と似たような感じの人ですかね?」

「あんなウオノメ変人と一緒にするでない。我は魔王である」

「だから魔王って何ですか?」

「魔王と言えば魔王だ。ただの魔王だ」

 ただの魔王。

 そう言われてしまうと身も蓋もない。

「予期せぬ突然の災厄により重症を負い、命からがら逃げて来たのが偶然この場所であった。傷により肉体を保てぬのでこの着ぐるみに憑依し、回復を待っているのである」

 カケルが「へえ」と言ったきり、倉庫内はしーんと静まり返った。

 そんな話を魔王と名乗る人物に聞かされても「へえ」としか言いようがない。

「あの……ただの魔王さん」

「なんだ小娘」

「こんな着ぐるみに憑依してて体力回復するんですか?」

「これを見よ」

 ラッキーたんの腕が動き、どこからともなく白い容器を差し出してきた。

 何も入っていない、四角くて白い容器。これには見覚えがある。

「これは……カップ麺の空容器みたいに見えますけど……?」

「如何にも!」

 魔王が威風堂々たる声で答えた。

「人間界のカップ焼きそばはこの世で至上最高の料理だな! どんな時でも食欲をそそり、我の魔力も順調に戻りつつあるぞ!」

「もうちょっとマシな物食べて下さいよただの魔王さん」

「そうだ汝ら、ちょうど良い。これを適切な屑入れに放り込んでおいてくれ」

 どうやらカップ麺の空容器をゴミ箱へ捨てに行こうとして、食堂付近で人間に目撃されてしまったらしい。

 魔王が食べ終えた後の空容器(きれいに洗ってある)を手渡されたカケルは、額に青筋浮かべながら大きく振りかぶって魔王の顔面に空容器を勢いよく投げつけた。

「……なっ、何をするか貴様あぁっ!!」

「なんで俺がゴミ捨てにパシられなきゃなんねーんだよふざけんな」

「この無礼者が身の程を知れい! 我が完全回復すれば貴様など腕の一振りで木っ端微塵だぞ!」

「おもしれー。できるもんなら今すぐやってみろよ」

「まあまあ二人とも落ち着いて下さい。ただの魔王さんも一応魔王なんだから、家来とかたくさんいるんでしょ? 連絡して迎えに来てもらえばいいんじゃないですか?」

 メラメラと怒っていた魔王が急にスッと大人しくなった。

「……それは無理だ」

「え?」

「今は誰にも連絡できぬ」

 あーなるほど、とカケルが鼻で笑った。

「着ぐるみに逃げ込むほどのダメージ受けて、いつまで経っても身内に助けを求められないとなりゃ、もうアレしかねえよな」

 そこまで言われて、のり子もさすがにピンときた。

「ああ分かります、本能寺の変的なアレですね?」

「ちげーよ。ゲス的なアレだよ」

「は?」

 ゲス的なアレとは?

 巷で言われてるアレのことか?

 よりいっそうトーンダウンした魔王を見て、のり子の疑惑は確信に変わった。

「え、マジですか? ただの魔王さん不倫とかしちゃったんですか?」

「ただの魔王のくせに良いご身分だよなー」

「貴様らぁっ!!」

 魔王の怒りボルテージが再び復活した。

「小童のくせに身分をわきまえろ! 我が完全回復すれば貴様らなど腕の一振りで木っ端微塵だぞ!!」

「俺のケータイから104で魔王の自宅番号調べてかけてみよっか。奥さん出るといいね」

「ごめんなさいやめて下さい謝りますから」

 ぺこぺこと低姿勢に謝る魔王を見て、奥さんそんなに怖いのか……とのり子は思った。

「――ただの魔王さん」

 のり子はできる限り穏やかな声で魔王に語りかけた。

「ただの魔王さんは、もう家には帰る気ないんですか?」

「……どういう意味だ小娘」

「戻る気があるなら、奥さんにちゃんと謝った方がいいと思います」

 カケルのケータイを、魔王の手に握らせた。

 しばらく黙って考えた後、魔王はゆっくりとした手つきで電話をかけ始めた。

「――あ、もしもし俺。魔王だけど」

 なんか急に普通のしゃべり方になってる。

 魔王も家族と話す時は普通モードになるらしい。

「――うん、今は人間界にいる。――うん、うん……。いや何て言うかその……えっと……」

 もじもじと口ごもる魔王を、のり子は小声で「がんばれー!」と応援する。

「――色々あったけど、俺さ、俺……お前のこと愛してるから」

 パァンッ!! というものすごい衝撃音とともに、魔王がその場にドサリと倒れた。

 床に転がり落ちたケータイからは、バチバチと火花が飛び散っている。

「……え、なに? 今のなんですか?」

 のり子は何が起きたのか全く分からない。

 カケルが無言でケータイを拾い上げ、未だ火花を散らすそれをじっと見つめた。

「どうしたんですかカケル君?」

「……なんか出た」

「え?」

「俺のケータイから、なんかすげーのが出た……」

 のり子の目には見えなかったが、カケル曰くケータイから「なんかすげーのが出た」らしい。青い顔したカケルが「魔王の奥さん超怖えー……」とつぶやいた。一体何が出たのだろう。

「……よし、御握さん帰ろっか」

「えッ?! いいんですか?! このままほっといても?!」

「うん。だってほら、夫婦のことを第三者がとやかく言っても仕方がねえじゃん?」

「はあ、まあ……そうですね」

 そう言われればそんな気もする。

 夫婦間のことは、夫婦にしか分からない。


 しかし倒れたままの魔王がどうしても心配で、「ただの魔王さん死んだりしてないですよね?」と聞いたら、カケルが「大丈夫なんじゃね? 魔王だし」と言ったので、なんだかとっても納得して、「そうか魔王ですもんね」とものすごく安心してスッキリして晴れ晴れとした気持ちで家路に着いた。





 

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